貴方に溺れて死にたい

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14話 『あの人』

公開日時: 2020年9月2日(水) 12:45
文字数:3,336

14話 『あの人』



クリスマスから2日後。

僕は相も変わらず«sins»のスタジオ練に着いてきていた。まるで、金魚のフンのように思う。

ただ、彼らは「お前はこのバンドに必要な存在だから」と僕が行くのを許してくれた。


2日前の春樹さんの様子がおかしかったのはどうしたんだろう。

あの殴られたような跡。縋るように抱きついてきたのは一体……。

抱きしめた彼女の身体が思ったより細くて柔らかくて、春樹さんが女性だということを再確認してしまった。


「(……本当にこれでよかったんだろうか)」


いくらなんでもやはり二人暮らしは……。

でも、それを雅さんに言うと「俺達も部屋決めたし」と言われ逃げられなかった。

クリスマスの日に物件を探しに行ったらしい。


「二人暮らしねぇ。『あの人』は許したの?」


「あー……、それは」


スタジオの待合室?で春樹さんと秋斗さんを僕と雅さん、灰さん、泪さんで待っていた。

僕と春樹さん、秋斗さんと雅さんの二人暮らしが決まった事を2人に打ち明けると灰さんは眉間に皺を寄せる。泪さんは泪さんで深いため息を吐いた。


「……『あの人』?」


「あらヤダ!一緒に暮らすのに話してないの?!」


「俺は何も……。春樹から何も聞いてない?」


「いえ……」


一体何だろう。

僕には話しにくい何かが2人にはあるんだろうか。

雅さん達は頭を抱える。


「……まあ、2人来たし直接聞くしかないんじゃない??」


入り口を背に座っていた僕は気づかなかったが、泪さんは僕の向かいに座っていたので2人が来たことに気づく。

振り返る。

気まずそうに同じポーズで入って来た2人は同じ場所に殴られたような痕跡があった。


「あら何?喧嘩したの??」


「「あー、いやぁ……」」


「ちょっと、シンクロしないでちょうだい」


さながら鏡のようにシンクロした動作。

言いづらそうな2人に代わって雅さんがその傷の原因を口にする。

それは先程の話に繋がるものだった。


「『あの人』にやられたんだって」


「「雅!!」」


「今日はやたらシンクロするよな。……なんで洵に話さないの?」


春樹さんと秋斗さんは顔を見合わせ、困ったように唸りながら乱暴に頭をかく。

僕の知らない『何か』。

知りたいようで、知りたくない。


でも、それを知る事で少しでも春樹さんに近づけるなら、知りたい。


「……あの」


「……とりあえずオレ達の部屋に行くぞ」


「……此処では話しにくいから」


僕達は6人で春樹さん達の部屋に向かう。

その間、春樹さんを支えるように泪さんが、秋斗さんを支えるように雅さんが寄り添った。

一体、2人に何があるんだろう。

不安で胸が痛い。息が苦しい。


「……あの子達を見捨てないであげて」


「……灰さん?」


灰さんは困ったように笑い、不安で窒息寸前の僕に寄り添った。


しばらく歩いて、2人の部屋に着く。

前に来た時より、少し部屋が片付いてるような気がした。

僕達の部屋と同じように引越し準備のダンボールが目にかかる。

座卓を囲むように、雅さん、秋斗さん、春樹さん、僕、泪さん、灰さんの順で座る。

春樹さんの隣は泪さんがいいのではと思ったが、泪さんに「春樹さんの隣は洵」と強く言われてしまい、反抗出来なかった。


「「……あー、」」


ガシガシ。

春樹さんと秋斗は唸りながらまた頭を激しく掻きむしる。

2人の癖なのかもしれない。


「俺から言おうか?」


「……いや、オレが言う」


雅さんの問いかけに秋斗さんは深いため息を吐き、春樹さんの頭を優しく撫でてから僕に向かう。

強ばっていた春樹さんの身体が少し落ち着いたようだった。


「……マキナさん、いるだろ」


「……はい」


ドクリ……

心臓が潰されたように痛み、悪寒がする。

僕はあの人が、苦手だ。怖い。激しい嫌悪すらする。

それは何故だか僕は分からない。

ただ、この話を聞けばその理由が分かる気がした。

秋斗さんは頭を抱え何かを考える。


「秋斗、俺が、」


「いや、いい、オレが言う」


2人の顔色が優れない。

あの人は2人に一体何をしたのか。

一体、『茉妃奈』とは何者なのか。


「あの人な、オレ達の叔母なんだよ」


「えっ……」


思いもしなかった関係性に思考がついて行かない。

だが、『茉妃奈』という人は罪を犯していた。

重罪を。


「……オレと春樹は、両親から虐待されてた。メシは与えられない。暴力罵倒は当たり前。オレ達はお互いしか信用出来なかった。大人なんて誰も助けてくれない。もう、死のうとしてた。あれは、小5だ」


春樹さんが自分の肩を抱きしめる。

秋斗さんは唇を噛みながら耐えるように言葉を紡ぎ、震える片割れの肩を抱く。

片割れに肩を抱かれ、春樹さんは息を吐く。

雅さんも、灰さんも、泪さんも、何かに耐えるように必死にそこにいる。

2人を支えるために、此処にいる。

僕は何も出来ない。つらい、苦しい、悲しい……。


「……オレ達はもう次の日死のうとしてた。明日、学校から一緒に飛び降りようって約束してた。オレ達が学校から帰ったら、マキナさんが、いた」


「茉妃奈さんは……」


「……春樹」


秋斗さんは春樹さんを制止する。

春樹さんはそれを無視して話し出す。


「茉妃奈さんはあの頃優しいお姉さんだった。あの人は俺達に笑顔を見せた『おかえり、早かったね』って」


「……春樹」


「『もう少し遅かったらよかったのに』


茉妃奈さんは血で濡れていた」


そこには……。

2人の両親が身体の至る所から血を流し、死んでいた。

寒気がした。

あの人が纏う狂気に、僕は恐怖したのだ。


「……でも、でも……」


「春樹、もういい」


泣き出す春樹さんを秋斗さんはキツく抱きしめる。

落ち着かせるように、何度も「大丈夫だ」と囁く。

いつもは逞しく強い2人が恐怖で泣く。

僕は分かる。あの絶望を。

種類は違えど、あの血の恐怖を僕は知っている。


「……でもな、オレ達は救われたんだ。もう、あのクソ親から解放されたんだ。オレ達はマキナさんに縋って泣いた。『ありがとう』って」


その行為が重罪でも、幼い2人を救うには十分すぎる。

だが、じゃあ、なんで。


「……あの人はオレ達を今まで育ててきた。本当の母のように、姉のように。でも、結局はあのクソ親と同じ血が流れてた」


気に食わない事があると、殴るようになった。

それは2人が中学に入る頃だったらしい。

くだらない事で2人が喧嘩をした。

あの人が大切にしていたグラスを割った。


激怒し、2人を何度も殴った。


しかし、落ち着くと2人を抱きしめ「ごめんね」と、泣く。

それが、今まで繰り返される。

秋斗さんと雅さんが付き合いだした時も案の定逆上されて大変だったらしい。


「……あの人は、俺達が心配なんだ。大切に思ってくれてる。でも、ちょっと感情が不安定というか……。結局はクソ親と同じ血が流れてるんだよ。だから、」


だから、俺達もそうなんだ。

違う。春樹さんと秋斗さんはあの人達とは違う。

春樹さんと秋斗さんが親と同じ血が流れてる、親と同じ人間だというなら。


「……じゃあ、僕は強姦魔ですね」


「「「「え??」」」」


この場でいる中でこの事実を知るのは雅さんだけ。

他の4人は訳が分からない、というように目を見開く。

酸素が薄い。


苦しい。


「……僕の父親は母も誰か分かりません。叔父が言うには母はある日、複数の男に犯されました。何度も、何度も……。そして、気づいたら僕を妊娠してた。だから、だから、」


僕なんて……、僕は……。


生きてちゃ、いけない。


息が出来なくなる。

酸素を取り込もうとするけど、上手くできない。


嗚呼、このまま死にたい。


「洵!!」


そう叫んだのが誰か分からない。

ただ、春樹さんが秋斗さんに紙袋を持って来いと言っていたのはわかった。

春樹さんが秋斗さんの持ってきた紙袋を僕の口に宛てがう。

息が、出来る。


「……大丈夫。お前は生きてていいんだ」


生きててくれ。

春樹さんは泣いていた。

いつもは強い意志を持っている人工的な色素の薄い瞳が陰る。いつもは揺るがぬ強さを持っているこの人の涙を一体何人の人が知っているのだろうか。

僕も、涙を流していた。


しばらくして、ちゃんと息が出来るようになる。


「……取り乱してすみません」


「……いや、俺達のせいだから」


違う。

そんな事ない。


「……僕は、貴方達を支えることが出来ますか?」


春樹さんと秋斗さんは目を見開く。

雅さんと灰さん、泪さんは安心したように、微笑む。


春樹さんと秋斗さんは、また泣いた。



ーつづくー

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