銀の歌

Goodbye to Fantasy
プチ
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第108話 真実とは偽りの先に②

公開日時: 2021年5月10日(月) 18:30
文字数:4,131



銀の歌


第108話




「なぁセア、それにヘテル。お前達は【物語の完成】って何か分かるか?」


 やがてゆっくりと目を開けたアルトさんは、おもむろに尋ねてきた。


✳︎


 でも前後の文脈も関係なく、そんなことを唐突に尋ねられると、答えに窮するから。

 そんなだから見かねたように、取引相手が欲していると、アルトさんは言葉を付け足した。でも待ってほしい。絶対これはアルトさんが悪い。結論から話す手法本当やめない?


「なるほど。そのお相手さんって、それこそ英雄譚を書くような物書きさんなんです?」


 理解できたと頷いて、ヘテル君と少し話し合った後、そのことだけ聞いた。


「違う。いや、でも……どうなんだろうな」


 返事は曖昧。以前にも取引相手のことで相談されたことはあったけど、前よりも情報が不確かだ。あの時も伝えられている内容が制限されているな〜なんて、ぼんやり考えてた。しかし今回はその比じゃない。


「それじゃ答えのしようがないですが」


 食い気味に突っ込むと、アルトさんは、だよなと困ったように額に手を当てた。

 そんな訳で続く言葉を待ったけど、どれだけ経っても続きは出てこない。これ以上話すことが出来ないらしい。


 でもそれじゃあどうしようもないと、ヘテル君と困り顔で見合った。それでも思う所があったか、傍らで彼は、何かを言いかけた。けれど結局は何も話さなかった。

 ヘテル君の気持ちも十分分かった。下手な事を言って、アルトさんの考えを乱すのは本意ではなかった。ここで会話を終わらせるのは正しいかもと、口をつぐんだ。


「…………物語の完成って言うくらいなら、それはやっぱりそのままの意味ですよ。他に意味を取り違えることなんてできません」


 言うとアルトさんは、額に当てた手をどけ、睨むように横目でこちらを見た。

 少し間が空いてからの言葉だったので、ぎこちなかったかもしれない。でも、そんな顔はしなくてもよくない? 口をつぐもうとしていたのだ。こんな風にぎこちなく、言いたくて言ったんじゃない。


 ただ切羽詰まるアルトさんの顔が、悩んでいる様子がもどかしかったから、言葉を抑え切ることが出来なかった。何にそんなに苦しんでいるかは知らないが、自分が出来ることで、少しでも助けになるなら、やっぱり何かしてあげたい。


「なんだ。そう単純な話でもなさそうなんだ」


「そしたらアルトさんは、何か他に思いつくことはありますか?」


 助けになってあげられるかもなんて、思い上がりかもしれないが、何かの手がかりを掴むきっかけになれば。そう思って、口論するような形で、横からの視線を感じながら、意見を交わし合った。


 そのまま長々と話し合ったが、結局は情報不足なため、実りがある話し合いにはならず、あまり発展性はなかった。

 会話に疲れ切った頃、これで最後だとアルトさんは訊いてきた。


「物語ってのは、どこの範囲を指してると思う」


「どういう意味ですか?」


 また結論手法かな? と聞き返す。そうするとアルトさんは低く唸って、さらに補足した。


「物語ってのは完全創作もあるが、アルフレッドみたいに、実際にあった出来事や人物が、そのまま本になることもあるんだ。

 そこで。もし、仮にだが、【今のこの世界を物語に例えるとしたら】、どこが物語の完成なんだろうか。取引相手はどこの地点を思い描いて、物語の完成なんて言ったのか」


「哲学?」


「いや、違うが」


 主語なし結論手法も真っ青の、とんでも話だった。正直言って意味が分からない。何がアルトさんにそう言わせたのか。もしかしたら本の読みすぎで、頭がおかしくなったのかもしれない。


 割と本気でそうと感じる意味の分からない言葉。だけどそのことについて、もう少し思い悩んでいたら、あることが気にかかった。


「うーーーん。なんとなく考えつくことはありますが……。でもその前に、ヘテル君がどんな感想を持っているか聞かせてもらえませんか? もうちょっと整理したいです」


 ヘテル君に話を振ると、一旦の困惑を見せたが、すぐに落ち着いて、思う所を言ってくれた。


「えっ、うーーんと。アルト自身も持っている情報が少なさそう。だから何を言えばいいのか難しい。それに取引相手が何を考えてるかも、想像がつかない。でも物語の完成っていうなら、二人が話した通り、終わりの地点、何かしら達成するべき目的があると思う」


 何度も唐突に話題をふって来たからか、ヘテル君はだいぶ動じなくなってきた。彼がちゃんと話してくれたので、落ち着く時間も、考えを整理する時間もできた。

 アルトさんはヘテル君の話に、「それが分からないから、困っているんだ」と、どうしようもならない不条理を嘆いていたが、ここで待ったをかける。


「うん。だったらですけど、その取引相手が主人公じゃない可能性はありませんか?」


「は? 何を言ってる」


 アルトさんは口を尖らせる。けれどそんなものは気にせずに、さらに言葉を続ける。


「いや、少ない情報ですけど、少ないからこそ見えるものもあります。あえて情報が省かれてませんか? ほら、物語って一人で創れる訳じゃないです。他にも人がいるかもです。アルフレッドさんの話のように」


「人がいる? それはまぁ、そうだな。というよりは……確実に」


 先程自分が話したことを、さっきの今で使われたことに、意表をつかれたのか、たじろいで答えていた。アルトさんの状態を思えば、もう少し待ってから話すべきだが、せっかくの思いつきを忘れてしまったら、それこそだ。

 アルトさんの能力値は基本的にどれも高い。彼ならどんな状態であっても、必要な情報と、不必要な情報を切り分けることはできるはずだ。伝えるだけ伝えるべきだ。彼の能力を信頼して、間髪入れずに続ける。


「そうですよね。だって現実が舞台なんですから。仮にですけど。でもそうしたらなんだか掴めそうじゃないですか? 本来は全員が主人公で、全員に固有の物語があります。ですが現実を元に物語にすると、どうしても主人公になれる人は限られてきます。

 その人が主人公だと、終わりが書けない人が出るんです」


 アルフレッドさんの話で思ったこと。それは主人公になるには、主体性が本当に低いこと。確かに彼は強いのだろうが、その精神性は、どこまでいっても巻き込まれた一般人だった。


 まぁ、だからこそアルフレッドさんの視点で書かれた、灼熱のアルフレドの物語は、共感性があって、面白くも感じたが。

 そういった違和感も、ヘテル君の最後の補足で整理できた。物語を終わらせるには、どうしても目的がいる。そしてその目的が、完成を目指したものなら、話の視点となるのは、【最後までいた誰か】でなければならない。


「てことはアルフレッドが主人公になったのは、最後まで書けるからか。他の奴は……確かに途中で脱落した」


 わたしの伝えたいことを瞬時に理解して、アルトさんは顔を硬らせた。硬らせた訳は、彼の頭の中で、脳が回り始めたことの証左だ。あの表情を、この長い旅の中で何度も見て来た。

 わたしでは掴みきれない何かを、今必死になって手繰り寄せている。ここまでいけば、それこそ目指すべき場所は近い。


「つまり……他の奴は知らんが、最初にアルフレッドの英雄譚を書いたやつは、【アルフレッドの話】ではなく、【アルタリシアの話の顛末】を書こうとしたんだ。

 そうすると視点を描く時に、都合がいい奴は限られてくる。【物語の範囲は】、アルフレッドではなく、十三の悪魔の王アルタリシアだった」


「ええ、だからこそ完成して欲しいっていうのが、取引の条件なのでは? その人は物語の完成が目的と言っただけで、誰の物語かは言ってません。

 流石に、未来を見れる人なんていないと思いますから、自分の死を予期してではないでしょう。

 けれど必ずしも、自分が英雄になって、物語を創れる訳じゃないですよね。わたしはユークリウスさんになれません」


「なるほど。なるほど。てことはだ。どれだけ主人公らしかったとしても、他の奴を主人公にしなければ、物語が完成しないことがある。そして今回の取引相手が完成させたい物語は、個人では叶えられそうにないくらいの範囲。となると主人公になれる奴は限られ、る……」


 その瞬間、アルトさんは手で口を覆い隠した。

 そして瞳孔を開き、信じられないもの見たといった様子で、わたしのことを見た。


「それは……なら、つまり、だとすれば……! お前の目的が……」


 アルトさんはそこまで言うと、口元に置いた手を、重さを感じる運びで額まで持っていった。


「なんてこった………………」


 顔面を青白くさせて、消え入りそうな声で呟いていた。


✳︎


「お役に立てましたか?」


 少し間を空けて、考えをまとめられたかな? と思うタイミングで声をかける。


「今回は、本当に助かった。いや、今回も……か。すまないお前達、恩に着る」


 声をかけるまでは、ぼーっと地平線の向こうを見ていたアルトさんだったが、横目でわたし達を見ると、そう言った。真正面からお礼を言えないのは、無駄にプライドが高い彼だから、照れくさいのかもしれない。


 なのでわたし達はそのことを汲み取って、素直に言葉を受け止めた。

 それから当初の目的ーアルトさんを笑顔にーをもう少し達成するため、雑談を続ける。おあつらえ向けに、今度は共有できる話もあることだし。


「それにしても叙述で仕掛けるなんて、奇妙な伝え方もあるものですね」


「そうだな。でも俺達は物語を描く訳じゃない。関係ないことだ」


 まだ考えたいことがあるのか、全く相手にしてくれない。でもそう言えるのも今の内だけだ。


「わたしも、そろそろ服を着ないとですしね」


 驚いてアルトさんがこちらを見る。


「どういうことなんだよ。何、お前ずっと全裸だったの!?」


「最近服の描写されてないじゃないですか。てことはですよ……?」


 そう、叙述トリックだ。この作品も、最近作者がさぼってか、忘れてかは知らないが、やたらと服の描写がない。表情と身振り手振りしか描かれない。描かれてない情報はないものと一緒だ。

 つまりは全員裸族だったんですよ皆さん。


「いや、そういう叙述トリックは面倒くさくなるから、いらない」


 わたしのボケは冷徹に処理された。その場の空気に当てられてか、初夏にしては珍しく、冷たい風が吹き、わたし達の服を揺らした。


第108話 終了

セア「あれですね、次の街に着いたら、服を買い足しましょう。それで作者が描写を忘れないよう、印象付けましょう」


アルト「金足りるかな……」

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