16話 大阪1日目
春樹さんが僕と距離を置くようになり、秋斗さんと雅さんが別れてから少しして、«sins»は大阪のライブハウスからぜひ出てくれないかと声が掛かる。
SNSに載せたPVが評価されたらしい。
便利な世の中になったものだ。
そんな大阪への旅に雅さんと、何故か僕も同行することになった。
今は新幹線の車内。
秋斗さんと雅さんは一言も話さない。
席順も、春樹さんと秋斗さん、その後ろに灰さんと雅さん。僕と泪さんは灰さんと雅さんの席の通路を挟んだ席である。
「……2人、全く話さないね」
「本当に別れたんだね……」
あんなに仲が良かったのに。
『あの人』が絡んでいるのだろうか。
だって、そうじゃないと、あの2人が別れるなんてありえない。
今もお互いが好きなんだってわかる。
だって、お互いにお互いを切なそうに、恋しそうに見つめている時があるから……。
「……洵と春樹さんも何かあったの?」
「……わからない。急に、」
思えばあのバレンタインの日から春樹さんは急に僕と距離を置くようになった。
僕は何をしたんだろう。
僕はどんな罪を犯したのだろう。
ねぇ、春樹さん。
貴方の笑顔が恋しいよ。
僕は片割れと同じようにイヤホンをして音楽を聞いてぼーっと一点を見つめたり目を閉じたり元気のない春樹さんを斜め後ろから眺める。
「……洵が春樹さんに本気にならないなら私が春樹さんに本気で告白するよ?」
「……え?」
隣からの気だるげな突然の告白。
冗談かと思った。
でも、彼女は挑発的に僕を見つめていた。
嗚呼、本気だ。
「……泪さんは、」
「嘘。いや、春樹さんを好きなのはホント。恋愛感情でね。でも私は告白しない」
「どうして?」
泪さんはつらそうに、でも安らかに言葉を紡ぐ。
「……私は秋斗さんや雅さんみたいに、自分の性癖を認められない。いや、分からない。これが、『愛』なのか『友情』なのかも分からない。春樹さんは友達のいなかった私の始めての友達。だから、勘違い、してるのよ」
だから、告白しない。
私は春樹さんが幸せなら、それでいい。
こんな愛のカタチもあるのだと、思った。
「……だから、早く告白しな」
「……僕は……」
「頑固だなぁ」
「……」
どうしても、『恋愛』が、怖かった。
春樹さんはそんな人ではない。でも、怖かった。
もう、独りにしないで。
……嘲笑わないで。
僕を、僕の愛を、嘲笑わないで。
そうこうしているうちに大阪に着く。
1日目はこれからホテルに荷物を置いて、«sins»の4人はリハーサルと顔合わせのために先にスタジオに。僕と雅さんはライブまで少し近くを散策することになっている。
ホテルに着いて、早速問題が発生する。
部屋割りだ。
ツインの部屋を3つ借りている。
「まあ、私と春樹さんは決定だよね」
「うーん、そうよねぇ。どうしましょう?」
前なら真っ先に雅さんと同室になりたがった秋斗さんは何も言わない。
少し、沈黙する。
雅さんがため息を吐く。
「俺は灰と同室、洵は秋斗と同室でどう?」
「え、アタシはいいけど、」
秋斗さんを見る。
深い、ため息。
「オレは構わねぇよ。洵は?」
「僕も、構いません」
灰さんが纏めて持っていた鍵をそれぞれ取って行く。生憎、3組とも、階が別だった。
無言のエレベーター。先に春樹さんと泪さんが降り、次に僕と秋斗さんが降りる。
僕が降りる時、灰さんが「雅は任せて」と耳打ちした。
灰さんと雅さんは高校時代からの親友らしい。
だから、雅さんは今、灰さんと一緒にいたがったのかも。
僕と秋斗さんの部屋に着く。
秋斗さんがルームキーを鍵穴に差して鍵を開けて僕達は部屋に入る。
はぁぁぁぁっと大きなため息を吐く秋斗さん。
僕は聞かなかったフリして荷物を置く。
「……洵、悪いな」
「……何がですか?」
「……いや、」
全てを言わずに秋斗さんはスーツケースを開ける。
服を着替えるらしい。
僕は手持ち無沙汰にベッドに座りぼーっと鏡を見ていた。
視界に入る秋斗さんの裸体。
男の僕でも惚れ惚れするような筋肉質な身体をしていた。
「鍛えてるんですか?」
「洵のエッチ」
「え!いや!すみません!!」
自分の身体を手で隠して冗談を言う。
秋斗さんは笑った。
「あはは、お前はほんっとおもしれーな」
「……からかわないでください」
「悪ぃ悪ぃ」
笑いながら着替えを続行する秋斗さんの腹に痕を見た。根性焼きだろうか。複数ある。
その視線に秋斗さんは気づいてしまった。
「……虐待受けてたって言ったろ?そん時のだよ」
「酷い」
「春樹にもあるぜ。見たことねぇの?」
「はぁ?!ないですよ!!」
慌てたように言い放つ僕に、くっくっと喉を鳴らし笑う秋斗さん。
その笑い方がこれ程似合う男は他にいないだろう。
僕達は徹底してそういう時間の管理をしていたし、春樹さんは僕を避けているんだ。だから、そんなハプニングは、ない。
「ま、そういう関係になっても引かないでやってくれよ」
「……なりませんよ」
「はいはい」
頑なな僕に諦めたのか秋斗さんは着替えを終え、洗面所に向かう。
いよいよ手持ち無沙汰になった。
「じゃあ、従兄弟水入らずしててねん!」
「うん。頑張ってね」
「行ってらっしゃい」
「「「「行ってきます!」」」」
相棒を背負った4人はワイワイ言いながらライブハウスに向かう。
昼食は部屋で食べたし、僕達は何をしよう?
おやつでも食べようか??
「雅さん、」
「…………」
雅さんは秋斗さん達の背中を、秋斗さんの背中をじっと見ていた。
何かに、ひたすら耐えるように、じっと、拳を握りしめていた。
「雅さん」
「っえ?なに??」
「どこ行く??」
「あ、ああ……」
結局僕達は少し地下鉄に乗って海遊館に行くことにした。
僕達2人ともが行きたいと思っていたところだった。
土曜日の海遊館は少し混んでいたけど、そこまで苦痛じゃなかった。
少し中に進んで魚を眺めながら座るところがあったから2人で腰掛けて魚を眺める。
少し入り組んだ所の、1番奥に僕達は陣取った。
どれだけそうしていただろう。
雅さんがぽつりぽつりと話し出した。
「秋斗と初めてデートしたのも、初めてキスしたのも水族館なんだ」
「……うん」
雅さんは魚をぼーっと見つめながら思い出を見つめていた。
前で結ばれた手は耐えるように固く固く結ばれている。
「アイツは、馬鹿みたいにはしゃいで、写真を撮って、手を繋いできて、俺は嫌がって、でも暗闇だからって俺を抱き寄せた。キスした。嬉しかった」
「……うん」
「……嬉しかったんだ」
従兄弟はとうとう静かに泣き出した。
「……俺はアイツが好きだ。アイツしかいらない。なのに……」
「……大丈夫だよ、大丈夫」
「……っ……」
雅さんを抱き寄せる。
僕はまた抱き寄せて「大丈夫」としか言えなかった。
僕は、無力だ。
«sins»の今夜の演奏はいつにも増して切羽詰まっていた。
この前«ジェミニ»との初ライブで演奏した3曲。
大阪のファンは東京のファンよりも暖かいような気がした。ノリがいいのかな。
雅さんは秋斗さんを見つめ、静かに泣いていた。
僕はそんな従兄弟の手を握ってやるしか出来なかった。
«sins»と僕達はライブが大盛況で終わりホテルで夕食を取り、話もそこそこに各自部屋に戻る。
ああ、嫌だなぁ。
前みたいな、あんな«sins»に戻らないかなぁ。
僕と秋斗さんは他愛ない話をして、交代で風呂に入る。
僕は考えていた。
このままで、いいはずが無い。
僕が風呂から出ると、先に風呂に入っていた秋斗さんはベッドに寝転んでつまらなそうに天井を見上げていた。
「秋斗さん」
「んー?」
「秋斗さんはこのままでいいんですか?」
「……何が」
いつもより低い低音。
不機嫌なそれは僕の質問の意味を的確に捉えている。
秋斗さんは視線だけこちらに向ける。
切れ長の瞳は、整った顔は、怒りに満ちていた。
「……雅さんとのこと、このままでいいんですか?」
「……いいもなにも、仕方ねーんだよ」
秋斗さんは寝返りを打ち、僕に背中を向ける。
僕ももう引けない。
「でも!まだ2人は想い合ってるんでしょう!?だったら!!」
「うるせぇな!!どうにもなんねーんだよ!!俺達の恋は普通じゃない!!普通じゃねーんだよ……」
秋斗さんは起き上がり、僕に当たり散らす。
彼は、泣いていた。
いつもは強い彼は、つらい恋の結末に泣いていた。
「……俺と付き合ってることであいつは傷つくこともあるんだよ……どうしようも無い……もうどうしようも無いんだ……どうしたらいいか分かんねぇ……」
傷つくこともあるかもしれない。
でも、
「でも、2人はお互いしか愛せないんじゃないですか?愛する人を諦めることが出来るくらい、簡単な愛なんですか??」
「んなこと……。諦められるわけ、ねぇだろ……俺は……」
「雅さんも泣いてました。秋斗さんが好きなのにって。相思相愛じゃないですか。だったら一緒に落ちる所まで落ちたらいい」
秋斗さんは憑き物が落ちたようにスっと真顔になる。
そして、ああ、そうだな。と笑うと荷物をまとめ出す。
「秋斗さん?」
「雅んとこ行くわ。んで一晩話する」
「はい。行ってらっしゃい」
おう。秋斗さんは笑う。
秋斗さんはいつもの秋斗さんに戻った。
「……洵」
「はい?」
「ありがとな」
「いえ」
秋斗さんが笑顔で出ていって少しして、荷物ごと灰さんが一人でテレビを眺めていた僕のもとにやってきた。
「もう。人騒がせなんだから」
「ホントですよね」
灰さんはぷりぷりしながら荷物を置いてベッドに腰掛ける。
灰さん曰く、雅さんはもう号泣して手を付けられなかったらしい。
秋斗さんが来たことで心底安心した顔をしたから灰さんも安心してこちらに来たのだ。
「まあ、あと一つ気掛かりなことはあるけどね〜?」
灰さんは僕をチラリと睨む。
逃げられない。
「一体何があったの」
「……わかりません」
本当に、分からなかった。
「……ジュンちゃんはハルちゃんをどうしたいの?」
「……え?」
「手を繋ぎたい?キスしたい?……セックスしたい?」
「うぇぇっ?!」
いや、それは……。
実際、考えない訳では無い。
何度か夢にも見た。
春樹さんを抱いている僕を夢に見た。
でも、
「……僕は、怖いんです」
「怖い?」
「『幸せだったあの日々』、僕の実体験です。僕は高一の時に彼女が居た。いじめられっ子の根暗な僕を好きだという人がいた」
よく覚えてる。
入学当初から虐められて独りだった僕をあの人は優しく包み込んでくれた。
大好きだと、愛してると言ってくれた。
ずっと一緒にいてくれた。
でも、
「……でもそれは罰ゲームだった。『根暗ないじめられっ子と付き合おうぜ』って言う。春樹さんとあの人は違う。わかってる。でも、」
「怖い、か」
「……はい」
はー……。
灰さんは頭を抱え深くため息を吐く。
「全くそいつらはどれだけお前を苦しめたら気が済むんだ」
「……灰さん?」
いつものおどけたオネエ言葉じゃない灰さんはいつもと全く別の人間に思えた。
灰さんは髪をかきあげ、「こっちが素」と妖艶に笑う。その姿はただの男だった。
「……煙草、いい?」
「あ、はい」
「さんきゅ」
彼は慣れた手つきで煙草を加えると厳ついジッポで火をつける。
惚れ惚れするような一連の動作だった。
僕は思わず灰さんに見惚れる。
「ああ、悪いけど俺ノンケだから」
「え!そうなんですか?!」
「びっくりしすぎだろ」
「いや、だって」
「オネエが全員ゲイとは限らないのよん?」
そう笑い、灰さんは自分の話を語り始める。
「……俺はずっと恋しちゃいけないやつに恋してた。出会った頃からずっと。もう何年も。馬鹿みたいに想ってた。ずっと、ずっと成長を隣で見てきた。小さい頃から、ずっと」
「……え、」
小さい頃から、隣で、ずっと??
それって……。
灰さんは煙草を吸い、煙を吐いて、また笑う。
「……昔の話だよ。ちょうど雅と秋斗が付き合いだした頃、俺はある女に出会った。年上の、優しい人だった。あの人は俺の全てを受け入れて包んでくれた」
付き合ってもう3年になる。
灰さんは胸元に光るネックレスを愛おしそうに見つめる。幸せそうに。
「だからぁ、愛は人を救うのよぉ?」
「……どっちが本当の灰さんなんですか?」
「ふふ、どっちかな?」
でも、少しだけ、救われた気がした。
ねぇ、春樹さん。
僕は貴方を想っていても、いいですか?
貴方と、また笑い合いたいです。
ねぇ、好きだよ……。
ーつづくー
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