32話 双子の親友
僕が髪の色を春樹とお揃いにしてからすぐ。
あんなに頻繁に来ていた嫌がらせの手紙はパタリと来なくなった。
「…………げ、」
スタジオ練も終わりに近づいた頃(今日は僕も雅さんも参加)、レコーダーとして使っていた自分のiPhoneを操作していた秋斗さんは小さく呟いて苦虫を噛み潰したような顔をする。
「どうした?」
「…………涼太が近くまできてるらしい」
「え、涼太さん名古屋じゃなかった?」
「最近本社に戻ってきたらしいよ」
雅さん曰く、涼太さんは転勤で名古屋で暮らしてたけど最近になってこちらに戻ってきたらしい。
そして、今スタジオにいると言うと今仕事帰りで近くでいるから会おーよ!と言ってきたという。
「帰りたい」
「そんな事言ってやるなよ。餅はお前に会いたがってんだから」
「餅?」
「あだ名だよ、涼太くんの」
『餅』というのは涼太さんのあだ名らしい。
涼太さんの苗字が『柏木』さんらしく、それを初対面くらいのときに灰さんが『柏餅』みたいだと思い、そこから灰さんは涼太さんを『餅』と呼んでいるのだとか。
「親友?なのに会いたくないんですか?」
「あいつのテンションウザイから」
「わからんでもない」
秋斗さんに賛同する春樹。
そんなにすごいテンションの人なのか。
「でも、近くまで来てるんだったら会ってあげたら?涼太さんも仕事あるから頻繁に会えないだろうし」
「……そーだな。とりあえず此処まで来させるか」
秋斗さんはまたiPhoneをいじって、そして僕達に涼太さんと会っていくかと問う。
僕以外は仲がいいらしいし会いたいと即答(春樹は唸りながら)したし、僕も春樹の親友という存在には興味があったから会っていくことにした。
直ぐにスタジオ練を終えて、外に出ると僕達を見つけて人懐っこい笑顔を浮かべたスーツの男の人が走ってくる。
「秋斗ー!春樹ちゃーん!みんなー!!久しぶりー!!」
「だー!!抱きついてくんなバカタレ!!お前と抱き合う趣味はねーわ!!」
ガバッと秋斗さんに抱きつく涼太さん。
それを本気で嫌がる秋斗さん。
これは雅さんヤキモチ案件では?と隣を見ると彼は困ったように笑っていた。
いつもの光景だからなのか、それとも涼太さんを信頼しているからか。
「つれない事言うなよ秋斗〜!あ、お土産ありがと〜!!美味かった!!」
「あはは、相変わらずうるせーな、餅」
「え?そうかな?普通じゃない?」
「いや、涼太さんは騒がしい」
荒木兄妹に「うるさいヤツだ」と貶されてもニコニコ笑っている涼太さんは、灰さんに「結婚おめでとう!」、泪さんに「彼氏出来たんだって??」とニコニコ。
すごい明るいテンションの人だな。
「春樹ちゃんも元気ー?って、あーっ!!」
「なんだよw」
今度は春樹に絡む涼太さん。
そして春樹の隣にいる僕を見つける。
「隣の子、噂の彼氏?!」
「噂?誰から聞いた??」
「秋斗と雅先輩!!」
春樹は2人をギッと睨みつける。
秋斗さんは目を逸らし口笛を吹いて誤魔化して、雅さんは頬をかいて苦笑していた。
「で、で、彼氏??」
「おう」
「なんか雅先輩に似てない?あ、確か従兄弟だっけ?」
「うん、そう」
涼太さんは「秋斗と春樹ちゃんの親友の柏木涼太です!!よろしく!!ちなみに元ベーシスト!!」と笑顔で僕に詰め寄る。
僕はその勢いに押されながらも笑顔で「はじめまして、春樹の彼氏で雅さんの従兄弟の玖木洵です」と答える。
僕の言葉を聞いてから僕の手を取り握手してブンブンと握った手を振る涼太さん。
すごい明るいテンションの人だな(2回目)。
「てか髪色オソロじゃん!ラブラブじゃん!」
「ラブラブだよ、悪いか」
「ひゅー!!」
僕達を指さして口笛を吹く涼太さん。
すごい明るいテンションの人だな(3回目)。
「餅は嫁さんと娘ちゃん元気か?」
「めっちゃ元気!!あ、動画見る??」
そう言って涼太さんは自分のスマホを取り出し、動画をみせてくれる。
夏に奥さんと娘さんと3人で海に行った時のらしい。
穏やかな笑顔の奥さんと、ほわほわした可愛らしい笑顔の涼太さんによく似た娘さんが水着で海ではしゃいでいた。
娘さんは3歳らしい。
「いつも思うけどお前が3歳の娘持ちとか信じらんねぇ」
「えー、なんでだよ秋斗ー!」
「涼太が精神年齢3歳児だからだろ」
「ひっでぇ!!」
親友組がケラケラ笑い合う。
僕は羨ましかった。
親友なんていない。
僕には友達なんていない。
秋斗さん達は仲はいいけど友達というか『兄的存在』『姉的存在』と『弟的存在』だし。
「あ、俺、もう帰んなきゃ!娘ちゃん拗ねちゃう!!」
「おー、まあ、会えてよかったわ」
「うん!暫くは俺、こっちにある本社勤務だからまたライブ見に行くね!!じゃ、また!!」
涼太さんは騒がしく手を振って帰っていった。
僕達も手を振る。
嵐のような人だったな。
部屋に帰って、涼太さんの話を出す僕。
「涼太さんすごい明るい人だったね」
「まあ、あの明るさがあいつのいいとこなんだよ。……私達はあの明るさに救われた」
「どういうこと?」
「私達さ、親に虐待されてたじゃん?しかもそいつらは殺されて……で、私達が殺ったとか私が親父とやばいことヤッてたとか噂あって私達は誰も近づかなかったんだよ。でも、」
あいつは受け入れてくれた。
私達はあいつの明るさに救われたんだ。
春樹は穏やかに笑った。
そして、高校時代の話をたくさんしてくれる。
つらかった中学時代とは違い、楽しい、充実した日々だった、と楽しそうに笑う。
僕は涼太さんに好感をもった。
僕の知らない春樹を知っているのは悔しいけど、春樹が苦しい時に支えてくれた涼太さんに僕は感謝した。
「あれ?」
「あ、涼太さん」
僕がCDショップで働いてた日曜日。
品整理をしていると、幼女アニメのサウンドトラックと邦楽ロックのアルバムを手に持った涼太さんがやってきて、僕達は「こんにちはー!」「こんにちは」と挨拶する。
「ちょうどよかった!キミに会いたかったんだよ〜!」
「え?僕にですか?」
「うん。ありがとうを言い忘れてたから」
「ありがとう、ですか?」
一体なんの『ありがとう』だろう。
涼太さんは少しつらそうな顔をして呟く。
「春樹ちゃん達の過去は、知ってる?」
「はい、虐待とかの話ですよね」
「うん、茉妃奈さんとか色々あったじゃん?でも俺は何もしてあげれなくて。でも秋斗から聞いたらキミは身を呈して茉妃奈さんから春樹ちゃんを守ったらしいし」
そして、涼太さんは「春樹ちゃんは1人で生きてくタイプの我慢しちゃう人間だから」と続けた。
「キミがそばにいてくれるなら、もうどんな事があっても春樹ちゃんは大丈夫だから俺は安心して。だからありがとうって言いたかったんだ」
そんな事。
感謝されることでもない。
いや、僕の方こそ感謝しなきゃ、いけない。
「でも、春樹は貴方に救われたと言ってましたよ」
「え……?」
「春樹や秋斗さんは貴方がいたから生きてこれたんだ。貴方のその優しい明るさが春樹達を救ったんです。僕なんて涼太さんの足元にも及びませんよ」
涼太さんは目を見開いてから、「ありがとう……」と泣きそうな顔をする。
そして、「また話そうよ!高校時代の話とかしたげるから!」と連絡先を渡してくれた。
僕は仕事終わりに涼太さんの連絡先をiPhoneに登録して、メッセージを1つ。
『ホントにありがとうございました。これからは僕とも仲良くしてください』
と送った。
涼太さんからすぐに返信が来て、
『もちろん!!よろしくな!!』
と騒がしいメッセージと賑やかなスタンプが届いた。
これからは僕が春樹を守るから、だから安心して下さい。
ーつづくー
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