銀の歌

Goodbye to Fantasy
プチ
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第5章 第2節 過去は叫ぶ②

第130話 森は深く

公開日時: 2021年12月20日(月) 18:30
更新日時: 2022年9月23日(金) 17:47
文字数:2,593


「いてっ」


「大丈夫?」


「うん、枝に引っかかっただけだから。大丈夫」


 膝を抱えてうずくまるヘテル君のふとももには切り傷があって、そこからは血が滲み出していた。痛そうだけど、かすり傷に見えた。本人も大丈夫と言っているから、そこまで心配することでもないかもしれない。


 シーちゃんの手綱を握るアルトさんは、わたし達がまた歩き出すのを、道の先で待っていた。

 それで再び歩き出したら、アルトさんは何も言わずに、また前を向いたんだ。


✳︎


 巨大な樹木の枝や幹が絡み合い、折り重なった樹上は、最早足場と呼んでいいものだった。幅も太さもあり、緑の苔が生えて、その上から土だって乗っている。そんなだ、木の枝から木が生える……なんてことにもなっている。


 虫の鳴き声、獣の息使い、黄緑と緑の配色が作り出すここは、樹海の中だった。


 足場が安定しているとはいえ、歩き慣れない地形だから、さっきヘテル君が細かい枝に引っかかったように、油断すればわたしも、きっと自然の洗礼に合ってしまう。


 森に入ったばかりの時は、ここまで入り組んだ地形はなかった。でも流石に、二、三日も森の中を進めば、険しい道のりにもなる。

 唯一助けられたのは、何故かこの近くに、無人の小屋があったこと。森が本格的に入り組む前の場所に、準備をしろとでも言うように、置いてあったのだ。


 昨晩は安全な場所でぐっすり寝れたから、体力はまんたんだ。


 ちなみに、シーちゃんに繋がれた荷台もそこに置いて来たので、今日の彼女は、とても身軽そうだ。背中にはほんの少しの荷物しか括り付けられていない。

 まぁだとしても、馬の足からしてみれば、ここは不安定な足場だろうから、シーちゃんが苦もなく着いてくるのがすごい。だって段差はあるし、足元には枯れ木、それから木のうろが作り出す、簡単な落とし穴もある。


 よくあんなに、すいすいと歩いていける。


 そんな風に感心しながら、アルトさんの後を追う。そしてそれがいけなかった。足元の注意を疎かにしてしまった。

 ずるりと嫌な音がした。


「へ?」


 どうやら湿った落ち葉を踏んづけてしまったらしい。これだから湿ったものは嫌なんだ。

 なんて考えてる間に、身体はどんどん傾いていって、ついに足を踏み外してしまった。


「うわっ!」


 大きい木とは言え、それでも木は木だ。横幅には限界がある。道って言ったのだーれ? 道って普通、踏み外すこととか有り得ないと思うんだけど。


 そんなこんなであわや落下という時。落ちてくわたしの手……ではなく足首を掴んでくれた。


「何やってんだお前?」


 アルトさんに冷たい目をされる。


「むーー。しょうがなくない?」


 反省してねえな。そんな目を向けられる。

 何か言い返したかったけど、アルトさんに手を離された瞬間、頭から地面に落ちていく。随分と高い位置だから、脳天が割れて死んでしまう。

 不利な体勢だから、何も言えなかった。


 それで、アルトさんはわたしの身体をぐいぐいと引っ張って、樹上の上に戻るには後一息という所。と、そんな時。不思議なことが起きた。突然目の前が真っ暗になったのである。


「えっ? えっ? な、何? アルトさん! 目の前が真っ暗になりました! 何これ!?」


 大声で叫ぶと、アルトさんは何でもないことのように、それだったらと教えてくれる。


「お前のスカートだよ。星の持つ指向性。引力に従って、下へ引っ張られてんだ」


「なるほど」


 正直何言ってるのか分かんなかったけど、なんかまぁ、落ちてるってことだよね?

 理屈はいまいち理解してないけど、状況については理解した。つまり、いつもはパンツを隠してくれているスカートが、今は顔を隠しているってことだ。単純だね! ん……? あれ、てことは、今パンツどうなってるの。


 瞬間、全てを理解した。両の手で、スカートを上へと持っていき、なるべく、そこを隠すべく努める。そして叫ぶんだ。


「アルトさんのへんたーーーい!!! このクソ野郎がぁぁぁああああ!!!!」


「てめ、この、いきなり何を言う!」


「パンツ見た! パンツ見た! パンツ見た!」


「あっ、そういうこと」


 言われてすぐは理解してなかったアルトさんも、【パンツ】という単語を聞いた瞬間理解したみたいだ。そして呆れた様子で、あいつは言いやがるのだ。


「いや、もうこっちは見慣れてるから。気にしなくていいぞ」


「なんで見慣れてるんですか!? 変態!!」


「このやろ!」


 脚をじたばたさせながら、暴言を吐き続ける。アルトさんは額に青筋を浮かべながら、それでも冷静に弁論するのだ。


「お前……! だって今でこそヘテルが家事やってるけど、この間まで服洗ってたの俺だからな! そりゃ知ってるよ」


 すごい正論が飛んできて、一瞬何も言えなくなる。気になったのは、ヘテル君が少し顔を赤らめていたこと。……まぁでもいいんだ! そうだ恥ずかしいんだ! 今わたしが、恥ずかしいと思っている心は本物だ。感情のままに突っ走る。


「それとこれとは別なんですよ!! 変態! エッチ!」


「じゃあ自分でやれよ!」


「それは面倒なので嫌です!」


「てめ!!」


 ついに切れたご様子。力が入ったのだろう、その拍子に、わたしの身体はあっという間に、持ち上がった。足首は掴まれたままだが、頭は樹上すれすれで、手を伸ばせば、先程いた場所に帰れる。でも、ちょっと今、そんなことより立て込んでるから。


「この! 女の子のパンツ見て、謝罪の一つもないんですか? だからアルトさんはクソ野郎で、女の影の一つもないんですよ!!」


「脚を滑らせたの、だーれ!?」


 不利な状況でする喧嘩程、厳しいものはない。だって負け戦。敗戦処理だ。でもね、やっぱり、恥ずかしいものは恥ずかしいの!!

 そんな訳で、こんな無様を晒していても、文句はちゃんと言い続けた。そうしたら──。


「もう最低! 友達0人! スカポンタン!」


「……そうか。じゃあ、そんなろくでなしの俺だ。人を助ける義理はないよな」


 そう言われた時、違和感を感じた。そう、アルトさんの表情に怒りではなく、諦めが宿ったのだ。


「えっ?」


 なんとなくの行く末を察して、身震いした。そしてその想像は案の定。


──落ちていた。身体は落ちていた。わたしは落ちていた。


 星の指向性の引力とやらに引っ張られて、わたしは落ちていた。


「あああああああああああああああ!!!! 人でなしぃいいいいい!!!」


 見下すような視線のアルトさんめがけて、最後に断末魔を残した。

 アルトさんの隣でヘテル君は、顔を抑えていた。

 前話に書き忘れてしまってごめんなさい!


 お知らせです。

 123話に予告しましたように、今回、お知らせがございます。

 結論から申し上げますと、銀の歌は長期の休載期間をいただきます。理由としましては、現在の文字数が、当初の予定を大幅に超えてしまっているからです。

 そのため一度休載期間を設け、物語の内容を、見直していこうと思います。現状、このままいくと、いつ終わるか分かりません。内容を整理し、終わるまでの見通しが立ちましたら、その時は、再び書かせていただきたく思います。


 読者の皆様には、申し訳ありません。また、帰って来た時に、よろしくお願いいたします。


※補足事項です。

 現在書き終わっている部分までは、投稿させていただこうと思います。銀の歌の残り更新回数は、後5回となります。短い間ですが、今少し、よろしくお願いいたします。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

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