銀の歌

Goodbye to Fantasy
プチ
プチ

第92話 そして彼らはいつも通り…?

公開日時: 2020年12月21日(月) 18:30
文字数:4,504


銀の歌



第92話



 街道は草木が刈られているのか、はだけた肌色の地が見えた。けれど街道から少し目を逸らせば、力強い生を感じさせる緑が、一面に広がっていた。


 アルトさんと出会ってから月日は流れ、もう6月だった。


✳︎


 わたし達の保護者であるアルトさんが、勝手に荷車など買ったその時には怒ったものの、このように寝転がっていても、勝手に進むことを思えば。シーちゃんには悪いけれど、正直旅が楽になったと言わざるを得ない。


「ねぇ〜。5月に19歳になった、橙髪の男性のアルトさ〜ん。美少女が質問したいんですけどー。

 ルクス街から出て数日が過ぎましたよ。もう話してくれてもいいんじゃないですか?」


 むくりと起き上がって、荷台ではなく、一人乗り手に座っているアルトさんに言う。

 声をかけたというのに、彼はこちらに背を向けたままで、しばらく待って返ってきた言葉というのも、非常に気怠げなものだった。


「……何をだ?」


 辟易したようにアルトさんが言う。

 これから話そうとする話題に、乗り気ではなかった。しかしだからと言って、躊躇う訳にはいかない。


「それはもちろん、ヘテル君のことです!」


 この荷台に乗るのはわたしだけではない。

 視線の先には少女のような愛らしい容姿の、耳の長い男の子、ヘテル君がいる。彼は大きめの服や、フードのついた外套を身につけて姿を覆い隠している訳だが。それには理由があって……。

 ヘテル君の左腕は、異業化という、不定形の黒い物体に変わる奇妙な病気? にかかっている。黒化した部位は元の形を保っていないのだから、もちろん手としては使えない。そして誰かに異業化した部位を見られたら、嫌悪感を持たれ、最悪の場合殺されてしまうのだ。

 そんな世界の不条理のために、ヘテル君は身体を隠すことを余儀なくされているのだ。


 わたしは、わたし達はその異業化をなんとかしたい。そしてなんとかするための鍵を、どうやらアルトさんが知っているらしいのだが……なかなか教えてくれない。

 ルクス街を出たら教えてくれるとのことだった。でももうあれから、数日が経っている。


「約束破っていいんですか? 第91話でアルトさんに拾われたソフィーちゃんだって、そう思いますよね?」


 なかなか教えてくれないアルトさんを睨みつけて、心の距離だと言うように距離をとった。そのまま荷台の上を這いずって動き、代わりにソフィーちゃんに近づくと、彼女を抱きしめた。

 毛繕いをしていたソフィーちゃんは抱きしめられると、グルルと嫌がるように吠えていた。でもきっとそれは、アルトさんに向けたもので、わたしに向けたものではないはずだ。なのでさして気にせず、彼女を抱きしめたまま、アルトさんに抗議する。


「アルトさん、いい加減に教えてください! もうルスク街からは大分遠いですし、人だって行き交ってません。ここにはわたし達しかいませんよ! むしろ、言うなら今しかない訳です!」


「…………」


 しかしアルトさんは沈黙する。何も言わない。彼が秘密主義なのは大分理解して来た事だが、ここまで強情に渋るのは、実の所そこまで見たことがなかったので眉をひそめた。


「アルト……知ってるなら、教えてほしいよ」


 でも割り込むようにヘテル君がそう言うと、考え込むそぶりをアルトさんは見せた。ややあって、彼はシーちゃんに脇道にそれるよう促し停まらせた。

 それでこちらに振り返ったアルトさんは、気難しそうに眉間にしわを寄せていた。依然として乗り気ではなさそうだが、しかし答えてくれる気はあるらしかった。


「……そんなに聞きたいのか?」


「そりゃ、もちろんですよ! ねぇ、ヘテル君?」


 迷いなくヘテル君は頷いた。

 それを見てアルトさんも覚悟を決めたように、真剣な顔つきになった。


「……分かったよ。約束だったしな。

 だが異業種の治し方について話すなら、もう一つお前達には聞いてもらうぞ」


「なんですか、それは?」


「それは……創生魔法についてだ」


✳︎


「そもそもお前達は、異業種に対してどんな認識をしてる?」


「うん? それはぁ……」


 荷台の上でヘテル君と顔を見合わせて考える。

 ただ、わたしに関しては何度も言うようだが記憶喪失だ。世界の知識の基盤はアルトさんから習ったことだし、異業種に関する知識も、大部分は彼から聞いた事だ。

 だからアルトさんの言葉をほぼ引用することになるが……。


 まぁわたしが知ってる限り異業種というのは、【全生命から敵対視】されている存在であること。その理由として、醜い姿や生理的嫌悪が挙げられること。更に異業種とは将来的には理性をなくし暴れ回る、不死性を得た【不定形の化け物】になること。ただし聖騎士団だけは、そうなった彼らを殺せるらしいこと。

 後は……異業種になってしまうのは、全くの偶然だということ。


 他にも色々ありそうだが、一先ず大事なのはこんな所だろう。というかこれくらいにしておかないと、異業種のあんまりな状況に怒りがこみ上げて来て、理性が保てなくなる。

 異業種に対する認識なんて言いたくもないけど、アルトさんは、それを言うのが必要だと言っている。これが最終的にヘテル君の幸せにつながるなら、自分の認識を言うほかないのだろう。


「異業種はぁ………………」


 【いずれ不定形の化け物になる】という所は、なるべくぼかしながら、異業種という存在についてと、異業となった部位がどうなるか、自分の認識を説明した。

 わたしが言い終わると、ヘテル君も続いて似たような内容を語った。異業種である当の本人に語らせるなんて、鬼の所業もいい所だ。言わせていてなんだかとても悲しくなったし、情けなくなった。

 けれどアルトさんが、無駄なことをする人じゃないのは分かってる。だからこれは必要経費だと思って割り切った。ヘテル君もそんな様子だった。


 一通り聴き終わったアルトさんは、しばらくは考え込む様子だったが、やがて口を開いた。


「おおむねその通りだ。そしてお前達が語った中で、異業種の特性を語る上で非常に大切なことがある。そしてその特性こそが……絶対じゃなくて可能性くらいだが、俺が考えうる異業種の、唯一の治し方につながる」


「……なら、早く説明して下さいよ」


 いつもいつも回りくどいアルトさんに業を煮やす。

 特に今回はヘテル君の命が関わっているから、遠回りには聞きたくなかった。


「いったい何だっていうんですか?」


 アルトさんの肩を強く掴んで揺さぶる。すると彼は片手を前に出し、わたしを制した。


「言うのにためらう内容なんだ……。いや、まぁ言うが」


 制されたわたしは、アルトさんもそう言ってることだし、心を落ち着けると、ヘテル君のすぐ側で座り直した。

 そうすると今度はアルトさんの方からこちらへ来た。彼はヘテル君の正面にあぐらをかいて座ると、彼の異業種となった方の手を手に取った。


「お前が語ったように、異業種の特性の中に、異業となった部分が不定形になるとあるが、そもそも不定形とは何か?」


「不定形……? 確かになんでしょう?」


 ヘテル君と顔を見合わせて首を傾げる。まぁこんな風にしてても、結局答えは出そうにないので、諦めてアルトさんに答えを求める。


「不定形とは、そのままだが、定まった形が無いという意味だ。そして形がないとは、つまりこういうこと」


 やたら哲学めいたことを言った後、ヘテル君の異業となった手の中に、あろうことかアルトさんは、自分の手を【入れ込んだ】。


「「ーーー!!」」


 自分の手の中に、人の手が入り込んでくる。そんな現象を前に、多分怯えから、ヘテル君は自分の手を引っ込めようとした。しかしアルトさんは、彼の左腕の異業の境目、その辺りを掴み離さなかった。


「形がないなら、そこには何も無いのと同義だ。とすれば何かしらの物体を入れることができる」


 ヘテル君の手の中に自分の手を突っ込んだまま、アルトさんは説明を始めた。どう考えても異常なそれは、ここまで静観を決め込んでいたソフィーちゃんでさえ釘付けになって、事の成り行きを見守る程だった。

 アルトさんの手はヘテル君の手の中に、さらにずぶずぶと入り込む。最終的に腕の第一関節すら異業の中に入り込んだ。

 不快に臭いたち、黒く泡立つ異業の手は、それでも明度があった。アルトさんの手は、異業の中に飲み込まれた後も、ぼんやりとだが見えていた。


「アルト。なんかこれ嫌だよ……抜いて!」


 身体の中に異物が入っている状況は、本人にとってはかなり不快なものだろう。

 ヘテル君は顔を歪めて、自分の手を必死に引っ込めようとしていた。しかしアルトさんは、「まだこの状態でやらなきゃいけないことがある」と手を引き抜かなかった。


「異業種の特性について見てもらったことで、創生魔法について話すことができる」


「聞いておいてこんなこと言うのはアレですけど……! 出来れば早くしてください」


 アルトさんの真剣な様子に、逃げ出そうとすることはなくなったヘテル君。でも顔色は悪いまま。それでアルトさんも、わたしの言葉にこくりと頷いて、口早に話し始めた。


「創世魔法っていうのは、ようするに何も無いところに、何かを生み出せる魔法なんだ。言い換えれば何も無い場所に形を与えることができる。だから例えば『クリエイト』」


 アルトさんは異業の腕の中で、いつものように言う。


 『何も無いところに〜』といった事だけ聞かされた時には、アルトさんが何を言いたいのか、正直理解できていなかった。でも今、目の前で起きた現象が、アルトさんの発言の意味する所の全てを、わたしに理解させた。


「……そんな。嘘ですよね?」


 いつもの言葉の後、ヘテル君の異業の手の中には、何か赤いものと青いもの、筋のようなものが伸びていた。ついで白い何かが現れた。それらが何か理解するには、少しの考える時間が必要だったが……。落ち着けばはっきり理解できた。それらは間違いなく【骨】と【血管】であった。


「形の無いものに形を与えた。これは元々お前の身体の中にあったものとは全くの別物だから、すぐに拒否され飲み込まれて消えると思うが……まぁそういうことだ」


 アルトさんが言い終わると、骨や血管は異業の手の中で不可解な動きをした後、溶けるように異業の中で消えた。しかしこの現象は、わたし達に一つの理解をもたらした。


「形がないものには、形を与えればいい」


 ヘテル君がそう言った。だがその言葉はわたし自身が言ったように誤認させるほど、あまりにも自然であった。実際彼が言わなければ、わたしが言ったかもしれないし、アルトさんが言ったかもしれなかった。それほどわたし達には衝撃的な発見だった。

 だってそれはつまり異業種とは形を与えれば。


「治るんだ……」


 ヘテル君は目を丸くした。聖騎士団でさえ治し方が分からなかった、異業種という病……。それはどうしようもないと思われた。わたし自身も異業種を知れば知るほど、どうしようもないものだと思った。でも解決方法がたしかにあったのだ。


 そしてまとめだが、アルトさんが話す異業種の治し方とは。ようするにーー。


「ああ。お前の異業種となった部分を全部、お前の元あった形に合うように、再度創りなおしてやればいい。それで俺が考える理論上では治ったことになるはずだ」


第92話 終了

「後さぁ、訊きたいんだけど。なんで今日お前、やたら説明的なの?」


「この回から読む読者がいるかもしれないので、そのフォローです。週一になりましたしね」


「92話でいる? もっと古参にこびろ」


「古参はわたし達を理解しているので、むしろ笑ってくれると思うんですよね(名推理)」



 こんな感じのほのぼのシリアス小説。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

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