31話 派手髪化計画
「洵、髪伸びたね」
沖縄旅行から2ヶ月程経って、クリスマス前ライブへの準備期間としてスタジオ練をする春樹にくっついて僕もスタジオに訪れる。
休憩中、僕の買ってきたドーナツを食べながら、髪が伸びて頭頂部が黒くなり、襟足をゴムで縛っている僕を見て泪さんが呟いた。
今日は拓也さんはさっき和也さんに引きずられて«ジェミニ»のスタジオ練に向かった。
「うん。かなり伸びた。でも美容室って苦手であんまり行きたくないんだよね」
「確かに、お前苦手そうだな。バーッと喋られんのやなんだろ?」
「よくわかりましたね、秋斗さん」
「雅も割とそういうの苦手なんだよ。やっぱ似てんのな」
今日は雅さんは仕事の為にスタジオ練には来ていない。
彼は大学院を出てから元々働いていたバーに正式に雇用され、そして並行して作曲の仕事もしている。
2足のわらじは大変じゃない?って聞くと、曲は溢れてくるからそうでもないよと笑っていた。
彼は天才なんだなぁ。
「私も刈り上げ伸びてきたしプリンだし美容室行きたいから一緒に行くか?」
「春樹ってどこに行ってたっけ?」
「この近くだよ。もう今日は遅いし明日行く?」
「……春樹が行くなら行く」
「バブちゃんかお前www」
春樹のひっつき虫をする僕を灰さんが笑う。
「どうせなら同じ色にしよ」
「え、派手髪ってこと?僕には似合わなくない?」
「私は見たい。てか同じ色にしたい」
バカップルかよと思いながらもそれが可愛いし、泪さんや秋斗さん、灰さんもからかいながらも自分たちも見てみたいと言うし、思い切ってやってみようかと思った。
「でも、仕事は大丈夫なの?洵」
「派手髪さんはどこにもいるし。正社員でも派手髪の人いるしね」
「ん?あ、オレか」
今、秋斗さんはラベンダーピンクという色を入れているらしい。
ただブリーチは皮膚に染みるから覚悟しろよと脅された。
それから美容室の予約をして、また練習して、家に帰ってからiPhoneでヘアカタログを2人でみる。
ダブルベッドのベッドフレームに背を預けて座った僕の足の間に春樹が座って、僕の胸を背もたれにする。
僕は春樹の腹に手を回して、春樹の肩に顎を乗せる。
今や定番のスタイルだ。
「秋斗さんの色も綺麗だけどな〜」
「あー、ラベンダーピンクな。わかる。でもアレにすると誰かさんが拗ねるだろ」
「ああ、誰かさんがね」
僕達がラベンダーピンクにした時の、秋斗さんの独占欲の強い恋人さんの行動を容易に想像出来て、笑う。
いくつか見ていって、赤?いや、紫か青か……
スクロールしていると、シルバーアッシュという銀髪系のハイトーンの派手髪を見つける。
「これは?」
「シルバーアッシュ?」
「うん」
「あー、いんでない?紫とかよりはまだ初心者には染めやすいかな?」
僕達はそうして、シルバーアッシュという色にする約束をする。
「ついでに僕もツーブロック入れようかな」
「いーじゃん!どんどん私色に染まっていくな」
「嫌?」
「むしろ嬉しい」
春樹が右の側頭部を刈り上げているので僕もそこを刈り上げることにした。
段々お揃いが増えていく。
そのうち服も全く一緒にするかもなと笑う春樹に、僕はそれはないからと苦笑した。
春樹は可愛く残念がっていた。
春樹色に染まっていくのは心地がいい。
欠けていた部分を春樹が補ってくれているし、どうしようもないくらいに彼女を独占していたかったからもう全て春樹色に染まってしまいたかった。
さすがに服まで一緒は抵抗あるけど。
翌日、僕は午前のコンビニバイトを問題なく済ませる。
実架さんは今日はお休みだった。
「お、洵くん、美人な姐さんが迎えに来たぞ」
一緒に入っていた先輩がソワソワしだす。
店の中から駐車場を歩いてくる春樹が見えた。
美人だよなぁ。
「洵、おつかれ」
「お迎えありがとう、春樹。もう少しだからちょっと待っててね」
「おう」
それから5分程働いて僕はバイトを終える。
春樹はブラックコーヒーとカフェオレの缶を先輩から買うようだった。
「春樹ちゃん、今日洵くんとどっかいくの?」
「うん、髪の毛染めに行くんですよ」
「そかそか!楽しみにしとこ。じゃ、いてら!ありがとな!」
「お疲れ様〜」
「先輩、お疲れ様です」
コンビニを出た所で春樹がブラックコーヒーを渡してきたのでゴミ箱の近くで屯して飲む。
春樹はカフェオレを飲む。
「ブラックでよかった?」
「うん、ありがとう」
疲れがすぅ……と癒されていくようだった。
缶をゴミ箱に捨てて、僕達は手を繋いで春樹御用達の美容室へ少し歩く。
「いらっしゃいませ〜」
美容室に入っていくとやたらキラキラしたオシャレなお姉さんお兄さんが迎えてくれる。
いや、美形なお兄さんお姉さんなら見慣れてるけどなんか苦手だな、美容師さんて。
案内されたのは窓側の席で春樹の隣だった。
「はじめまして〜!担当の堀田(ほった)です。よろしくお願いします〜」
「あ、よ、よろしく、お願いします……」
僕が堀田さんの明るさに怯えていると隣で春樹が「ぶふっ……」と吹き出していた。
いや、笑い事じゃないんだよ。ほんとに苦手なんだよ。
「今日はどうしますか?」
「あ、髪の毛の長さはこの位で……」
僕はiPhoneで参考になるヘアカタログを見せる。
堀田さんは、「ふんふん」と頷いて、「わっかりましたー!」と元気よく答えてくれる。
「カラーもですよね?」
「カラーはシルバーアッシュで」
「おやおや、春樹ちゃんとお揃いですか?」
隣で春樹の担当をしていた美容師さん(錦(にきし)さんと言うらしい)は意味ありげにニヤニヤいやらしく笑い出す。
そして堀田さんも「おやおや」とニヤニヤ。
ちなみに関係性は入店時に錦さんにからかわれ済である。
「お揃いとかお熱いですね〜」
「あーははは」
「いいなー!私も彼氏とお揃いしたい!彼氏おらんけど!」
「いや、いないんですか」
「絶賛募集中です!」
そんな堀田さんに「美人だからきっとすぐに見つかりますよ」と口を滑らすと、彼女に「ぎゃっ、この子タラシだ!」とからかわれ、仕舞いには春樹にも「そいつ天然タラシだから気をつけて」と笑われた。
堀田さんは丁寧だけどスピーディでサクサクと僕の伸びきった髪を切っていく。
染めるのは切り終わってからだそうだ。
彼女は割と静かに施術してくれて(たまに春樹とのことについて聞いてくるけど)でも、苦手意識はあまり感じなかった。
隣で春樹が錦さんに「彼氏さんのどんなとこが好きなの?」と聞かれてて、「タラシでスケベなとこ」と答えたのでギョッとした。
堀田さんと錦さんは「意外〜」とニヤニヤする。
「ブリーチ剤ちょっと沁みますよー」
切り終わって、まずブリーチからする。
ブリーチとか初めてだなぁと呑気に思っていたら強烈な刺激が頭皮を襲い、僕は思わず小さく「いたたた」と声を上げる。
堀田さんは「少し我慢してくださいね〜」と言いながら容赦なくブリーチ剤を塗りたくっていく。
ヒリヒリ。
これ、頭皮が剥けているのでは。
てか、目が痛い。鼻も痛い。
そしてそのまましばらく放置される。
「春樹、変な事いわないでよ」
「なんで?事実じゃん」
「もう……」
まあ、行動を振り返るとスケベタラシというのは否定はできませんけども。自覚してますよ。
でも春樹限定だし。
悪いのは春樹です!!
春樹が可愛いからいけないんだ!!
数分放置されて堀田さん達がまた僕達の元に戻ってくる頃には僕の髪は見事に脱色していた。
「おお……」
「じゃあ、カラー剤入れてきますね〜」
「あ、はい」
カラー剤を塗って、また数分放置して、僕達の髪は同じ色になる。
「似合ってんじゃん」
「……そう?」
「うん、かっこいい」
美容室から出ると春樹ははにかみながらそう言ってくれる。
嬉しくなって、僕もはにかんだ。
春樹色に染まっていくのは心地がいい。
ーつづくー
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