銀の歌

Goodbye to Fantasy
プチ
プチ

第99話 立ち寄る場所で

公開日時: 2021年2月22日(月) 18:30
文字数:3,248

銀の歌




第99話



前回のあらすじ

『このやろう、てめ待てオラ。あっ? 怪我してんのに、逃げ足はええなお前! だがな逃がさねぇからよ……。ほら、捕まえた。あっ、てめ噛むのは反則だ!! ひっかくのもやめろ!! 痛い、痛い痛い痛い痛い!!』


「アルトさん達帰ってきませんね」


「そうだね」


「…………」


「…………」


 アルトさんがソフィーちゃんを追いかけて、宿の外に出た後、わたし達二人だけが部屋に取り残されていた。

 ヘテル君とは色々と、話し合いたいこともあったので、せっかくの機会だからと、会話の内容を頭の中に何度も思い浮かべているのだが……。


「……」


「……」


 この通り。硬いベッドの上で、弾んだ会話などなしに、二人並んで座っている。

 話したいこと、聞きたいことは正直沢山あるのだが、どうにも会話のとっかかりがない。

 いや、わたしが話題を触れないのは、もしかしたらそれだけではなく、ヘテル君の異業を治そうと、色々と尋ねた時、すべからく良い反応をもらえなかったことも、原因かもしれない。誓ってヘテル君を責めたい訳ではないが、どの会話を振っても、ほとんど何も返事をしてくれなかったという前例に、意外と自分は臆しているのかもしれない。


 さて、どうしたものか……と考える。だが、考えてもいい打開策は浮かばなくて、無情にも時間だけが過ぎていく。

 朝は割と晴れやかだったが、だんだんと空にも雲がかかって、日の光の入りが悪くなってきた。そんな時だった。隣から呟くように声がかけられたのは。


「ねぇ、どうして訊かないの?」


 そう尋ねられた。


「へ?」


 尋ねようと、まごついていたのは確かだが……、そう訊かれたのには驚いた。

 ヘテル君は、話をするのがあんまり得意な子ではないのかなと、勝手に思っていたから、散々手をこまねいた訳だが。彼がそう言ってくれるなら、怖いものなどない。

 それならと、『だんだん天気が悪くなってきましたね』(会話力13点)などと言おうとした。

 だけどわたしが言うよりも先に、ヘテル君が言葉をつなげた。


「セアさんには僕のせいで無理をさせているのに、なのに僕は自分のことを何も言わなくて、どうして訊かないの(責めないの)?」


 驚いた。素直に驚いた。さっきとはちょっと違う意味で驚いた。ヘテル君は会話の催促をしていたのではなくて、わたしが気にしていたように、彼自身もあの日のことを気にして、わたしとは違って、さらに罪悪感も持っていたのだった。


 心の移り変わりに、どうして? と問いかけたくもなったが、ここであることを思い出した。それこそがトーロスさんのことだ。彼女は自分のことを何も語らない訳ではなかったが、それでも心の奥の奥までは誰にも見せていなくて、そしてそれをうっかり、未熟な子どもに話してしまったばっかりに、あそこまで辛い目を見た。

 関わり方っていうのは、とっても大切だ。特に何か大切なことを、話されたり話そうとする時には。今のヘテル君からは、あの日のトーロスさんと同じ匂いがする。同じような雰囲気を纏っている。


 それらを考慮して、どうして? と言いそうになった言葉を一度飲み込んだ。そしてだからこそ、わたしはその後に尋ねたのだ。


「……どうして、そんな風に思ったの?」


 言おうとした言葉は、さっきと今で、何も変わっていない。だけで自分の中での意味は大きく違う。ちゃんと考慮して、思い直して、それで出た言葉だ。不意な一撃で泣き出すような、返って心配させるような素ぶりは、もう取らない。


「どうして? って……。だって僕は、セアさんに無理をさせているのに。それなのに、自分は何も協力していなくて、自分のことを話すのが必要なのに、それを言わなくて……だから」


 ヘテル君の話し方は非常にまごついていて、なんだか要領を得なかった。


「…………」


 無言で話を聞いていると、結局ヘテル君は「えっと……」と言って、そのまま黙ってしまった。

 その様子を見て、正直わたしでは理解しきれない部分があった。言いにくい言葉というのは、たくさんあるのかもしれない。でもわたしだったら、ここまで来たら、なんでもかんでも喋ってしまっている。


 話し合うことが相互理解に繋がると思っているからだ。


 でも、その自分の価値観を人に押し付けてはいけない。話したくても話すことができないから、ヘテル君はああやって苦しんで、口を噤んでいるのだから。今彼に贈るべき言葉は、きっと許しなんだと思った。


「急いでないよ?」


 ヘテル君は横目でちらと表情を伺ってきた。それに感づいたから、なるべく柔和な、敵意のない顔を作って、言葉を続ける。


「わたしは、自分のことを喋るのが好きで、人の話を聞くのも好きで、誰かと話すのが好きなんだ。だから言いたいことはなんでも言える。でも、苦手な人だっているよね。特に今回に関しては、好きな食べ物どうこうだけでなく、自分の色んなことを、話さないとだしね」


 単純に隠すべき秘密もない自分には、それだって大した困難ではないように思うが、トーロスさんの話を聞いた後では別だ。人には色んな事情がある。


「わたしの特訓は始まったばかり。今、ヘテル君の話を聞いたとしても、それが実際に生きてくるのは、大分後になると思う。それに……わたしは頭がそんなに良くないから、今色々と聞かされても、その時には、もしかしたら忘れているかも。そしたら二度手間だ!」


 軽い茶化しを入れた後、一旦言葉をそこで区切ると、「だからね」と前置きしてヘテル君に言った。


「急いでないよ。ヘテル君が喋りたくなったら、喋ってくれれば大丈夫」


 言い終わるとヘテル君は悲しそうに俯いて、わたしのための、言い訳の言葉を探しているようだった。この子は優しい子だから、自分を悪者にしたいんだろう。


「でも、だって! 僕は、何にも協力なんかしないで……!」


「協力だったら、いつもしてもらっているよ?」


 言うと面食らったように、ヘテル君は眉を寄せた。


「ヘテル君はご飯の支度をしてくれているでしょう? ヘテル君はわたしのおでこに氷を乗っけてくれるでしょう? 今日だって扇いでくれていたでしょう。協力だよ。それだって」


「それとこれとは……」


 ヘテル君はあわあわと、逃げ場を探すように、目を動かした。確かに、わたしが今挙げたそれらは、異業種を治すための協力には、直結しないのかもしれない。でも自分としては、あれらは全部有難いことだ。

 ヘテル君自身何も言えないことを気に病んで、ああしてくれていたのだなって、今となってはもう分かってしまったので、ちゃんとそう言う所は、認めて理解したい。彼も彼にしか分からない領域で頑張っているのだから。


 例えヘテル君自身が、彼自身の行いを認めていなくても、わたしは認めてあげたい。だからありがとうって言うんだ。


「大丈夫だよ、ヘテル君。そこまで急がなくったって。出来ることから、やればいいよ。いつも料理の手伝いをしてくれているように」


「…………っ」


 唐突にヘテル君が胸を押さえた。どうしたのだろう、痛むのだろうか。


「大丈夫? 痛むの!?」


「うん、大丈夫。痛いけど、大丈夫。これは大丈夫な痛みだから」


「そっか……。それなら、いいけど」


 胸を押さえてうずくまる背中を、とんとんと叩いてあげた。


「言葉で言うのが無理だったら、態度で見せてくれても大丈夫だぜ! …………きっと君のことを分かってあげるから。罪悪感なんてもたなくていいからね」


 最後にそう言った。これで会話は終わりだよとでも告げるように。だが実際、自分を隠さなければいけない事情とはなんだろうか。自分の辛かった記憶とかだったら、ともかく。ヘテル君に関しては、好きな食べ物の一つだって教えてくれないのだから。

ーー何というか、徹底している。そこまでして自分を隠す意味とは、何だろう。少し心に陰りを残しながらも、ヘテル君が落ち着くまで背中をとんとんと、優しく叩き続けた。


✳︎


 アルトさんとソフィーちゃんが帰ってきたのは、わたし達がこんな会話をした一時間後のことだった。アルトさんは顔じゅうに引っ掻き傷を作っていた。




第99話 終了

 次回100話です! なので次回は本編と、記念に番外編を投稿いたします。番外編はちょっとした過去編になっております。誰の過去編が来るかは楽しみにしてて下さいな。

 後記念絵も! 投稿しますね!

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