怨霊〈センカ〉はヒキコモリを許さない

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宅急便が来た

公開日時: 2020年9月1日(火) 14:15
文字数:1,655

 ドンドンドン。


 ノックの音はどんどん激しくなる。

 タケルはその場に立ち尽くしたまま、ゆっくり顔を玄関のほうに向けた。


——宅急便、だって?


 そんなはずはない。

 いまの時刻は早朝六時。こんな時間に宅急便が来るはずはないのだ。


「小森タケルさーん。宅急便でーす」


 ドン、ドンドン、ドン。


 激しいノックとともに、金属製のドアがミシミシと揺れる。

 タケルが暮らす離れのドアには、小さなのぞき穴があるのだが、三年前にここに引きこもって以来、そこはガムテープで塞がれていた。

 ドアが振動し、埃まみれのガムテープが剥がれ落ちそうになるのを見ながら、タケルは恐怖に震えていた。


——来た。あれだ……。


 無意識のうちに、奥歯がカチカチ震える。

 コップを持つ手にも震えが走り、危うく取り落としそうになったが、空いているもう一方の手で無理矢理震えを押さえ込む。

 そんなタケルの様子を知ってか知らずか、〈あれ〉——ドアの外にいる何者か——は、ますます激しくドアを叩き続け、呑気な声を張り上げる。


「いらっしゃいますかー? ご在宅ですかー? 宅急便ですかー? ですかですかですか?」


 ひっ、と悲鳴が漏れそうになり、タケルはコップを持ったままの手で自分の口を塞いだ。


「こもりたけるさんたっきゅういるんだろうそこに、だまってないでなにかございたくですか、たっきゅうびんびんですかなんなんですか」


 気がつけば、〈あれ〉の発する言葉は、すっかり支離滅裂になっていた。


「いるいるいるならへんじをしなよ、いれてよなかに、ひひひ、いひ、たっきゅうびんです、おとどけものにいれろいれろいれろ!」


 声は次第に暴力的な響きを強めていく。


「こもりたけるさん、たた……たた……たたっきゅうびん、ぎゃりいい! あそぼやまにににいこう! きぃきぃ! いらららっしゃ………いますねこもり……たた………たけるさん!」


 ドアの外から聞こえる声は、すでにまっとうな日本語ではなく、ついでに言えば男の声でもなくなっていた。

 老若男女、複数の人間の声が無作為に混じり合った奇妙な声色に、金属を引っ掻いたような異音が混じっている。本能レベルで不快感を催すような音。


「……っ!」


 タケルはこわばった両足を叱咤し、ゆっくり、ゆっくり、音を立てないように自室へと引き返す。

 恐怖と緊張が横隔膜を震わせ、腰の辺りに痺れるような不快感が走った。

 自室に戻ったタケルは、ベッドの上に縮こまると、枕元に置いてあったお守りを握りしめた。お守りはかつて祖母が手渡してくれたものだ。

 タケルはお守りを握りしめ、タオルケットを頭からひっかぶった。玄関から聞こえてくる音が自分の耳に入らぬように。そして、自分の立てる物音が、〈あれ〉に伝わらないように。


 暗闇の中で、3年前のことを思い出す。

 あの年の夏、タケルは祖母の家に遊びに行き、山で事故に遭った。

 それがどんな事故だったのかは、タケル自身よく覚えてない。事故の直後に気絶していたため、前後の記憶が抜け落ちているのだ。

 事故の怪我は大したものではなかった。右手首あたりに、何かで挟まれたような大きな痣が出来ていたが、痛みはあまり感じなかった。


 だから、あのときは大騒ぎする祖母を、奇異に感じていたのだ。

 事故の後、祖母はタケルを連れて娘夫婦——つまり、タケルの両親だ——が暮らす家を訪れた。

 そしてタケルをこの離れに押し込み、こう言ったのだ。


「このお守りをいつも身の回りに置きなさい。そして、絶対にこの部屋からは出ないこと」


 有無を言わせぬ、強い口調だった。


「……分かった。でも、いつまでこのお部屋にいればいいの? 明日?」


 タケルがそう問うと、祖母は泣きそうなひど顔を歪めた。


「ずっとだよ。大人になるまで、ずっと。〈あれ〉は……センカは、子供しか狙わない。だから、大人になるまではじっとしていなさい」


 何を言っているんだと思った。センカってなんだ?

 タケルが「意味が分からない」という顔をしていると、祖母は気弱な笑みを浮かべて言った。


「大丈夫。ばあちゃんも今日からこの家に住む。勉強も見てやるし、遊び相手にもなってやるから。ね?」

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