銀の歌

Goodbye to Fantasy
プチ
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第30話 聖騎士団との語り合い

公開日時: 2020年9月29日(火) 18:30
更新日時: 2021年6月5日(土) 22:13
文字数:4,125

銀の歌


第30話



 石で舗装された大通りをてくてくと歩いて行く。街並をゆっくり眺めることが出来るなんて、一昨日を思えば信じられないことだ。見るもの全てが初めてで、あちらこちらに視線が奪われる。


「ふふ。楽しそうね」


 トーロスさんが微笑んで話しかけてくれる。最初に会話をした時から感じていたことだけど、この人ってなんだかみんなのお母さんみたいだ。常に微笑んでて、大人の余裕みたいなものを感じる。


 まぁひとつ、お母さんになるために足りないところがあるとしたら、それはやはりお胸だろうか。あれは多分わたしよりも無い。※十二歳に負ける十八歳。


 まぁそんな失礼なこと、あんまり考えてはいけない。なので、なんにも考えてなんていませんよと、無邪気な笑みでトーロスさんの方をみる。


「それで最初はどこに行くんですか?」


「これ、おいしー。トーロス剣兵長も食べる?」


 トーロスさんに尋ねる。が、ちょうどミリアさんも同じタイミングで話しかけた。彼女は何か焼き鳥みたいなものを持っている。✳︎アルゴザリードの幼体の串焼き。


「うん。二人いっぺんに言うのはやめてね」


 笑顔で返すトーロスさん。口元まで近づけられていた串焼きを、私はいらないと手で制した。その後、彼女は眉間に眉を寄せると、指を唇の下につけた。

 その動作を見ていたら、何故だかアルトさんのことを思い出した。なんでか少し考えると、すぐに理由は分かった。彼も何か考える時、今トーロスさんがやったみたいな動作をよくするのだ。

 そうしてトーロスさんの影にアルトさんを幻視していたら、脳内に彼の皮肉げな声が響いてきた。


ーーなんだぁ、お前。銀糸鳥の使い方も知らないのか……? はぁ、全く……。


 恩人だけど、だめだ殴りたい。


 聖騎士団の人達とアルトさんのわたしへの対応を比べると、天と地ほどの差がある。

 余計なことを考えているとは思いつつも、一度気になったら止まらない。


「う〜ん。そうね〜」


 先程の質問に対する答えも、なかなか出ないようなので、さっき頭の中に出てきた、殴りたい男に言われたアレについて尋ねてみることにした。


「思案中すいません、トーロスさん」


「ん、何かしら? それから気遣いは別に大丈夫よ」


 トーロスさんはポニーテールを揺らして、こちらへと振り返ると、微笑んでくれた。やっぱり優しい。アルトさんだったら、『人が考え込んでる時に話を振るな』くらいは言いそうなものである。


 皮肉の一つも飛んでこないので、わたしは何も気兼ねすることなくトーロスさんに尋ねた。


「銀糸鳥(ぎんしちょう)って知ってますか?」


「ああ、銀糸鳥ね。それなら知ってるわ」


 トーロスさんはふふっとはにかんだ。

──でもはにかんだしては、どうも眉の動きがおかしい……。少し困ったようにも見える表情で、トーロスさんは自分の頬に、人差し指を当てた。


「と言うよりも。銀糸鳥を知らない人の方が珍しいかも……」


 しまいには立てた指を折り曲げてしまった。だからわたしは不安になり、ほかの聖騎士団の人達の方を見る。救いを求めて。しかし誰もがトーロスさんの発言を肯定するように、首を縦にうんうんと振っていた。


──常識が足りない。

 そんな心の動きを読んだのか、トーロスさんは両手をぶんぶんと振った。


「い、いいのよ! 記憶喪失だったら仕方ないと思うし!」


 慰めの言葉をくれる。トーロスさんもこう言ってくれることだし、そもそも常識が足りないのなんて、自分自身でも分かっていたことだ。なのでいつまでもくよくよしていたら、それこそ良くないだろう。


 ただまあ一様「ううぅ……分かりましたぁ」と悲しげに言うだけ言った。すると案の定トーロスさんは責任を感じたのか、悲しそうな顔をした。

 その顔を見ていると、非常に罪悪感が湧いてきた。やってみたらどうなるんだろう? だなんて自分に正直になるんじゃなかった。分かっていたことだ。衝動的に動いちゃいけない。


 心の中でごめんなさいしていると、トーロスさんに両手を掴まれた。


「そ、そうだ! 私と銀糸鳥交換しましょう!」


 意味不明なことを言われた。そんなLi○e交換しよう的なノリで言われても。


 またも不安に思ったので、他の聖騎士団の面々に助け舟を求める。しかし皆一様に「ミリアはトリワー何人だ?」「ミリアはね。十七人くらい〜」なんて意味不明なやりとりをしている。


 いやだからそんな、T○itterのフォロワー何人? みたいにいわれてもさぁ……。



✳︎



 あれから大通りを外れ、少し腰を落ち着けられる場所まで移動してきた。木でできた簡素な机や椅子が、ある程度の規則性を持って、数個並んでいる。

 わたし達はそれの一つに陣取り、トーロスさん達と銀糸鳥について話し合っていた。


「ごほん。ではこれから銀糸鳥について説明をしていこうと思います」


 トーロスさんの言ったことに対して「はい」と軽く答える。


「それではですね、まず基本的なとこ。自身のギン素の扱い方は分かりますか?」


「分かりません!」


 元気よく言うと、トーロスさんはどこか悲しげな目をして、「うん……察しはついてた」。微笑を浮かべると、諦め半分にそう言った。

 その後トーロスさんはコホンと咳払いをした。そうすると親か師か、見に纏う雰囲気までも変えて、わたしの目を見据えた。


「ギン素っていうのは、この世界の物質全てに宿っているもののことなの。草にも木にも、鳥にも、虫にも、もちろんマヒトにも」


 なんかまた新用語が出てきた。でも今は聞かないでおこう。面倒くさい。


「私達の身体は心と器とギンでできている……ってね」


 ふふふと可愛らしく、それでいて鼻を高くして喋るその姿には、大変愛嬌がある。普段は大人な印象なのに、こういう風な一面を見せられると、なんだか胸の奥がどきっとする。これが恋なのだろうか。いや、違う。でも親近感は湧いた。


「へぇ〜、じゃぁそもそもギンってなんですか」


 聞いてみると先程の威勢は嘘のように、トーロスさんは明後日の方向を見た。答えられないらしい。

 だがここで茶髪の人ーラーニキリスさんーが、代わりに話してくれた。


「ミス。それに回答するのは難しい。今、君のしている質問は、なぜ鳥は鳥と言うのですか? という疑問に近い」


 簡潔にして分かりやすい。ラーニキリスさんの話には無駄がない。必要な情報だけを選別して喋っているように思えた。

 わたし達─ドルバさんとかそのへん─が無駄に話を脱線させすぎているせいかもしれないが……。

 ラーニキリスさんは、「一様」と前置きをした後、先程の問いに仮の答えを用意してくれた。


「そうだな。私が思うに……ギンとはこの世界そのものである。そういった方がいいかな」


「というと?」


「万物はギン素を有しているからさ。そして世界とは万物によって成り立っているからね」


「おおーーーー」


 感嘆の声を漏らす。なんだか哲学者っぽい。賢そう。

 正直ラニキリさんの言いたいことはまるで理解できなかったが、なんか言葉の並びが美しかったので、気持ちで理解した。


※なに言ってんだこいつ。


「とにかくギン素というのは誰にでも何にでもあり。世界を構成するのに、非常に重要な要素ということだ。分かっていただけたか? ミス」


「はい! 分かりました!」


 手をピシッと上げて元気な声で言う。その姿は客観的に見たら、マイナス五歳くらいには見えるだろう。十二歳の行う振る舞いじゃない、でもちょっと他に気になることがあるから、自分のことは後回し。


 わたしがそんなことを考えている間にも、会話は進んでいく。「なら良かったよ。ミス」ラーニキリスさんが目を伏せてそう言った。しかしわたしは、まさにその発言が気になっていたのだ。


「ただですね……その【ミス】ってのは、まさかわたしのことですか?」


 ラーニキリスさんは口をぎゅっと縛った。


「カッコいいと思ってるんですか?」


 ラーニキリスさんはさらに口をぎゅっと閉め、額に青筋を浮かび上がらせた。そして彼は呟く。


「だから年下の女は嫌いなんだ……。包容力がない。包容力が……。やはり女性とは、姉さんのような人物でなければならない」


 ラーニキリスさんは、顔をしかめブツブツと呟く。


「さて、じゃあまぁ彼は一旦置いておいて、本題。銀糸鳥の話に戻りましょうか」


 トーロスさんは困ったように笑った。それを見ていたら……なんというか本当に、彼女に色々と謝りたくなってきた。


✳︎


「ギン素の認識についてはもう大丈夫ね?」


「はい。なんとなくは理解しました」


「それじゃあ自身の銀素を抜き出す練習からしてみよっか」


「はい!」


 トーロスさんはそう言うと、自分の右腕をダラリと机に置いた。それで左手を近づけると、ギュッと指先で右腕をつねった。……いや、掴んだと言った正確だ。それが何かは分からないが、彼女は確かに何かを掴んでいる。

 そしてそれを、そのまますぅーーと上空に持ち上げた。すると、どうしたことだろうか。トーロスさんの指先から糸引くように、銀色に輝く細い長いものが伸びていた。


「これがギン素。誰にでも、何にでもある、私達の存在基盤」


「へえぇ。これが……」


 実際に見せてもらうまでは、正直半信半疑だった。銀素なんちゃらとかそこらへんは、アルトさんだけができるやつかと思っていた。けれど実証されれば疑う余地はない。それに他の方々も、それが日常の一部であると、すっかり受け入れていて、一切の戸惑いもない。

 どうやら本当に誰もが出来るみたいである。


「さて、じゃあまずは。左右どっちでもいいから、自分の腕をつまむようにしてしてみてくれる?」


 先程トーロスさんがやったみたいに、わたしも右腕を軽くつまんだ。


「そうそう。そしたら手をそのまま、すぅーーと上に持っていこうか」


 言われた通り、腕から何かを抜き取るように上空へと手を持っていく。すると、わたしの手は確かに掴んでいた。腕から伸びた銀色の糸を。


 自分も本当に出来た……出来てしまった。驚愕からトーロスさんの方を見る。


「で、できましたよ!」


「うん、良いわね! そしたら次は、銀糸鳥を作ってみましょうか」


 初めての体験に、戸惑いと興奮を隠しきれない。それに次はいよいよ、銀糸鳥の作り方だ。

 ゴ○リでも出て来そうな簡単工作。わたしは期待に胸を膨らませて、虚空から赤い帽子を取り出すとかぶった。



第30話 終了

次回に続く

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