銀の歌

Goodbye to Fantasy
プチ
プチ

第68話 常識

公開日時: 2020年11月18日(水) 18:30
更新日時: 2021年4月22日(木) 14:16
文字数:3,972



銀の歌



第68話


 歩幅が異なる足は、時折、わたし達の距離を開ける。その度に前を行くアルトさんが歩調を合わせるために、速度を落とす。

 そんな気遣いに気付けたのも、ついこの間のことがあったからだろう。


 もともと旅をしていたアルトさんやシーちゃんは、長い道を行くのにも慣れている。慣れきっている。

 最初は自分でも、自分のことをお荷物だなと思っていたが、それは今でも、もしかしたら変わっていないのかもしれない。随分、色んなことに気がついた。


 中でも一番の変化として、責任という言葉が、頭の中を何度も行き来するようになったのは間違いない。


 アルトさんは少しずつ大人になればいいと言った。実際わたしは何をしたら大人になれて、大人に慣れることができるのか分からない。

 年が幼いだけでなく、わたしはきっと心も幼い。だからすぐに上手くいくとは思っていなかった。でも責任という言葉を考えた時、考えることが大事だというのは理解してきた。


 だから今、わたしもアルトさんに習って、歩調を合わせているのだと思う。

 自分はアルトさんに比べればまだまだ。でもわたしと彼を比べれば……。


 それはやっぱりできる人が気を遣うべきなのだ。


 アルトさんは呑気に欠伸なんかしながら、わたし達二人の子どもを連れて、先頭を緩やかに行く。

 馬を引き連れての旅路はまた終わりを迎える。わたし達が目指した街、ルスク街はもうすぐであった。


✳︎


 なんでもルスク街は異界を繋ぐ門なのだとか。


 この街に着く前にそんなことをアルトさんから聞いた。

 なぜかと言うと、偉大なる王グローリー・バースが、直接支配する大地の最南端だからだとか。かの王はルスク街よりもさらに北、王国の首都ルカナスタに居を構えているらしいのだが、そこでの暮らしっぷりといったら、どこまでも快適なものなのだとか。

※ここで言う快適さは、王の生活水準ではなく、民衆の生活水準を指す。


 王都ルカナスタではあまりにも快適な暮らしが出来るので、そこでの生活に慣れきってしまうと、他の街へは滅多なことでは行かなくなるのだとか。そんな素晴らしい仁政を敷く王が直接統べる最南端の街。ルカナスタ程ではないにしろ、良い生活ができるぞとはアルトさんの言葉。


──つまりは何が言いたいかと言うと。


 ここまでの道のりが全て、グローリー・バースの支配域から住む人からすれば、異界でしかなかったということ。


「…………………広い……………」


 ここが王国聖騎士団という武力組織を作り上げた、グローリー・バースの統治する世界。


「まぁ、端の方だけどな」


 の端っこ……!


 圧巻の世界だった。パルス国のダングリオだって、最初に見たヤチェの村や獣人達の住む里に比べたら、とんでもなく栄えた街だったというのに、ここはそこの比ではない。


 雲一つない空も関係しているのかもしれないが、街並みが輝いて見える。見たことのない食べ物、見たことのない衣服。そして見たことのない人々の満ち足りた笑顔。


 どれをとってもわたしが見てきた世界において一番のものだった。街に入っただけでこれなのだ。中心へと歩いて行ったらその賑わいようはどうなっているのだろうか。

 いやが応にも期待は高まる。人々が行き交う街並みを見て思った。


「空いた口が塞がらないって感じだな。まぁ苦労して入った甲斐があるってもんだ」


 舗装された地面を見れば分かるように、ここの管理は徹底されている。つまりは警備が厳しいということ。実際、入国する際にも、それまでにいくつか関所があり、なかなかに手間取った。

 こちらには異業種ヘテル君がいる。だから決してマントを取られてはならない。けれど審査を受ける先達の様子を見ていたら、関所を馬鹿正直に突破するのは不可能そうだった。


 だからかアルトさんは、いくつも裏道を通っていた。時折柄の悪い関所の人に何かを見せたり、握らせていたり……そういうやり取りを幾度かした後に、ようやくわたし達はルスク街に入れたというわけである。


 あまり認識したくないことだが、それでも直視しなくてはならない。良心というものに思考を妨害されながらも、異業種と共に行動するということが、どういうことなのかしっかりと受け止めた。

 でも一つだけ偽善的なわがままを言うのであれば。


 ヘテル君にはアルトさんがどういう行いをして、この国に入ったのか理解してほしくない。


 アルトさんの発言からそんなことを思い出し、煌びやかな街並みとは別に、自分の顔色を暗くした。珍しくヘテル君だって周りに怯えた様子も見せず目を丸くしていると言うのに。

 そんな時、気にかけてくれるのはやっぱりこの人だった。


「取り敢えず宿いくぞ。考えるのは後々。長旅で疲れたろ。これからのことは飯食って休憩して、その後考えるぞ」


 わしゃわしゃと乱暴に頭を撫でられた。煩わしく思いながらも、その気遣いに感謝した。一人歩いて行ってしまうアルトさんの後を、ヘテル君を気にかけながら追いかけた。


「待ってください」


✳︎


「それではルカナスタ硬貨を」


「はいはいっと」


「確かにいただきました。お食事の際はまたこちらへ。個別に配膳は行っておりませんので」


「ん? そうなのか。……まあいいさ、店主鍵を……」


 銀色に光る鍵を、ぬめぬめ動く触手から受け取って、アルトさんはその場を後にする。

 ただその鍵を受け取る際、アルトさんと店主? は手が触れ合ったらしく、「あっ!」と触手は声を漏らした。


「失敬」


「いえ……そんな。わたしの方こそ……すみません」


 照れる粘性の触手を背に、わたし達を連れてキザに立ち去るアルトさん。わたしは触手にぺこりとお辞儀をして、階段を上る彼の後に続いた。


 部屋は簡素な造りだった。必要最低限のものしか置いていないような、そんな印象がある。ベットも二つしか置いていない。わたし達は三人ーシーちゃんは馬小屋ーなので、一人は床の上で雑魚寝決定だ。

 おもむろに窓に近づくと、光を遮る布をどかし開け放った。


「いいですね」


 光を浴びたわたしは、後ろに振り返ると言った。


「ここの主人には悪いが……宿としちゃあ三流もいいとこだが……。ずっと野宿だったものなぁ。確かに、いいな」


 ヘテル君を背に、アルトさんは床をきしませ、部屋の中へと入って来る。そしてベッドにどすりと腰を下ろす。

 そんな様子を見届けながら、二人が落ち着いた所を見計らって、尋ねる。


「で、あの触手なんです?」


「何って……触手だろ?」


「じゃなくて」


 ぽかんとした顔をするアルトさんだったが、「ああ」と頷いて、手をポンと叩いた。


「分かった。店主ではなくて、看板娘だ……!

 女の子だったもんな。いや、失礼なことした」


「役職を聞いてるんでもなくて!」


 「じゃあ、なんだよ」分からなそうな顔をするアルトさん。まるでわたしの方が、おかしなことを言ってるとでも言いたげに。


「ええ……じゃあもう聞きますけど……。あれ人間じゃなくないですか? なんで人の街にいるんですか?」


 行き過ぎた言葉なのは自分でも分かっているが、あまりにも自然に返してくるので、このままでは拉致があかないと思ったのだ。


 アルトさんは顔をしかめると、「お前わりかしひどいことを、たま〜に言うよな……」と言っていた。

 反論しようと思ったが、アルトさんが何か思いついたように頷いて、ヘテル君を傍らに呼び寄せたので。わたしは喉奥まで出かかった言葉を飲み込んだ。


 ヘテル君に関してもまごまごとして、何か落ち着きがない様子である。ただでさえ自分が宿屋に泊まることに困惑して、戸惑っていた彼なのだ。これからアルトさんから何を言われるのか、気が気じゃないのだろう。


「もしかして、ああ〜教えてなかったか……。マヒト動物マヘトについて」


✳︎


「この世界には多種多様な生物がいる。それは分かるな?」


「はい。まぁ」


「まず、ヘテルについてだが……こいつは厳密に言えばマヒトじゃない」


 理解していることではあるが、はっきり言われるとどうにも受け入れずらい。

 アルトさんの歯に絹着せぬ物言いに動揺したが、返す言葉は、なんとか綺麗に取り繕おうとした。


「まぁ耳がちょっと違いますからね。うーん。でも人の枠組みの中にはいますよね? 獣人……でしたっけ?」


 獣人の里で見たテテネちゃんと、違いは見受けられるものの、おおむねその理解でいいはずだ。


「いいや。こいつは亜人だ」


 しかし『獣人でしょう?』という問いは、いとも簡単に切り伏せられた。


「獣人とは獣が進化してヒトの形になったもの。そして亜人とは、マヒト以外のモノが、人と交わることで産まれたもの。つまりは異種交配によって生まれたんだ」


「はぁ、異種交配ですか……?」


 聞きなれない言葉に、思わず聞き返す。でもでも他にも見過ごせない違和感があったので、そちらを早めに聞くことにした。


「ヒトの形になった? 亜人や獣人はマヒトではないのですか?」


「うん。さっきからそう言ってる。マヒトと呼ばれるのは俺達だけだ。こいつらもヒト型ではあるがな」


 分かりづらい。なんだか言葉遊びをされてる気分だ。でもアルトさんの言葉を、自分なりに解釈する。

 そしてその途中、違和感を覚えた。わたしが持つ常識と、アルトさんの説明に基づいて考えれば、マヒトも獣人と呼ばれる種族になるはずだと思ったからだ。


「いえ。それはおかしいです。だって……マヒトも確か……何らかの動物マヘトから進化したはずですよ」


 記憶喪失のためか、自分の記憶はあやふやだ。でも確かマヒトも、動物マヘトから進化している筈だ。

 ということはわたし達は、獣から進化した獣人という枠組みになるはずなのだ。

 わたしの中では真っ当な言葉だった。でもアルトさんだけで無く、ヘテル君まできょとんとした顔で、おかしなものでも見るみたいに、わたしを見た。


「……何言ってんだ? それよりも俺はそれすら教えてなかったか……。マヒトはもともと人として創造された。進化してヒトの形になった訳じゃない。俺達は最初から人間にんげんだったんだ」


第68話 終了

 ちなみにダングリオの首都があったパルス国は、ルカナスタ王国の従属国です。

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