銀の歌

Goodbye to Fantasy
プチ
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第59話 この世すべての不条理

公開日時: 2020年11月5日(木) 18:30
更新日時: 2021年6月28日(月) 19:39
文字数:4,616


銀の歌


第59話 


 言葉を発してから数十秒の間、静かな時間が訪れた。空間でさえも、わたしの放つ雰囲気にのまれているようだった。

 気まずくて、息苦しい感覚を味わいながら、それでもわたしは、今の状況を客観的には見れない。目が離せない。


「…………穏やかでは……ないな」


 顔は壁画の方に向けたまま、視線だけをアルトさんへ移す。物憂げな表情を浮かべる彼は、わたしのことを訝しげに眺めた。


「まさかお前の口から、そんな物騒な言葉が出るとは思わなかった」


 意外だよ。そんな素振りを見せる。もしかしたら今の言動のせいで、わたしの印象が悪くなったのかもしれない。けれど、やっぱり壁画から目をそらすことができない。

 わたしにとってこの壁画に描かれているものは、それ程までに価値があるみたいだ。……その価値が良いのか悪いのかは、分からないのだけど。


「神を殺した竜。【災厄】に絡んで、色々と逸話の多いやつだ。んで、その逸話に由来して、いくつもの呼び名が作られた。最も広く知られている名前は【この世全ての不条理】だ。

 だけど神を殺した竜……。それもほうぼうに広まっている有名な呼び名だな」


 怪物の姿がより鮮明に見えるようにと、アルトさんはわたしの前に出て、壁画近くで松明を揺らした。


「世界には【アタラクト】と呼ばれる神がいる。レコリィについて話してる時も、少し触れたとも思うが……」


 言われてアタラクトについて思い起こしてみる。


「確かこの世界で最も有名な宗教……が、そんな名前だったと思います」


 松明だけが怪しく灯る暗闇の中で、明るさのない瞳を向けた。アルトさんはそれに対してうんと頷き、わたしの理解を深めるべく話を続ける。


「この世界には多くの【神】がいる。だがそれらは本当の神ではない。レコリィだって広義には神とされているが、俺らが本当の意味で神と呼ぶものはたった一つだけ」


 黙って聞いていた訳だけど、何を言うか理解できたので、つい喋ってしまった。


「それがアタラクト……ですね」


 アルトさんは険しい顔で、眉を寄せながらもああと頷く。


「そもそも神の定義とは何か? 色んな解釈があると思うが、俺は創ることをした者だと考えている」


「創る?」


 分からないと疑念の入り混じったものをアルトさんに向ける。そうすると彼は、ただでさえ暗い瞳を、さらに曇らせていた。


マヒト動物マヘト植物マフトも、物も言葉も何もかも創られた。それらは偶然に産まれた訳じゃない。ちゃんとした誰かの意思が介入されて創られたんだ。そして創ってくれた誰かを、俺達在るものは敬い、神と呼ぶ」


 いつもは回りくどいアルトさんだけど、今回に限っては、大切な言葉を直球で言ってくれる。だから理解はしやすかった。ただ語る彼が、どこか物憂げなのはどうしてだろうか?


「この世界の全ての在るものは、0から一を創れない。誰も彼も流用したり、発見できるものを発見するだけだ。それはレコリィも人間も、真竜トゥルースでさえも例外じゃない。神だけだ。神だけが【創世】することができる」


 アルトさんは、わたしの顔をまじまじと見ると呟いた。


「アタラクトは本物の神だ。そしてそれを殺した黒い竜。当然世界の嫌われ者になっている。

 だからお前がそんなことを言うのは……まぁ普通のことではある。この世界の全ての在るものは、例外なくこいつが嫌いだ」


 コンコンと壁画に描かれた、黒く巨大な竜の足元を叩く。疲れ切った顔ではははと笑うと、本当に小さな声でその先を続けた。


「けどお前ぐらいにはそんなこと……。言ってほしくなかったな」


 瞼を弛ませ下方を見るアルトさんは、寂しげだった。


「さて、神を殺した……ってのはこのぐらいにしておいて、少し辺りを捜索してみるとするかな」


 ぷいとそっぽを向くと、松明をゆらゆら揺らめかせ、隅から隅へしらみつぶしに何かを探し始めるアルトさん。彼は気持ちを切り替えたようで、穏やかな顔つきになっていた。でもわたしは、まだそんな気分にはなれなかった。

 まだこの怪物が、目に焼き付いて離れない。『決して目をそらすなと』と誰かに言われているような。

 強迫観念にも似た何かに気持ちを駆り立てられる。


 とくんとくんと心臓は脈を打つ。決して早くはない。けれど無視することが不可能な程には、この鼓動の瞬きは大きなものだった。


 神を殺した竜。この世全ての不条理。随分と大層な名前だ。それにこいつから出てくるこのドロドロは……。いつかの日に、一瞬見たあの景色と同じ。アルトさんとの山道や、小屋の中でかすかに見た記憶と、この壁画はピタリと当てはまる。


「異業種の元……」


 つい口からポロリと言葉が漏れる。その言葉をアルトさんはしっかりと聞いていたようで、不審な目つきでこちらを横目で睨む。


「……そうだな。今まで何度か話してきた【災厄】は……実際にあったとしたなら、間違いなくこいつが引き起こしたものだ。【災厄】の中で語られた黒いドロドロは、文明を壊し、生物を殺し、神を殺し、そして全くの無から異業種を創り出したとされている」


 あくまでも、こちらに顔は向けないで言うアルトさん。彼はー遺跡の中で見つけたらしいー謎の大きな物体の埃を、はらっていた。


「ああ、この言葉運びだと、さっきの神の定義に当てはまるな。こいつもある意味では創り出したんだよ」


 くくくと卑しい笑い声をあげる。そんなアルトさんの様子に、いい加減わたしも混乱し始めてきた。

 何か失言をしたから、こんな風な振る舞いをされているのだと思っていた。でもそんな訳ではなさそうだ。


 アルトさんは事あるごとに、小悪党のような振る舞いをする。でもそんな時には大抵、何かしらの理由や、状況があったりする。

 そんな前提があるのを知っているから、不信感を感じたのだ。アルトさんがこういう、皮肉げな振る舞いをするのに、今回は何だか正当性が欠けている気がして。……いったいこの違和感はなんだろう? 頭を捻らせている所に、彼の言葉が通り抜けた。


「世界の嫌われ者をな」


「……えっ?」


 それはいったいどう言う意味? 訊こうとした。

 でも急にアルトさんが、「おお!」と喜色に満ちた声音をあげたから、それに驚いて言う機会を逃してしまった。


 恐る恐るアルトさんに近づいて、肩越しに彼が何を見ていたのかを確認する。──そしてわたしも叫ぶ。


「おおおおおおお!!!!!」


 二人揃って顔を見合わせる。ハイタッチをしながらにっこり笑うと、声を重ねて言った。


「「宝箱だ!!」」


 目の前には大きな大きな箱が置かれてあった。何十年何百年もずっとここにあったのだろう、土ぼこりで外見は風化しているが、この宝箱の中身には、たいそう価値があるように思えた。

 なぜなら埃などを払ったその先には、繊細な装飾が浮かび上がり、洗えば素晴らしい光沢を放つだろう宝石が、いくつもはめられているのが分かったからだ。

 そんな箱に入れられた物には、どれだけの価値があるのか気になるところだ。


 わたし達は幸せに酔いしれた。先程の不穏な影は忘れて……。

 アルトさんと協力して、箱を持ち運ぶべく、動き始めた。その途中ステンと転び、股間を強打した。


「痛てて」


「何してんだ。早く行く……うわ、やべえ。何かゴゴゴゴって音がしたぞ。あれ、もしかしてこの遺跡崩れる? やばいな。早くしろセア!」


 そんなことを言ったアルトさんは、わたしが起き上がるのも待たずに、スタコラサッサと、宝箱を一人で担いで走って行ってしまった。松明はわたしの目の前に、コトリと落ちた。


 なんて薄情なやつ……。

 思いもするが、落盤し始めた洞窟の天井を見ていたら、そんなことを考える余裕も無さそうなことに気付いて……。

 アルトさんが落としていった松明を手に取って、急いで立ち上がろうとする。そうして、その時気づいた。


 壁画の隅、何か小さな文字が書かれてあることに。


 やはり自分では読めそうにないが、これだけ他の壁画の文字から離れているし、他の文字と比べて規則性も無い。何より 【文体が違う】ようだった。

 まるでこれだけ、後から書かれているような……。


 少し気になったが、わたしではどうしようもない。松明を拾ってアルトさんの後を追う。


「待ってくださいよ!!」


✳︎


「ふぅ。なんとか出られたか」


「出れはしましたが、遺跡……崩れちゃいましたよ」


 正確には遺跡の入り口部分だが。


「ヴァギスがここら辺の岩盤を、結構壊してたみたいだったからな。仕方ないだろ」


「キュヒン」


 アルトさんの言葉に続けて、シーちゃんも軽く鳴いた。わたしは「そんなもんですかねー」と、未練たらたらの返事をした。

 今回初めて遺跡に入って、古代のものに触れた訳だが……。


※古代のものに触れたのは正確には初めてじゃない。水没都市とか、他にもちらほら。


 なにやら色々と思い出せそうな雰囲気が漂っていたし、なんとなくだけど、自分の存在理由も見つけられたんだと思う。今回の遺跡探索では多くの収穫があった。

 まずなんといってもアタラクト。神様の存在。そしてドラゴンの姿。最後に異業種を生み出したとされる【神を殺した竜】。この数十分だけで、非常に多くの知識を得た。

 なんというか……世界の始まりに触れたような感覚がある。


「アルトさんは、いっつもこんなことやってるんですか?」


 ふと疑問に思ったので聞いてみる。そうすると返ってきたのは、色よい返事だった。


「ああ、そうだな。遺跡が崩れだしてきた経験も、一度や二度じゃきかない。何よりあの時なんて……いや、これはいい。

 まぁこういった日常を、生きてきたんだ。俺は……」


 自分で言ってて、感慨深かったらしい。うんうん首を縦に動かして頷くアルトさん。

 わたしが思っていた反応とは違ったのだが、これはこれで、アルトさんの新たな一面が見れたので、よかったのかもしれない。


「探検……お好きなんですね」


 アルトさんの笑みにつられて、わたしも頬を緩ませる。それから彼は抱えていた、大きな宝箱を地面にドスリと置いた。


「ああ。それに意外かもしれないが。俺はこういった物も、案外好みだ」


 コンコンと宝箱を手の甲で叩く。

 そのいちいち格好付けた動作は、わたしがよく知るアルトさんのものだが、確かに宝箱なんて、そんな俗っぽいものを好む彼は意外だった。……まぁわたしも好きなので、なんとも言えないが。


 アルトさんに近寄って、彼の肩に両手をかけると、早く早くと催促する。

 やれやれ苦笑いしたアルトさんは、埃を払い小さな隙間を見つけると、そこに手を差し込んだ。

 ぐいぐいと上に押し上げていく。そしてようやく。


ーードスン!!!


 宝箱の上蓋は外れ、中に入っていた物の姿があらわになった。土煙や、中に溜まっていた埃で視界が悪くなる中、それでも薄目で宝箱の中を見つめる。そして言葉を失った。


「えっ……?」


 アルトさんと顔を見合わせ、この不思議な状況と互いの困惑した気持ちを共有する。


「だって、これは。そんな……」





ーー箱の中には女の子が入っていました。


 まだ十にも達していない華奢な体つきはーー玉の肌とでも言うのだろうか。もちもちした柔らかさがあった。繊細さを感じる線の細そうな顔つきからは、彼女が未だ、汚れを知らない、無垢な存在だということを感じ取った。

 それから耳は、人のものとは少し違うようで、長くふさふさしており、なんだか獣のようだった。


 箱の中に収まった、そんな少女の寝顔を見て一言。


「なるほど。これが箱入り娘ですか……」


 しばらく固まっていたアルトさんだったが、わたしの言葉を聞くと、ポンと手を叩いた。


「あっ、上手い」


第59話 終了

 次回で二章は終わりです。


 二章終わりには、ちょっと早いですけど扉絵の紹介です。

 どのコマがどの話だったか分かる人は、凄いと思います。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

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