銀の歌

Goodbye to Fantasy
プチ
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第127話 エリーゼの人形・トリオンの絶叫

公開日時: 2021年11月8日(月) 18:30
文字数:6,377


 ボタンで作られたお目々はぱっちりとして愛らしく、恐らくもふもふの綿が詰められているであろう身体は、思わず触れたくなるものであった。ただ、そんな可愛らしい容姿とは裏腹に、柄悪く悪態をつく人形は、まぁ異彩を放っていた。

 人形は、その真っ白な白髪─毛糸で出来てる─を荒々しく揺らして、尚もアルトさんに迫った。


 わたしとヘテル君は事態に追いつけずポカンとしているが、責め立てられているアルトさんは、落ち着いた様子で、怪訝そうにしていた。それでしっしと追い払うような動作で、手を動かしていて……。その振る舞いから、二人? が既に面識がありそうなことを、わたしは察した。


 そしてトリオンさんに、救いを求めて、どういうことです? という視線を投げかけた。


「うん、あれはエリーの魔法人形」


「なるほど」


 言うけれど、でもそれだけの言葉じゃ、やっぱり全貌は掴めない。だからアルトさんと人形の罵り合いを背景音楽として、もうちょっとトリオンさんから詳しく聞かせてもらった。すると分かったのは以下のようなことだった。


 まず初めに、『魔法人形』と言ったように、あれは何かしらの手品の類ではなく、エリーゼちゃんの魔力を媒介として動く人形とのことだった。人形自体はなんの変哲もない、普通の素材で作られた彼女の手作りなのだが、しかし彼女の魔法は、何と言うことだろう。人形に意志と魔力を分け与えることが出来るそうなのだ。つまりあの人形は心を持っているということ。

 これだけでもわたしの知る常識を遥かに超えて来ている訳だが、あろうことか更に詳しく言えば、エリーゼちゃんが分け与えた魔力が無くなるまでは、彼女の人形は動き続け、意志を持ち続けるのだと言う。つまり半永久的な生である。

 そして駄目押しとばかりに、わたしが困惑しているよそで、とんがり帽子だの首に巻きつけた蛇の人形だのを机に置き、それら全てを動かし始めたのである。同時使役? とやらが出来るらしい。


 エリーゼちゃんが身につけているものの大半が人形だと知ったのは、また新しい発見でもあったが、そんなことよりもこの子やばくない? はっきり言ってしまえば、化け物だと思うんだけど。

 魔法についてちょっと勉強し始めた分際であるが、だからこそ言えることだと思う。ここまで万能で、また強力な魔法。驚嘆するしかない。

 というかだ。ようやく気づいた。


「あれ? もしかしてエリーゼちゃんって創世魔法使える? いや使えてるよね?」


 逆になんでここまで気づかなかったのか、この万能さは間違いなく創世魔法である。

 ただ一度気づけば連鎖していくもので、エリーゼちゃんの触媒についても、すぐに察しがついた。彼女の触媒は確実に、人形である。

 それにしても、今まで十人といないと言われた創世魔法の使い手が、ここに来て三人目である。希少価値どうなってるんですか? これを単なる偶然で片付けて良いのか……。


 いや、というかだ。


「えっ、アルトさん。そのお人形と友達なんです?」


 未だいがみ合う彼らであるが、呼びかけると正気を取り戻した風に、アルトさんはこちらへと振り返りあらたまった。


「友達って表現はおかしいが、以前一度会ったのは間違いない」


「どこで?」


「ルクス街。あの時もおっさんとエリーゼと飯食ってたけど、途中で俺いなくなったろ。エリーゼ連れて」


 よく思い返してみれば、確かにそうだった気がする。でなくとも、アルトさんが陰でこそこそしているのはいつものことなので、わたし達が知らない内に、何をやっていたとしても不思議ではないが。……でも、それなら。


「てことはアルトさん。エリーゼちゃんが創世魔法使えるって知ってたんですよね? だったら、なんであの時言ってくれなかったんですか!?」


 異業種の治し方を教えてもらう時もそうだったが、この人は……! いくらなんでも酷い裏切りだ。だって、今知ったことではあるけど、エリーゼちゃんって絶対わたしよりも、創世魔法を上手く扱えている。そしてこんな凄い魔法をーわたし達に紹介するなどー雑に使っても大丈夫そう。それが何を意味するかは簡単だ。魔力量が多い。アルトさんよりも……そして恐らくわたしよりも……。

 こんな凄い人がいるのを知っておきながら、黙っている。これが裏切りでないなら、何が裏切りだ。


 トリオンさんとエリーゼちゃんは、すっかり蚊帳の外で。何が何やらと不思議そうにしていたが、彼女の存在を知ったからには、引くことが出来ない。思わず声を荒げてしまいそうだ。


「なんで知っていて黙っていたんですか……?」


 お店の人にも、トリオンさん達にも迷惑になるから、努めて声量は小さくしたが、流石に怒気は隠せなかった。そうしてアルトさんに尋ねたまま返答を待ったが、しかし彼はどれだけ待っても口を動かしてくれなかった。


 これを受けてわたしも、落ち着いて今の現状を整理することにした。

 アルトさんがヘテル君を治すことに協力的なのは、そうだ。しかしやり方は、どう贔屓目に見ても遠回しで、積極的な方法には見えない。彼がどういう考えで動いているのか、分かろうと努力して来たし、わたしなりに彼の立場になって事情も考えていた。でも今回ばかりは、ちょっと理解が出来ない。


「答えてくれないんですか」


 たまらず続けた。この静寂は酷くわたしを焦らせた。


「アルトさん……!!」


 苦虫を噛み潰したなんて、生やさしい表現では追いつかない。奥歯を砕かんほどに、憤りを募らせて言った。しかしやっぱり返事は返ってこなくて。思わず掴みかかりそうなった時、視界の端で動きがあった。トリオンさんが今どう言う状況なのか知ろうと、ヘテル君に耳打ちしてもらっていた。そうして理解したトリオンさんは、敵意の全くない、笑顔をわたし達に見せた。


「うん。事情は分かった。セアちゃんが怒るのも無理はない。それに君が思う通り、こっちのエリーは、多分この世界最高峰の魔法使いであり、優れた創世魔法の使い手だ」


「だったら!!」


「うん。でも異業化を治すことは、この子では出来ないと思う」


 助け舟かと思ったら、いや違った。この人は助けてくれなかった。

 トリオンさんは申し訳なさそうな顔をして、しかし言葉を止めることはしなくて。わたしが理解出来るようにと、多分かなり気を遣って言葉を選んで説明してくれた。


「エリーはね。身体の中がぐちゃぐちゃなんだ。魔力を使うためのーー魔力回路とでも言おうか。それがね。全然もう、彼女がその身に宿す膨大な魔力量に耐え切れていないんだ。

 エリーは間違いなく、世界で一、二を争うくらいの魔力を保持している。それにずっと使い続けて来たからだろうね。扱い方も上手だよ。

 でもそれはずっとやり続けて来た、慣れていることだけに限る。不慣れなことは彼女の身体を蝕んでしまう。

 君達が考える創世魔法を使って異業化を治すという方法は、凄い思いつきだけど、前例がない。どれだけ負担がかかるか分からない、いやきっと、やるとしたら長丁場だし膨大な魔力も一度にたくさん使うだろうね。そういった予測が簡単にできるなら、彼女の親代わりの身としては、賛同できない」


 エリーゼちゃんの事をよく知らないし、創世魔法についても、まだ知らないことが多くあるから、トリオンさんの言っていることがどれだけ客観的に正しいのかは分からなかった。でもそれが事実で、仕様がないものと客観的に誰もが言うなら、そうなのだろう。知識がないわたしだ。知っている人に、無知を晒すだけになるのであれば、それは子どもの発奮でしかないから、納得出来なかったけど、それでも納得した。


 でも問題点はもう一つある。アルトさんがエリーゼちゃんについてどれだけ知っていたかは知らないが、多分ここまでのことは聞かされていなかったと思う。であれば初めて創世魔法について教えてくれた時、少しでもエリーゼちゃんに触れてくれても良かったんじゃないだろうか? 解決できるかもしれない可能性を知っているのに、何も言ってくれない。これは明確な裏切りだと思う。


 そのことを言おうとしたけど、しかしそちらもトリオンさんに先回りされた。


「後、君達に青年が何も言わなかったのは。それは多分エリーに……もっと言えば彼女の人形達に釘を刺されていたからだと思う」


「……どういうことです?」


 訊くと、そこからはトリオンさんに代わって、エリーゼちゃんが答えてくれた。深雪を踏むような、透明感のある冷たい声で。


「訊かれたの。あの日。魔法について。それに対して私は答えた。でもその時、私のことは秘密にしておいて欲しいって言った」


 事実だけ伝わればいいと思ったのか、本当に最低限だけを、口数少なくエリーゼちゃんは言っていた。その態度は、周りに与える雰囲気なんか考えない、気遣いのないものだった。先程アルトさんも礼に欠いた態度をとっていたけど、これもこれで結構なものだ。彼女の後ろで、トリオンさんは申し訳なさそうに頭を下げていた。

 まぁ……エリーゼちゃんの言葉遣いがどうであれ、でもこれでアルトさんを責める理由は、大分なくなってしまった。当の本人に口止めさ、それを忠実に守っていたのであれば、むしろそれは律儀で義理堅い。褒められるべき姿勢だ。


 でもやっぱり納得出来なかった。表面上ではうんと頷いて、立ち上がりかけた身体を、どすんと椅子にまた下ろしたけど。

 隠し事をされるのは、それも重大なことを話してもらえないのは、いつものこととは言え、事情があるとは言え、とても悲しいことだったから。


✳︎


 一度はお開きになりかけたが、このままお別れするのは良くないだろうというトリオンさんの判断で、もう少しだけ会話の席に着くこととなった。最初はやっぱりギクシャクしたが、トリオンさんはしかし、わたし達をよく気遣ってくれた。彼に事あるごとに感謝したが、アルトさんは「お前が原因だけどな」と釈然としていないようだった。

 アルトさんに思う所は多々あるが、しかしそれ以上にトリオンさんが、ぎこちない笑みを浮かべるので、彼にこれ以上無理させたくない想いが強くなった。だから気持ちを切り替えて、エリーゼちゃんやヘテル君を巻き込んで、彼と楽しく話す方を選んだ。


 主な話題となったのは、エリーゼちゃんの肩に乗っている彼のこと。魔法人形についてである。

 何でも話を聞けば、彼はエリーゼちゃんにとって、特別な存在であるらしく、彼について語る時、このように言っていた。


「この人は王子様」


 照れながらに言っていた。この発言を受けて、エリーゼちゃんに対する印象は大きく変わった。口を滑らせたと思ったのか、その後の慌てようも、実に可愛らしいもので……。人形ー王子様ーの良い所や思い出を思いつくままに話してくれた。彼女曰く、「私が困った時にはすぐ助けてくれる」「お兄ちゃんよりも強くて格好いい人」とのことである。

 慌てて話すエリーゼちゃんの様子は、普段とは違って、いかにも年相応であった。その話に感化され、彼女曰く王子様をよく見てみれば、人形には確かに、何か変な貫禄があった。


「いや、ふてぶてしいだけな気もする」


 そう言ったらトリオンさんは笑っていたが、エリーゼちゃんはどうにも釈然としていなかった。


 旅人をしていると、よく思い知らされる。人にはそれぞれ物語があることを。最初から疑問ではあったが、この二人も本当に、いったいどういう関係なんだか。


 エリーゼちゃんの使う魔法が創世魔法と知った今、わたしの中では、その疑問が再燃していた。


 だって、怪しげなおっさんと希少魔法の使い手の二人旅なんて。わたし達も大概ではあるけど、この二人も字面だけ見れば、意味不明である。まるで繋がりない。血縁関係でもあれば、まだ分かるんだけど……。そういったことでもなさそうだしな。


 そういった疑問を抱えて、いや、でもこれ質問したことあったっけ? と、そもそも訊いてすらない可能性を思い出していた。だから、うだうだ考えるよりも、思い切って尋ねてみた。


「そういえばもう前にも訊いたかもしれませんが、お二人って、家族とか親戚とかでしたっけ?」

 

 尋ねると今まで乗り気だったトリオンさんが、分かりやすいくらい固まった。にへらついた表情のまま、止まってしまったのだ。

 このまま固まり続けてはまずいと思ったのか、考えもまとまっていないのが丸見えなまま、歯切れ悪く話し出した。


「えっ、と。それは。あのーー。えええ。あーー、か、かぞく? いや、うん。し、知りあ、しんせ…………。ともだ……。親子かな? 親子だよ」


 話が二転三転するなんて領域ですらない。というかだ、側から見てて、そんだけ怪しい二人組なんだから、人から訊かれた時の対応くらい考えといて欲しいものだ。ここまで動揺されると、こっちが困る。どうやっていじってやろうか。選択肢が多いなぁ。


「ふーん。親子って言う割には、髪の色も、肌の色も、顔の骨格すら違う気がしますが」


「ぐうぅ。じゃあ、あれ。あれだよ。えっと、えっと。友達」


「へぇ。どんな出会い方をしたんですか? まさか何の共通点もない訳じゃないですよね」


「うぐうううう」


 少し責めただけで、ここまで反応されると、すっごく悪い気がしない。


「それにさっき、親代わりって言ってませんでしたか? なのに友達なんですか?」


「……ッ!」


 語れば語るほどにボロが出るおっさん。いつかの日とは真逆の立場でーあの日のことは、今となっては感謝しているけれどー、ついつい復讐心というなの攻めっ気が出てしまう。せっかくの機会だからと。

 でもここら辺で終わりにしよう。トリオンさんが良い人なのは、もう十分すぎる位分かっている。だから関係性だってなんとなく察しはつく。きっとエリーゼちゃんのことを、道中助けたとか、友達から娘を任されたとか。なんかそういう感じで、ちょっと重くて自分からは言い出せない事情なんだと思う。


 なのでエリーゼちゃんに訊けばいいのだ。トリオンさんからは言いにくくても、彼女からなら言いやすいかもしれない。もちろん、本当に重い事情なら、わたし達部外者が立ち入るべきじゃないから、そうだったら言わなくていいと、予防線を張って。

 ただ尋ねるとエリーゼちゃんは、驚くほど簡単に受け入れて、答えてくれた。


「うーんと、私にとってこの人は……。

 勝手に後ろから、にやにやしながら付いて来る人って印象。何かしら関係性がある訳じゃないの、本当に。その証拠に私は、この人のことを何にも知らない。家族構成はもちろん、年齢すら知らないわ。知ってるのは一つだけ。名前がトリオンってこと。正直不気味だし、気持ち悪い」


 これには今まで無関心を決め込んでいたアルトさんも、食い入るようにトリオンさんを見つめて呆けていた。わたし達の反応に関しては、もう言わなくてもいいよね。

 トリオンさんは汗ダラダラだ。


「違うよね。エリー! ねっ! 違うよね! 儂はそんな怪しい人物じゃないよね! ほら、だっていっつもご飯一緒に食べるし、一緒に寝るじゃない! 変なことだって一度もシテナイヨ!」


「うーんと。後は……。ああ、そうそう。それで思い出した。気まぐれに夜起きると、何故か近くにいない時があって、明け方帰って来るんだけど、その時は大抵、はぁはぁ呼吸を荒げたりしてるの。顔が真っ赤なこともあったわ」


「エリー!!!??? 起きてたの!?」


 トリオンさんの絶叫と共に、アルトさんが飲み物を吹いて咳き込んだ。わたしとヘテル君は、トリオンさんが何をしているのか、それだけでは全く掴むことが出来なくて、判断に困ったけれど。思ったよりもこのおっさんが、やばそうなやつだということは理解できた。


「あとは……」


 その後も暴露話は続いて、その度にトリオンさんは悶絶していた。彼への評価は、今日一日だけで、内心とても上がっていたのだが、これを受けて振り出し……。いや、マイナスからスタートしてもらうことにした。

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