銀の歌

Goodbye to Fantasy
プチ
プチ

第3話 2人の山道

公開日時: 2020年9月1日(火) 07:10
文字数:4,926

朝だよ。

銀の歌



第3話


 チュンチュンチュンと辺りから鳥のさえずりが聞こえてくる。まだ眠り足りないのを我慢して、わたしは毛布から抜け出てゆっくりと体を起こした。その後目をこすり辺りを見渡した。


 いつもならアルトさんはわたしよりも早く起き、机に向かって、何かしら仕事をしているけれど、今日は違った。彼の姿が見当たらない。その上今日まで小屋の中にあった、色々なものが消えている。

 突然の出来事に驚いて、考えこんでしまうが、やがて一つの結論にたどり着いた。


 もしかすると……そう思い、小屋の外に出る。


 外は今日も快晴で、まばらに雲がある程度である。上空を見上げると太陽がさんさんと輝いていた。その輝きの程といったら、あまりの陽の光の眩しさに眼を細めるほどだ。

 そうした爽やかな朝日の中、予想通りアルトさんが荷作りをしていた。荷物を太い紐で縛っては栗色の馬にくくりつける。そうした作業を何度か繰り返していた。


 ここ数日で何度か会ったアルトさんの飼い馬らしき馬は、非常に大人しい子で、めったなことではいなないたりしない子であった。ただこの馬は、格好が何か不思議で、紫色の糸で細工が施された黒色の布を、顔や体の一部に着るように付けられている。まるで何かを覆い隠すように。


 そんな事を考えて、惚けた様子で立ち尽くしているわたしの存在を、彼は認めたようで話しかけてきた。


「おはよう、今日は早いな。急な事で悪いんだが、お前も大分体力が回復して来たようだし、そろそろ山を降りて、麓の村まで行こうと思ってな……。悪いが毛布を持ってきて貰えないか?それからお前も身支度を済ませておいてくれ」


 断る理由は無い。それにこれから先、何をすればいいのかもわからないので、しばらくはアルトさんのいう通りにした方がいいと思った。


「ああ、はい……わかりました」


 パタパタと小屋の中へと駆けて行く。自分が今までお世話になっていた毛布を、小屋から持ってきてアルトさんに渡し、そのあと小屋の中で着替えた。ちなみにアルトさんは女ものの服は持っていなかったようで、ーというか持ってたら変態だーひとまずアルトさんのお古の男物の服を着ている。ぶかぶかだけれど贅沢は言わない。既に色々と迷惑をかけているのだから。


 着替え終わって小屋から出てくると、馬は背中に乗せられた荷物の重圧感に、少し不快そうな顔をしていた。どうやら荷作りは終わったみたいだった。

 だが部屋の中にはまだ大きなベッドが一つある。そのことを伝えたが、放置するように言われてしまった。


「さあ〜てと、んじゃ行くか。ここから少し、そうだな。二〜三時間程度歩くけど大丈夫か?」


 アルトさんは身体を伸ばしながら聞いてくる。


「はい。今のわたしなら二〜三時間程度は余裕です!」


 元気良く答えた。実際この数日で自分でも驚く程体力がついたからだ。アルトさんは「そうか」と嬉しそうに呟き。


「わかった。きつくなったら言ってくれ。小休止をとるから。そら」


 アルトさんは馬の手綱を引っ張ると、それに呼応して馬がブルルと鼻を鳴らして歩き出した。わたしも彼らに続いて歩き始めた。



✳︎



 それから数十分後。わたしは辛酸を味わっていた。

 山道をなめていた。高低差を侮っていた。正直疲れた……もう歩きたくないと。


 ジリジリと照りつける太陽は、それだけでも十分に暑いのだが、陽の光を地面が吸収して反射し、さらに温度を上げている気がする。

 今どんな顔をしているだろう。汗はだくだく、喉はカラカラ、四~五時間はもう歩いたと思う。


 なにが二~三時間で着くだ!アルトさんの嘘つきめ!


 先程までの謙虚な姿勢は影も形も無い。純粋な辛さにのまれて、あんまり好ましい考え方ができない。


 大変辛かった。でもアルトさんにああ言った手前、『休ませて下さい』とは言い難い。無駄なプライドを募らせて言い訳する間も、足はズキズキと痛みを発していた。


「疲れたんなら休もうか?」


 わたしは思う。休憩させて下さいと。けれど現実は非情である。


「セア」


 はあ〜疲れた。


「おーい!セア!!」


「へ?なんですかアルトさん?」


 今の今まで自分の考えに没頭していたので、アルトさんが呼んでいたことに気づかなかった。彼はいつの間にか馬を止めて、山道の脇で水を飲んで休んでいた。


「いや、さっきから呼んでたんだがー……少し休憩にするか?」


 しょうがなさそうに笑ってアルトさんは言った。


✳︎


「ゴクゴク……ぷはぁー!!」


 アルトさんと同じように脇にそれた。それから雑草が生える地面に座り込み、彼から手渡された水筒の水を勢いよく飲む。


「すごい飲みっぷりだな。なんだやっぱり無理をしてたんじゃないか」


 アルトさんは呆れながら言うと、喉仏を唸らせて自分もゴクッと水を飲んだ。


「だってですよ。ここまで険しいとは思わなかったんです。この山かなりの難易度じゃないですか!」


「あぁ、まぁ言ってなかったけど。この山道はここらの地域ではかなり急な方だからな。でもなぁ、そんな口を尖らせるなよ」


 アルトさんに対してブゥーブゥーと文句を言う。ストレスから地面に生えていた花をブチっとむしった。それを見ていたアルトさんもしゃがんで手頃な花をむしり眺めてると、何かを思い出したように顔をはっとさせ、ちぎった花をぽいっと投げ捨てた。


「そういえばセア、これに見覚えはないか?」


 そう言ってアルトさんは肩から掛けていた袋の中から一つ小箱を取り出した。それをぱかっと上の方へ開けて見せてきた。

 そこに入っていたのは、真っ白な茎と淡い色の翠の蕾だった。


「これはだな。俺がお前を見つけた時、唯一お前が持っていた手荷物でな。何かお前に関係してるんじゃないかと思って取っておいたんだ。何かこれを見て思い出せるか?」


 言われた通りに従って、その花をじっと見る。その瞬間ズキッと頭が痛んだ。確かに何かを思い出せそうではある。しかしやはり形にはならなくて、断片的にしか見えない。


「アルトさん」


「ん、何か思い出せたか?」


「はい、断片的にですけど……例えば黒いドロドロとか、誰かの泣き声とか色々見えました。一番印象的だったのは、【翼の生えた巨大ななにか】です。山とかと同じくらいの大きさに思えました」


 話を聞き終わったアルトさんは、呆けた顔をした。やはりこんな突拍子も無いことを言ったって、信じてもらえないのだろう。第一自分自身でさえ自分の見たものに現実感が持てなかったのだから。

 しかしそれに対するアルトさんの回答は、意外なものだった。


「翼の生えた巨大ななにかだぁーー?そりゃドラゴン……なんだろうな。山程の大きさってのが気にかかるが……。ま〜た厄介なものを思い出したもんだ」


 ばりばりと頭をかいてアルトさんが気だるげに言った。【厄介な】という言葉通り、彼の顔には影がかかっていた。


「ドラゴンていう強大な種族がいてな。そいつらは昔この地上を支配していたんだ。けれどドラゴン達は今から約千年前の【災厄】の日に、ごく一部を残してみんな死んでしまったんだ」


 翼の生えたアレはドラゴンというのか。ドラゴン……初めて聞く単語のはずなのに妙に耳に馴染む。だがそれよりも災厄という言葉の方が気になり、思わず聞き返していた。


「災厄?」


 アルトさんは口を開けさらに呆れた顔になり。


「なんだ?お前まさか!?災厄も知らん……忘れてるのか?」


 顔をそらしながら、えへへと控えめに笑った。


「はぁ〜。記憶喪失ってのは本当に……まぁいい。災厄ってのはだな」


 それからアルトさんは分かりやすく、けれど長々と災厄について説明してくれた。その説明の間に何度馬がいなないたか。


 大事な所だけをまとめるとこういうことらしい。


 今から約千年前。突然空から黒々とした不定の何かが、海をも覆い尽くすほどの量で降り注いできた。多くの命がそのドロドロに侵食されていく中、唯一それに対抗する者たちがいた。

 それこそがドラゴンと呼ばれるもの達で、中でもトゥルースと呼ばれるドラゴンの種族は、必死になって応戦したらしい。

 そのお陰で人間のようなか弱い者たちの方へは黒いドロドロはやって来なかった。その後ドロドロはやがて空へと逃げ帰ったとか。けれど戦った竜種はみな、黒いドロドロに飲み込まれて消えてしまった。だから今はその戦いに参加しなかった、ごく僅かなドラゴンしか残っていないそうだ。


「とまぁ、そんな歴史があるんだよ。嘘か本当かはわからないけどな。……まぁその時を境にして【異業種】が生まれ出したから、約千年前に何かがあったのだけは間違いないだろう」


 異業種?また聞き慣れない単語を聞いた。だけどこれ以上何かを聞くのはやめておこう。絶対に呆れられた後、長々と説明されるのは火を見るよりも明らかだからだ。

 取り敢えず今もらった情報を頭の中で整理してみるが、そこにアルトさんからの声がかかった。


「それにしてもこの花をみて何か思い出すとは……。何だかわからんけど、やっぱりこれは大事なものみたいだな」


 そう言うと返答を待たずして、アルトさんは懐から小瓶を取り出しその中に花を入れた。


 その後続けざまに何かブツブツと言い始めた。それに呼応しているのか小瓶の底から水がブクブクと湧き出た。茎の半分くらいまで水が溜まると、それ以上水位は上がらなかった。

 アルトさんはそれから茶色のコルクで蓋をして、それに小さい穴を鉄の針のようなもので開けると、紐を取り出してシュルシュルと通した。


 一連の動作のあまりの早さに、なにが起こっているのか分からずポカンとした。気づけば首飾りでもたらすかのように、わたしの首には小瓶が取り付けられた紐がくくりつけられていた。


「ほれ、出来上がり。大事にしてくれよ」


 首にかけられた花入りの小瓶をボンヤリと触り、しばらく思考が止まっていたが、やがて意識を取り戻しハッとして言う。


 「花を千切っちゃいけません!!」


「今頃!?て言うかお前もちぎってたろ!えっほら、瓶から水が出たら驚かないか、普通?」


「あっそうか、どうやって出したんです?」


 首を横に倒してわたしは聞く。アルトさんは歯音を一度鳴らしたが、はぁと一息つくと話しだした。


「……これは魔法だよ。俺が内包する魔力量は少ないから、簡単なものしか創り出せないけど。でも魔法が使えるっていうのは凄く珍しいんだ。役に立つ場面もあると思うから早めに伝えておこうと思って。今回は水を創り出したんだが、他にも火とか氷とか剣とかも創れる」


 途中からはどこか得意げに語り出していたアルトさん。その表情は少し子供っぽい。魔法とやらについて彼はもう少し語りたげだが、敢えて「へぇ〜」と興味なさげに呟いて、そっぽを向いた。


「てめぇ……」


 ギリーっと、先程よりも強く歯を噛み合わせる音がする。些か嫌な予感を感じたので、わたしはここでパン!と手を叩いた。


「そんなことよりアルトさん。もう大分休憩できましたし、そろそろ歩きませんか?日が暮れちゃいますよ!」


「てめぇ……。いやまぁ、その通りではあるんだけど」


 アルトさんの返答を待たずして立ち上がった。もうこれ以上何かを聞くのは限界だったから。拾ってもらった人に文句は言いたくは無いけど、それでも言わせてもらいたい。


 アルトさん話長すぎ!どこかのおじいちゃんですか!?


 アルトさんは「しゃあねぇか」みたいなことを言いながら、休憩中の馬に何かアクションを取り、馬と一緒にしぶしぶと歩き出したようだ。彼の様子を確認して、気分を切り替える目的も兼ねて話題を提供する。


「それで、後どれくらい歩くんですか?」


 アルトさんは手を顎に当てると、目線を上の方に泳がせた。


「そーうだなぁ……。二時間って所か。まだ歩き始めて精々三十分だからな」


 と、わたしにとっては絶望的なことを淡々と告げた。


「えっ……………………………………………」


 この辛い山道を後二時間も!?と言うより衝撃の事実。まだ三十分しか歩いてなかった!


「…………………」


 絶句したわたしは、話題なんか提供しなきゃよかったなぁと思いながら真顔になって言った。


「あの〜やっぱりもうちょっと休憩しませんか?」


「ざっけんな!テメー!!」


 アルトさんは鬼のようにブチ切れていた。漫才のような言葉の応酬を繰り広げながらわたし達は目的地へとまた歩き出した。


第3話 終了

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