銀の歌

Goodbye to Fantasy
プチ
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第100話 これまでのこと、これからのこと、アルトの願ったこと

公開日時: 2021年3月1日(月) 18:30
文字数:3,632

 100話ですね。随分遠い所までやって来ました。それは彼らの道のりも含めて……。今回は他に番外編も用意しておりますので、楽しんでいただけたら幸いです。


 こちらは100話記念の感謝の絵です。



 本編始まります。

銀の歌



第100話



 さて、村に着いた同日の夕暮れ時。わたし達はお店屋さんの前まで来ていた。わたし達……とは言っても、ここにいるのは、わたしとヘテル君の二人だけで、後の二人はいないのだが……。


「さぁ、お姉さん。何を買っていくんだい?」


 お店の人はニコニコ笑顔で、聞いてくる。わたしの方は、だいたい買う物は決めたのだが、やはり自分だけで決めるのは不安があるし、何よりこれはわたし達二人に出された課題だから、ヘテル君とよく相談しあって決めたい。


 お店の人の前で、ヘテル君と内緒話をする。


「わたしが、わたし達が買おうと思うのは……」


 なぜ、こんなことをしているのかは、少しばかり時間を遡る必要がある。


✳︎


「随分傷だらけですね」


「言うな」


 顔中に引っかき傷を作ったアルトさんは、小脇にソフィーちゃんを抱きかかえて戻ってきた。彼女は反抗的な眼差しで、何やら不服そうにしていたが、暴れ出すようなことはなかった。


「たっく。拾われた分際で、このクソ犬は……」


「まぁまぁ。アルトさん。たくさん走ったからか、もう脚衣の裾は乾いていますから。何か変な匂いはしますけれど」


「じゃあ、ダメじゃない?」


 アルトさんはソフィーちゃんを床に下ろした後、濡れた方の足を上げると、脚衣の裾を恐る恐る触った。するとまだ湿っていたのか、彼はげんなりとした。


「はぁーーーー。俺はこれから、宿屋の人に聞いて、洗い場で少し洗ってくる。お前達は宿屋を出て、右手に進んだ先の飯屋に入っておけ。まだ昼飯は食べてなかったよな?」


 アルトさんの問いに、わたし達二人はこくんと頷いた。すると彼はシッシと追い払うように、わたし達を部屋の外へと追い出した。戸を閉める時に、最後に聞いた言葉は「これ高かったんだよなぁ」という言葉であった。

 流石に少し気の毒な気がした。


✳︎


 アルトさんに指し示されたように進み、わたし達二人は、その料亭の前にいた。全体的な作りは木造で、いくつかの吹き抜けがある平屋であった。入口の上部の屋根、見やすい位置には木でできた看板があり、そこには店名が書いてあった。


「うん、それじゃ入ってみよっか」


 隣にいるヘテル君や、そのまた向こうのソフィーちゃんに尋ねるようにして言った。彼らは「うん」と頷くと【着いて来てくれる】ようであった。

 【着いて来てくれる】それはつまり、自分が先陣を切ることを意味していた。何だかんだお店に自分から入るのが、初めてだったんだということに、今更ながら気づいた。今までは誰かに着いて行っているだけだったのを、改めて認識したのだ。


「いらっしゃい」


 開放的な店のようで、扉は付いていなかったが、店の中に入ると、木造の床がミシと軋む音がして、その音に気づいたのだろう。奥から、背が高く厳しい顔つきをした、短髪の男性が出てきた。


「見ない顔だ。旅人か。二人? なら席はこっちでいいか?」


 その人は二人がけのテーブルを、見せるように紹介した。


「あっ、いえ。あ、後から一人来ます」


「なら、こっちの席だ。頼む際には呼び止めてくれ」


 お店の人はそう言うと、「すみませーん。注文したいんですけど〜」という他のお客さんの声に応えて、行ってしまった。それを見届けてから、席に座ると、わたしは大きく息を吐き出した。


「どうしたの?」


 ヘテル君が心配そうに訊いてくる。


「いや、意外と緊張しちゃって」


 お店の人からしたら、いつものことなのだろうが、普段旅をしている分、対面で話してみると、予想外にどぎまぎしてしまった。


「背、高かったもんね」


 クスリと微笑むようにして、ヘテル君がそう言った。その顔は抱きしめたくなるほど、可愛いものだった。それから彼の表情には、安心感があるように、わたしには見えた。

 ああ。自分では頼りないと思っていたけれど、ちょっとは安心して見てもらえてたんだな。

 そう考えて、ヘテル君と前より仲が良くなっているのを感じた。


✳︎


「お前らには自分達だけで、商いをしてもらう」


 何を頼もうかとヘテル君と迷っている時に、アルトさんとは合流した。そのまま皆で食事を楽しんでいた時に、「そうそう」と前置きした後に、アルトさんは言ったのだ。


「商い……いつもアルトさんがやってるアレですよね」


「そうだ」


「……なんでまた急に、そんなことを?」


 アルトさんが決めつけたように言うので、彼の真意が訊きたくて尋ねたら、彼は顔を渋らせた。


「いや、全然急じゃないぞ」


「でも、今は創世魔法の訓練とか、体力をつけなきゃで忙しいですし」


 そんなことをする余裕はあるんですか? 言外に意味を込めた。するとアルトさんは、首を横に振った。


「違う。逆だ。急にやらなきゃいけなくなったのが、お前が今言ったそれらで。本来なら商いの方を、俺はお前達に教えなければならなかったんだ」


「うーーん」


 いまいち言っていることが分からずに、首をひねる。


「だから、つまりは……。俺はお前達を独り立ち出来るようにするのが、本来の目的だったんだよ。特にセア。お前には拾った時に言った筈だし、何より今までの旅は、そう言ったことを目的にしていた」


 それを聞いて、ああと腑に落ちて頷いた。今まで色々な所を巡って、その度に様々な出来事に遭遇したが。その出来事というのが、意図したものでないことに、今更ながら気がついたのだ。


 この旅の中、予想外の出来事に遭遇する度に、アルトさんは辛そうな表情をしていた。そんな彼が一番楽しそうだったのは、【獣人の里】に行くまでの道中と、【獣人の里】での商売の交渉で勝利した時だ。いや、後々聞いたらあの時の交渉は、上手いこと嵌められていたらしいのだが。それでもそのことも含めて、きっと楽しかったのだろう。

 でもそんな彼が、また辛そうにしたのは、例の怪物、ヴァギスが現れた時からだ。


 アルトさんは、わたしのことを拾った時に言ったのだ。俺の旅は【世界の知らないを見に行く旅だ】と。それは決して、決死の覚悟をしなければならない怪事件に、立ち向かうという意味では、間違いなくなかった。意図せぬ出来事を、彼は内心喜ばしく思っていなかったのだ。


 ヴァギスに関しては【知らない】の一部だった気はするが、墓地でのことを思い返せば、アレも怪事件に入れることができる物だったのだろう。

 何にせよアルトさんはわたし達に、本当は、世界の在り方を見せようとしてくれていたのだ。動植物を語る時、遺跡で出会えるかもしれない、知らない物を夢見る時の彼は、心の底から楽しそうであったから。


ーー宝箱好きなんだもんな。この人は。


 そんなアルトさんの目的が、わたし達の独り立ちであると言うなら、それは確かに急な事ではなかった。彼が【意図して行ったこれまでのこと】は、何も知らなかったわたしが、この世界を生きていくために必要な、経験値を稼ぐものだった。


 だからこそ自分が今している、創世魔法の訓練だとかも、アルトさんからしたら、本当は……。

 これ以上は考えたくないので、頭を振って、考え事を頭から追い出した。


「お前達は、もしかしたら勘違いをしていたかもしれないが、俺は何もお前達の側にずっといる訳じゃないぞ。お前達が一人で生きていけると確信したら、俺は離れるつもりだ。もちろんそれは、今ある問題をどうにした後の話だが。ヘテルの病……を治したらそれで終わり、故郷に帰れたらそれで終わりではない。そこから先、生きていかなければならないんだ。お前達は一人でだって生活が出来なければならない」


「そのために必要なのが、商い? なんですか」


 だいたいはアルトさんの言い分に納得したと頷いて、自分の理解を示すためにも、そう質問した。


「いや、別に商い……行商じゃなくっても、安定して生きれるなら何でもいいが。俺が辛うじて教えることができるものが、これだけだからだ」


「なるほど」


 本当にこの人は、わたし達のことをよく考えてくれている人なんだと思い直した。ヘテル君も目をパチクリさせた後に、アルトさんの話に、全面的に同意を示すように頷いていた。


「さて、理解したならやってもらおう。お前達は商人の弟子だ。金を幾らか渡すから、お前達自身が自分の頭で考えて、次の街で売るものを買ってこい。このまま北東に進めば、次の街に着くまでだいたい二週間はかかる」


「はい!」


「よし、いい返事だ。そして忘れるなよ。商人は安く買って高く売るのが基本だ。更にお前達は行商人だ。需要のない場所から、ある場所へ移動することが可能だ」


 アルトさんは言い終わると、机の上にあった黄色い果実を一つ手に取り、無造作に口に運んだ。


「よし、行ってこい」


 シャリシャリといい音と、みずみずしい果肉を口の中で弾けさせて、アルトさんは言った。


「はい!」


 胸の前で両手を握りしめ、ヘテル君は「うん」と頷いた。あまり感情が前に出なさそうな彼だが、しかしこの時ばかりは、周りが見て分かる程、闘志に満ちていた。


✳︎


 そうして時は今に戻る。


「で、何を買うんだい?」


 店主の人がそう訊くから、わたし達は答えるのだ。


「それは……」


第100話 終了

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