銀の歌

Goodbye to Fantasy
プチ
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第107話 真実とは偽りの先に

公開日時: 2021年5月3日(月) 18:30
文字数:5,090


銀の歌



第107話



 パラパラとページがめくられる音がする。

 音のする方へと歩み寄り、本を読みふける人物の隣で、ちょこんと座って声をかける。


「最近本ばっかり読んでますね。アルトさんは」


 よく晴れた日だっていうのに、こんな時でもマントを付けてるアルトさん。彼は訊かれると、手に持った本を、マントの中に隠すようにした。


「ん、考えなきゃいけないことがあってな。それの手掛かりがないか、今まで読んできた本を、読み返してるんだよ」


 顎でくいっと隣を見るように促したアルトさん。それに従って視線を向ければ、そこには何冊と本が積み重なって置かれていた。平原に積み重ねられた本の山というのは、違和感があるが。


「ふーん。今読んでる本のタイトルってなんです?」


 隠された本を覗き込もうとして、それでも表題すら見えなかったので尋ねた。するとアルトさんは意図を察して、本をまた、日の光に晒した。


「これは【灼熱のアルフレド】。今から四百年くらい前に書かれた有名な英雄譚で、実在した英雄をもとにしている」


 取り出された分厚い本の表紙には、アルトさんの言った通りの題名が、金色の文字で書かれていた。

 今まで本なんか、ろくに読んだことがなかったから、当然その本も、見るのは初めてだった。でも、なぜか聞き覚えがあった。


「なんかそれ、初めて聞くはずなのに、聞き覚えがあります」


 小首を傾げて尋ねれば、アルトさんは「ああ」と頷いた。


「そりゃそうだ。俺がたまに口にしてるからな。【アルフレッド・リヒター】って」


 今度はこちらが頷く番だった。その単語は耳にした数こそ少ないが、使われた時の場面が、どうしても印象的だったから。

 むしろ完全に忘れる方が難しい。


「創世魔法は自由な魔法だからな。基盤になるものが何もない。だから魔法を使うための詠唱文だって、自分で創る必要がある」


「へぇ。でもわたし、詠唱文とかなくても使えますよ」


「前から言ってるように、【アルフレッド・リヒター】、それから【ナスリムス】とかは別なんだ。

 暦と創世、二つを使って魔法を行使してる。創世だけなら触媒を使うだけでいいかもしれない。でも暦の魔法体系も使うとなると、そうはいかない」


 アルトさんの言ってることは、相変わらず難解だが。つまりはこういうことか。

 独自の魔法を使うために、独自の詠唱文が必要で。そしてその詠唱文を、英雄譚に求めたと。


「なんだか面倒臭いことしてますね」


 理屈は分かったが、なんだか遠回りなことに思えた。だから素直に感想を述べた。それで少しして気づいたんだ。……またやっちゃったって。

 不満げに顔をむくれさせるアルトさんに、謝罪の視線を送ると同時に、理解の色を示した。そうすると彼は、つまらなさそうに答えた。


「そうだよ。俺は魔力量が少ないから、工夫して強い魔法を使ってるんだ。もうこれ言うの何回目? 自分で言ってて、悲しくなって来た」


 そういうことだ。面倒くさいことをするのは、必要だったから。何もせずとも強い魔法が使えるなら、あのアルトさんが、不必要に面倒なことをするはずがない。

 ああ、でも魔法に限らない。いつだってアルトさんは、必要性があるから、日常における様々なことを、工夫して生きているのだ。


 改めてアルトさんの生き方に目を向けると、なんだか努力の仕方が涙ぐましくて。つい手で顔を覆ってしまった。

 そうすると、曲解されてしまったらしい。侮蔑の意図が含まれていると、アルトさんは捉えたみたいだ。だから彼はまた、頬を膨らませて言うのだ。「触媒だけで足りると言っても、創世魔法だって詠唱文があった方が良いんだから」と。


 ただその怒りは長く続かなくて。収まるとすぐに、話し合いのために中断して閉じた本を開くと、真剣な眼差しを再びそこへ落とした。


「そうだ。俺は弱い。だから情報と準備が必要だ」


 まだ暖かい陽が差し込む、明るい時間帯だというのに、小さな声で言うアルトさんの表情は、どこか陰っていた。

 さっきまでは笑えた筈なのに、陰りを見せるアルトさんの表情は、一瞬にして場を支配する。

 当然、そんな顔をされると心配になる。


 近頃、暇さえあれば思いつめた表情で、本ばかり読んでいるアルトさんは、一体何に苦しみ、悩んでいるのだろうか。できればその悩みを解消させてあげたい。もしくは、少しでも笑顔にさせてあげたい。


 だが……ここで前のように、うざったるく絡みにいくのはまずい。考えもなしに突貫したら、今までのように、余計にアルトさんを疲れさせてしまうのは、分かりきったこと。注意しなければならない。


 というわけで、アルトさんの様子を伺いながら、話しかけられるタイミングと、何を話すかを慎重に吟味する。


「…………」


 だが考えても、頭の中に思い浮かぶのは、うざったるく絡みにいく方法だけ。これではまずい。

 本を読むアルトさんを、眺めるだけ眺めて何もできず、ほとほと困っていたら、気づくことがあった。


「あのーーアルトさん」


「なんだ?」


「その灼熱のアルフレドってどんな話なんですか?」


 それは視野の範囲外にあった話題。

 暗い表情で本を読むアルトさんが、辛そうに見えていたから、本に関する話題は無意識に避けていた。でも思い返してみれば、今ほどではないが、アルトさんって割と、暇さえあれば何かしら読んでいる。

 そしてその時は、表情の変化こそ、分かりづらいものの、大抵楽しそうだった。


 暗い顔をする理由が、本を読むことにある訳ではないのだ。むしろその逆で、今まで能動的に本を読んでいたことから分かる通り、アルトさんにとって本を読むのは、楽しいことなのだ。

 だから本の話題を振ることは、悪手ではなく、むしろ良い手。実際、尋ねてみたら、アルトさんは。


「……興味があるのか?」


 わたしと話すことに対して、少し悩んだ素ぶりは見せたものの、先程までの思いつめた表情よりは、ずっと良い顔で返してくれた。


✳︎


「と、そんな訳で、流されるままに英雄へとアルフレドは祭り上げられた。そして世界を滅ぼそうとする、十三の悪魔の王アルタリシアを、ついに一騎討ちで真正面から倒し、結果的に世界を救う人物となった訳だ」


 本の話題を振られたアルトさんの話は、案の定長かったものの、一人で本を読んでいた時とは違い、非常に楽しそうだった。そんな様子を見ていたら、この話題をふって正解だったなと、感じられた。

 それに長かったとはいえ、アルトさんの話が面白くなかった訳ではない。彼の話が長くなりがちなのは、個人的にはいただけないが、それは知識の多さから来るものだ。


 どんな話題であろうと、一定以上知識があるアルトさんに、こういう話を語らせれば、面白くならないはずがない。なんせ灼熱のアルフレドの話を完全に暗記している上に、物語を話す傍ら、それに関連する小話を入れ込み、さらに余分な部分は省きながら話すのだ。


 元々の本の作りの良さもあるんだろうけれど、謎の悔しさを感じるほど、正直、灼熱のアルフレドの話は面白かった。その面白さたるや、家事をしていたヘテル君も、ついつい聞き入って手が止まり、わたしの隣にちょこんと座っているほどだ。聞き終わった後には思わず、「面白かった」と感想を漏らしていた。


 わたしも面白かったと言おうとしたけれど、なんだか尺だったので素直には言わず、「主体性がない人だったんですね」と抵抗する。


「有名な英雄譚の主人公に対して、そんなこと言う?」


 面倒くさい強がりが分かったからか、アルトさんは変につっかかることはせずに、笑いながらそう言った。


「いや貶すつもりはないですよ。自分の必殺技にするくらいですから、お好きでしょうし」


 一様フォローは入れておく。せっかく気を良くしてくれたのだから、落ち込ませたくはない。

 ただそれがいけなかったのか、アルトさんは目を伏せると、ここではないどこか遠くに想いを馳せ、悲しそうに話した。


「アルフレドは有名だからな。情報が多い分、覚えるにはちょうどよかっただけだよ。【灼熱】なんて分かりやすい指向性も持っていたから、独自の魔法詠唱に落とし込むには、色々創りやすくて、都合が良かった」


 言い終わるとパタンと本を閉じた。


「でもそれなら、他の人。いえ、人に限らずなんでも良かったのでは? わざわざアルフレドさんを選んだのは、やっぱり思い入れがあったりは……」


 思い詰めるアルトさんに、少しでも笑顔を見せてほしくて話したのだ。諦めきれずに食い下がる。


「ただ単に強い魔法を使うだけならな。

 でも人のやったこと、アルフレドの出来たことを詠唱にすることで、【強い火だけじゃない複雑な効果】も起こせた。情報があればあるほど、それだけ多様な用途に使用できるんだ」


 あくまで必要性があったから。そんなニュアンスだ。だけどアルトさんは何かに気づいたように、少し表情を和らげた。


「だから俺はこの本【灼熱のアルフレド】だけじゃなくて、【アルフレッド】に関する本は全て読んで、自分の魔法の独自詠唱に落とし込んだ。

 まぁ、だから、その過程で多少は好き……にはなったかな」


 顔を背けて髪をいじくるアルトさんは、表情こそよく見えないものの、照れているのは丸分かりだった。

 仕切り直しにコホンと咳をして、次にこちらを向いた時には、また冷静な顔つきをしているのだから、アルトさんは流石だ。


「そうだよ。こいつの本当の名前はアルフレドではなく、アルフレッド。間違って伝わってんだ。しかもそれが一番有名な通り名になったって言うんだから、ある種笑い話だよ。アルフレッドがどう思ってるかは知らんけどな」


 またアルフレドさんの話に付け足し……いやアルフレッドさんの話に付け足しをする。英雄譚を語り聞かせてくれている時にも、こんな風に話を引っ張って来てくれた。


 話をしていて思い出すことがあったのか、小話はそこで終わらずに続いた。


「そうそう間違って伝わってると言えば、この本の中で、アルフレッドは十三の悪魔と、その王アルタリシアを、一人で倒したことになっているんだが、実際はそうじゃないんだ。

 アルフレッドを含む六人で、アルタリシア達を倒したみたいだ。アルフレッドが魔法剣士だったこともあって、前線は全く張らなかったらしいぞ。

 アルタリシアにトドメを刺したのはアルフレッドだが、英雄譚の主人公にするには、ちょっと向いてないよな。

 主人公はむしろ、仲間の一人の黒騎士の方が向いていたんじゃないかって、一部の界隈では囁かれてる」


 風向きが変わった。なんだかきな臭い話である。


「それは尾ひれが凄い所じゃないですね」


 同意を示すと、アルトさんは頷いた。


「だろ? 笑っちゃうよな。一様この本の中でも、仲間の存在は示唆されているが、逆に言えばその程度。本来は取り巻きを六人で突破して、最後に残ったアルタリシアも、もう一人の仲間と共に倒したそうだ」


「へぇ」


 何気なく答えると、次の瞬間に耳を疑うような単語が聞こえて来た。


「そう。最後の決戦まで共に戦った、仲間の名前は【トリオン】」


 瞬間、思い出すことがあった。


「トリオン……さんですか。名前がかぶるなんて、偶然もあるものですね」


 頭の中にへらへらとした態度で、和やかに口元を綻ばせるあの人の姿がよぎる。

 アルトさんの話を近くで聞いていたヘテル君は、トリオンさんとのやりとりを思い出してか、少しびくりとしていた。


 ヘテル君の様子は、事情が事情なだけに、そうなるのも仕方ないと思ったし、まだ分かる反応だった。彼の精神を慮れば、多少心配にはなるが、そこまで気にする程ではないはずだ。それよりも今一番気になる反応をしたのはアルトさんだ。


 アルフレッドさんの雑学に関しては、気をよくして語っていたアルトさんだが、トリオンという単語が、自分の口から出た瞬間、すぐに顔を硬らせた。

 そして、たまに見るギラついた目つきで、一人愚痴るように呟いた。


「アルフレッドは名前が間違って伝わっている。けれど他の書物を調べれば、アルフレドの正式名称がアルフレッドだと言うことはすぐに分かる。

 けれど物語の違和、特に仲間達に関しては別だ。一つ一つの本をしっかり読み込まなければ、仲間達の姿が見えてこない。執筆者達の間で示し合わせたように、ぼかされた彼らの姿は、よっぽどの読書家でなければ分からない。【あえて叙述が伏せられている】とすら感じる。

 そんなだ。アルフレッドの話を誤認している者が多いのは仕方ない」


 アルトさんは目つきをますます鋭くさせると、一旦落ち着くためか目を瞑った。


「なぁ。セア、ヘテル。お前達は【物語の完成】って何か分かるか?」


 やがて、ゆっくりと目を開けたアルトさんは、おもむろにそんなことを尋ねて来た。



第107話 終了

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