銀の歌
第29話
「ドルバーーー! おーまーえ〜!!」
「ド〜ル〜バ〜さん!!」
わたし達は店長にお店を追い出された後、市場のひらけた場所でたむろしていた。
そしてその場所で、改めてわたしとシグリアさんで、ドルバさんのちゃらんぽらんさの罪を追及しているのだ。彼の肩を、こう、もう。ぐわんぐわん揺らしている。
「あばばばばばば。わ、わ゛わ゛るかったとは思ってるけどよぉ゛ぉ゛」
「もう! もう! 知らないんですからね!」
頬を限界まで膨らませて怒る。
「ふへへ。すまねえなぁ」
こいつ……絶対反省していないだろ。
まぁそんな感じで、人通りの多い街中で、他の人の迷惑も考えずに、ぎゃあぎゃあやりとりをしていたら、不意に声をかけられた。
「何をやってるのかしら?」
突然かけられた声に反応して、半ば反射的に振り向く。瞬間、シグリアさんとドルバさんは引きつった笑みを浮かべた。その表情に声を当てるなら、『あっ……やべぇ』ではないだろうか。
※ミリアさんはポケ〜っとしてる。
視線の先には、額に青筋、ほおに冷や汗、目は細め、怒っているとしか表現できない人物が立っていた。それでいて口元には、笑みを浮かべているのだから恐ろしい。ただ唇の端の方はひくひくと、自分でも意図していないだろう動きをさせていて……。
威圧的なその女性の後ろには長身の男性。この人たちの名前は確か。
「ラーニキリス剣兵長と、ト……トーロス剣兵長……」
シグリアさんが顔を引きつらせたまま声を絞り出した。あの顔は、HUSHOUZIがJOUSIにみつかった時の顔だ。
「はぁ、説明しなさい……」
トーロスさんが言う。シグリアさんはわたしたちを代表して。
「は、ハイ」
子犬のように震えながら答えた。
✳︎
雲なんて少ししかない程のよく晴れた、眩しい陽の光の下、地獄の底から這い出るような声が聞こえてきた。
「はぁぁぁぁ……そう。そうなのね。そう……」
トーロス剣兵長さんは、シグリアさんの話が進むうちに、どんどんと暗い表情になっていった。
「い、以上です。剣兵長」
声を震わせながらやっとの思いで、シグリアさんは今までの経緯を全て話し終えた。
「……………」
トーロスさんは、地を見つめて動けなくなっていた。けれど、やがて身体をぎこちなく動かすと、わたしの方に向き直り。
「本当に……本当に申し訳ありませんでした」
頭を下げ、謝罪をしてきた。
「うちの、うちの馬鹿どもが、本当に……すみません。それもこれも全て、私とラーニキリス、それにシグリアの責任です」
「えっ?」
シグリアさんは戸惑いの声を上げる。彼は実際何も悪くないから、この反応は当然だろう。だがトーロスさんは彼をさらに問い詰める。
「ばか! この子達が責任感なんて持ってる訳ないでしょ! だからこそあなたにはいつもいつも、『面倒をきちんと見るのよ』と言っているじゃない」
酷い理屈だ。けれどそれが、あながち外れでもないのがなんとも言えないところだ。シグリアさんくっそ可愛そう。
「そうですね……申し訳ありませんでした」
死んだ魚の目でシグリアさんが謝罪する。聖騎士団の闇を垣間見みた気がした。彼があまりにも不憫なので、許しの言葉しか述べられない。顔が良いのに本当に哀れだ。
「いえ……! いえ気にしないで下さい」
そもそも。
「あなた方は、たかだかわたし達の命を狙ったくらいじゃないですか……。アルトさんに迷惑をかけたのだけは嫌だったですけど……。
あの時は自分自身でも、自分が殺人鬼じゃないってわかってませんでした。それに人の幸せのために死ねるなら、わたしはいいんですよ。わたしの命はいくら使っていいものなんですから、殺されたって大丈夫なんですよ」
その言葉を言った後、何故だか辺りの空気は固まった。
「あっ……?」
かろうじて、ドルバさんがこの静寂を打ち破り一言発した。その言葉には、『何か理解しがたいものを聞いた』とでも言いたげなニュアンスが含まれていた。
「ですから気にしないで下さい!」
何か変なことを、失礼なことを言ったんだと考えて、改めて許しの言葉を発した。けれどその言葉に対する返答は、わたしにとって意外なものだった。
「………なんだよ。俺の目の光を奪ったアルトって奴もそうだが……。てめぇも大概やべぇやつじゃねえか」
ドルバさんが顔を引きつらせながらそう言った。周囲の空気が重くなる中、トーロスさんはふぅーと息を吐いた。
「私たちがセア……ちゃんでいいのかな? そう、あなたの命を狙ったの。それに対してあなたは怒っていいのよ。この件は私達側(王国聖騎士団)に非があるから」
そこで一旦言葉を区切ると、わたしの目をひとしきり見た。よく意味がわからず頭にはてなを浮かべながら見合わせていたら、トーロスさんはすっと雰囲気を変えた。
「でも……あなたはどうも、怒ってはくれないみたいね。私達に償いの機会をくれない。
それにはきっと記憶喪失が関係しているんだと私は思う」
目を伏せ小さく呟く。「でなければそんな悲しい言葉……言うはずが……ないんだから」それは誰かに届けるために言ったものではなく、何かこの世の不条理に対して、抗議をするような言葉であった。
「だから私達はあなたに、これからおせっかいをしようと思うんだけど……いいかな?」
首を傾けて、子どもを抱く母親のような優しい笑顔で、わたしに問いかけてくる。
その笑顔に意表を突かれてしまって、問いかけに対して、考えて答えを出すことができなかった。だから。
「えっ? あっ……は、はい」
言葉を詰まらせながら、よく考えもせず、肯定の返事をしてしまった。
そしてその返答を聞いたトーロスさんは、言質は取ったとでも言いたげに笑みを浮かべた。
「さぁ、みんな聞いたわね! 今日は一日彼女に、この国の、この世界のことを教えてあげましょう」
✳︎
何か意識が曖昧だ。うまく働かない脳をなんとか動かし、周囲を見渡す。すると辺りは暗く、上を見上げると月が見えた。
夜の帳が下りたのだ。
この暗闇を照らすのは家々から漏れ出る、ほのかな明かりと月光だけ。
『どうだった?』そんな言葉が聞こえた。静かで暖かな女性の声だ。
『どうだった?』そんな言葉が聞こえた。理知的な男性の、静かに問いかけるような言葉だった。
「どうだった、楽しかった? セアちー」
はっ……とする。
見渡せば私服姿の聖騎士団の方達が、わたしを囲むようにして歩いている。そして少しの間の後に気づく。変だな、わたしは歩いていないのにと。
彼らと同じ速度で前に進んでいる。そうしてしばしの思考の空白の後に、頰を押し当てていることに気づいた。しかしそこではたと気づいた。これは誰かの背中だと。無機質なものではない、人の温もりを頰に当たっている箇所から感じた。
よだれを垂らしていた口元を拭い、見知らぬ背から顔を離した。
「おっ、寝てたのかよ? さっきまでは、くっそはしゃいでたってのによ〜」
皮肉げな、けれど嫌な気持ちにはさせない問いかけが、背中越しから聞こえてくる。
ーーわたしはドルバさんにおぶられていたのだ。
「あれー? そうでしたっけ」
「おう。そうだよ」
「ほれ思い返してみろ。例えば……そうだな、あの洋服屋でのトーロス剣兵長の怒りっぷりとかをよ」
ドルバさんがそう言うと、トーロスさんは顔を赤くして、「あ、もぅ。忘れてるなら、それでよかったのに……」と呟いていた。
だから余計に気になってー下衆の勘繰りー、眠いまぶたを開き、頭を回転させ、頑張って思い返してみることにした。
ああ、そうだ確か……。
✳︎
わたし達は木とレンガでできた、一軒家の洋服屋さんに来ていた。
店内はカントリー調で、素朴ながらもオシャレさがある。
そしてそんな洒落た店内の中、どこか遠くを見据えるトーロスさんがいる。そして彼女は叫んだ。
「あのクソアマーー!!!!」
そう確かこんなことを言っていた。
第29話 終了
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