朝だよ。
銀の歌
第95話
「じゃあ、創世魔法の訓練始めるぞ」
「はい! よろしくお願いします」
涼やかな風が吹く早朝に、辺り一帯木霊するほど、大きく返事をした。
✳︎
野宿にも大分慣れたもので、いつも通り日の出と共に起きて、朝の支度ー寝巻きの着替えや毛布の片付けなどーを終えた。既に起きて朝ごはんの用意をしていたアルトさんの手伝いをして、ヘテル君が起きて来るのを待った。
それでみんなでご飯を食べたら、シーちゃんにお願いしてまた旅立つ。それがいつもの流れだったのだが、今日からは違う。朝ごはんの黒ずんだパンや、簡単なスープを平らげた後は旅立たず、むしろ座りこんだ。
そして話は冒頭に戻る。
「創世魔法の訓練だが、とりあえずお前の触媒を探さないとな」
ヘテル君達が見守る中、アルトさんの説明は始まり、最初に言われたのは、【触媒】とやらだった。
「触媒?」
疑問に思って、こめかみに指を押し当てる。
「ああ。創世魔法の発動には、触媒があった方がいいんだ。お前もなんとなく分かってるだろうが、魔法にも種類がある。大別して三つ、創世魔法と暦魔法と深淵魔法がある……。ただ深淵魔法は、説明する気がないので、忘れてくれて構わない」
『じゃあなんで言ったんですか?』そう言おうと思ったけど、前にもこんな流れがあった上に、収穫もろくになかった覚えがあるのでやめた。※第10話参照。
代わりに暦魔法に関する記憶を探ってみれば、アルゴザリードとの戦いを思い出した。その時にはさらに、発動の仕方まで教わったはずだった。
創世魔法に関しても、つい昨日色々聞いたばかりだ。
「……暦魔法は説明を聞いたことがありますし、創世魔法は最近よく聞くようになりましたね」
相槌を打つと、アルトさんはああと頷いた。
「セア、よく思い出してくれ。俺が創世魔法を使う際には、たいてい【クリエイト】と言っている筈だ」
それに関しては思い出すまでもない。今まで散々散々、うっとうしいくらい聞いてきた言葉だ。『言わずにいたけど、決め台詞かなんかですか?』そう訊こうとしたことだってある。だがこの流れで言及したということはつまり、ただ格好付けるために言っていたのではなくて……。
察したような表情を浮かべると、アルトさんはまたこくりと頷いた。
「そうだ。あの言葉が触媒だ。まぁ……【俺の場合はな】」
へぇと頷きかけたところ、アルトさんが付け足すように言ったので、古びた時計がカチリと逆へ進むように、縦に振ろうとした首を捻らせた。
「俺の場合はってどういうことですか?」
「創世魔法を使うための触媒は、人によって全然違うんだ。俺の場合は言葉だが、物体が必要なこともある。そしてこの触媒を見つけられるかどうかで、創世魔法の遣い手になれるかが決まる。……そう言っても過言じゃない」
触媒というのが、どれだけ大切かは分かった。ではその自分に適した触媒というのは、どうやったら見つけられるのか。
「じゃあ触媒はどうやって見つけるんですか?」
「それがな。分からないんだよ。完全に未知だ」
首を捻らせた。眉をひそめた。こめかみに人差し指を押し当てた。
先日、魔法の説明に入ってから、説明の意味が分からなかったり、難しかったりで、頭を悩ませることが増えてきたが、今ここでそれが極まったように思う。アルトさんが何を言っているのかまるで分からない。
見つけ方が分からないなら、アルトさんや今までの遣い手達は、どうやって見つけてきたんだって言葉を返したい。というか返した。
するとアルトさんは困ったように、頭をかいた。
「言いたいことは分かる。それを説明するためには、ああーー。少し脱線するぞ」
歯切れ悪いアルトさんの説明は、すんなり続くことはなく、案の定今日は覚えることが多そうであった。
✳︎
「元々この世界には魔法と呼べるものは、創世魔法の一種類しかなかったんだ」
「そうなんですか……!?」
世界で広く普及している魔法は暦魔法というのを、今までの経験から学んでいたので、扱える人が数人しかいないという創世魔法が、魔法の祖であるというのは驚いた。
まぁ確かに、名前的に違和感はないが。
「創世魔法も魔法であるから、魔力を使って発動するのは間違いない。でもだったら、身体の中に魔力を持った個体であれば、誰でも使えるんじゃね? ……って俺は思ってる。
だけど創世魔法と暦魔法を使ってて、違いがあるのも分かってきたんだ」
「というと?」
「それは脳の負担の差だ」
ここでまた首をひねりたくなるような言葉が出てきた。魔法の話をしていて、どうして脳の話が出てくるのか。不思議そうな顔をしていたら、アルトさんは「今、説明する」と続けた。
「そもそもどうやって俺達は魔法を使っているのか。考えたことはあるか?」
「どうでしょう……考えたことは……」
そこまで言いかけて、ふとヤチェの村でのことを思い出した。あの時は錯乱するばかりで、思考もまとまっていなかった気がするが、それでもわたしはアルトさんを守るために、何か盾のようなものが創れないか考えていた気がする。
それで「あっ……」とわたしが呟くと、「おお、何か考えてたのか……正直驚きだ」とアルトさんが、大変不敬なことを言っていた。実際今考えたばかりであったが、それでも酷い見くびりだ。
むーと頬を膨らませて言った。
「うーんと魔法っていうのはだから……」
脳の負担に差があるんだとアルトさんは言った。だとしたらわたしの分かる範囲での考察は。
「そうですね。想像が一つの手がかりだと思います。魔法を使う時には、一度頭の中で創りたいものを考えていると思います」
どやぁと胸をそらして、皆の反応を伺った。アルトさんは素直に感心したという表情を浮かべ、ヘテル君はそうなのかという戸惑いにもにた納得を見せた。
「うん。そうだな。暦魔法は発動するものによって、使用する魔力量や、どんな呪文を言えばいいのかも決まっている。
対して創世魔法は、何一つとして定まっていない、0から一を創り出す魔法だ。何をしたいのか、頭の中で鮮明に想像する必要がある。だからこそ脳への負担が大きい」
そうか。そう言えばアルトさんがクリエイトと言って魔法を使用する際には、そこから色々と変化があるけれど。暦魔法での詠唱とかは、確かにいつも呪文内容が同じであった。
ふんふん納得していると、アルトさんは「最後に」と前置きした。
「そしてその負担を軽減したり、想像の助けになるのが触媒なんだ」
最終的な結論に、へぇと納得してわたしは頷いた。ここまで何の反応も示していなかったソフィーちゃんも、目をパチリ開けて、アルトさんを凝視していた。
森犬に人間語が通じるのかは分からないが、実際、感心できる程度には、触媒を必要とする意味は分かりやすかった。
だが結局分かってないことが一つある。
「いやでもあの、触媒の必要性が分かっても、結局触媒の見つけ方が分からないなら、ダメじゃないですか?」
アルトさんはおし黙ると、そっぽを向いた。
「アルトさん! 疑問が解決してないです! 巧妙に話の結論をすり変えないで下さい! やりことが汚い大人と一緒です!」
痛いところを突かれたと、アルトさんは顔を手で抑えた。
「まぁ、脱線するって言っただろ。ちゃんとその疑問にも答える。
創世魔法はまぁ、お前が考えるよりもずっとずっと、脳への負担が大きい魔法だ。実際、【クリエイト】って言う暇もなく創世魔法を使う時には、いつも俺の頭はひび割れそうになるほど、痛むんだ。これは多分どの創世魔法の使い手でも、触媒なしにやるとそうなると思う」
アルトさんが一人頷いて、納得したように言っているが、だから疑問の答えになっていないのだ。触媒の見つけ方はいったいどうなんだ?
怪訝に見つめるも、なかなか求めた答えは帰ってこない。これはあれだろうか、社会ではお前の思ってるように、物事は上手く進まないぞという一種の比喩だろうか。
なんてふざけたことを考えている間にも、アルトさんの話は続く。
「だからこそ暦魔法がまだない時代、魔力を持っていても、魔法を使えない者が数多くいたんだ。その理由は触媒が見つからないから」
それで【言い終わってしまった】。もう完全に話のオチはついたよと、そんな表情をアルトさんは浮かべてやがる。
でもこれで話が終わるとなると、つまり結論は。
「えっ、まさか……」
「そう、だから俺が【クリエイト】っていう言葉の触媒を見つけたのは全くの偶然だ。そこにはなんの必然性もないんだよ。多分今までの創世魔法の使い手もそうだった。全員偶然だよ偶然」
数が少ないのには、やはり特別な理由があるということなのか。
なんと言っていいのかわからなかった。今までのアルトさんの話や推理には、やっぱり何処か理由に裏付けされた必然性があったと思う。しかし今回はそういったものは本当に何もなく、創世魔法とは偶然の産物だと、それだけを如実に伝えてきた。
「ひぇーーー」
「そんな声を上げるな。俺でも分からんことはある」
アルトさんは地面をぶっ叩いた。それにびっくりしたソフィーちゃんは吠えた。
✳︎
創世魔法の触媒について、一通り説明が終わり、遠吠えで逆立ってしまったソフィーちゃんの毛並みを整えながら、アルトさんに尋ねた。
「はぁ。でもそれじゃ、わたしの触媒を見つけるうんぬんはどうなるんですか?」
「……お前の場合は別だ」
「はい?」
触媒を見つけるのが全くの偶然なら、探すも何もないんじゃないのか。そう思って湧き出た当然の疑問はあっさりと、真剣で斬るみたいに両断されてしまった。『お前の場合は別』とはどういうことだろう。
「考えても見ろ。お前はもう既に創世魔法を使っている。他のやつも多分そうだと思うが、創世魔法ってのは、触媒を偶然に見つけてから、初めて使うものなんだ。
じゃないと頭の中で上手く想像できなくて、魔法の発動は失敗するだろうし、仮に魔法が発動したとしても、魔法を使った反動が来て、頭の中がひび割れるほど痛みを負うから、普通は二度と使いたくないと考えるはずだ」
そう言い聞かせられて、確かにと思う。触媒の意味は、さっきちゃんと教えられた。だとすれば触媒もなしに創世魔法を、最低でも二回使っているわたしは、どこかおかしい。
ーーということはつまり、アルトさんの言いたいことは。
「もうわたしは触媒を知っている? あるいは所持している?」
「そういうことだ。ここまで長く色んな話をした理由は、お前に自分自身で、自分の触媒を発見して欲しいからだな。創世魔法は総じて理解から始まる魔法、自分で理解しないままに、人から教えられたんじゃ意味がない。
大切なことは自分で気づかなくちゃいけない。お前にとっての触媒は、自分を表す大切なものだ。だから触媒も自分で見つけるんだ。俺が【クリエイト】って言葉を偶然にだが、自分の力で見つけたように」
深く頷いたアルトさんは、「これでようやく前話が終わったな」と疲れ切った様子で言った。
そこまで聞いて自分自身でも、これ以上アルトさんに何か尋ねなくても、自分の触媒が何かは見当がついた。
「わたしの触媒は……まぁ、きっと。そしたら、これ……なんでしょうね」
首飾りというには特異なものだが、胸部よりも少し上に飾られた、花ー今は蕾の形ーの入った瓶にわたしは触れた。
「一様俺は、他の可能性も考えたりしていたんだがな……。例えば言葉とか。
でもお前がそう感じたならば、それが正しいんだろう。そうだ、自分で気づけたな。それがお前にとっての触媒だ」
わたしが気づいて認め、アルトさんが肯定すると、瓶に入った花は、自分の存在に気づいてくれたことを喜んだのか。ほんの少しだけ花開かせた。
第95話 終了
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