21話 対決、そして和解
あれから何度も愛し合って、傷の手当てをして、春樹さんは安心したのか眠りについた。そして僕も春樹さんを抱きしめて眠りにつく。
朝。
いつもは春樹さんが先に起きて朝食を作ってくれているけど、今日は僕が起きても春樹さんは寝ていて、僕は少し不安になる。
痛々しい頬にそっと触れると、仄かに温かい。よかった、生きている。
「……ん……」
頬に触れた時痛かったのかくすぐったかったのか春樹さんは眉間に皺を寄せモゾモゾと更に僕に絡んでくる。
僕はそんな最愛が愛おしくて彼女の頭を撫でる。
「……ん……じゅん?」
「おはよ、春樹さん」
「……ん」
今日は2人とも仕事は昼からだ。もう少しこのままでも大丈夫。
僕は春樹さんの痛々しい頬に優しく口付ける。
彼女はくすぐったそうにする。愛おしい。
「……名前」
「うん?」
「……呼び捨てにして欲しい」
「急にどうしたの?」
「別に……」と呟いて春樹さんは僕の胸に顔を埋める。
少し、照れくさいし、恐れ多いけど、それでも彼女がそうして欲しいと望むなら。
「春樹」
「……ん」
「春樹、好きだよ」
「ん、私も」
僕達はまた口付けして、寄り添い合う。
そして、シングルベッドじゃ狭いね。ダブルベッド買おうかと約束する。
今のシングルベッドはフリマアプリにでも出そう。
「なあ、洵」
「うん?」
「私さ、お前と別れるくらいなら«sins»を辞める」
「……あの人に何かを言われたの?」
最愛はまた僕に擦り寄る。
「……私、って言うか、秋斗が。人気商売なんだから別れろってずっと言われてる」
でも、と最愛は続ける。
「……私もお前と別れなきゃなら辞めるよ」
「……春樹、僕は春樹の歌に助けられたんだ。だからせめて僕にだけでも歌っててよ」
「……うん。洵」
「うん?」
「……ありがとう」
春樹はまた泣きそうな顔をする。
ああ、泣かないでよ。
僕はまた春樹を抱きしめた。
しばらくして、スタジオ練の日になる。
今日は拓也さんはこちらに来なかった。
仕事らしい。
でも思わぬ来客が来る。
「……茉妃奈、さん」
「ああ、気にしないで?少し練習を見に来ただけだから」
あの人がやってきた。
相変わらずの狂気。
寒気がする。
春樹達はギクシャクしながら持ち場に。
あの人はスタジオの中を見渡す。そして僕と従兄弟を見つける。
「……ねぇ、なんでこの子達がいるの?」
茉妃奈さんは相棒を持ち、持ち場に着こうとする春樹達を後目に今日もスタジオ練に付き合う僕と従兄弟に冷たい視線を送る。
その視線に、ゾッと寒気がした。
「そ、それは……」
「……そいつらが、オレ達の大事な奴らだからだよ」
秋斗さんは怯える片割れの肩を抱き茉妃奈さんに対抗する。
「大事、ねぇ??男なら誰でもいいホモと、強姦魔の子どもなのに??」
「……茉妃奈さん、それは!!」
「違わないでしょう?事実でしょう??悪いけど、調べたわよ。……貴方、高校を中退したわね?学校でいじめられて。でも仕方ない事でしょう?貴方は望まれて産まれてきたんじゃないんだから」
「茉妃奈さん!!」
反論しようとする春樹に全てを言わせない。
僕は腹が立った。
僕のことならなんとでも言えばいいけど、従兄弟を誰でもいいなんて言わないでくれ。
雅さんは秋斗さんしか知らないのに。
「……確かに僕は強姦魔の子どもで、いじめられっ子でした。でも、«sins»に出会って、春樹に出会って生きていていいんだと思った。そう思わせてくれる春樹を守ろうと思った。全ての苦しみから、」
……貴方からも。
あの人は眉をピクリと痙攣させる。
そして、僕を馬鹿にしたように笑う。
「はあ??私から守る?どうして??私はこの子達の親代わりよ?この子達の幸せを願って今まで色々してきたのよ?それなのに、馬鹿な事言わないでくれないかしら?」
「……じゃあなんで暴力を振るうんですか。幸せを願うなら『今』を受け入れたらいい!!今日の2人の顔を見ろよ!!怯えてるだろ!?貴方に怯えてるんだよ!!この2人の顔の傷は?!貴方のやってる事は貴方が殺した2人の親と同じだ!!」
「この……!!」
ーガッ!!
「……っ……」
「「「洵!!」」」
僕は逆上した茉妃奈さんに思い切り拳で殴られる。
痛い。でも、こんなの、最愛達に比べれば。
春樹が僕に駆け寄る。
「茉妃奈さん、もうやめてくれ、私は……」
「貴方にはもっとふさわしい男がいるはずよ。私が探してあげるわ。こんな子忘れなさい」
「嫌だ!!私は洵がいい!!」
「この、わからず屋!!」
ーガッ!!
「……っ」
「……え、みや、び?」
僕を抱きしめて離さない春樹を殴ろうとするあの人。
でも、その拳は春樹には届かない。
雅さんが前に立ち塞がって庇ったのだ。
「雅!!」
雅さんの最愛が彼に駆け寄る。
「……洵の言う通り、貴方はあの親と一緒だよ」
「……なんですって?」
「……貴方は幸せを願ってるとか言いながら自分の敷いたレールに2人を歩かせたいだけだ。暴力のチカラで」
あの人は怒りで震えた。
でも、直ぐに冷たい表情になる。
寒気がするくらいの冷たい表情。
「じゃあ、貴方こそ秋斗の幸せ願うなら離れなさいよこのホモ野郎が。秋斗を変な道に誘い込んだのは貴方でしょう?貴方異常なのよ」
「貴方ね!!」
「……洵、いい。大丈夫だから」
「雅さん……」
従兄弟は茉妃奈さんを睨んだまま、叫ぶ僕を制止する。
そして深く息をすると、言葉を紡ぐ。
「……確かに俺は異常かもしれない。男の俺が男の秋斗を好きなんて異常だわかってるでも、止められないんだ。俺は秋斗しかいらない。今までも、これからも」
「貴方はそうでも秋斗は、」
「俺も雅しかいらないよ。今までも、これからも。だから、」
秋斗さんは、春樹とアイコンタクトして、2人で1歩前に出る。
そして、茉妃奈さんに深く頭を下げる。
「……お願いします」
「……私達を許してください」
茉妃奈さんは目を見開き、怒りに耐える。
でも、泣きそうな、悲しそうな顔になる。
「……わかってるの?貴方たちは人気商売してるのよ?それなのに」
「……それは、」
「……ファンの多くはこいつらの事を知ってるよ茉妃奈さん。それでも支持してくれんのはなんでだ」
「……っ」
灰さんは茉妃奈さんの後ろ姿に問いかける。
でもまだあの人は引かない。
春樹は頭を上げ、呟いた。
「……私、私さ、洵と別れなきゃならないなら音楽やめる。これは秋斗も同じ気持ちだよ。それくらい、俺たちはこいつらが大切」
「……春樹」
「だから、だからさ」
春樹は涙をながす。
僕は肩を抱くしかできない。
キツく、キツく抱き寄せる。
大丈夫だから、と。
「……自首、してよ」
「春樹貴方……貴方達はあの時、」
「……確かにオレ達はあの時にあんたを許した。でも、罪は罪だよ。……なあ、頼むよ、罪を償ってくれ……」
「……」
茉妃奈さんははぁ、とため息を吐く。
全てを諦めた顔をした。
そして、後ろで立っていた灰さんに視線を合わせる。
「……荒木灰、どうせ動画でも撮ってたんでしょ」
「さすが、目敏いな。後ろに目でも着いてんの?」
灰さんは笑って自分のiPhoneの画面をこちらに向け、動画を再生する。
茉妃奈さんの僕達への暴行が記録されていた。
「……なんとなくね。はぁ、もう、やんなっちゃう」
茉妃奈さんは、ははは……と力無く笑う。
元気の無い時の春樹に似ていた。
「……荒木灰、それ持って今から警察行くわよ。あの罪も告白する」
「……マキナさん」
「……ごめんなさいね、2人とも。こんな親代わりで」
「……マキナさん、オレ達はあんたが大好きだったよ。……助けてくれてありがとう。今まで、ありがとう」
秋斗さんと春樹はまた頭を下げる。
茉妃奈さんはまた力無く笑って2人に背を向ける。
そして、
「……私は、貴方達の音楽が好きよ。始めは私が買い与えたギターを2人で取り合いして、結局秋斗が弾いて、春樹がそれに合わせて歌って……。大好きだった。今までの曲も好きだったけど、最近の曲の方が好きだわ」
幸せに満ちていて、好き。その子達のおかげなのね。
あの人は鼻を啜った。
「音楽は続けなさい。貴方達の音楽、私大好きだから」
そう呟いて、茉妃奈さんは灰さんとスタジオを出ていった。
パタリ……扉が締まり、緊張感から解放されると、左頬が急に痛みだす。
「私、氷もらってくるね」
「泪、悪いな」
「ううん」
泪さんもスタジオを出ていく。
スタジオの中に僕達は残される。
「大丈夫か?」
「……結構痛い」
「雅、お前も大丈夫か?」
「俺も結構痛い」
最愛達は同じ顔で困った様に笑う。
「なあ、秋斗」
「んー?」
「……俺達の恋人はかっこいいな」
「……ホントにな」
2人は泣いた。
ただずっと、ありがとう、ありがとう、大好きだよ、と。
僕と従兄弟はそんな最愛達を抱きしめた。
僕達も、大好きだよ、と。
あの人は結局、殺人と暴行で捕まり、十数年刑務所で罪を償う事になった。
春樹たちはたまに面会に行く。
するとあの人は、僕と雅さんに謝っておいてくれと言ったらしい。
ちなみにファンクラブ会長は前副会長が後任になった。
僕達に平穏な日々が訪れた。
ーつづくー
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