銀の歌

Goodbye to Fantasy
プチ
プチ

第116話 君が隠したかった

公開日時: 2021年8月2日(月) 18:30
文字数:3,365


「やぁ、久しぶり。セアちゃん。それに初めましてな子達もいるね。……森犬族の子に、亜人の男の子だぁ。私はギーイって言うんだ。よろしくぅ」


 にこやかに、ともすればにたにたとした表情で、ギーイさんは、わたし達のことを手招いていた。


 大人しく純朴なヘテル君は、ギーイさんの人格に気後れしたのかもしれない。一様、「ヘテルです」とは返していたものの、不気味に思ったのか。わたしの背後に回り、服の袖を不安げに引っ張っていた。


 ギーイさんはクセが強いので、こうなるのも分かる話。なので、大丈夫だよという気持ちを込めて、ヘテル君の小さな頭に手を乗せた。そうして彼を連れて、部屋の中へ入っていく。


「あっ、散らかしちゃってごめんね。危ないからなるべく踏まないようにぃ〜」


 特徴的な語尾で、白い歯を見せてにっと笑うギーイさん。彼女は、何も置かれていないベッドまで、わたし達のことを誘導してくれた。ただその最中に、何の恨みがあるのか。床に埋まったアルトさんの足を、Y字の置き物に取り付けてある錠で、それぞれ別個に繋いでいた。


 がちゃんという良い音が鳴ると、床下から「ふざけんなお前」という声が聞こえて来た。……どうやら生きてはいるらしい。


 そんなことを考えていたら、先程よりも強く、ヘテル君に服を引っ張られた。彼は大変不安そうにしている。

 まぁギーイさんの人格もさることながら、この部屋もこの状況も、何もかも狂っているから、仕方ない話だと思った。


 初対面がこれだと、悪い意味で永久に記憶に残ってしまうだろうし、不信感も抱いてしまうだろう。何だったらわたしも、引いてるし。

 でもギーイさんは以前、窮地を脱するのに協力してくれた人だ。だから悪い人ではないはずだ。彼女のことを知っているわたしが、仲介する必要がある。


 ヘテル君が不安に思うのは、何も説明されずに、この異様な空間に放り込まれたからに違いない。なので、まずはギーイさんから、事情を聞いておく必要がある。目的が分かれば、彼の戸惑いも軽減するだろう。後わたしも純粋に、この部屋が、どうしてこんなことになっているのか知りたい。


 ふふふと含み笑いをしながら、アルトさんの尻に花を生け始めたギーイさんに尋ねる。


「ギーイさん、ギーイさん。どうしてこの部屋って、こんなに武器が散乱しているんですか? それにその、アルトさんを拘束している、置き物? 拷問器具? っぽいやつについても聞きたいです。血が付いてませんかそれ?」


 花を生ける度に、床下から悲鳴が上がるのを、笑顔で聞いていたギーイさん。でも問いかけると、ちゃんとその手は止めてくれた。振り返った彼女は、扇情的に唇に人差し指を押し当てた。


「うーんとね。アル君に呼ばれたから来たんだけど、皆は何も聞いてなかった?」


「ええまぁ」


「あら〜アル君ったら駄目な子なんだ」


 そう言って、また花を生けた。


「呼ばれた理由を簡単に言うとね。アル君って実は至る所に暗器……。あーー武器を仕込んでるんだけど、それらは色々と手入れが必要なんだ。

 特殊な武器が多いから、手入れができる人って限られてる。それにアル君は新しい武器が欲しいそうで……。そこでその両方を解決できる、都合の良い女である私が呼ばれたってわけ。どう、分かってもらえた?」


 所々危ない単語が聞こえたが、概ね内容は理解できた。理解できたからこそ、目をぱちくりせざるを得なくて。こんなに物騒な物を、アルトさんはどんな意図で用意させたのだろうか。ちょっと分からないことは多いが、それらは床下に埋まっている彼に尋ねれば、解決できることかもしれなかった。


「で、そっちの拷問器具の方は?」


「今日は、良い天気だったよね」


 とても良い笑顔で返事をしてくれたが、目が笑っていなかったので、諦めることにした。


✳︎


「つまり、ウェンの大森林に入っていくからだ」


 歪な拷問器具から解放され、やっとの思いで帰ってきたアルトさんは、質問責めにされると開口一番に言った。


「ウェンの大森林は巨大樹、沼地、立ち並ぶ木々、それらが混成され、自然の迷宮と化している。深部まで行ったら、迷うことは必死。だが何よりも恐ろしいのは、そこに棲む動物マヘト植物マフト達だ。

 森が育んだ命の多様性と言ったら聞こえはいいが、外からみたら、悪鬼羅刹が蔓延る場所だ。毒蛇、毒虫、毒草、集落を作る人の背丈もある昆虫、歩行する食獣植物、鳥の頭と爬虫類の胴を持つ、人間の子どもを好んで食べる水辺の悪魔。何の準備も知識もなく入り込んだら、確実に命を狩られる。だから武器がいるんだ」


「何ですかその地獄」


 今まではギーイさんが来た理由が分からなくて、震えていたヘテル君だったが、今度は別のことで震え始めていた。ちなみにわたしもガクガクだ。

 無関心に一匹座り込んでいたソフィーちゃんも巻き込んで、お互いに抱き合った。


 そんなわたし達を見るアルトさんは、何やら気まずそうにしていた。それで、『だから今まで、余計な心配をさせないように言わなかったんだ』と察しがついた。


 事情は説明したからと、震えるわたし達は置いて、二人は装備の点検に移っていた。


 靴を脱いだアルトさんは、中を手でまさぐると、パチリパチリと何かを外していった。それで靴を逆さまにすると、靴の中から何かが落ちた。床に落ちたそれは、カランと音を立てていた。その金属音が気になって、落ちた物を見てみれば。それは間違いなく、鋭利な刃であった。しかも刃の溝が、何かで濡れているのも分かった。


 一目で物騒な物だと見抜いたよ。


 アルトさんのことだから、今更何か持ち物に仕込んでいたとしても、そこまで驚いたりしないと思っていた。だけど出てきたのは、しょっぱなから想像の上をいく代物で……。


 あんぐりと口を開いて、目をかっぴらく。アルトさんはわたし達の視線を感じてか、どことなく気まずそうにしていた。でも作業の手を止めることはなく、慣れた手つきで自分の身体や持ち物に仕込んである武器を外していった。


✳︎


 全ての武器を外し終わったアルトさんは一息つくと、わたし達の横にどすんと座り込んだ。武器を外すだけでも、かなりの時間がかかったから、疲れるのも分かるが……。いや、どんだけ武器を仕込んでるの。


 訝しんだ視線を送る。


 すると武器を仕込んでいた経緯を、説明しようとしたのだろう。アルトさんは口を動かそうとしていた。けれど結局彼は、沈黙を選んだ。


「えっと、お茶でも入れてくる?」


 その空気を緩和してくれたのはヘテル君だった。


「あ、ああ。助かる。気が利くな」


 鈍く反応したアルトさんは、お礼の言葉と共に、朗らかな笑みを作ってヘテル君に言った。それを受けて彼は、気恥ずかしそうに少し頬を赤らめて、「うん」と頷いていた。


「じゃあ下の階で、お湯を沸かしてくるね」


 その場から逃げるように、危なっかしく部屋を出て行ったヘテル君。アルトさんはそれを見て、眉を寄せていた。それで気怠げに立ち上がった彼は、「俺も行ってくる」そう言っていた。わたしには、淫乱女を見張っとけとか、そんな言葉を残していた。


✳︎


「ねぇセアちゃん」


 アルトさん達が部屋を出て行った後、ギーイさんが話しかけてきた。


「何でしょうか?」


 返事をすると、カチャカチャいじっていた武器を床に置き、ギーイさんはいやらしく口元を横に広げた。


「いや、大したことじゃないよぉ。ただちょっと気になったんだ」


 ギーイさんはそう言って姿勢を崩すと胡座をかき、左右に身体を揺らした。そして、やはり不敵に微笑んだ。


「【ヘテル君って、いつもあんなことをしているの?】」


「えっ……」


 口元はにやついていたが、目が笑っていなかった。だから、もっと悪どいことを言われると思ってた。なのに出てくる言葉はいたって日常で。それゆえに面食らった。


「まぁ、そうですね」


 特に考えることなく頷く。実際ヘテル君は、よくああいう事をしてくれる。わたしとアルトさんが喧嘩した時の仲裁という意味でも、誰かが疲れている時に気を使ってくれるという意味でも。ああいう優しくて、それでいて【可愛げのある】ことを。


 事実は事実だし、別に誰かが困ることでもないと思った。だから素直に頷いたが、ギーイさんの表情を見ていたら、何か今、とんでもない失敗を犯してしまったような気がしてならなかった。


 首から下げられた花を無造作に押し除けて、わたしは胸に手を当てた。

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