ドンドンドン。
ノックの音はどんどん激しくなる。
タケルはその場に立ち尽くしたまま、ゆっくり顔を玄関のほうに向けた。
——宅急便、だって?
そんなはずはない。
いまの時刻は早朝六時。こんな時間に宅急便が来るはずはないのだ。
「小森タケルさーん。宅急便でーす」
ドン、ドンドン、ドン。
激しいノックとともに、金属製のドアがミシミシと揺れる。
タケルが暮らす離れのドアには、小さなのぞき穴があるのだが、三年前にここに引きこもって以来、そこはガムテープで塞がれていた。
ドアが振動し、埃まみれのガムテープが剥がれ落ちそうになるのを見ながら、タケルは恐怖に震えていた。
——来た。あれだ……。
無意識のうちに、奥歯がカチカチ震える。
コップを持つ手にも震えが走り、危うく取り落としそうになったが、空いているもう一方の手で無理矢理震えを押さえ込む。
そんなタケルの様子を知ってか知らずか、〈あれ〉——ドアの外にいる何者か——は、ますます激しくドアを叩き続け、呑気な声を張り上げる。
「いらっしゃいますかー? ご在宅ですかー? 宅急便ですかー? ですかですかですか?」
ひっ、と悲鳴が漏れそうになり、タケルはコップを持ったままの手で自分の口を塞いだ。
「こもりたけるさんたっきゅういるんだろうそこに、だまってないでなにかございたくですか、たっきゅうびんびんですかなんなんですか」
気がつけば、〈あれ〉の発する言葉は、すっかり支離滅裂になっていた。
「いるいるいるならへんじをしなよ、いれてよなかに、ひひひ、いひ、たっきゅうびんです、おとどけものにいれろいれろいれろ!」
声は次第に暴力的な響きを強めていく。
「こもりたけるさん、たた……たた……たたっきゅうびん、ぎゃりいい! あそぼやまにににいこう! きぃきぃ! いらららっしゃ………いますねこもり……たた………たけるさん!」
ドアの外から聞こえる声は、すでにまっとうな日本語ではなく、ついでに言えば男の声でもなくなっていた。
老若男女、複数の人間の声が無作為に混じり合った奇妙な声色に、金属を引っ掻いたような異音が混じっている。本能レベルで不快感を催すような音。
「……っ!」
タケルはこわばった両足を叱咤し、ゆっくり、ゆっくり、音を立てないように自室へと引き返す。
恐怖と緊張が横隔膜を震わせ、腰の辺りに痺れるような不快感が走った。
自室に戻ったタケルは、ベッドの上に縮こまると、枕元に置いてあったお守りを握りしめた。お守りはかつて祖母が手渡してくれたものだ。
タケルはお守りを握りしめ、タオルケットを頭からひっかぶった。玄関から聞こえてくる音が自分の耳に入らぬように。そして、自分の立てる物音が、〈あれ〉に伝わらないように。
暗闇の中で、3年前のことを思い出す。
あの年の夏、タケルは祖母の家に遊びに行き、山で事故に遭った。
それがどんな事故だったのかは、タケル自身よく覚えてない。事故の直後に気絶していたため、前後の記憶が抜け落ちているのだ。
事故の怪我は大したものではなかった。右手首あたりに、何かで挟まれたような大きな痣が出来ていたが、痛みはあまり感じなかった。
だから、あのときは大騒ぎする祖母を、奇異に感じていたのだ。
事故の後、祖母はタケルを連れて娘夫婦——つまり、タケルの両親だ——が暮らす家を訪れた。
そしてタケルをこの離れに押し込み、こう言ったのだ。
「このお守りをいつも身の回りに置きなさい。そして、絶対にこの部屋からは出ないこと」
有無を言わせぬ、強い口調だった。
「……分かった。でも、いつまでこのお部屋にいればいいの? 明日?」
タケルがそう問うと、祖母は泣きそうなひど顔を歪めた。
「ずっとだよ。大人になるまで、ずっと。〈あれ〉は……センカは、子供しか狙わない。だから、大人になるまではじっとしていなさい」
何を言っているんだと思った。センカってなんだ?
タケルが「意味が分からない」という顔をしていると、祖母は気弱な笑みを浮かべて言った。
「大丈夫。ばあちゃんも今日からこの家に住む。勉強も見てやるし、遊び相手にもなってやるから。ね?」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!