銀の歌

Goodbye to Fantasy
プチ
プチ

第10話 2人きりの夜

公開日時: 2020年9月6日(日) 18:30
文字数:4,996

深夜。深い森の中。

銀の歌


第10話 


 パコ、パゴパコ。少し離れた位置にある木に、アルトさんの馬はつながれ、退屈を紛らわすように足音を鳴らしていた。


「ほら、飲んどけ……こっから少し休憩時間だ。長々と馬で走って、色んなことがあって疲れたろう」


 パチパチと燃える焚き火の近くに座っている。

 手にはアルトさんから手渡された、木のコップの中に入った温かい飲み物と簡単な軽食、パンのようなものがある。それとなぜかわたしのおでこには、たんこぶが生えていた。


「うう……痛い……」


 馬に長時間緊張状態のまま乗っていたことによる疲労感の話ではなく、様々な事が突如として起こった戸惑いを口にするでもなく、そんな事をわたしが第一声で言ってしまったからだろう。アルトさんは呆れて。


「はぁ〜お前がふざけた事ばっかしてくるからだ……」


 なんて言ってくる。それに対して、おでこをさすりながらアルトさんに心の中で抗議する。不満げな表情を見て仕切り直しとばかりに、アルトさんは飲み物をずず〜と飲み、はぁと息を吹き出した。わたしもそれにつられて彼から頂いた飲み物に口をつける、それは不思議な甘みがあった。

ホッと一息ついて話を本題に持っていく。


「まぁとにかく、それはいい。それよりも今の現状把握とこれからの事を話すぞ」


「えっ……あっ、はい」


 ふざけ過ぎて忘れかけてもいたが、そんなことはない。この話は今、何をおいても絶対にしなければならないものだ。

真っ暗な闇の中、小さな灯りだけを頼りにわたし達はこれから長い夜を過ごすことになる。


「アルトさん、まずもって殺人鬼ってなんですか?」


 そう……。ここから始めなければならない。村にいた時は忙しくて、それすらもろくに詳しくは聞けていないのだから。


「ああ、そうだな……そこから始めていこうか。眠いかもしれないけど、俺達の命に関わる事だ。真面目に聞いてくれ」


 アルトさんは前置きをすると、ポツリポツリと自分の知っている事を話し始めた。


「殺人鬼……それはここからほど近い国、パルス国で多くの人間を殺した奴の事だ。

 主に夜中に犯行を行っていて、家々を飛び回る赤い血がついた人影の目撃情報が、街の人達から幾つも挙げられている。ただフードを深く被っているらしくて、殺人鬼の素顔を見たものはいないんだと」


「へぇ〜……確か殺した人の数は百人を超えてるんでしたっけ?」


「ああ……その通りだ。一度にでは無いが、一晩に何人も殺されている。その上殺人鬼の襲撃後には、あたり一帯が吹き飛んでいたり、家屋の中であるなら家具がバラバラになっていたりと【破壊】とも呼べる痕跡が、つけられているのが確認されている。

 そんでもってそんな殺人が積もり積もって百だ。ただ実際にはもっと多くの人が死んでいるとは思うが」


 そんなのにわたしは間違えられたのか……!でもそれなら聖騎士団の人達がなりふり構わずに襲いかかって来たのも、無理はなかったのかもしれない。油断すれば騎士団の人達の方がやられちゃうのだし。

 もちろんわたしは冤罪……だと思うが。


「それはいったいいつ頃からなんですか?」


「俺も色んな国を渡り歩いているから、断定はできないが、確かここ一ヶ月くらいだな」


「一ヶ月でそんなにもですか!?」


 余りの事に驚きを隠せない。たかだかそれだけの日数で命が百も奪われたなんてとても信じられない。

しかしアルトさんは問いにうんと頷くだけであった。



 焚き火の火はパチパチと小さく音を立てる。アルトさんは時折火の様子を見ながら小枝を投げ込む、そうしてパンをガブリと食べる。わたしも時折体を伸ばして疲れをとる。そしてパンをかぷりと食べる。

 アルトさんは手で口元をぬぐいフゥと息を吐いた。


「盗み聞いた話によると、これまで聖騎士団の連中は殺人鬼を幾度も追い詰めたらしいんだ。けれど殺人鬼は圧倒的な力と身体機能に身を任せて、迫ってくる聖騎士団のやつらから逃げているらしい」


「まあ家具をバラバラにしたり出来る程ですもんね……」


「うん、だが真に恐れるべきはその頭脳だな」


「頭脳? なんでそこで頭脳なんですか?」


 アルトさんは頭を抑えて「これだからこいつは」と呟いてがっくしとした。彼の言わんとしている事がわからないわたしは、頭にはてなを浮かべるばかりだった。


「はい……? ですからすごい力で逃げ出せているんですよね?頭脳関係なくないですか?」


 アルトさんは出来の悪い生徒に教えるような感じでため息をついた。


「あのなぁ、幾ら何でもそれだけで毎回逃げ出せる訳じゃあないだろう……。

 殺人鬼だって人間だ。生物であることは間違いない。だとすれば疲れもする。毎度全力で闘えるなんてことはないだろうが……。

 どんなに身体的に優れていようが、それだけに依存しているようならいずれは捕まる」


アルトさんは一息ついて荒げた呼吸を落ち着け、わたしに問いかけるように説明する。


「ならば殺人鬼はどうやって逃げ出しているのか……? 幾つか想像はできるが、やはりどれも頭脳を使う他ないだろう。

 まず一つ目に考えつくのは逃げ道の把握だな。これは何か犯行をする側の鉄則だ。『犯行をしたはいいが、逃げ道がわからない……』。な〜んて事じゃすぐ捕まる。

 最低でも二つか三つかは逃げるための手段が欲しい所だ」


「まぁ基本は六つくらいなんだがな」なんて付け足し、アルトさんは間をとってさらに補足する。


「だからこそ殺人鬼が幾度も逃げ出せている所を考えて見ると、これは相当に街の地理を把握し尽くしている……そう考えていいだろう」


 ふむふむと頷きながら聞く、そうしているうちに少しづつだが、アルトさんの言おうとしている事が分かり始めてきた。

 けれど今の話を聞いて一つ疑問が生まれた。だからシュピッと手を挙げた。


「アルトさん質問なんですが、それだけ街の地理に詳しいということは、殺人鬼はその街の居住者なんですか?それなら幾ら何でも足がつかないというのは不可能だと思うんですが」


「ああ、それはいい質問だ……だがその答えはいいえだ。なぜなら殺人鬼は至る所でそういった犯行を繰り返しているからだ」


ーーーー!?


 これまた衝撃の事実だ。殺人鬼はパルス?という国だけでなく、他のところでも騒ぎを起こしているらしい。


「だからな……殺人鬼は色々な国々が共通して敵視しているんだ。殺人鬼は渡り鳥のようなものと思ってくれ。いや、突如として起こる天災の方が正しいか」


 アルトさんの口は回る。


「殺人鬼の凄い所は始めて来るであろう土地で、瞬時にそこでの逃げ道を考えられる、地理への造詣が深いという所だ。普通、土地勘というものはゆっくりと時間をかけて手に入れていくものだからな」


 聞けば聞くほど驚くばかりである。なんでわたしはそんな凄いのに間違えられたんだろうか?


「話を戻すぞ。二つ目に考えられるのは協力者がいるというパターンだ。人数にもよると思うが、これがあるとするならとてつもなく厄介だな。人を支配したり心酔させたりっていうのは、十分な教養と経験がなければ不可能だ」


 そんなに凄い殺人鬼に協力者までいたら、もう絶対に捕まるなんてことはないんじゃないか!?

 けれどアルトさんはその後ケロリとした顔をして。


「まぁでもこの可能性はないと考えていい。なぜなら殺人鬼自身は目撃例が幾つかあるのに対して、協力者がいるなんて話は聞かないし目撃例もまるでないからな……。いるなら流石にもう見つかってる」


「じゃあ、なんで言ったんですか……」


 低い声で心底冷ややかに言う。それに対してアルトさんは「一様の例を出したんだよっ」とちょっとおどけながら言う。彼は口元に手を持っていき咳払いをしてさらに続ける。


「ゴホン。三つ目に考えられるのは敵戦力(聖騎士団)の把握って所だな。彼らがどこの警備を何人でしているか。その位置から犯行場所まで行くのに、どのくらい時間がかかるか。包囲までの時間は……などだな。

 俺が思いつかないだけで、方法は他にもあるかもしれないが、ざっとこんなもん。詳しくは分からんが、なんにせよ頭を使わなければならないことだけは間違いない。

 だがどれも非現実的だ。俺も最後のはとてもじゃないができないと思うしな」


 背筋がぞくりとする。今さらっと恐ろしい事を聞いた。えっ何?とてもじゃないがって事はアルトさん頑張ればできるの?

 それに大事な話だからと、疑問に感じなかったが、よくよく考えてみれば、なんでこの人はこんなに犯罪に関しての知識量が多いのか。助けてもらっておきながら失礼だとは思うけど……少し怖い。


「とにかく……それだけこの殺人鬼っていうのはやばいんだって事を念頭に置いといてくれ。だがな……。だから俺はお前が殺人鬼ではないと思っている。お前は地頭は良いが…………」


 アルトさんはタメを作るとフヘっと不敵な顔で笑い。


「そんな抜け目ない犯行が出来るほどの、機転の良さは備わってないからな。絶対にどこかでボロが出ること間違いなしだ。性格的にも」


 なるほど……。確かに自分自身そんな事を出来るとは到底思えない。でもアルトさん酷くない……?幾ら何でも酷くない?

 けれどようやく合点がいった。アルトさんの言うとおり、疲れを知らないものなどいるはずはない。約一ヶ月前から活動して百人以上を殺しているなら、ほぼ毎日殺人鬼は襲撃をかけているということになる。そのたびに体力を減らして……。ならばその都度逃げきる殺人鬼は猪突猛進なだけという訳ではないだろう。


 そんな風に考える。ーーで、そんな風に考えて最初の問いに戻る。


「あれ!? でもじゃあそんなのに間違えられたわたしは、いったいどうすれば良いんですか? 追われて殺されること間違いなしじゃないですか!!??」


 アルトさんは困ったように顔をそらした。


「はぁ〜〜そこなんだよなぁ。どうしよっっかなーーーー」


 明後日の方を見ながら言うアルトさん。だ、ダメだこりゃ、しかしここでわたしは閃く。


「ん……? 待てよ……。殺人鬼って毎日のように犯行を繰り返してるんですよね!! だったら、後数日待てばわたしの無罪が証明されるんじゃないですか!?」


 アルトさんはため息を吐いて、分かってねーなこいつと言わんばかりの不審な目つきをこちらに向ける。


「覚えてないのか、お前は? 聖騎士団ー村のお兄さんーは言ってたろ。『殺人鬼に致命傷を与えることに成功したって』。んな深い傷くらってすぐ動ける訳ねーだろ。だいたいそれでお前は間違えられたんだぞ」


「あっ……!?」


 そういや、そんなこと言ってた! 思い出して口をあんぐりと開ける。アルトさんはそれみろといった様子で明後日の方をぼんやりと見つめている。その反応に腹の立ったので、半ば言いがかり気味に言う。


「あ、あっ、アルトさんの嘘つき!!」


「ん?な〜に言ってんだお前は……」


「だって殺人鬼は頭が良くて、身体能力も高いって!! そう言ったじゃないですか! だったらなんで、致命傷食らってんですか!!?? そもそもなんで殺人鬼が女なんですか!! 男ですよね! 普通はぁぁ!!」


 駄々っ子のように吠える!


「おまえな〜」


 アルトさんは握りこぶしを作ると、そこに力を溜めて苛立たしげに言う。


「なんでも俺のせいにするんじゃねー! 俺は神じゃない、ましてや殺人鬼でもねーから。そういうことは致命傷を食らった本人に言え!」


 至極正論である。最もだ。わたしが文句を言うべきは一番目に殺人鬼、二番目に冤罪をかけている聖騎士団。後はこんな展開を考えた作者とかその辺だ。アルトさんは何も悪くない。

 ふてくされて空になったコップを側にコトリと置き、アルトさんに背を向けて横になる。

 現状を把握してみたら、最初からつんでいたのである。わたし達の冒険はここで終わりなのだ。後は逃げるだけ逃げて、捕まって、牢屋に入れられるか、殺されるかしてそれで終了。


第10話終了


銀の歌 完














「……あっ」





「いや、待て……一つだけ方法があるぞ」




「なんですか……? わたしもう眠いですけど!」


「なんで、ちょっとキレてんだよ! いやあのな。助かる方法があるぞ」


「そんなこと言って!! 期待させるだけさせといて、何もさせない女みたいなかんじなんでしょ! アルトさんのバカ!」


「お前はおっさんか……いや、あるんだよ。本当に」


「………………なんですか? それって」


 泣目を擦ってアルトさんに尋ねる。それを聞いた彼は十分に間を空けると言った。


「俺たちで殺人鬼を捕まえる」


「…………へっ?」


第10話 本当に終了

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート