銀の歌

Goodbye to Fantasy
プチ
プチ

幕間 絵筆をとる

公開日時: 2020年9月27日(日) 18:30
文字数:2,421

銀の歌


幕間



 眼下には街並が広がる。小高い丘の上。そこに椅子を用意し彼は一人座っていた。すぐ目の前にはキャンバス。膝元には色々な色が乗せられたパレットと絵筆。

 それから少し離れた後方の木陰で、足を折って四つん這いの姿勢で涼んでいる。


「ハァ。あいつと話してると本当に疲れるな」


 彼は一人呟く。橙の髪をびんびんと引っ張り心底うんざりしたように。


「えっ? なんだって。んなこたぁ言うなよ。仕方ないだろ。人付き合いなんて苦手なんだ」


 呆れたような顔をキャンバスに向け、肩をすぼめる。その態度からは、人を舐め腐っているのが感じ取れた。


「なに? ふざけてるのかって……そういう訳じゃないが。悪いな……。どうもまた形が崩れているのかもしれない」


 独り言のように呟く青年は、パレットに乗せられた色を筆につけキャンバスに向かう。

 サラサラと縦横無尽に筆はキャンバスの上を動く。


「なぁ……お前はどう感じた? この先、やっていけそうか? あいつと一緒にいたら、厄介ごとなんていくらでもふりかかってくるぞ」


 橙の髪の青年は、驚いたような顔を浮かべさらに続ける。


「なんで分かるか? んなもん勘だよ……勘。

いや、まぁ真面目な話。あいつにはーーセアには謎が多すぎる。この先どんな災厄に巻き込まれても、文句が言えないくらいには、あの女は未知数だ」


 視線を落とすと、考え込んでむむっと唸る。やがて彼はかぶりを振ると、絵筆を縦に持ち、眼下の街並みに突きつけた。次に描く場所を迷っているのだろう。


「まぁ、考えても仕方ないか」


 自嘲するように薄く笑うと、絵筆に色をつけサラサラとキャンバスに絵を描く。考えても仕方ない、それはいったい何に対しての言葉なのか。「本当にアル君ったらよく分からないんだ」ついつい言葉が漏れ出たようだ。ついでに樹上でガサリと音を立てて。


ーーしまった。


 そう思った時には、すでに遅かっただろう。案の定、橙の髪の青年ーーアルトは後ろを振り向き、驚いた様子も見せずに口を開いた。


「ああ、本当にな。俺もお前のことが分からないよ。分かりたくもないが……」


 絵筆とキャンバスを足元に置き、うんざりした様子で、大げさに肩をすぼめた。


「どうしてここにいるギーイ?」


 その後に発せられた言葉は、冷たさと非常にトゲのある、氷柱のような拒絶の言葉だった。

 木から飛び降りて、アルトから見ても、見え見えではあるだろうが、それでも言い訳を話す。


「いやぁ、そういえば伝えたいことがあってね!」


 アルトはため息をつき、話を促すように返答する。


「なんだ……?」


「うん。私はしばらく、アル君の求めに応えられなくなっちゃう。君の都合のいい女でいたいんだけど、大きな仕事が入っちゃってね」


 はだけた胸に手を当てて、ぺろっと舌を出す。その仕草は扇情的だ。


「ハァ……今回が非常事態だっただけだ。誰がお前なんかに助けを求めるか」


 えへへ。甘い猫撫で声を出しながら、手を頬に当てる。その後にっと卑しい笑みを浮かべて。


「分かってるよ! すぐに仕事を終わらせて、いつでもアル君の求めに答えるから」


 「こいつ話通じねえな」そう言うと、アルトは背を向け、キャンバスに目を移した。ついに我慢の限界を迎えたのだ。


「ぶーーー!アル君が無視する!」


「だって面倒臭いし」こちらに背を向けたまま話を続けるアルト。ーーしかし。


「そんなんじゃぁ、とっておきの情報渡してあげられないんだぁ!」


 背中を向けられてても、何とは無しに理解できる。今アルトは確実に顔をしかめた。


「とっておき……?」


 ニタニタした笑顔で答える。


「うん♪」


 アルトがこちらをまたも振り向き、静かに語りかける。


「言え……」


「ヤダ!」


 一瞬の緊張。それと静寂。


「はぁ……だったらいい。とっとと失せろ」


 手をシッシと振りながら言う。


「ええーーー!!! ヤダ! ヤダ! それもヤダ! せっかく忙しい間を縫って、アル君をおちょくりに来たのに!」


「子どもか!!」


 その言葉を待っていた! 言わんばかりに。


「いつだって若い心と、魅惑のプロポーションを兼ね備えた大人だよぅ」


「へー、そっかぁ」


 アルトはもうこちらを見もしない。アホな時間を使ったと思っているのだろう。そうしてまた、どこぞの風景の絵を描き始めた。


「忙しいんで帰ってくれる?」


 気だるげに言うアルト。しかしその声に対して、反応は何も帰ってこない。

 スンスンとすすり泣く声が聞こえ始める。しばらく経っても、すすりなく音がやまないのが分かると、アルトはこちらを振り向き、怒鳴り声をあげた。


「だーーー! もぅ! るっせ」


 バキッ!! カラン


 振り向くのを待っていたのだ。アルトは袖を掴まれ、座っていた椅子を足で蹴り飛ばされた。そしてバタンと大きな擬音を残し、その場に倒される。


「ぐぅお!」


 上空を見据えるアルトは、どうやら軽い脳震盪(のうしんとう)を起こしているようだ。


「っててぇ〜」


 アルトがすぐには立ち上がれないのを見ると、大の字に倒れ伏した彼にまたがって近寄り、耳元で囁く。


「アル君は私の……ステキなギーイちゃんのものなんだから、逆らっちゃダメでしょ」


 魅惑なささやき。けれど。


「はぁ……るっさい」


 アルトは一蹴する。見れば額に青筋が入っている。これ以上おちょくれば、彼は本当にぶちぎれるだろう。ここらが限界だろう。そっと囁く。


「北の森の中の洞窟。そこにアル君の探してるものがあるよ」


「!?」


 アルトは今までの気だるげな雰囲気を取っ払い、目を開く。そして彼の行動を阻害していた足をどけ、背を向けると歩き出す。

 アルトは上半身を起こして話しかけようとする。


「あっ、おいギー! あいて」


 身体を起こす時に、キャンバスの木材の部分に思いっきり頭をぶつけた。それを見てあははと笑い、優雅に立ち去っていく。別れ言葉も忘れずに。


「あは、あははは! また今度♪ 素敵なギーイちゃんでしたぁ!」


 不気味に笑う。その不敵な笑みの余韻をアルトに残したまま立ち去っていった。

アルトが最後にこちらの方へ向けたのは、疑いと侮蔑の目だった。


幕間 終了

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