【完結】『29』~結び~

葵 しずく
葵 しずく

第36話 三度詣! 前編

公開日時: 2021年8月27日(金) 20:52
文字数:5,705

 2019年 1月3日


 学問で有名な瑞樹と加藤が初詣に訪れた神社がある最寄り駅前に佐竹がいた。

 今日はゼミ仲間で作っていたグループトークルームにて皆で合格祈願に行こうという事になり、待ち合わせ場所に一番乗りしたのだ。


 結局三が日全てが気持ちの良い快晴が続いていたのだが、風は相変わらず冷たく佐竹は首に巻いているマフラーを顎先まで持ち上げる。

 去年の今頃では考えられない事態だった。

 何せ2人きりではないとはいえ、ずっと憧れていた瑞樹と、そして想い人である加藤と初詣に出かける事になったのだから。


「よっ!あけおめ!」


 1人で待っている佐竹の肩をポンッと叩き、軽過ぎる新年の挨拶をする声がする。

 その声の持ち主が誰なのか瞬時に理解した佐竹は、期待を込めて肩を叩かれた方に振り向くと、そこには赤いダウンのコートからチェックのパンツが伸びて濃いブラウンのショートブーツ。頭には温かそうなニット帽を被り、顔が隠れてしまいそうなモコモコとしたマフラーを首に巻いている加藤が、手をヒラヒラと振っていた。

 ボーイッシュな出で立ちで、所々に可愛らしさを散りばめた如何にも加藤らしい服装であったのだが、佐竹が期待していたものとは大きく違うものだった。


「ん? どしたん?」


 ショックは気持ちを表に出さない努力とした佐竹であったが、僅かに感情が表情に漏れてしまったようで、その変化に気が付いた加藤が怪訝な顔を見せる。


「え? いや、なんでもない」

「そう? 元気ない感じだけど、もしかして昨日も遅くまで勉強してたん?」

「う、うん……まぁ、そんなとこ」


 本当は今日の事が楽しみ過ぎて勉強が手に付かず、早々に切り上げてベッドに潜り込んだのだ。佐竹が楽しみにしていたのは、瑞樹と加藤の晴れ着姿を見れるかもしれないという期待だった。

 だが、片方の加藤の晴れ着姿を拝めずに期待は見事に砕かれてしまったのだ。


「あ! 志乃ー! おーい!」


 加藤が駅の方で瑞樹の姿を見付けたようで、駅からこちらに向かってくる瑞樹に元気に声をかける。

 加藤の呼びかけに気が付いた瑞樹は笑顔で小さく手を振りながら、小走りで2人の元へやってきた。


「あけましておめでとう! 今年もよろしくね」

「うん! あけおめ! ことよろ!」


 瑞樹の新年の挨拶に対して、加藤は佐竹の時と同様に軽過ぎる挨拶で応えると、今度は「佐竹君」と加藤達に背を向けていた佐竹に瑞樹が声をかける。

 勿論佐竹も加藤が声をかけた時点で瑞樹が来た事は知っているのだが、もう片方の期待を込めて敢えて瑞樹に背を向けていたのだ。

 背中越しから瑞樹に呼ばれた佐竹は最後の望みを込めて、ゆっくりと後ろにいる瑞樹に振り向いた視線の先には……。

 首元までスッポリと立たせた白のネックファーコートから膝上までのモスグリーンのスカートが顔を出している。

 そのモスグリーンの裾らかは僅かに細い脚が見えるのだが、直ぐに膝から伸びているロングブーツに足を覆われていた。いつも降ろしているダークブラウンの綺麗な髪は白いリボンで纏められており、その流れるような髪が左肩にかけるように体の前に伸びていて、やけに大人びて見える瑞樹の姿があった。

 正直どこのモデルかと見間違えてしまう程に今日の瑞樹は垢抜けていて、冴えないと自覚している佐竹は一緒にいていいのだろうかと、今更ながらにたじろいでしまう出立ちだった。

 更に言えば、勿論今日の恰好も十二分に破壊力があるものだったが、加藤に続き晴れ着姿を拝めなかった無念さも相まって佐竹は声をかけてきた瑞樹に反応出来ずにいた。


「あれ? 佐竹君どうしたの? 元気ないけど、もしかして受験勉強で寝不足?」

「……あ、あぁ……うん」

「あまり根を詰めると体に悪いよ? あ、あけましておめでとう。今年もよろしくね」

「! うん。あけましておめでとう、瑞樹さん。こちらこそ今年もよろしく」


 加藤と同じ事を訊かれて苦笑いを浮かべる佐竹。


 瑞樹が合流して一気に華やかさに拍車がかかり、2人と一緒にいる佐竹に周囲の殺気を含んだ視線が集まってくる。

 瑞樹と加藤は慣れているのか気付いていないだけなのか、そんな周囲の視線など気にする事なく会話を楽しんでいるのだが、全く耐性のない佐竹は集まってくる視線に落ち着きを無くしてしまった。

 クリスマスライブの時は周囲の人間も神楽優希目当てというのがあって、こんな事にはならなかったのだが、今日はそうはいかないらしい。


 殺気だった視線に怯えすら覚えた時、佐竹の鼻孔にここ最近慣れ親しんだ香りが届く。


「オロオロしないの! 男でしょ!?」


 そう自分に喝をいれる台詞が佐竹の鼓膜に響くと、この台詞は最近よく耳にするもので、そしてこういう喝を入れる人物は1人しか心当たりがない。

 佐竹の口角が自然と上がり肩に入っていた力が抜けた。


「あ!! 結衣、着物じゃん! 超可愛い!」


 佐竹と同様に声の主に気が付いた加藤が弾ける声でそう叫ぶ。

 すると、後方に感じていた気配が隣に移ってきて佐竹も目でその気配を追う。


 佐竹の隣に現れたのは黒を基調とした落ち着いた柄の着物に身を包み、元々可愛いというより美人顔を一層引き立てる恰好をした神山だった。


「ホントね! こんな雰囲気の着物を着こなせる人って羨ましいよ」


 晴れ着姿の神山の登場で、新年の挨拶をすっ飛ばしてしまった一同であったが、神山の晴れ着姿の美しさに瑞樹と加藤は目を輝かせて気にする素振りすら見せない。


「何言ってんの! 志乃にそんな事言われても嫌味にしか聞こえないよ?」

「結衣こそ何言ってんの! 本当に綺麗だと思うし、羨ましいって思ってるよ!」

「そ、そっか……。ありがと」


 真剣な眼差しで瑞樹がそう言うものだから、神山は照れながら素直に礼を言った。


「さぁ! 皆揃った事だし、合格祈願いってみようか!」


 これで全員揃ったと、右腕を上に突き出した加藤がそう号令をかける。


「ちょっと待った。まだ肝心な事が残ってるだろ」


 佐竹は本当に気付いていない加藤に対して、佐竹が溜息交じりに神社に向かおうとするのに待ったをかける。


「なによ! なんかあんの?」

「あのなぁ……ホントに気付いてないのか?」


 言って、佐竹は到着したての神山の前に体を向けた。


「あけましておめでとう神山さん。今年も色々と宜しくお願いします」


「「あっ!」」


 佐竹が神山に新年の挨拶をすると、加藤と瑞樹がすっかり忘れていた事を思い出して、同時に声を上げる。


「あ、あけましておめでとう! 今年もよろしくね。ってごめん! 結衣があんまり綺麗だったから挨拶忘れてた」

「あ、あけおめ! ことよろ! 右に同じく……」

「あははっ! 嬉しいよ、ありがとう。私もあけましておめでとう。今年もよろしくね! 皆」


 気にしてないと言われてホッと安堵した加藤は、改めて神社を指差して「行こう!」と歩き出した時「ところで」と神山が佐竹の位置を確認する動きを見せた後、瑞樹と加藤に小声で話しかける。


「ん? なに?」

「どうかした? 結衣」


 神社に向かおうとした流れを切ってきた神山に、2人は首を傾げる。


「愛菜と志乃って今日で何度詣なの?」

「え? えーと……三度詣かな?」

「う、うん。私もそう……かな」


 神山の不意を突いた問いに、2人の歯切れが悪くなった。


「ふーん。1回は家族とだよね? もう1回は?」


 そう問われた2人は「うぐっ」っと声を詰まらせる。


「と、友達とかな……ははは」

「そ、そう! 私も友達とだよ!」


 そう返ってきた返事に、神山はニヤリとする口元を手で押さえて更に小声で続ける。


「そうなんだぁ。友達とかぁ……。まぁ友達って一言で言っても色々あるからねぇ。あ、因みに私は二度詣で、初詣は家族とだからね」


 そう呟く神山の目はジト目になっていて、何かを察した瑞樹と加藤は神山を挟む様に立ち、恐る恐る小声で加藤が呟く。


「……もしかして……結衣ってば怒ってる?」


 何が言いたいのか伝わったと理解した神山は、口を尖らせてプクッと頬を膨らませる。


「べっつにー! 2人にとって事件的な事が起こったというのに、私だけハブられて拗ねてるわけじゃないもん!」


((めっちゃ拗ねてるじゃん))


 口には出さなかった2人だったが、拗ねてないと主張する神山を否定する気はなかった。

 恐らく昨日遅くまで3人同時通話でお喋りをしている時、露骨に間宮達の名を出さなかったのだが、瑞樹と加藤の話に所々不自然さが出ていて、敏感な神山はその事を汲み取ったのだと2人は理解した。

 以前、何かあったら必ず相談に乗るからと言ってくれていたのに、松崎と佐竹の事で悩んでいた加藤は瑞樹だけに相談を持ち掛けた事が面白くなかったようだ。

 瑞樹と加藤は知らない事であったが、実は一番複雑な立場にいるのは神山なのだ。

 親友達の恋を応援しつつ、その親友の2人に気持ちを向けている佐竹を応援している立場でもあるからだ。

 だから神山は思うのだ。結果はともかく3人にとって後悔だけはして欲しくないと……。


「……あの、どうかした?」


 中々内緒話が終わらない3人に、佐竹が心配そうに声をかけると、神山がくるりと振り返って悪戯っぽくペロッと舌を出した。


「もう終わったよ。さてと! 今日は美少女3人を護衛するのは佐竹君しかいないんだから、修行の成果期待してるからね」


 言って、ニヤリとを笑みを浮かべる神山に、佐竹は師匠である神山を守る必要があるのかと思ったが、これは絶対に口にしたら駄目な事だと出かかった言葉を飲み込んだ。


「そうだ! そうだ! かなり頼りないけど頑張ってよね!」


 お前で妥協してやると言わんばかりの態度と失礼極まりない台詞を吐く加藤に、瑞樹が慌ててフォローするように割って入る。


「もう愛菜は! えっと、頼りにしてるからよろしくね。佐竹君」


 加藤に苦言を零しながら、佐竹を立てるようににっこりと微笑んで頼りにしてると話す瑞樹に、佐竹の顔がみるみる茹で上がる。


「お、おう!」


 三者三様のお言葉を胸に美少女3人に囲まれてデレデレだった佐竹は、周囲に意識を向けて気持ちを引き締めた。


 確かにそうだと改めて自分の状況を分析する佐竹。

 自分がしっかりしないと、ただでさえ声をかけられそうな加藤と神山に加えて、立っているだけで男が群がってくる絶世の美少女の瑞樹までいるのだ。

 今日は間宮も松崎もいないのだから、自分が体を張って護衛しなければと佐竹は意気込んで3人を背に先頭に立つ。


「じ、じゃあまず本堂でお参りするから、僕についてきて!」


 3人にそう告げた佐竹は、いつも猫背気味の姿勢をシャキッと立たせて胸を張った。


「りょ!」

「うん」

「お! かっこいいよ! 佐竹君!」


 お姫様3人組は肩で風を切って歩き出す佐竹にクスッと笑みを零して、背中を眺めながら着いて行った。4人は生まれも育ちも東京で、神社に集まった人混みも軽快に歩く術を身に着けているのだが、着物姿の神山だけは少し苦戦しているようだった。

 そんな神山を他の3人がフォローしながら境内を目指していると、周囲の参拝客達から異様な視線が集まる。


(あぁ……。周りの特に男共の視線が凄い。僕の人生でこんなに注目を浴びた事があっただろうか。いや、ない!まったくない!自分で言ってて悲しくなるけどないものはない!地味で学校でもゼミでも隅っこに追いやられている僕だけど、今日は僕が3人のナイトなんだから、少しでも気弱な所は見せられない!)


「よし! 頑張るぞ!」

「何を頑張るって!?」


 心の声が漏れてしまった事に、加藤がすかさずツッコみをいれて「あ、いや……なんでも」とぼしょぼしょ返すだけで再び前を向いた。


 佐竹が周囲の視線を威嚇しながら本堂にエスコートして、4人は揃って賽銭箱の前で手を合わせた。

 例年のように何となく正月だからお参りしていた時と違って、今年は受験を控えている為、4人共真剣な顔つきで時間をかけてお参りをする。加藤に至っては眉間に皺を寄せていて必死さが伺える程だった。


 参拝の列から外れた4人は、今度はおみくじを引く事になったのだが、瑞樹はすでに大吉を引き当てていて、今の運気を落としたくないからと、おみくじを引かずに皆の結果を見守る事にした。

 加藤達が意気揚々とおみくじを引いた結果、加藤と神山は芳しくなかったようで肩をおとしていた。そこで佐竹が大吉を引き当てたようで、加藤と神山からヤジを飛ばされる姿が可笑しくて、遠巻きで見ていた瑞樹は笑みを零すのだった。

 次は受験生の定番であるお守りを買うという流れになったが、佐竹を除いた3人は3度詣だったり2度詣だった為もう購入しているからと、佐竹だけがお守りを買いに走った。


 佐竹が戻ってきた後、皆で絵馬に同じ事を書いて奉納しようと言い出した加藤が、瑞樹と神山の手を引いていく。

 並んだ列の事情でお姫様3人は佐竹より先に絵馬を購入して、マジックが置いてあるテーブルに向かうのを見届けた後、佐竹もようやく絵馬を購入して、急いで3人がいる場所へ向かう。

 3人の姿を確認した佐竹は何故か足を止めて、ぼんやりと真剣な表情で絵馬に書き込んでいる3人を眺めて、改めて3人の存在感を肌で感じた。

 明らかに周囲の人間とは違う輝きのようなものを放っていたからだ。


 そんな3人の姿を見て佐竹は思う。


 加藤や神山は以前はそんな雰囲気を感じさせる女の子ではなかったはずだったが、瑞樹と知り合ってから変わった気がする。

 瑞樹の傍にいる事で、彼女は良い意味で影響を強く受けたのだろう。それは瑞樹も同様で2人に感化されて態度が柔軟になったように思うのだ。

 影響を受けたのは佐竹も例外ではなく、瑞樹や加藤を追いかけているうちに自分を変えたくなり、今では神山の道場に通い詰めているのだから。

 神山は神山で受験勉強で大変な時だというのに、1度も嫌な顔を見せずにいつも励ますように稽古をつけてくれていた。


(受験が終わったら、何かお礼をしないとな)


「佐竹君、こっちこっち!」


 佐竹が物思いに耽っていると、そんな佐竹に気が付いた神山が綺麗な振袖を揺らして呼びかけて、瑞樹と加藤も佐竹に笑顔を向けていた。


 ――多分、僕の気持ちは彼女達に伝わる事はないのだろう。だけど、この3人に関われた事は一生の自慢になると、佐竹はこれまでの記憶を蘇らせながら「おう!」と白い歯を見せるのだった。

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