銀の歌

Goodbye to Fantasy
プチ
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第105話 日常とは非日常の重なりで

公開日時: 2021年4月19日(月) 18:30
更新日時: 2021年4月19日(月) 19:03
文字数:7,051

銀の歌




第105話



 呼吸を整えて、自分の頭の中にある物を、ゆっくりと少しずつでいいから、形にしていく。

 前は目を瞑りながらでしか出来なかったが、最近はそんなことはない。目を開いててもちゃんと出来る。だから目の前の空間が歪み出していくのも、もう見慣れたもの。驚いたりしない。


 頭に走る、鈍い痛みと引き換えに創り出した花は、確かな存在感を持っていた。創るまでの時間も、訓練を重ねる内に早くなったが、今創り出した物は、さらに早いものだと思えた。

 結果は上々。こんな風にさっと創れて、壊れもしないとなれば、もう自分で自分に花丸を上げられる。けれど今日の創世魔法の訓練は、一味違う。まだ終わりではない。


「いいぞ、セア。続けろ」


 今日は特別。その証拠に、最近はもうずっとわたし一人に任せて、自分の事をしていたアルトさんも、隣で応援してくれている。ヘテル君も家事を行う傍ら、わたしの方に意識を向けている。彼も心配してくれているのだ。


「はい」


 アルトさんの言葉に従って、緩みかけた糸をぴんと張るように、意識をまた深い所まで潜らせる。集中だ。


 創り出した花ーイグニスーを、造形はそのままに、大きさだけを変えていく。まずは大きくだ。

 手の中に収まる程度しかなかったイグニス。だけど頭の中で、人の顔程の大きさを思い浮かべると、その想像に追従するように、あらゆる法則を無視してイグニスは大きくなっていく。

 やがてそれは、自分の頭の中に思い描いた通りの姿になった。


「いいぞ。次は小さく」


 アルトさんの指示に「はい」と返事をする。


 少し。いや、かなり頭は痛いが、言われた通りに今度は小さい姿を、脳裏に思い浮かべる。

 親指ほどの大きさを想像して変えていく。変化が進んでいくのと比例して、頭が痛くなるが、先程大きくする時に感じた痛みの種類とは、また別の痛み方であった。


 大きくする時に感じた痛みが、金槌で殴られたような、【面の痛み】と表現するなら。こちらはもっとずっと繊細な痛み。例えるならこめかみに杭を打ち込むような、そんな一点をとらえる痛みだ。

 そうこう痛みと戦っている間に、花はいつの間にか、自分の考えた通りの大きさまで小さくなっていた。


 やった! やりましたよ! アルトさん!!


 言おうとした。

 アルトさんだってきっと、満面の笑みで褒めてくれると思ったから。けれど振り返ったわたしが見たものは、青ざめるアルトさんの表情だった。


 何をそんなに心配しているんですか? 尋ねようとして、鼻周りに何か違和感を感じた。何かが鼻についたのだろうか。それを拭って目で見てみたら、何か赤い液体だと分かった。それで、次に同じ感触を、目の下辺りにも感じた。


「アルトさん、こ」


 これって? その言葉を言うよりも先に、わたしの視界は暗転した。


✳︎


「んっ」


 ぱちりと目を開ける。すると辺りは薄暗かった。荷台の上で、毛布がかけられて寝そべっていたのもあり、いつの間にか、また夜になってしまったのかと落胆した。

 だがぼんやりと空を眺めていたら、夜になったのではなく、雲がかかっただけなのに気づいた。その証拠に敷き詰められた厚い雲の、細かな隙間を縫って、日差しが地面に差し込んでいた。


「気づいたか?」


 わたしの声に気づいて、同じく荷台の上に居たアルトさんが、干し肉を食べながらそんなことを言った。

 それからすぐ隣に居たみたいで、ヘテル君も不安げに顔を覗き込んできた。彼には心配をかけてごめんねと、半身を起き上がらせると頭を撫でた。


 ……おおよそ検討はつくが、自分がどうなったのかを知りたくて尋ねる。


「アルトさん、わたしは」


 創世魔法でイグニスを創って、大きさを変えれたことまでは覚えているのだが、そこから先は記憶が曖昧だ。

 わたしの呼吸が整うのを待ってたのか、十分な間を開けた後アルトさんは言った。


「創世魔法の訓練中に鼻血を出してぶっ倒れた」


 特に驚くことじゃないと言いたげに、変に言葉を飾ることなく事実だけを教えてくれた。


「あっ……そうですか」


 まるで時間がぱっと飛んだような、辺りの移り変わりがあった時点で、そんな予感はしていたのだ。だから受け入れることはできたけど、予想が事実に代わるのは、それでも残念だ。だってそれは失敗を意味するから。


 失意の言葉は重々しく、自分と周囲の人にのしかかる。荷台の上で、我関せずとくるまっていたソフィーちゃんも、どこか息苦しそう。

 そんな状態に思う所があったのか、アルトさんが「これを見ろ」と懐からすっと何かを取り出して来た。


 決して機敏ではない視線移動をして、アルトさんの手元を見る。するとそこには小さなイグニスがあった。


 完成はしてたんだ……。安心感は覚えた。でも同時に、だからどうしたのだとも思ってしまう。大きさの変化をこなせたのはいいことだが、結局わたしは気絶してしまった。少し大きさを変えた程度でこうなるなら、より困難なことが予想される本番では、いったいどうなるというのか。創世魔法の失敗は、ヘテル君の命に関わるかもしれないことだ。とても楽観視できることではない。


 表情を更に暗くさせると、大袈裟にアルトさんはため息をついた。


「あのなぁ。俺はお前を責めるためにイグニスを見せた訳じゃない。むしろ褒めるためだ。創世魔法を使い始めてから、まだ一月も経ってない。それでこれだ。お前はよくやってるよ」


 そう言ってわたしの頭をポンポンと二度叩いた。


「確かにまぁ、責任を感じろとは思うが。でもだからと言って、たったの数日でなんとかしろなんて言ってない。

 まぁ、創世魔法を使うことを拒んだ奴が言っても、腹が立つだけかもしれないがな」


 最後は茶化しながら言っていた。言葉こそ何もなかったが、ヘテル君も目線を合わせると深く頷いてくれた。


 そんな二人の気遣いを感じると、単純な話だが、わたしは暗い気分を振り払えてしまった。そうだ。まだ創世魔法の訓練は序盤だったと。


 「気を良くしてくれたみたいで何よりだ。扱いやすくて助かる」アルトさんが小馬鹿にしたように笑うのは、腹が立ったが、気分が良いので気にしないであげた。彼はわたしの反応に意外そうに口をすぼめた。それで彼は、それならと顔を引き締めた。


「でも今日はもう、創世魔法の訓練はやめておこう。頭が痛いだろ?」


 言われて、頭の奥がまだ鈍く傷んでいることに、気づいた。無理をすれば大丈夫な気もするが、ヘテル君が心配そうな目で見てくるから、うんと頷いた。


「それが懸命だ。今回のは多分、頭の痛みによる気絶とかじゃないんだろうが。魔法を使ってる最中、ずっと目を見開きっぱなしで充血してたのは怖かったしな」


「そうだったんですか」


「ああ。何度か瞬きをしろって言ったけれど、集中してたからな。多分気づいてもいなかっただろ? 目を瞑っているのも駄目だが、瞬き一つしないのも危ない」


 咎める口調で言う。厳しさはあるが、その言葉はこちらの身体を気遣ってのものだとよく分かった。なので忠告を素直に受け取った。実際あの時は、眼が飛び出そうなほど、目の前のことに集中しきっていた。すぐ近くの声にも気づかないほどの過集中は、確かに危険かもしれない。


 そこまで思考を巡らせると、少し気になることを思い出した。


「アルトさん、そういえばなんですが、わたしって鼻血を出して倒れたんですよね?」


「そうだが?」


 アルトさんは質問の意図を理解できないようで、こちらの思惑を探るようにして、頷いた。


「あのですね。その時のわたしって、鼻血の他にも何か出していませんでしたか? 主に目から」


 記憶はあやふやだが、鼻だけでなく、確か目元にも違和感があったはずだ。アルトさんが身体のことを心配していたのもあって、自分でも少し気になってしまった。特に目なんて一生ものだし。


 ということで尋ねてみたら、何もなかったと、表情を変化させずに、アルトさんに言い切られてしまった。

 こちらの記憶はあやふやなため、見ていた人がそう言うなら、きっとその通りなのだろう。でもちょっと納得出来なかったので、念押しにもう一度だけ聞いてみる。


 すると「涙くらいは流れてたかな」アルトさんは呟いて、ヘテル君も同意するように、首を縦に振った。


「そうですか」


 二人ともそう言うなら、きっとそうなのだ。それ以上深くは考えずに引き下がった。


 ただ違和感はどうしても残って、もんもんとしていた。するとアルトさんは、創世魔法は使わせたくないが、元気がありあまっているならと、とあることを提案してきた。


 それというのが……。


「自分の魔法の強さ、どれくらいか知りたくないか?」


✳︎


 あの発言から二十分後。私達は街道から少し外れ、草原の只中ただなかに立っていた。

 開けた視界の中には、アルトさんお手製の二体の泥人形が立てられていて、それぞれ首から垂れ下がった的が、風に靡いて、胸元あたりでぶらぶらと揺れていた。


「よし、こんなもんか」


 二体の泥人形の側で的を下げる作業をしていたアルトさんが、手をパンパンとはたきながら帰ってきた。


「やることは分かってるな?」


 わたしの視線を誘導するように、アルトさんは泥人形を見た。


「ええ、はい」


 そう答えると、ならいいと頷いていた。


✳︎


 これからすることは、まぁ見て分かる通り、泥人形にかけられた的に向かって、攻撃系統の魔法を当てるという、非常に単純なものだ。なんでもこのやり方は、アルトさん独自のものでなく、広く知られている一般的な物なんだとか。……補助系の魔法しか使えない人はどうするんだろう?

 この測定方法には、何か致命的な欠陥が窺えるけど、それは一旦置いておこう。


 気を取り直して。

 魔法を使うには使うが、創世魔法とはまた別系統の、脳への負荷が少なくて済む、暦魔法で行うらしい。


 もともと暦魔法は、魔力を持っていても、触媒を見つけられなかった者達のために、昔の人ーアルトさんはフロノスと言っていたーが考案したもので、決められた言葉や文字を並べるだけで、誰でも使える優れた魔法体系という話だ。

 決められた筋道のために応用が効かないとか、詠唱文が格好良くない※とか欠点はあるそうだが、今から自分が行うことに関しては、こちらの方が色々な面で適しているらしい。


※全部ではないよ!


 予め決められた通りにしか発現しない暦魔法は、逆に言えば、個々人の魔力の強さを図ることに適してるんだとか。例えば火球を放つ魔法であれば、魔力が強かろうが低かろうが、発現するのは火球である。しかし魔力の強さによっては、その火球の飛距離や大きさ威力は変わってくるのだとか。


 これから使う魔法である、一月のファイアーは、ある程度魔力があれば、だいたい十五メートルほど離れた場所にも届くという。しかし話した通り、魔力量が高ければ高いほど、飛距離や大きさ、威力などが上がる。そしてわたしに求められているのは、並程度の魔力ではなく、ヘテル君を治すことができるほどの、膨大な魔力だ。


 なので今回は試しにだが、三十メートル程離れた位置に、泥人形が二つ置かれている。あそこまで炎を届かせるのが、今回わたしに課せられた課題だ。

 正直遠いなと思うけど、アルトさんが言うには、『このくらいお前なら楽勝』らしい。

 勝手に決めないで欲しいがその後に続いた言葉。『これくらいも届かないなら、全て夢物語』という言い分に、すっかり打ちのめされた。


 なので諦めて三十メートル離れたこの場所で待機していた訳だが……何故泥人形は二つもあるのだろうか?

 あの泥人形二つを創ったのは、もちろん話すまでもなくアルトさんなのだが、何を思ってのことなのか。


 疑問の入り混じった視線をぶつけると、アルトさんはばつが悪そうな顔をした。


「あ〜。一様手本を見せようと思ってな。現実を見せるって意味でも」


 とのことだ。現実を見せるというのはちょっと何言ってるか分からないが、泥人形が二つあることへの疑問は消えた。だが今度は別の疑問が頭に浮かぶ。

 それというのも、自分の知っていることを教えたり、できることを披露するのが好きなアルトさんが、ここまで渋い顔をしていることにである。


 今の状況は格好のドヤるポイントじゃないんだろうか。いや、分からないけれど。


「何か悪く言われている気がする」


「いや、気のせいじゃないっすかね?」


 すっとぼけて、手をひらひら振る。


「そんなことりよも、お手本を見せてくれるんですよね? さぁ、早く!」


 なんか誤魔化そうとしてない? そんな視線を向けられるが、気づかなかったふりをする。


「まぁいいか。そしたら一様。セア、それからヘテルも。危ないから俺から離れとけ」


 わたし達を自分のそばから離れるように促す。

 皆が十分距離を取って離れたのを確認した後、彼はついに詠唱を始めた。


「火よ、現れろ! ファイアー


 アルトさんは言うと、実際は動かす必要はないのだろうが、振り払った手から炎を出現させた。

 その炎は、わたしが今までに見てきたどの火よりも綺麗で、足枷が外れた鳥のように、自由な空へと旅立った。

 産み出された最初こそ小さな火球だったが、風に煽られるとすぐに、空に溶け込むように散り散りになり、個として認識することは出来なくなった。


 そして消え去る間際、最後にふっと、まるで笑みを見せるように、煌々と、き・ら・め・い・た☆ ……と。


 かくしてアルトさんの魔法は、自分の役目を終えて消え去った。泥人形は綺麗なまま。


「いや、だめじゃん!!!」


「………………だから現実見せるつっただろ。

 俺のカスみたいな魔力じゃ、異業化は治せん」


 突っ込みに、アルトさんは冷静に返し、どこか悟ったように虚空を見つめていた。

 泥人形に届かないどころか、ほぼほぼその場で消え去るという体たらく。これにはわたしだけでなく、心優しいヘテル君や、我関せずを決め込むソフィーちゃんでさえ、言葉をなくしたように、唖然としていた。


「嘘ですよねアルトさん? いつも、だって、何か、凄いことばっかやってるじゃないですか」


 皆が言葉を失う中、それでも自分の口だけは、反射的に動いていた。いつも格好付けまくってるのに、その実、カスみたいな実力しかないと、自分で証明してしまった彼が、見ていられなかったからだ。


「あれはそもそも強い魔法使ってるし。それに基本的には創世魔法とか、靴裏に彫ってある、魔法強化の魔法陣使ってるから」


「なんか余計な手間ばっかりかけて、可哀想ですね」


 どうやら、その一言が決定打になってしまったようだ。アルトさんは手で顔を覆うと、ぶつくさと言い始め。


「俺はな。魔力量が少ないんだよ。少ない魔力量でどうにかやりくりしてんの、だから、もう、あの、その」


 崩壊した。


「うわぁぁぁあああああ!!!!!」


 四つん這いになると、アルトさんは地面をだんだん殴り始めた。


「尊厳が、炎によって焼失しましたね」


 四つん這いで悲しく咆哮する、腐るほどの才能すらなかった大人を見下して、それだけ言う。

 いつもだったら何か返ってくる所だが、何も返事がなく、ただすすり泣く声だけ聞こえてきた。それから一分ぐらい後に、首を絞められているのかと思うほど、息苦しそうな声で。「……うん、上手」ヘテル君が目尻に涙を溜めて、顔をそらして言っていた。


✳︎


 未だ悲しみに暮れるアルトさんを置いて、泥人形を正面に見据えると、この二十分で覚えた、ファイアーを使うための詠唱を唱え始める。

 アルトさんが全く持って、使えないことが判明した今。最初から言われていたことではあるが、自分がやっぱりなんとかするしかないんだと分かって、返って気合が入っていた。

 なんだかんだ最後には、アルトさんが助けてくれる。そんな甘えが今まではあったが、この体たらくを見るに、それは期待できないだろう。


「火よ」


 暦魔法は主に視線の先へと飛ぶから、しっかりと対象を見定めなければならない。ということで人の形を模した泥人形を、詠唱中にもしっかり、ドライアイにならない程度に見続ける。そして今放つ。


「現れろ! ファイアー


 唱えると小さな火球が出現し、それがすぐ目の前で膨らみ出す。手に収まるほどの大きさしかなかったそれは、自分の顔くらいの大きさ、自分の体ほどの大きさと、ぐんぐん大きくなっていき、最終的には一戸建てくらいの大きさになった。


「わぉ」


 目の前の火球は何か考えずとも、視線の先へと真っ直ぐ飛んでいき、そしてそれは、泥人形二体に覆いかぶさるようにして、地面に着弾した。


 チッ。という音。それからすぐに爆発音が鳴り響いた。擬音にすれば三十以上はドゴォの、【ォ】が並ぶことだろう。文字通りの爆音に、わたし達は皆、しばらく耳が使えなくなった。

 爆風やら轟音やらが、ようやく収まった数十秒後に、泥人形なんて跡形もない、焼け野原と化した景色を背に呟いた。


「もしかして、わたしなんかやっちゃいました?」


 そうしたら、静寂が訪れた。


 アルトさんの時とはまた違った形で皆が絶句した。彼の時はなんの動揺もしていなかった、さしものシーちゃんでさえ、今回に限っては荷台の側で目つきを鋭くさせた。


 やがて立ち上がったアルトさんは、呆れるほど小さな声で「火よ、現れろ。ファイアー」と詠唱し、虫と見紛うほどに小さな炎を創り出した。そしてすぐにそれは、風に流され消えた。消えるまでがさっきよりも早かった。


 わたし達皆、言わずとも比べた。それはもう比べた。どっちがどう凄いのかを、容赦なく徹底的に。

 そしてそれはアルトさんもだったのだろう。わたしの火と、蝋燭よりも矮小な自分の火、その二つを比べてしまったのだ。


 そしてアルトさんは、やたらと冷たい声音で言うのだ。


「二度と俺の前で、同じ魔法を使うなよ」


第105話 終了

 今回の話とは一切関係ないですが、カラオケで同じ曲を歌われて、自分が70点で、相手が95点とかだと、泣きたくなりますよね。

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