銀の歌

Goodbye to Fantasy
プチ
プチ

第80話 ユークリウス・ラーレアンは赤く染まる

公開日時: 2020年11月30日(月) 18:30
更新日時: 2021年5月29日(土) 17:28
文字数:5,130



銀の歌



第80話



「ふむ……」


 剣を振ればすぐに目の前の死体は動かなくなる。腕や銅を刺したり斬った程度ではー痛覚がないからだろうーまだ動くが、二つにすればとりあえずは動かない。

 こんなもの対処法さえ分かれば、いくら数を揃えたところで強敵にはなりえない。


 もちろん油断はしないが……。


 こちらはそろそろ片がつく。他はどうなっているだろうか。これだけ弱ければどうということはないだろうが、万が一ということもある。なるべく早く戻ろう。


 私はまた、目の前の敵に向けて剣を振り下ろす。

 きりがないと、途中からは数えるのをやめたが、ようやく分かりやすい数になってきた。動かなくなった死体の山の上に足をかけ、空を見上げる。


 未だ空には暗雲が立ち込めていた。



✳︎



「そうだ、アルトさん! 教えてくださいよ! あの人達はなんですか。一人、【人】には見えませんけど」


「そうね。それは聞きたいわ。ラーニも……ラーニキリス剣兵長も尽力されているけれど、面をつけた幽鬼みたいなのとは相性が悪そう。結構やられてる……」


 ヘテル君を逃がすため魔力を使ったアルトさんは、呼吸が整うまで、あの後しばらく時間がかかった。けれどようやく落ち着いてきたようだから、情報をとわたし達は迫る。

 特にトーロスさんのは真に迫っている。同僚ーー相方とでもいうべきラーニキリスさんが、一人食い止めている現状を見れば、そうなるのも分からない話ではないが。


「ああ。それなんだが、ちょうど話を聞いて欲しかったやつにも来てもらえたみたいだし。ああ、俺の考えでよければ話すとも」


「聞いて欲しかったやつ?」


 最早恒例になってきたアルトさんの主語抜き言葉に、わたしはいつも通り理解できず、小首を傾げた。

 すると何者かにぶつかった。もしや死体かもと振り向けば、そこには仏頂面のユークリウスさんがいた。


「うわぁっ! びっくりしたぁっ……」


「ふむ……すまない」


「そんなだから陰で悪口……もごご」


 後ろからトーロスさんに口を押さえられて、それ以上は言えなかった。そんなわたし達を見て、アルトさんは鼻で笑ってた。


✳︎


「ふむ……なるほど」


 アルトさんから彼女達についての説明があり、大まかなことを理解した。今回の死体騒ぎの元凶は、意外なことにあの少女らしい。不思議な体型の仮面の人は、それのお付き……言ってみれば騎士のようなものだろうとのことだ。


「ふむ……今更ながら、本当に死体が動く……。そして動かせる人(マヒト)がいるとはな……」


 たしかに今更ではあるものの、当たり前の疑問ではある。記憶喪失のわたしだって、もうある程度の知識はアルトさんから教えられたから知っている。そしてその教わった内容の中に、死体を動かせる方法なんていうのは、一つとしてなかった。

 あの灰色の髪の女の子が騒ぎの元凶だとして、どうやったら死体を操れるというのか、想像もつかない。


「創世(そうせい)魔法か……?」


「だろうな……俺と同じで」


「創世(そうせい)……?」


 まーたよく分からない単語が出てきたよ。

 ある程度の知識は得ているとはいったいなんだったのか。それか最近になって、新しく出来た設定だったりします?


※作者が書くタイミングを逃しただけで、一話からあった設定です。


「その創世っての、なんです?」


 聞きなれない単語に、記憶喪失だから仕方ないかと諦めて尋ねる。また自分だけ知らない知識だよと思っていたが、自分以外にももう一人、きょとんとしていた。


「……創世魔法?」


 トーロスさんだ。珍しくおでこにシワがよっている。


「知らないのも無理はない。創世魔法は使える人間が本当に限られてるからな。今までの歴史を紐解いても、恐らく世界に、十人といないと思う」


「ふぁっ!? いや、いくら何でも大げさな……」


 「そんなことないでしょ」笑ってみせたが、話している本人達は、一切誇張はないと言いたげに、白けた目をしていた。ユークリウスさんに関しては、顔面の筋肉が死んでるだけかもしれないが。


「まぁ、今説明するのはなんだ……。取り敢えずはなんでもアリなものだと考えてくれ。普段の俺見たらわかるだろ?」


 そう言われて瞬時に納得する。


「なるほど」


「理解早いな、まぁ助かるが。発動にはなんらかの触媒が必要だし、万能ではないけれど、幅広く色んなことができるから、使い方が分かれば恐ろしく強力なものだ。

 で、だ。そんなだからユークリウス、あいつを頼めるか? 殺……無力化してくれ」


 言い直していたが、わたしの耳は、アルトさんの物騒な言葉を聞き逃さなかった。あの人、今絶対『殺せ』って言おうとしてた。


「ふむ……そうだな。私達としてもそうするつもりだ。色々聞きたいことがある。ただもう一人の方は、さてどうするか。そもそも人かどうかさえ怪しいが……」


 ユークリウスさんは肩慣らしとばかりに、剣をくるりと回し、血ぶりをする。そして小綺麗になった剣の切っ先を、あの仮面の人型へと向けた。


「アレに関しては、俺もよく分からない。ヒトの言葉を発してくれなかったからな。もしかしたらアレも、重要かもしれないが……」


「ふむ……そうか、で、あれば」


 ユークリウスさんは言葉を続けようとしたが。アルトさんは瞳の中に、冷たいものを宿らせると、言葉を遮って言った。


「だが……邪魔だ。情報だけなら、ちっこいのを捕まえられれば、どうにでもなると思うぞ。元凶はあっちらしいしな」


 紡ぐ言葉は無情。その圧に腰が引け、思わず黙りこんでしまった。でもユークリウスさんだけは、そんな圧にはやられず「そうか……」と、いつも通りの様子で短く返した。


「ふむ……ラーニキリスが心配だからな。行くとする」


 言うと疾駆の如く駆け出した。激しい風だけをわたし達のもとに残して。


「うわっぷ……すっごい」


 思わず瞬きをするほどの風圧で、つい声が漏れ出た。


「うん。剣士長は風銀(ふうぎん)を使って加速しているからね。さっき話したでしょう。自分のギン素を使いこなせると、色々できるようになるって。これもその一つ。

 走る時には空気抵抗がかかったりするけど、それらを無効化して、追い風だけ発生させてるそうよ」


 ユークリウスさんの、あの異常な速さの秘密がついに明かされた! 訳だけど、でもそれだけじゃやっぱり、あの速さは説明が付かないと思う。他にも何かあるんじゃないかと思ってしまう。


「なるほど……どうりで! わっぷ。くぅぅ。風が……!」


 ギン素を使いこなすのはすごいが、場に残るこの風圧だけは、どうにかならないものかと思う。


「そうね。この風はたしかに困りものだけど……見て。もう……終わるから」


 トーロスさんに促されるまま、少女へ突っ込むユークリウスさんの後ろ姿を目で追った。でもその速度は、あまりにも早く、目で追えない。

 ラーニキリスさんに接近した際、何か指示を出したらしいのは、その後の彼の行動─下がり始めた─で分かったが。その後さらに加速するもんだから、もう残像だって追えやしない。


 勝負は一瞬で決まった。


 仮面を付けた人型は、戦っていた相手が急に引き下がるのを見て、勘違いしたらしい。嘲笑うように「ケキャキャ」と口元を動かした。だがその笑いは、数秒と続くことはなく、いつのまにか胸元には剣が突き刺さっていた。


「……キキャ?」


 理解できないと仮面を付けた人型は首を傾けると、それは戻ることなく、空中を一回転してぽとりと地面に落ちた。そして人型は、霧のように全身が霞んでいき、ついには霧散した。


 ユークリウスさんはそれを見て、いつものしかめっ面をさらに強いものにすると、続いてあの灰色の長髪の少女に迫った。彼女は驚いて、「お願い人形さん達!」と、いくつかの死体に身を守らせようとするが、それらはユークリウスさんによって、一瞬にして斬り伏せられた。

 そのままなすすべく、少女は背後を取られた。


「えっ!?」


 驚いて後ろを振り向くも、すでに遅く、少女は首を腕で締められた。じたばたと動いて抵抗するが、ユークリウスさんからしたらそんなもの。羽虫に噛まれた程度なのだろう。まったく動じていない。

 ついに限界が来たのか、周りの死体達が崩れ落ちるのと同時に、少女もぐったりと首を落とし、動かなくなった。


 ユークリウスさんは剣をしまうと、両腕で大事そうに彼女を抱えた。わたし達の方を見ると、一度目を瞬きをした。


「気絶させた」


 低音な上小さく、しかも距離も離れているというのに、何故かその言葉は、この場にいる皆に届いたようで、多くの人が剣を上に掲げ、勝鬨をあげた。


✳︎


 ありきたりではあるが、今即座に用意できるものとなると限られているようで、少女はロープで身体をぐるぐるに縛られていた。わたしには分からないが、もちろん中々解けない縛りにはしているらしい。


「こんなところだろう」


 手首や足首まで縛られて、とても簡単には抜け出せそうになかった。ラーニキリスさんが縛ってくれた訳だが、この人には、もしかしたら変態の素質があるのかもしれない。

 そんなことを考えていたら、何かを察したのだろう、ラーニキリスさんが睨んできた。わたしはそっぽを向いて、彼を視界から外し、なるべく気にしないように努めた。


「しかしまぁ、こうなってしまったらあっけなかったな。後はこいつが起きた後に事情を聞くだけだものな」


 まとめの台詞だと、アルトさんが周りを見渡して言う。その顔は疲れ果て、身体にも包帯がまかれており、非常に辛そうであった。今回の事件がいかに大変だったのかを、彼の顔はよく物語っている。


 毎回……ほんとにボロボロになりますね。

 笑いかけて、少し近くに寄った。


「そうですね。全然楽な仕事じゃなかったですね〜。これ割に合いますか?」


「合わん……」


 誰とも視線を合わせずに、自分の顔を抑えて俯くアルトさん。悲壮感はあったが、やけに芝居がかった振る舞いだから、それを見て皆「アハハ」とつい笑ってしまった。


「お前らにも請求……したいが。今回は別にお前らのせいじゃないからな。くっそ! スルト商会の奴らから、限界までふんだくってやる……」


 ガリッと歯を噛み合わせ、忌々しげに呟いた。それがなんだか、やっぱり面白く見えて、また笑いが起きた。


「おいおい。アルト……。諦めろよ。なんだかんだで誰も死んじゃいないし、大団円だ。それでいいじゃねぇか」


 アルトさんの態度をみかねたドルバが、肩に腕をかけて、気安く話しかける。


「んだと……ってお前誰だ?」


「ドルバだ」


「誰だ!?」


 アルトさんのてんぽの良いツッコミに、また笑いが起きた。そしてとうとう、アルトさん本人も、くたびれたように笑い出した。皆、非常に笑いやすくなっている。何か成し遂げた後っていうのは、高揚感があるから、大抵こんなものかもしれない。


 辺りを見渡せば、アスハさんがユークリウスさんに詰め寄り、何か物欲しげな瞳をしていたり、サクヤさんがトーロスさんの車椅子の様子を見ていたりと、各々、暖かい時間を過ごしているようだった。

 だからわたしも、そろそろいいかと邪推を忘れ、彼らの輪の中に足を踏み入れようとした。


 この暖かな風景を、ヘテル君に見せられないのを悲しむべきか、それともバレる心配がないのを喜ぶべきか、わたしでは、まだ答えを出せそうになかった。

 だけど、いつか分かり合える日が来たらいいな。


 こんな風に考えられる時間は幸福で、いつもいつも何かしらあるけれど、大きな山を一つ乗り越えたら、幸せをみんなで分かち合える時間が必ずある。それがおきまりの展開だったから、もうこれ以上は何もないと、自分勝手に思ってしまった。


 まだ【ある】なんて考えもせずに。


 空は未だに晴れはしない。面の人型が残した霧は辺りに溶け込んだ。動かなくなったとはいえ、死体の多くは、地面の上で寝転んでいる。


 まだ墓地は、わたし達に地獄を見せ終わっていなかった。


✳︎


 和気藹々とする中、後ろの方で何か物音がした。ガチャという何か鎧が擦り合うような、そんな不可解な音。最初こそ、聖騎士団の誰かのものだろうと考えたが、その音が遠くの方から、しかも徐々に大きくなっているとあっては、違うだろうと思った。


 いったい誰だろうか?

 まぁでもラックルさんかなと、あまり深く考えず後ろへ振り向いた。


 そうしたら何か大きな壁が、目の前にはあって、その壁を振り下ろす誰かがいた。壁が、非常に大きな剣だと気づいたのは、わたしを突き飛ばして、代わりに喰らった人を見て、初めて気がついたことだった。


「…………が」


 青紫の長髪は赤く染まった。

 倒れはしないが、それが致命傷になりえるほど深手だというのは、この場の誰もが思ったことだ。


 そんな中、鈴の音のような声が響いた。


「剣士長……?」


 いつもなら非常に美しかっただろうその声には、繊細な悲しみだけ募っていた。


第80話 終了

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