銀の歌

Goodbye to Fantasy
プチ
プチ

第21話 銀狼は咆哮する

公開日時: 2020年9月19日(土) 18:30
文字数:5,264


銀の歌


第21話


 フォン!


 アルトさんの空を切るような一撃は殺人鬼めがけて確かに振り下ろされた。殺人鬼は以前変わらずただつっ立っているだけで、回避しようなどという動きは一切取らない。なにも持っていない殺人鬼ではこの攻撃を受け止められないであろう。そのまま切り裂かれたかに思えた。だがしかし。


 キン! 硬く鋭利な物同士がぶつかり合う音がした。

 殺人鬼はアルトさんから振り下ろされた剣による攻撃を、あろうことか自身の爪で受け止めていた。


「ーーー!?」


 アルトさんは驚く。当たり前だ。金属に爪が張り合える訳がない。けれど現実殺人鬼は爪で受け止めている。それからさらに驚くべき出来事が起きた。


 殺人鬼が思いっきり腕を払うと、アルトさんの持っていた剣の刀身が折れ、わたしの近くに弾け飛んで来た。


「ーーわっ!」


 わたしは驚きから慌てて声をあげた。


 アルトさんはそれを見て、素早い動作で数歩引き下がる。内側の胸ポケットに手を突っ込んだ。そしてそこから何か奇妙なガラス瓶を二つ取り出した。そこにはまっているコルクを抜くと、中に入っている光輝く銀色の液体状の何かを殺人鬼めがけて振り投げた。


「ギン素提示! 指向性は炎!!」


 アルトさんが言うと、銀色の液体は徐々に姿を変え、メラメラと燃え盛る火球になった。

 一切無駄のない動作で行われたそれは、不利な状況を回復する手際として充分なものだった。


 恐らくアルトさんは、剣による攻撃では弾かれ有効打にはならないと踏んだのだろう。

 実態が不確かな火球による攻撃。流石にこれには対処せざるをえないだろう。

 案の定殺人鬼は苦悶の顔をしながらサッと速い身のこなしで避けた。その瞬間わたしは、殺人鬼のお腹から血がたらりと流れたのを見た。それは新鮮な赤色に見えた。


「なるほど、動かないのは、そう言う訳だったか……」


 それに対し激昂したのか殺人鬼は、「アアアゥ」と獣のような叫び声をあげながら、金属にすら打ち勝ったその強靭な爪で攻撃しにかかる。


 それはユークリウスさんほどではないにしろ素早いもので、アルトさんは避けることができなかった。

 腹の肉が無理やり鷲掴みにされ、ギュュうう! という音とブチャという血管などの器官が握り潰される音がした。

 そんな音とともに掴まれたアルトさんは、そのまま教会の壁まで投げつけられた。壁に当たると激しい音がするとともに、瓦礫が崩れ砂塵が舞う。凄まじい破壊力だ。


「がっはぁぁあ!」


 壁に大の字に叩きつけられたアルトさんが口から血を吐く。血管を潰されたことで血の循環がおかしなことになった結果だろう。

 その後ガララとカベの崩壊と一緒に床に落ち這いつくばる。


「あっあああぁぁあ!」


 アルトさんは痛ましい声を漏らす。


「あっ! アルトさん!!」


 黙っていられなくなり、駆け出そうとする。


 けれどアルトさんは、「大っ、丈……夫だっ!」とわたしのことを手で制する。その後腹と口から血を流しながら立ち上がった。そんな様子で言われたのでは、とても大丈夫そうには見えないが、まだ彼の目には気迫が込められていた。


 アルトさんは「クリエイト」と呟き、その後に「身体能力向上、右足全体っ!」と叫ぶと、教会にある座席が繋がった木製の長い椅子を、右足で蹴り飛ばした。


「うぐっ!」


 苦しげに声を出す。しかし長い椅子は、アルトさんの狙いどうりなのか、殺人鬼の方に飛んで行った。あれにまともにぶつかれば押しつぶされ致命傷は免れないだろう。

 しかし殺人鬼は片手を振り抜くことで、それをやすやすと砕いてみせた。

 木片が空中で殺人鬼の周りに散らばる。それに視界を奪われている隙に、いつのまにか殺人鬼の背後という名の死角に入り込んで短剣をアルトさんは構えていた。


 勢いよく突き出したそれは、殺人鬼に刺さる……ことはなく、獣の研ぎ澄まされた気配察知とでもいうのか、ありえない反射速度で半身だけ振り返り、アルトさんの短剣を持った腕をガシリと捕まえた。あまりの殺人鬼の握力にミチミチとアルトさんの右腕の肉が潰れていく。


「ああああああああ!!!!!」


 アルトさんは痛みから絶叫する。

 それを煩わしく思ったのか。殺人鬼はその場でくるりと回転して勢いをつけ、わたしー教会の扉側ーの方めがけてアルトさんを投げ飛ばした。

 ぎゅるぎゅると建物の中、天高く回転するアルトさん。しかし空中で体制を立て直すと、頭を地面のほうに向けながらだが、胸ポケットに無事な方の左手を突っ込むと、またもや銀色が溜まった透明な瓶を、二つ取り出し殺人鬼めがけてぶん投げた。


「ギン素! げぇゃは! 提……示。指向性は炎!!」


 言葉の途中で喉の奥から血がのぼってきたのだろう。血を口から吹き出しながら、けれどしっかりと言葉をつむぎ咆哮した。

 二つの瓶にはまっていたコルクは、いつの間にか外れ、中から液体が飛び出し、空中でそのギン色の液体は、またもや火球とかし殺人鬼に向かって上空から降り注いだ。

 それに対し殺人鬼は回避しようと試みるが。


「ケポっ」


 口から血を少し流すと、お腹を押さえた。また血が流れたのだ。殺人鬼は避けようとしたが避けれない。今度こそ命中か! と思われたその時。


「わおおおおおおんん!」


 鳴り響く雄叫び。

 一体あの華奢な身体のどこにそんな発声器官があるのだ? そう疑問に思うほどの甲高くうるさい声。

 すると驚いたことに、火球はその激しい音の衝撃波でかき消された。そしてわたし達の身体にも、彼女の咆哮は痛烈な痛みを与えた。

 その叫びのあまりのうるささから両手で耳を塞いだ。しかし、アルトさんは右手が潰され、左手はまだ行動の後隙で動かせない。アルトさんは顔を激しく……激しく歪ませ、やがて片方の耳から血を吹き出させた。


「うがぁ!」


 アルトさんが苦しげに喘ぐ、でもそれは仕方ない。なぜなら教会だってギシギシと軋み悲鳴をあげる程なのだから。

 けれどアルトさんは顔をしかませながらも、なんとか足から着陸できる姿勢に空中でもがくとそれは成功した。……っが! 足から着地するとすぐに膝から崩れ落ちた。


「ッハァっは!」


 呼吸が荒い。とても苦しそうだ。けれどわたしができることは何もない。足は怯み動いてくれない。


 ……どうして! わたしは自分で自分を叱責する。


 けれどわたし達のそんな状況は、殺人鬼から見れば好機でしかなかった。殺人鬼はぐぐと足に力をためると、弾丸のような速度でアルトさんに迫ってきた。距離をぐんぐん詰め、もはやその爪を振り下ろすだけで命をたてるというくらいまで近づいた。


ーーつまり、もうおしまいだった。


 アルトさんはなんとか立とうとするがフラフラとして立てず、尻餅をついてしまった。


「お前は逃げ」


 アルトさんは最後に何かを言おうとしたのだろうが、言い終わる前に……。赤い血が吹き出た。








 殺人鬼の身体から。


「キャン!!」


 子犬が痛がるような声を出す殺人鬼、殺人鬼の方をよく見ると、肩口に燃えさかる鋭い鉄製の杭のようなものが突き刺さっていた。鋭く尖った鉄は彼女の身体の奥深くまで入り込み、また燃えているために、杭が刺さった部位の近くの肉はグジュグジュと融解するように焼けていった。


「ウゥゥーワァグ」


 殺人鬼は肩に刺さった鋭い鉄を力任せに抜いた。それの炎は空中で燃え尽き教会のカーペットの上に落ちた。

 疑問に思う。殺人鬼のあの抜き型では余計に血が吹き出てしまうのではないのかと。そう考えたが実際は肩の失血はそれほどでもない。肉が焼けて傷が塞がっている。

あの鉄の熱はどれほどのものだったのだろうか? カーペットの上に転がっているそれを見て思う。


ーーいや待て。そんなことは今はどうでもいいのだ。いったい誰がアルトさんを助けてくれたのか。後ろから気配がする。そうしてわたしが後ろを振り返ろうとしたが、それをするよりも先に答えはすぐに分かった。


「助けに来てやったぞ! 真打ちは遅れてやってくるものだ……と副剣士長はおっしゃっています」


 そう。そこには小金色の髪をたなびかせた褐色の肌の女剣士と、兜をかぶった剣士が立っていた。わたしは思わず叫ぶ。


「アスハさん!!!!」


 アルトさんが助かった安堵やわたし達を助けに来てくれた感動から、わたしは涙声で彼女の名前を叫ぶ。そして次はアルトさんが叫ぶ番だった。


「アスハって……! 王国聖騎士団の若き天才アスハか!? うっ……お前……いつのまにそんな交友関係を……」


 アルトさんは驚愕の声を上げる。そしてそんなアルトさんを横目に、ツカツカとアスハさんはアルトさんを守るように、カーペットの上を一人歩きながら口を動かす。そしてその瞬間後ろから大きなハスキーな声が響いた。


「少年、よく一人で闘ったな。君の健闘を讃えよう。そしてこの先は私に任せるがいい。君達の事情は大体把握している。

 あれこそが本当の殺人鬼……なのだろう? と副剣士長はおっしゃっています」


 兜をかぶった剣士が言う。色々とツッコミたいところはあるが、今はこれほど頼もしい存在はない。

わたし達を苦しめた花の模様をつけた王国聖騎士団が、今度は【背中に描かれた】花をわたし達に向けて立っている。それにわたしとアスハさんが最初に出会った時のような、傷ついた装備ではなく、あのきらめく輝きの武器や防具と供に!

 でも、どうやってここまで助けに来てくれたのだろうか? わたし達がここにいる事を知っている人なんて、そうそういるはずが……。そう考えていたら、すぐに答えを教えてくれた。


「あのふざけたクソ痴女イカレ女だ。誰か分かるだろう? あいつが、あろうことか……わたし達の宿舎……いや、わたしの部屋に矢文を届けやがってな。

 『拝啓、負け犬さんへ。お元気ですか? 私は元気です。あなた方から逃走した後、盗んだ金で大人の遊びをたっぷり楽しみました。その後も私の事を慕ってくれている可愛い弟子から金を巻き上げ、そのお金を枕にして、今これを書いています。

 ところで話は変わりますが、セアという女の子がピンチです。この名前に聞き覚えがあるなら急いだ方がいいでしょう。場所は教会です。そこにあなた方が追いかけて来た本当の殺人鬼がいます。頑張れ(笑)追伸。A5ランクのお肉は最高ですね』

 という矢文がな……。と副剣士長はおっしゃっています」


「だめだツッコミどころが多すぎる!」


 歯をギシリと噛み合わせて叫ぶ。アルトさんもかすれた声で言う。


「け、権力者……ゲホ……ってそういう」


 「確かに権力はあるだろうけども」とアルトさんは付け足すように呟いた。


「まぁ、なにはともあれ……だ。ここは私達に任せておけ。と副剣士長殿はおっしゃっています」


 ハスキーな声が深夜の街並みに響く。アスハさんは腰元から剣を抜き構えた。


「ラックル! お前はそこの男を介抱して下がっていろ! ……あっ! はい。分かりました!」


 自問自答! やばい……この人達面白い。

 今起きている危機的状況も忘れかけるほど、笑いが込み上げてくる。

 ラックルさんがアルトさんをなるべく優しく抱え、わたしの近くまで下がると、ラックルさんはアルトさん服をビリビリと破きアルトさんの怪我を見た。そしてラックルさんは苦しげな顔を浮かべた。


 なぜだろう?


 疑問に思い、わたしもアルトさんの傷跡をのぞいて見た。そして見て後悔した。


ーーーーあまりに酷いものだった。


 爪痕が深く肉をえぐりこんでおり、内部はぐちゃぐちゃで見るにたえないものだった。

 そして内側を破壊されてばかりだと思っていたが、意外なことに出血もかなりひどく、お腹の中心はもちろん、色んな所から血が流れている。あれは……。


 ああ、そうか。わたしをずっと守ってくれてましたもんね。アルトさんは……。


ーーいくつもの古傷が開いているのだ。このままでは出血多量……というやつで死んでしまうのでは? そんな事を想像させるほどだった。


「アスハ副剣士長!!」


 ラックルさんがアルトさんの傷跡から目をそらしアスハ副剣士長に呼びかける。すると。アスハさんは手帳のようなものをラックルさんに見せた。そこには。


““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““

どうした?

””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””


 と小さな文字で書かれてあった。


 いや喋れよ! 四文字じゃん!


 思わずにはいられないが声には出さない。アスハさんは殺人鬼とたった一人で今、対面しているのだから、集中を削いではまずいだろうという配慮からだ。


「ダメです。私の腕では彼をこの場で治すことは難しいです! 何より私はアスハ副剣士長以外の人を治療したくないです!」 


 甲高い声で愛を告げた。

 告白じゃないか! あっやっぱダメだ。この人達面白すぎる。


““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““

……そうか、であれば仕方ない。

””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””


「んなアホなぁ」


 アルトさんが痛々しい腹を抱えながら呻き声を上げた。



第21話 終了

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