銀の歌

Goodbye to Fantasy
プチ
プチ

第15話 街の中で②

公開日時: 2020年9月13日(日) 18:30
更新日時: 2020年9月14日(月) 20:00
文字数:3,765

銀の歌 


第15話


 う、うえぇ。助けようとしたらいきなり怒られた。な、なぜだ……。


※耳元で騒がれれば誰だって怒る。


 でもよかった、意識がある。


 怒られたことにちょっとだけ疑問を感じながらも、この女剣士さんに意識があるのが分かりホッとした。それで次に気になるのが、この人がなんでこんな所にいたのかということだ。まさか、廃棄物の中に埋もれていないと眠れないとか、そんな訳の分からない性癖を持っている訳じゃないだろうし。何かしらの事件でもあったのか。


「良かった……意識がおありだったんですね!

いったいここで何が? ーーーーああ! 耳元で騒いだことはすみません! でもあなたが無事そうで良かった!!」


 今度はちゃんと距離をとって女剣士さんに話しかけた。すると彼女は濡れたような瞳を開けるとすっかり疲れた顔で、倒れている体を半身起こして、また何か手元の手記をパラパラとめくり始めた。そして震える手で文字を書き込んだ。


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この状況が無事に見えるなら、お前は大層なお花畑だな……けれど助けようとしてくれたことには感謝をする。ありがとう。それですまないが。君は誰で、ここはだいたい街のどの辺りなのかを、教えてはもらえないだろうか。

””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””


 筆談形式なのは少し疑問だけど、困っているのは一目瞭然だし協力したいな。そう思って自分にわかる限りの情報を伝えた。


✳︎


““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““

……はぁ、なるほど。

 すると、君ともう一人……は今街に着いたばかりの行商人だと。さらにそんな生活をしてるから今日の日付も知らないと。しかも君は記憶喪失……。なるほど。なるほど。

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 自分達の状況はなるべくぼかしつつ、けれどわかることは全て伝えた。だが、わたしの目の前でぐったりと、やつれた座り方をしている女剣士さんは、わたしの話を全て聞き終わると、残念そうな顔をした。


※ちなみに行商人というのは、街に入る前にアルトさんに言われた仮の身分だ。万が一自分の事を話さなくてはならない時には、そう言えと言われていた。


 女剣士さんはしばらく残念そうな顔をしていたが、かぶりをふってまた手記を開いた。


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協力いただき感謝する。セア……で良かったな?お陰でだいたいのことが分かった。けれどこちら側の事情は訳あって話せない、すまない。

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 やつれた顔で手記を見せる女剣士さんを見たら、それ以上何か聞こうとは思えなかった。だから。


「分かりました。それじゃあ、あなたの事情は聞きません! ただせめて……今はもう血が流れていないとは言え心配ですから、あなたの家まで送っていって良いですか?」


 笑顔で聞いてみた。そしてそう言いながらわたしは何を言っているんだろうなーとも思った。

 この人はきっと王国聖騎士団の方だから、多分わたし達の素性が分かったら捕まえにくる。この行動は今の自分達の状況を考えればきっと良いものじゃない。そもそも自分達の事を話した時点で、この人に関わった所からアウトだったのだとは思う。

 でも困っている人がいるなら助けたいと思ってしまう。


 女剣士さんは困った様子を浮かべ、恐らくは否定の言葉を言おうとしたのだろう。しかし彼女は、わたしの心の迷いを覗いたように、言おうとした言葉を飲み込んで、一人でよろめきながら立ち上がった。

 倒れている時は小柄な人だと思ったが、立ち上がって姿は、思ったよりも背丈があった。姿勢が良いというのもあるが。そんな彼女は、わたしの頭をポンポンと叩くと、優しげな笑みを浮かべた。


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ごめんね、あなたの好意は嬉しいわ。

 けれどあなたを巻き込みたくはないの、分かってくれると女しいわ……

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 手記に書いてあることが、いまいち読み取れず、反応に困った。文字はアルトさん指導の下、公用語の大半は覚えたつもりだったが、やはり記憶喪失女には限界があったのだ。

 そうしてお互いが、お互いの反応を伺いあって、見つめ合うこと数十秒。先に動いたのは女剣士さんの方だった。彼女は首をひねった後、そんなおかしなこと書いたかな?と、自分の手記を見直し始めた。


--すると。


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あっ間違えた! すまん! 【嬉しいわ!!】こっち、こっちだから!!

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 照れた表情で女剣士さんは、わたしの頭から手をどかした。


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…………しまらないけれど、それじゃ

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 よろとふらつきながらも、女剣士さんは、わたしから顔をそらして、一歩一歩しっかり足を踏み出して、中央通りに向かって歩き出した。だが途中に何か思い出したようで、彼女はこちらに振り返り、手記をペラペラとめくって何か書き込み、わたしに見せた。


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……コホン。そう言えば名乗っていなかったな。私は王国聖騎士団コスタリカの、王国副剣士長を任されている【アスハ】というものだ。今の自分が言える義理じゃないんだが、市民を守るのが私達の仕事だ。

 助けようとしてくれた恩は必ず返す。何かあったら遠慮なく頼ってくれ。また会えることを願っているよ。後さっきの誤字は忘れてくれ。

””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””


 そうしてアスハさん--ポンコツさんは微笑むと路地から去っていった。


✳︎


 なんだか……不思議な人だったな。なんてぼんやりと思いながら、アスハさんが去っていった路地を見つめていた。そこへ。べし!! と頭に何か衝撃が走った。


「あいたっあぁ!!」


 何者かが後ろからチョップをしてきたのだ。


「もうっ! 誰ですか!?」


「誰ですか……っじゃない! あの場所で待ってろっつったよな?」


「ーーーーあっ」


 振り向くとそこには青筋を立てたアルトさんがいた。見たら分かる、めっさ怒ってる。


「俺がどれだけ心配して探し回ったか……分かってんのか?」


 喋り方が完全にヤンキーのそれである。今にも夜露死苦(よろしく)とか言いそうである。


「い、いやぁ。こ、これはその!!」


 慌てて釈明しようとする。しかしアルトさんはわたしの話しなど聞く耳持たないと。


「問答無用だ!」


 そう言ってゴツン! とグーで頭を殴ってきた。


「うぶぅーー!」


 い、痛い……そんなに強く殴ることはないじゃあないか、ちょっと約束を破っただけなんだし……。だいたいわたしは、アスハさんに勝るとも劣らない、可憐な女の子だ。許してくれよ。そんな風に心の中で抗議する。


「はぁ〜まあいい。それよりも、会う約束を取り付けることができたから、待ち合わせ場所まで行くぞ」


 そう言うとアルトさんは後ろも見ずに頭を抱えて歩き出した。わたしは一人先行く彼を追って、「あっ! 待ってくださーい!」と後に続いた。


✳︎


「ここら辺……かな」


 アルトさんは立ち止まってなにやら思案し始めた。

 わたし達は恐らくは北西側に歩いて、ちょっとひらけた場所までやってきた。この場所の端の方には簡単な土が敷かれた花壇と、小さい木々が植えられている。多分ここは、この街に暮らす市民の憩いの場なのだろう。

日はもうほとんど落ちて、この場所が、家の影に隠れていることもあるだろうが、辺りは真っ暗になっている。わたしの淡い翠の髪も、夜のとばりの前に明るさを失った。


「アルトさん……! 立ち止まりましたけど、ここが例の人との集合場所ですか?」


「ああ、そうだ。少し離れてろ」


 言われた通り、ひらけた場所の真ん中にいるアルトさんから少し離れて、木々や花壇がある場所の近くまで下がった。彼は辺りを見渡すと、ポケットに手を突っ込み、人がいないことを確認して、眼をキリと鋭くさせた。そして彼は息をゆっくり吸い込むと、叫んだ。


「ギーイイィィ!!! 分かってる……お前のことだ。もういるんだろう? 出てこおおい!!!!」


 ガサガサと辺りから音がする、木の葉が揺れ木枯らしが吹き、アルトさんの橙の髪と深い緑色のマントを揺らした。


ーーーー近隣の人に迷惑がかかるなぁとわたしは思った。


15話 終了

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