「ねえ、一緒に遊ぼうよ」
頭の中に声が響いた。
自分の声だ。いまとは全然違う、きれいなソプラノボイス。
その声を聞いた瞬間、小森タケルは自分が夢の中にいることを理解した。
——またこの夢か……
毎年、夏になると同じ夢を見る。
三年前、小学五年生の夏休みに母方の祖母の家で過ごした記憶の残滓。
あのとき何が起きたのか、タケルはハッキリ覚えていない。何か大事な話をしたような気がする。でも、それが何だったのかは分からない。
「どこか痛いの?」
再び自分の声を聞いた。心配そうな声色だった。
——俺はいったい、誰に話しかけているのだろう?
疑問が浮かぶと同時に、目の前の暗闇が晴れ、鼻の奥にむせかえるような草木の匂いが広がった。
周囲には、青々とした葉を付けたクヌギの木。頭上に生い茂る葉は地面に大きな影を落とし、白く輝く日差しとコントラストを成していた。
——そうだ、ここはおばあちゃんの家の裏山。カブトムシがたくさんいて、そこで俺は……。
——何かを見た。何をだ?
木の陰に、何かがいる。
——見るな! それを見てはいけない!
タケルの意識はそう叫んだが、夢の中のタケルはおずおずと〈それ〉に向かって歩み寄る。
〈それ〉は恥ずかしがるように木の裏に隠れようとしたが、タケルは物怖じすることなく回り込んだ。
そして、〈それ〉に右手を差し出した。
「ねえ、待ってよ」
タケルの手が、逃げようとする〈それ〉の手を掴んだ。
「きみはどこの子?」
〈それ〉は、自分に向けられたまっすぐな眼差しを見返し、おずおずを口を開いた。
タケルは〈それ〉の声を聞こうと、顔を近づける。しかし……
「なにしとる!」
〈それ〉の声を掻き消したのは、背後から飛んできた怒声。
祖母の声だ。
優しかった祖母。温厚が服を着て歩いているような祖母が、こんな鋭い声を発するなんて。
驚いて振り返った、その瞬間——。
「あ……っ!」
何かがタケルの右手首を掴んだ。
みしり、と嫌な音。手首と肘と肩に、奇妙な感触が走った。
突如沸き上がった本能的な恐怖とともに、視界の上下が反転し、目の前が暗転する。
右腕に走った感触が、痛みであることを理解した瞬間、小森タケルの意識は闇の底に沈んだ。
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