銀の歌
第60話
前回のあらすじ。
【遺跡から持ち出した古びた箱の中には、可愛い女の子が入っていました】
年季が入ってそうな、箱の周りの埃を払う。そうして中をよく見る。箱の中にいるその子のことを形容するなら、ボロ切れをまとった【半人間】といったところか。
耳が白くふわふわしていて長い。身体つきもなんだか獣と人を足して二で割ったような、不思議なものだった。でも獣人の里を経験したわたしは、こういった種族の差には驚かない。わたしが驚くのは、箱の中に人が入っているという、この一点だけだ。
箱の中のこの子を、このままにするという訳にもいかないだろう。今は箱の中で、すやすや眠っているみたいだが、きっと起こした方がいいだろう。
アルトさんの方へ振り向くと同意を求めた。すると彼は無言で頷いた。
ちょんちょん。ゆさゆさ。柔らかい肩に触れる。
「あの、すいません」
声をかけてしばらくした後、箱の中にいた子どもは、眠たげに瞼をこすった。ムクリとー恐らくー少女は、ゆっくり上半身を起こす。
「あぁ。気づかれましたか……! 大丈夫ですか?」
何が大丈夫なのかは、言ってる自分でも分からなかった。でも箱の中に入った人物と話をする機会は、これが初めてだったので仕方ないだろう。
少女は互いに顔を見合わせた。彼女はわたしのことを数秒眺めた後、急に身体をのけぞらせて、素っ頓狂な声をあげた。
「うっわあ、ぁあ」
後ろへ後ずさろうとしたのだろうが、少女がいるのは狭い箱の中だ。当然背中はガツンと当たる。
そうすると箱はガタガタと揺れ、彼女の足場は不安定になって。彼女はそのまま背面から、箱の外へと落ちた。
後頭部から思いっきり落ちたのだ、痛かったのだろう。「あっ!」と悲痛な声を出していた。
彼女は目を強くつむって、身体を縮こまらせた。だからわたしは、彼女の元へと近寄り、手を差し伸ばした。
「大丈夫?」
今度は正規の意味での大丈夫? だ。いきなり私達という見知らぬ人に合って、この子も気が動転していたのであろう。驚かせてしまった。
でもこれだったら手を取ってくれると思う。
「ひっ! 嫌!」
パシッと手は叩かれ、少女はわたし達から逃げようと駆け出した。でも走っている途中で、前から突っ伏すように転んでしまった。
差し伸べた手が叩かれたのにもショックだったが。
それよりも、彼女の顔を覗き込んだ時、彼女がわたし達のことを、怯えるような瞳で見ていたのが気になった。
「……どうしたんですか。どうしてそんなに怯えてらっしゃるんですか?」
なるべく怖がらせないように、無闇に近寄らないで、距離をとって話しかける。
やがて彼女はこちらの方を見ると、キッと目を鋭く細めて、忌々しげに低く唸った。
「嫌。嫌! 嫌。嫌だ。嫌なんだ」
「何が嫌なんですか? 教えてください」
「僕は違う。だから殺さないで」
ーーどういうことだろうか? 分からない。話が繋がっている気がしない。
いや、まぁ。箱の中に入ってたっていう時点で、なにもかもおかしいが。
いくつも疑問が湧いてくる。それらをなんとか解こうと、考えてみるが。頭を叩いてもダメだった。こういう風な時には、頼れる人を頼るべきだろう。
「ア、アルトさ〜ん」
「んな。情けない声を出すな。俺も今考えてたところだ」
アルトさんは難しいぞと、こめかみを指で、二度トントンと叩いた。
「取り敢えず……。そいつを保護してから考えるとしよう。事情は後で聞けばいい」
「えっ、それができたら苦労しないんじゃ」
アルトさんは顎をくいっと動かし、彼女の方をもう一度見るように、指示してきた。
口で言えよと、内心反抗心を抱きつつ、その指示に従った。
「そっか。寝てますね。いや、気絶……でしょうか?」
「どっちでもいい。取り敢えず保護するぞ」
アルトさんは言うと少女に近寄り、ボロ切れを剥がそうとする。
「あっ!! 何やってるんですか!!」
意識のない少女の衣服を脱がせようとする、大の大人の姿は、変質者以外の何者でもなかった。
わたしがアルトさんの前に立ちはだかると、やれやれと彼はため息をついた。
「めんどくさいなぁ。怪我をしてる可能性もあるから、衣服を脱がせて確認するだけだ。それ以上でも以下でもない。お前が心配するようなこたぁ何もない」
「でも、だからといって……!」
「わーかった。わかったよ。んじゃお前がやるか? 見てわかるような怪我がある場合には俺に伝えろ」
「面倒臭さの極みだ」言い残して、アルトさんはわたし達に背を向けると、その場にどすりと座りこんだ。
欲を言えば遠くに離れてほしいんだけど……。でもこれ以上何か言ったら、流石にやぶ蛇なんだろうなと察した。
アルトさんの背を背後に、わたしは少女の衣服を脱がせ始める。
ごめんなさい。でも全部後ろの変態がいけないんです。
年端もいかぬ少女の服を脱がすことに罪悪感を覚えかけたが、それらは全てアルトさんに押し付けた。
✳︎
少女の服を脱がす最中に、わたしは何か柔らかなものに触れた。それはプニッとした弾力を持っていて、彼女の身体の中で、一際異彩を放っていた。
以前にもこの感触はどこかで味わったことがある気がして、記憶を思い起こす。そしてすぐに気づいた。
聖騎士団のみんなとお風呂場に行った時、ラックルさんやアスハさんの胸に触ったけど、確かそれの感触がちょうど今のようだった。
納得したと、さらに衣服を脱がす作業に取り掛かるが、そこでふともう一度気がついた。
【あれ? あの柔らかいものって、こんな下の方についていたっけなと】
彼女の服を下から脱がせていっている訳なのだが、進行具合は未だ下半身なのだ。
何か嫌な事実に気付きそうである。
直感的にそれに至ったわたしは、思わず手を止めてしまった。でも手を止め続けると、アルトさんが不振に思って催促をしてくる訳で……。
今となっては正直言って、わたしがこの子の服を脱がせることの方が、何かと問題がある。しかしそんなことを言っても仕方ない、なぜなら既に賽は投げられたー触っちゃったーからだ。
覚悟を決め、一気に衣服を剥ぐことした。もう、やけくそだ。ええい、ままよ。思いっきり服を脱がした。
そうしたらそこには、予想もしなかった光景があって。
「うわぁぁああ!!!」
「どうしたセア!?」
後ろに控えていたアルトさんは即座に立ち上がり、わたしを守るようにして前に立つ。そして彼も絶句した。
「これは…………」
異様なものだった。
あまり外に出ていなかったのだろう。真っ白な肌は純白なものを思わせる。しかし左腕の肘から下は、なんとも形容しがたい、おぞましい黒で覆われていた。
それは明確な実体を持たないみたいで、水から流動性を奪い、代わりに粘性を与えたような物質だった。
その粘性の黒はブツブツと煮えたぎり、気泡が出来てはその度に、パンと弾けていた。そしてその気泡は弾けるたびに、強烈な悪臭を周囲に放った。鼻の中を汚水で無理やり洗われるような、そんな不快さだ。
その物体は、わたし達を構成している業とは、まさに何かが、根本からかけ離れているようだった。
この【名状しがたい何か】が元で、わたしは吐き気を催した。
「ウェッ」
アルトさんは、わたしの背中をさすってくれた。
「一旦休むか?」
「いえ。大丈夫ですけど。これは……」
瞳で一度訴えた後、再度目の前のすっぽんぽんの子どもに視線を戻した。あまり腕の部分を眺めたくなかったので、やや下半身を中心にして。
……するとわたしは、やはりというか何というか。知ってはならない事実を知ってしまった。
一層顔色を悪くさせていると、アルトさんがこの状況について説明してくれた。
「俺達とは根本から、異なる業を持つ種族。そうか……つまりこいつは」
「ええ彼女は」
わたしも一心不乱に、ある一点を凝視した。
「異業種って訳だ」「男の娘でした」
第60話 終了
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