「……いってえええええええ!」
小森タケルは、絶叫とともにベッドから転がり落ちた。
その拍子に、掛け布団代わりのタオルケットが顔に絡みつく。汗を吸った薄汚いタオルケットが目と口を塞ぎ、哀れな主人をパニックに陥れる。
「ひいぃぃぃぃ!」
思わず変な悲鳴が出た。
タケルは手足をばたつかせながら身を起こす。タオルケットははらりとほどけ、床に落ちた。
「ちっくしょう、ビビらせやがって、クソッ!」
タオルケットを掴んで壁に投げつけると、タケルはその場に立ち上がり、荒く息を吐きながら周囲を見回した。
蛍光灯が付けっぱなしになっている、六畳の自室。物はあまりない。食事用のちゃぶ台と、漫画本と教科書が乱雑に押し込まれた本棚。パソコンデスクの上には、父親からもらった型落ちノートパソコン。
これが中学生になった小森タケルの所有物すべてであった。
「マジで最悪だよ、クソ、クソ、クソが!」
タケルがこの部屋に引きこもって、早三年にもなる。最近はめっきり独り言が多くなった。
「……ふざけやがって!」
イヤな夢を見た。
どんな夢を見ていたかは覚えていないが、とにかく最悪な夢だった。
目を覆うほどボサボサに伸びきった髪が、汗を吸って重い。まるでスチームを頭に乗せているみたいだ。
タケルは乱暴に髪をかき上げながらデスクに歩み寄り、ノートパソコンを開いた。真っ黒な画面に、げっそりとした自分の顔が映る。頬の肉は落ち、目の下には濃い隈。まるで幽鬼のような顔立ちだった。ヨレヨレのTシャツと短パンからは、痩せ細った手足が覗いている。右の手首には薄汚れた白いサポーターが巻かれていた。
こんなナリで外を出歩けば、速攻で職務質問をくらうだろうな、とタケルは思う。警官はきっとこう言うだろう。きみ、ちょっとポケットの中を見せて? この銀紙はなんだい? え、チョコレートの包み紙? バカなこと言っちゃいけないよ、ちょっと書までご同行願おうか……。
「うおおおおお、最悪だ! この世は地獄だ! お前ら全員くたばれゴミカス!」
髪の毛を掻きむしり、世界に呪詛をまき散らしながら、パソコンの電源を入れる。
「ったく、いま何時だよ?」
スタート画面が現れ、現在の時刻が表示された。午前六時二十一分。
タケルの部屋は常に蛍光灯が付けっぱなしだ。カーテンは絶対に開かない。
タケルが自宅の庭にある離れに引きこもってから、早三年。
彼は一歩も家の外には出なかった。一年半前に入学した中学校には一度も行っていない。
毎日やることと言えば、読書とインターネットだけ。暇にあかせて、SNSでアニメオタクを煽ることだけがタケルの生きがいだった。見知らぬ誰かと戦っている瞬間だけは、生きているって感じがする。
当然だが生活のリズムはめちゃくちゃだ。時間の感覚なんか、とうに麻痺している。
ノートパソコンにログインパスワードを入れると、型落ちマシンのハードディスクがギコギコと異音を奏で始めた。聞いているだけで不安になる、イヤな音。
タケルは舌打ちし、自室から出た。
彼が暮らす離れには、生活用の部屋が一つと、小さなキッチン、そしてユニットバスがある。
タケルが向かった先はキッチンだった。水道の蛇口を捻り、コップに水を注ぐ。
喉がカラカラだった。一杯飲んで落ち着こう……。
「ふう……」
タケルが乾いた体に水を流し込み、一息ついたその瞬間。
ドンドンドン。
離れの入り口のドアが、激しくノックされた。
「小森タケルさーん!」
ノックに続けて。ドアの向こうから快活な男の声。
タケルは一言も発しないまま、入り口をじっと見つめる。
「小森タケルさんはいらっしゃいますかー?」
ドンドンドン、と再び激しいノック。
タケルは黙ったままだった。
その代わり、顔がみるみるうちに青ざめていく。
「小森タケルさーん。宅急便です。お荷物をお届けにあがりましたー。ご在宅ですかー?」
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