銀の歌
第27話
前回のあらすじ。
「クレイジーパスタ」
今わたし達はシグリアさんの奢りで、お昼ご飯を食べている。
「久しぶりのパスタ以外の食べ物……僕は幸せだよ」
「ああ、全くだ。このアルゴザリード※の肉は美味いなぁ!」
※二足歩行する羽の生えたトカゲっぽいやつ。
前回ミリアさんがクレイジーパスタ野郎だということが分かり、戦々恐々としていた。このままではわたしもパスタを何皿も食べさせられるんだと予感して。
そしてミリアさんが人数分のパスタを、有無を言わさない速度で、店員さんに頼もうとした時、シグリアさんが機転を利かせた。
「……今日の食事は、セアさんへの……謝罪! の意味をぉ、兼ねているから、セアさんが食べたいものを頼もう。そして僕等は、彼女が食べきれなかった分の支援に回るってことでいいんじゃないかな」
「ああ、それでいいと思うぜ! なにせ『謝罪だからな』!」
シグリアさんが提案した時、まだミリアさんは納得できていないらしく、むーーと顔を膨らませた。
しかしすかさずドルバさんが畳み掛けるように言ったことで、彼女の不満は封殺されたらしく、彼女はしぶしぶといった様子で了承した。そして話は今に戻る。
「パスタだって美味しいのになぁ〜ぶぅーー」
ほっぺたを膨らませぶーつくミリアさん。
自分はパスタをまだ食べことがなかったので、正直それでもよかった。けれどそれだとシグリアさんやドルバさんが、あまりにも可哀想だと思ったので、気遣ってあげた。
「まぁまぁミリアちゃん、今回は……ね? いいじゃないか」
優しげな顔で言うシグリアさん。
「ーーうぅ、分かったよ〜」
シグリアさんはお父さんみたいに、頭をポンポンと叩いてなだめていた。大変心温まるその様子を見ていたら、不意に頭の中にあった言葉が漏れ出た。
「とっても……とっても仲が良いんですね、皆さんは。まるで家族みたい」
自分の口角が、微笑ましさから上がっていることにも気付かず、本当に素直な感想を述べた。彼らは一瞬身動きを止めるたが、その後、代表したように、ドルバがあははと笑い始めた。
「おうとも! 俺たちは生まれ故郷が一緒なんだ。みんな同じ村で育った。幼馴染……いやまぁ、ここまでくると、そうだな。家族みたいなもんだ!」
にっと歯を見せて笑うドルバさん。その表情は一点の曇りもないもので、なんだか眩しかった。家族という言葉を、シグリアさんとミリアさんも、無言で肯定しているのが分かった。だからだろうか、彼らのお互いを信じ切っているその様をみていたら、自分で振った話だというのに、少しだけ寂しくなった。
家族……わたしにはそんな人がいたのだろうか。
「うん? どうかしたセアさん」
シグリアさんが、顔を覗き込むように話しかけてくる。心の憐憫が顔に出ていたみたいだ。心配が少し痛い。
「あ、あはは。なんでも、なんでもないですよ!」
笑って答えてみたが、それは少し歪なものだったようで、かえって心配させてしまった。
空気を悪くさせてしまったことに気づいて、慌てて取り繕うとするも、なかなか上手い言葉が見つからなかった。しかしここで思いもよらぬ方向から助け船が来た。
「おお、そぅだ! お前のことは正直これっぽっちも知らないが……だから、やってみたいことがある!」
なんてドルバさんが言い始めたのだ。これにはわたしだけではなくシグリアさんやミリアさんも食いつき、即座に彼に促し始めた。
「どうしたドルバ?」
シグリアさんが尋ねると、しばらく間を作った後にドルバさんはニタァと悪い笑みを浮かべて言った。
「ああ、久びさに占いでもしようかと思ってよ」
✳︎
今目の前の白いテーブルの上には、なんだかよく分からない薬品だとか、香だとか、水晶が置かれているー水晶の下には紫色の布が敷いてある。転がらないようにするためだろうー。
ポカンと空いた口を、いい加減閉じて尋ねる。
「これなんです?」
ドルバさんはニタァと笑って、説明をしてくれる。
「実はなぁ、俺様は占いができるんだ。そんでもって今からお前の未来をうらなってやるよ。命を狙った詫びだ詫び!」
あまりにも顔に似合わないことを言うのだから驚いた。だってどう考えてもこの人、チャラい系のお気楽男子だし。困惑していると、すかさずシグリアさんが割って入ってきた。
「こいつの祖母が、僕らの村では有名な占い師だったんだ。ドルバはおばぁちゃん子だから、祖母が行う占いをいつも熱心に見ていてね。それでいつのまにか覚えたらしい」
「おうとも! 小銭稼ぎは任せろ!」
「それ、威張れることじゃないからな……」
なんて漫才みたいなやりとりを眺める。ドルバさんがコホンと咳払いをすると、改めてわたしへと向かい合った。
「さーってっと、セア! そんな訳でお前のことを占うから、まずはコースを選んでもらおうかな」
ドルバさんはニシシと笑いながら言う。その明るさに流されそうになるが、すんでのところで踏みとどまって、気になる箇所を指摘する。
「コースって何です?」
これは聞いておかなければいけない点だろう。わたしが発した言葉を聞いたシグリアさんは。あぁ、やっぱり気になるよね。といった様な表情を浮かべた。
「うん? コースはコースだ。まず一つ目がうっきうっきお手軽コース。二つ目がやばい! 命中精度が高めだよ! コース。三つ目が本気で占う、的中率九割のコース。の三つがある」
なんだぁそれは……。
「ちなみに上から順にルカナスタ銀貨一枚。ルカナスタ銀貨五枚。ルカナスタ金貨一枚となっておりますのでぇ……」
こんな時だけ礼儀正しく、恭しくして伝えてくるドルバさん。
「はぁ……つまりわたしはどうすればいいんです?」
「ケヒヒ。なぁにお前のその手元の硬貨を一枚、俺にくれりゃあいいんだよ」
下衆の笑い方で言ってくるドルバさん。だけどいくら怪しんでも先に進みそうもないので、その言葉に従って、アルトさんからいただいたお金を……渡そうとしたところでシグリアさんに腕を掴まれた。
「セアさん。こんなことにお金を払わなくていい」
「あっ!! 何すんだシグリアてめーー!」
シグリアさんは今度ばかりは許せないと、気持ち怒りめでドルバさんを叱る。
「僕らはこの子に迷惑をかけたんだ。お金まで毟り取ろうとするな。ドルバ」
でもあんまり強い言い方ではない。人の良さが出てしまっている。
シグリアさんは、自分の言葉の脆さに気付いたのか、性格に合わないだろうに、それでもさらに強い言葉を、わたしのために使ってくれる。
「占うんだったら、無料で占うんだ」
シグリアさんが睨みつけると、ドルバさんは「く〜!」と歯軋りした。だが不承不承といった態で、「まぁ、そうだな」と納得していた。しかし小さくだが、彼は軽く舌打ちを打っていた。
シグリアさんは、何というかもう、ひたすら平謝りをしていた。
✳︎
「ええー、それじゃあ占っていこうかと思います」
せっかくの儲けを邪魔されたからか、多少気怠げにドルバさんが言う。
「はい。よろしくお願いします」
黒っぽい怪しげなローブを身に纏ったドルバさんは、相対する位置に座っている。他の二人は、占いの邪魔になるとかで、立たされている。
「ええ〜っと。確か本気で占わなきゃダメなんだっけか? シグリア」
返答を求められたシグリアさんはコクリと頷く。
「やるんだったら全力でやれ」
口を尖らせて言うシグリアさん。
それを見ると、くたびれたように首裏を掻き始め、片目の男は笑った。そしていよいよ。
「さぁ、始めていくぜ……!」
水晶に手をかざし、なにやらぶつぶつと呟き始めた。対面に座るわたしは、それをただ見守ることしかできない。いったいこれから何が始まるのか。
緊張の一瞬である。だがその不安、緊張は、意図しない理由ですぐに霧散した。
「なんじゃら、ほんじゃら」
ーーなんじゃら、ほんじゃらって何……? 疑問に思っていると、水晶が紫色の光を帯び始めた。
「あーあー。昨日の夕飯スパゲティー」
スパゲティー? さっきからいったい何を言っているのか。そう思い首をひねったが、その時お品書きに目を奪われた。何故かというと、【スパゲティー】その単語がお品書きの中にあったからだ。……それもパスタの項目の中に。
何か悲しい予感を感じつつ、わたしはドルバさんのすることを見守った。
「今日の朝食、カルボナーラ」
いい加減これが、ドルバさん独自の占い文であることには気がついた。だけど自分の想像する占いの呪文とは、何か……全く違う気がした。
けれど呪文は呪文のようで、着々と占いは進行しているみたい。水晶の中で何かが、台風のように渦巻き、白く濁り始めた。
ドルバさんの瞳から透明な雫が落ちる。それが水晶に当たり弾けると、水晶はそれがきっかけだと言うようにきらめき始めた。
ーーそして今。
「今日の夕飯、きっとペペロンチーノ!!!」
悲痛な叫び声とともに、拳を高く振りかざすドルバさん。生涯に一つ、どころかたくさん悔いがありそう。
ふと周りを見渡せば、シグリアさんが泣いているのが見えた。ミリアさんは対照的にポケーっとしていたが、これが加害者と被害者の意識の差なのだろう。
「水晶を見てくれ……これがお前の占い結果……お前の未来だ……!」
ドルバさんが涙ながらに言う。その表情が、あまりにもいたたまれなくて、逃げるように水晶を覗き込んだ。
第27話 終了。
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