19話 バカップル
«sins»を纏う空気が幸せに満ちている、そんな、初夏のある日。
スタジオの«sins»スペース。
「……いや、ホントにお前らには嫌な思いさせたと思う。俺は、ちょっとは反省してる」
「いや、ちょっとかよ」
「だって雅が可愛いから」
「本末転倒じゃないか、それ」
«sins»の元祖バカップルさんの秋斗さん×雅さんが何か漫才をしている気がする。
でも、僕も、最愛も、少し離れた位置でイチャついてるバカップル3号さん達も、ついでに耳を塞いで唸ってる灰さんも、気にしていない。
「なあ、洵、これとこれならどっち?」
「……んー、こっち。春樹さんのスカート姿もっと見たい」
「オトコノコだなぁ。あとアレだろ?脱がせやすいからだろ?」
「ち、違う!!」
「はい、図星ー!!」
「違うってば!!」
と、僕×最愛。
泪さんは僕達をバカップル2号と揶揄する。
最愛は座っている僕に後ろから抱きつき、回した腕に持ったiPhoneで働いているアパレルショップのwebサイトを見せて、絡みついて、擦り寄って、イチャイチャ。
「泪、次の休みはどこに行きたいですか?」
「あんたの家」
「即答ですか」
「だってあんたと2人がいい」
「可愛いですね」
と、何故か«sins»のスペースにやって来ている«ジェミニ・シンドローム»の上手ギター拓也さん×吹っ切れて拓也さんに甘える泪さん。イチャイチャ。
「嫌だ嫌だ嫌だ俺は聞きたくない。泪のあんな姿やこんな姿は知りたくない。俺の可愛い泪が穢される……!」
最早、グレーゾーンを演じることを忘れ、現実から逃れたい灰さん。
僕達は、元祖バカップルの話を聞いていない。
「お前ら聞けこのバカップル共!!人がちょっと反省してるからって無視してんじゃねーぞ!!」
「わっ、びっくりした」
「おいおい、秋斗お前欲求不満か??」
「え、欲求不満なんですか??」
「え、あの秋斗さんが??」
「俺は何も知らない知らない知りたくないぃぃぃぃ」
上から、僕、最愛、拓也さん、泪さん、そして、灰さん。
主に3人の言葉に秋斗さんがキレ散らかす。
「ああ、そうだよ!!欲求不満だよ!!雅が近くにいるのにお触り禁止だされてんだよ!!触んなって怒られんだよ!!こちとら雅と同じ空間にいて3日もヤってねぇわ!!!」
「3日……」
いや、まだ我慢できるのでは。
いや、同じ空間にいて、3日。
うーん……。いや、3日、されど、3日。
……無理かもしれない。
「あ、洵が悩んでる。可愛いーなー!好きー!!」
「3日持たないとか洵も若いなー。あ、いや、同じ空間なら私も無理。逆に襲うわ」
「きゃっ、泪積極的ですね!」
「あああああ、俺は何も聞こえないーーーっ!!!」
これみよがしにイチャつく僕達に、秋斗さんは諦めて項垂れる。
諦めて雅さんに抱きつこうとするが、拒絶され、更に項垂れる。
「もうヤダ帰りたい。なんだよ、俺に対する嫌がらせかよ」そう呟いて最愛、拓也さん、泪さんに肯定されてしまえば、「嫌になってきたもう土に埋まりたい」と体育座りをしてスタジオの隅っこに収まる。
「あー、あー、あー、拗らせてんなぁ。なんで触らせねぇの?あんなに昔はヤッてたじゃん」
「いや、そうはいうけど、一緒に暮らしてるんだよ?アイツの性欲に付き合ってたら俺の身体がもたないから」
あー!なるほどな!!と、最愛は何かを閃く。
「まあ、分かる。俺の性欲に付き合わせてたら洵のこと搾り取るもん。やっぱ双子だな!!」
「ふぐっ……」
拓也さんと泪さんがいやらしく笑う。
雅さんは最早呆れていた。
僕も土に埋まりたかった。
「お熱いですねぇ。ボク達ももっと励まなくては負けてしまいますね」
「そうだね。あ、メイド着てまた御奉仕してあげようか?」
「いいですね。萌えます」
そんな拓也さん×泪さんに、次は灰さんが素のままキレ散らかす。
「お前ら俺が黙ってれば好き勝手しやがって!!大体拓也お前は«ジェミニ»だろうが!!なんでこっちにいる!!早く帰れ!!!」
「嫌だなぁお義兄さん。泪はボクの大切な存在です。そんな最愛の家族はボクの家族も同然!!よって«sins»の皆さんはボクの家族です!!」
息を荒らげて語る拓也さんは残念なイケメンだなと思ったけど僕は黙っていた。
僕も割といい性格になってきたような気がする。
最愛のがうつったんだな。夫婦は似るっていうし。
あ、いや、まだ夫婦じゃないけど。
「いや、意味わからないし」
「おい、お前の彼女辛辣だな?いや、俺の妹だけど。てか、お義兄さんて呼ぶなアホが」
「所でお義兄さんは何故グレーゾーンを演じてるんですか?」
「聞けよてめぇ!!!」
そういえば、何故だろう。
「僕も知りたいです」
「あ、俺も」
「私も」
僕と、最愛、泪さんも知りたがる。
あれ、2人は知らないんだ??
「お前らを和ませる為だろうが!!特にそこの双子!!」
「あと、灰は素でいるとヤンキーが出るからだよ」
「副会長だったのにな?」
秋斗さんはひょっこりと戻ってきて雅さんにまとわりついて、また拒絶される。
あ、なんか、見てるこっちの精神にくる。堪える。
「うるせぇ、ほっとけ!!てか、秋斗復活したならこの馬鹿共なんとかしろ!!もう俺は嫌だ!!!」
「出来たらやってるわ!!!」
今日は賑やかだなー。
ペットボトルのミルクティーを飲む。
最愛がくれとせがむので、ミルクティーを回し飲みする。
「いや、のほほんとしてるんじゃないよ、洵、俺はお前らが1番心配」
「え?!」
「なんでだよ、雅」
従兄弟は「それだよ、それ。なんの病気だよ、ホラーかよ」と僕らの首筋を指さした。
僕達はお互いの首筋、胸元を眺める。
うん、確かに一見病気だよな。
僕達の首筋、胸元には真っ赤な所有印が無数に散らばっていた。
「洵が」「春樹さんが」
僕達は同時に言葉を紡ぐ。
やっぱり似てきたんだなぁ。
「灰みたいに出来ちゃったってならないように気をつけなよ?」
灰さんは、この間あの恋人さんと入籍した。
いわゆる出来ちゃった婚と言うやつらしい。
拓也さんはおもちゃを見つけて楽しそうに灰さんに絡む。
「あれ?お義兄さん、デキ婚ですか?中に出したんですか?」
「ああ、出したよ出しましたとも!!アイツが酔って俺に可愛くオネダリしたんだよ!!無理だわ出したね!!何言ってんだ俺は!!」
「兄貴サイテー」
「……俺はもうダメだ」
灰さんのライフがゼロになる。
今度は灰さんが隅っこに収まりに行った。
「あはは、«sins»は楽しいでs「拓也ーー!!やっぱここにおったんやな!!何しとんはよ行くで!!」……おや、バレましたか」
「そりゃバレるよ」
和也さんが拓也さんを迎えに来る。
やっぱりこの双子は恐ろしいほどに瓜二つだなぁ。
「泪は見分け着くのか?」
「背中の中央にホクロがあるのが拓也」
秋斗さんがバッと2人の背中をめくる。
キャッ!!2人は同じ反応をした。
「お前、拓也?」
「さっきから此処にいたでしょう」
「だな」
確かに拓也さんにはあったらしい。
そして和也さんには無かったらしい。
「あと、声が拓也のが低い」
それは泪さん以外の誰も理解できなかった。
当の本人たちもわかっていない。
泪さんは拓也さんを、愛してる。
どうしようもなくなく、熱烈に。
「あと変態」
「いやぁ、それほどでも」
「ホンマにこんなんと双子とか嫌やわ」
ありったけの嫌悪を拓也さんに送る和也さん。
「じゃあ、泪また夜に」
「うん、またね」
チュッ
チュッ
チュッ
チュッ
「……ふふふ」
いや、ふふふじゃなくて。
ダメだこのバカップル3号さん達。
離れない。
「ええ加減に、せぇや、はよ、いくで!!」
「いたたたたた!」
和也さんは拓也さんの耳を引っ張って無理やり2人を引き剥がし、拓也さんを連れていく。
拓也さんは「それではまたー!!泪愛してますよー!!」と引き摺られながら叫んで行った。
泪さんはそれを愛おしそうに見つめていた。
最初は拓也さんがしっかり者で、和也さんがお調子者だと思ったけど、実際は逆だった。
「……あれでいいのか?」
「あれがいいの。可愛いでしょ?」
最愛は肩を竦めて僕に絡みついた。
「……だから、禁欲生活中の俺に対する当て付けか」
「おう」
「……この悪魔め」
「ふふふ」
最愛は勝ち誇ったように笑う。
ぎゅ。僕に絡みつく。可愛い、最愛。
ちょうど灰さんが復活した。
「……もういい、早く練習しましょ」
「「だなー」」
「仕方ないやるか」
«sins»が相棒を片手に持ち場に着く。
少し、お互いを確認するように雑談して、見計らって、灰さんがスティックでカウントする。
ああ、
「うぁぁぁぁあああああ!!!」
最愛の絶叫。空気が震える。
『塵』は«sins»の代表曲で、看板曲。
ライブで歌わない時はないし、これで盛り上がらない方がおかしい。
でも、あの切なさは、ない。
春樹さんは今幸せに満ちているから。
そして、«sins»はつらい曲を歌わなくなったとファンの間で話題になっている。
僕たちは、苦しみから解放され、今、幸せに満ちているから。
その代わりに愛唄が多くなった。
情熱的な強烈に恋焦がれる、愛唄。
僕と最愛がお互いを想って書いた詞と、雅さんが秋斗さんを想って書いた曲。
情熱的にならないほうが、どうかしてる。
「……可愛い」
愛を歌う最愛を見て呟いた言葉に雅さんは肩を竦めて笑う。
「ご馳走様」
「……あ、声に出てた?」
「普通にね」
無意識だった。
「……なんでお触り禁止出したの?」
「アイツに付き合ってたらホントに俺が死ぬ」
「……なんとなくわからんでもない」
最愛も、すごい。なんというか、すごい。
僕がおかしくなって壊れてしまうんじゃないかって思う時がある。
本当に、あのお姉さんは。なんというか。
「……まあ、気をつけなよ?」
「……はい」
僕は忠告に素直に頷いた。
そして、スタジオ練が終わる。
「あー、腹減った!!洵何食いたい??」
「えー、うーん……、春樹さん??」
「だからなんで疑問形なんだよ」
「痛いっ」
冗談を言う僕の頭を最愛はペチンと優しく叩く。
イチャイチャ。
「洵もオトコノコだねぇ」
泪さんは呟いて、キョロキョロ辺りを見渡す。
そして、パァっと嬉しそうに顔を赤らめて駆け寄った先には拓也さん。
「お疲れ様です、愛しい泪」
「ふふ、馬鹿じゃないの」
チュッ
ここが何処かお忘れなのでは。
灰さんは唸っていた。
「あーん、もう!!アタシもハニーのとこ帰る!!もうやってらんなーい!!」
「はいはい、奥さんによろしくな、灰」
「んー。じゃあねん!」
灰さんは口ではグレーゾーンを演じながら男らしい仕草で奥さんが待つ新居に帰る。
彼は最近、素を出すことが多くなった。
家庭をもったからかな?
それとも、«sins»が幸せに満ちているからかな?
「俺らも帰ろうぜ、洵」
「そうだね」
僕達は2組のバカップルさんに別れを告げて家路に着く。道中、最愛は僕に擦り寄る。可愛い。
「あー、今日何作るかなぁ」
「んー、ハンバーグ」
「お前、お子様味覚だよな?」
「まだ未成年だからね」
「それ言うのヤメロ」
うげぇと舌を出す最愛を僕は抱き寄せる。
あれから誕生日が来て僕は18になった。
誕生日前日にはみんなに祝ってもらって、当日は最愛と過ごした。最愛はずっと愛を囁いてくれた。こんなにも幸せな誕生日は、初めてだった。
春樹さんと付き合って初めてだらけだ。
幸せを感じていた。
浮かれていた。
ーザワッ
誰かの視線を感じ、鳥肌が立ち、寒気がし、僕は勢いよく振り返る。
「??」
「……どした?」
「いや……」
気のせい、か??
でも、それは気のせいでも何でも無かった。
ーつづくー
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