銀の歌

Goodbye to Fantasy
プチ
プチ

第61話 異業種のヘテル

公開日時: 2020年11月9日(月) 18:30
文字数:4,001


銀の歌



第61話


 火花のパチパチとする音に僕は起こされた。

 おぼつかない思考。おぼろげな記憶。明瞭にならない視界。目を開けるとそこは一面の闇だった。

 よくよく見つめていると、それが星空なのが分かった。


「そんなのって! ないですよ……」


 誰かの怒声が聞こえる。


「だが事実だ。異業種ってのはそういう奴らなんだよ。あいつらは存在するだけで嫌われる」


「それにしたってあなたの予想は酷すぎます! 親からも見捨てられてるだろうって……」


 誰かの怒声が聞こえる。高い熱量を持った言葉の数々だったが、それはだんだんと収まっていき、行き場のない怒りへと昇華されていっているようだった。


 声の高い人ー恐らくは女性ーが歯ぎしりをする。癇癪を起こして騒ぐ女性というのを、あまり見たことがないから驚いた。でもその様に、不思議と嫌悪感はなかった。

 ぼんやりとしていたが、なんとか半身を起こして、彼らの方を見る。


「あっ……起きましたね。おはようござ……こんばんは」


 今は夜間だから、声をかけてきた女性の顔ははっきりとは見えないけど、声の綺麗さから、とても美人な人だなと、直感的に思わされた。それと頰を流れたと思わしき通り道が、彼女の顔にはあった。


「わたし達はその……悪者じゃないです。さっきはごめんなさい。それとその触って……なんでもないです」


 顔を赤らめて勢いよく頭を下げる。最後の方は何を言っているのかは分からなかったけど、何故だか雰囲気から理解できる。言葉通りこの人は悪い人ではなさそうだと。目の前にいるこの人の言葉には、なんでだか不思議な強制力があった。……嫌悪感を持たれにくい人間もいるのだな。取り敢えずは、そう認識しておいた。


 そんな女性は、しばらくしてから顔を上げると、僕に向かって問いを投げかけてきた。


「何があったのかちょっとだけでも教えてくれませんか?

 って! ああ……そうそう。忘れてました。わたしの名前はセア。そしてこっちのむすっとした気難しそうなおっさんは、アルトさんです」


「誰がおっさんだ! まだ19だ!」


「彼から見たらアルトさんはもうおっさんですよ。まぁー。わたしは美人なお姉さんですけれど」


 自己紹介を始める二人の息はとても合っていて、話に聞く劇のようだった。

 少し縮こまっていると、セアと名乗った女の人が一歩前に出て、手を指し伸ばしてきた。

 顔を見れば花が咲き誇るほどのまばゆい笑顔だった。


「それで。あなたのお名前は何ですか?」


「僕は……」


✳︎


「ヘテル?」


 わたしの手は握られはしなかったが、目の前にいる女の子……リテイク。

 目の前にいる男の娘は、自分の名前を教えてくれた。


「へぇ〜ヘテル君って言うんですね〜」


 彼が男だと言うことを忘れないために、しっかりと最後に君をつける。


「うん。僕の名前はヘテル。ウーマ族のものだ……です」


 どこかたどたどしく、自信なさげに言うヘテル君に痛ましさを感じた。でもなるべくそれを、彼に察知されないように振る舞う。

 そんな時アルトさんが、「ウーマ族?」と訝しんで呟いていた。


「どうしたんですアルトさん?」


「いや、なんでもない。気にするな」


 でた。いつもの。


「はぁ。まぁ別にいいですけどね」


 唇を突き出してふてくされ気味に言った。

 アルトさんがこうやって意味深なことを呟くのは、最早わたしの中では日常とかしてしまった。なので深く突っ込みはしない。

 それに今は、ヘテル君の方が重要なのだし。


「あっ、そうそう。さっきあなたの服を変えたんですよ!」


「えっ!?」


 言った瞬間、ヘテル君は絶句した。良かれと思ってしたことだっただけに、その反応は傷ついた。


「見たの?」


 眼光鋭く怯えたような瞳で訴えてくる。その言葉を聞き、えっ、何ち◯こを!? と一瞬疑ったが、すぐに考え直した。ヘテル君が、何故不安そうにしているのか思い当たったからだ。


「ほら。だから止めろっつったのに」


 今のアルトさんの言葉は、果たしてどちらにだったのだろうか。わたしの思考の方なのだろうか。いや、そんな馬鹿なことを考えている状態じゃない。

 二つの意味で気難しそうな表情を浮かべ、オタオタとしていると怒声が飛んできた。


「見たのかって聞いてるんだ!!」


 ヘテル君が大きく叫んだ。物音一つない夜の森には、その声はよく響いた。


「そうぎゃんぎゃん騒ぐな。もう夜だぞ」


 驚いて声も出ないわたしの代わりに、アルトさんが面倒臭そうに返答した。

 アルトさんの冷静な言葉を聞いて、ヘテル君は一旦の落ち着きを取り戻す。しかしまだあの子の警戒は、全く無くなっておらず、以前怯えたままだ。


「見たの……か?」


 ヘテル君は小さくそう言った。アルトさんはこれ以上引き伸ばしても意味ないだろ。そう言いたげな様子で、わたしのことを見た後、簡潔に言った。


「ああ。見た」


ーーダッ。

 アルトさんの言葉を聞いた瞬間、ヘテル君はすぐさま駆け出した。

 アルトさんはそれを見越していたのだろう。先ほどよりも大きな声で、ヘテル君に届くよう話し出した。


「あのなぁ。コスタリカ……聖騎士団の奴らんとこにつきだすって言うんなら、今こうしてのんびり話してんのは違うだろ。俺達はお前を害す気はないよ。

 別にお前を嵌めたりなんかしねぇよ。やるんだったらお前が気絶してる間に、なんかしらしてる筈だろ?」


 こういう時アルトさんの冷静な思考や、順序付いた論理的な言葉は非常に有難い。わたしだったら取り敢えず追いかけて、肩を掴んで「大丈夫ですから!」と言ってしまう気がするから。


「なんで僕に、そんなよくしようとしてくれるんだ」


 警戒をむき出しにした声音ではあるが、ひとまずヘテル君は立ち止まってくれた。


「正直言うと、俺は面倒だから捨てようと思ってた。感謝すんだったらそっちのアホ女にしろ」


 俺から話すことは以上だと、そこで言葉を打ち切り、わたしの方を見ると、顎をくいっとヘテル君の方に向け動かした。それを見て、ここからはわたしの役目なんだと理解した。


 なるべく刺激しないようにと心の中で呟き、ヘテル君に近寄る。


「……えへへ」


 何を言っていいのかわたし自身分からず、ついて出た言葉は戸惑いだった。


「ごめんね、勝手に。なんだろう。異業種っていうのなんだよね。ヘテル君は……。わたしは無知だからよく知らないんだけど、それは難しい病気……なの、かな」


 途切れ途切れに言葉を紡いでみるが、それらはなんとも不恰好なものだ。


「アルトさんから聞いたんだけど、なんでも異業種は悪い奴で、この世の不条理だとか。だから多くの人に狙われる。でも異業種になるのは最初からじゃなくて、突然前触れもなくなる……。それは酷い話だなって。

 ううん。違う。言いたいのはそういうんじゃなくって、異業種って実の所わたしは全く分かってないんですけど……。ただヘテル君はこれから行く場所あるのかな?」


「それが心配で」


「なんで宝箱に入っていたのかとか、聞きたいことはあるんだけど、それは今はいいや…………。今はね。あったばかりでなんだけどヘテル君が心配なんだ。あなたがいいならしばらく一緒にいてほしい。逃げるのは後ででもできると思う!

 だから少しだけでも」


 途中からは涙まで出てきた。自分の言葉の拙さに情けなくなる。こんなものでどうやって彼の警戒心を解こうと言うのか。どうして彼の事情を聞けると言うのか。何故助けられると考えたのか。


 自己否定に押しつぶされそうになる。これ以上言葉を絞り出せなくて俯いていると、あろうことか、向こうから助け舟を出された。


「どうしてそんなに、よくしようとしてくれるの?」


 先ほども言われた言葉。しかし一度目よりもずっとずっと穏やかなものだった。

 異業種なんて立場で辛いだろうに、それでも気遣いをしてくれるヘテル君。彼の対応に目頭を熱くさせながら、情けない笑みを浮かべる。


「わたしね。記憶喪失なんだ……」


 ヘテル君はハッとしたような顔をすると、何か悟ったように口をつぐんだ。それを見て、更に言葉を続けることにした。


「だから……異業種も知らないし、言葉も知らなかったし、計算も何もできなかったんです。一人の辛さって知ってるんだ。心細いよね。今のヘテル君と、目覚めたばかりのわたしじゃ、状況も背景も大分違うと思うんですけど、一つだけ同じことがあります。

 【誰も助けてくれない】。頼りにできる人がいないっていうことがおんなじです……でもわたしは運が良かった」


 敬語とぞんざいな口調と色々とごっちゃになって、それでもなんとか、ヘテル君をこの場に繫ぎ止めるべく、必死になって言葉を選んで笑いかけた。


「目覚めたばかりの時、アルトさんがそこにいた。そしてたくさん! た〜〜〜くさん! 守ってくれたんです……。

 ヘテル君。異業種の事情を聞いた時思ったんです。助けたいって。それが【よくする】理由じゃダメですか?」


 祈りを込めた言葉。これじゃどっちが助けようとしてるのか分からない。

 それでも少しはヘテル君に、わたしの言葉は届いたみたいで。彼はコクリと無言で頷いくれた。それを見て、ようやく安心できた。


「そうですか。良かった……。なら一緒にご飯、食べませんか?」


 視線を合わせるために中腰になると、手を差し出した。今度は握ってくれるかな? 期待込めたものだったが、しかしヘテル君の反応は色よくなかった。

 やっぱりダメだったかと縮こまったが、その後に続くヘテル君の言葉で、それが杞憂だったことに気が付いた。


「敬語いらないよ」


 ヘテル君はそう言うと、控えめにだが、わたしの手をしっかり握ってくれた。その時の彼の様子は、まるで迷い子が灯りをみつけたような、そんな風だった。


「そうなんで……。うん。じゃあ一緒に食べよう。ヘテル君」


 手を握ったまま、最後にそれだけ言って、アルトさんのいる焚き火まで、一緒に歩いて戻った。


第61話 終了







「君は優しいね」


「…………貴女ほどじゃないよ。誰かのために泣ける人……初めてみた」


「……? 何か言ったヘテル君?」


「ううん、何も」

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