貴方に溺れて死にたい

「ずっとずっと、貴方に溺れると、誓います」
退会したユーザー ?
退会したユーザー

33話 プロ打診と春樹達の想い

公開日時: 2020年9月2日(水) 13:09
文字数:2,552

33話 プロ打診と春樹達の想い



「え、プロに?!」


クリスマス前ライブも無事成功した年末。

コンビニバイト後毎回恒例の実架さんの送迎。

その時に彼女は«ジェミニ»に芸能事務所からプロにならないかという打診が来たことを明かす。


「まだなるとは決まってないで?打診ってだけや」


「え、でも凄くない??」


「んー、でもなぁ……」


実架さんは浮かない顔をする。

どうしてだろう。

プロになれるなんて凄いのに。


「どうしたの?嬉しくないの?」


「……いや、嬉しいで?でも、でもな、」


ウチと琉架の恋は、許されんやん……。


実架さんは立ち止まる。


確かに彼女達の恋は許されない。

双子の兄妹の恋は、禁忌だ。


プロになって有名になって、そしてパパラッチされたら、彼女達は奈落の底に突き落とされる。


批判され、罵倒され、奈落の底の底に、突き落とされる。


「……琉架とはただの双子に戻りたくない。でも、プロになりたい。プロになって、日本中の人に、世界中の人に歌を聞いてもらいたい」


「実架さん……」


葛藤が、聞いていてつらかった。


「ま、ウチらは洵クンと春樹さんみたいにガッツリヤッたりしてないけどな?」


「ヤッ!?」


「にひひ!」


実架さんは表情がコロコロ変わる。

悲しそうな顔をしていたかと思ったら、楽しそうに元気にイタズラっ子のように、笑う。


「ウチらはプラトニックやからね。まあたまにはチューするけど」


「そ、そっか。でも、つらい恋だね……」


「……うん」


実架さんはまた前を見つめる。


「まあ、ウチはアイツらとの音楽がなにより好きやから」


「でも、それで琉架さんとの関係が、終わっても、いいの?」


「……それは、嫌、やけど、でも、アイツらと頂点目指したい」


何かを決意したような実架さんは、ふひひ!とまた笑う。

僕は、彼女は強いと思った。


そうしているうちに実架さんたちのマンションに着く。


「今日もありがとうな」


「うん」


「じゃあ、また」


「うん、また」


僕は春樹との愛の巣へ急いだ。

なんか、どうしようもなく、早く会いたかった。


「あ、おかえ、うわ?!」


「……ただいま」


「ふふ。なーに?」


いきなりキツく抱きついた僕を春樹は優しく受け止めて、よしよし、と僕の頭を撫でる。

やっぱり春樹は聖母だ。

僕だけの聖母(マリア)で、僕の歌姫。


そして、春樹の作った夕飯を食べながら«ジェミニ»のプロ打診の話をする。


「……へぇ、プロか」


「悔しそうだね」


「悔しいってか、羨ましいよ。きっとあいつらはプロになるんだろ?」


実架さんのあの様子だときっとプロになるとその時思った。


そして彼女達は年明けにプロデビューすることになる。

双子バンドは人気をかっさらい、その年の年末には様々な賞を総なめした。

その後も«ジェミニ»は人気を衰退させることも、周囲が愛し合う2人を奈落の底へ落とすようなことも無かった。


「«sins»は……」


ーピロリンっ


「??灰からだ」


「なんだろ?」


突然、僕と春樹のiPhoneがなる。

それは、灰さんからのLINEで(何故か«sins»のグループチャットに僕もいる)、『明日、俺ん家集合。ちなみに洵と雅もな』と書いてあった。


僕達は、『詳しくは明日』と灰さんから詳しく言及されずに、突然の集合要請について疑問に思いながら翌日、灰さんと奥さんが暮らすマンションに向かう。


ーピンポーン


春樹がインターホンを鳴らすとすぐに灰さんが出てきて、「早かったな」と笑う。

部屋に入ると、お腹のだいぶ大きくなった奥さんが飲み物の用意をしていた。


まだ皆は来ていない。


「おいおい。それは俺がやるから」


「大丈夫よ〜。心配性だなぁ、灰くんは」


「そりゃ、心配だろうよ」


奥さんをソファーに座らせる過保護な灰さんだが、心配するのは仕方ないよね。

春樹が「何ヶ月?」と聞くと、灰さんの奥さんは「もう臨月!もうすぐなの!」とにこやかに笑う。


しばらくして、秋斗さん、雅さん、泪さんの順で到着、ソファーに座っていた灰さんの奥さんが、「じゃあ私は向こうでいるから」とにこやかに別の部屋に消えていき、座卓を囲むのは僕達だけになる。


「で、なんなの?兄貴」


「実はな、プロにならねーか、って話が来てんだわ」


「「「え?!!」」」


ほら、と灰さんは自分のiPhoneを差し出す。

メール文が表示されていて、それは割と大手の芸能事務所が«sins»にプロデビューしないか、と言ってきているメール文だった。


「え、でもなんで僕まで呼ばれたんですか?」


「お前が、うちの、作詞家だからだよ!!」


「いたたたた!」


正面に座っていた灰さんは身を乗り出し、僕の頬を引っ張る。

いや、ホントに痛いんですけど……。


てことは、雅さんも«sins»の作曲家だから呼ばれたんだな。


「«ジェミニ»だけじゃなく、うちもか」


「え、«ジェミニ»もスカウトされてるのか?」


「昨日、実架が言ってたってさ」


「拓也も言ってた。でも、あいつらはきっとプロになるよ」


泪さんの言葉を聞いてから、春樹は目を閉じる。


「……私は、プロになりたくない」


「春樹?」


あんなに音楽が、歌が好きなのに、なんで……。

春樹の歌をみんなに聞かせたい。春樹を独り占めしたいけど、でも、春樹の歌は人を救うから、だから。


「……プロになったら私達の過去やプライベートも晒される。そんなの嫌だ。私は洵との平穏が欲しい」


「……春樹……」


ギュッと自分の両手を握り、「ごめん。勝手で、ごめん」と謝る春樹。

でも、皆は優しく笑った。


「それはオレも同感。まあ、こっちは雅がもう天才作曲家ぶりを発揮してっからそろそろ騒がれたりするかもだけど」


雅さんが作曲した曲はこの年末に優秀作曲家賞を受賞する。


「俺も嫁さんと子供のこと考えると博打はしたくねーな」


「私もあのショップ辞めたくないし」


「だから、春樹、そんな顔しなくていいよ」


灰さん、泪さん、雅さんがそう言うと春樹は救われたように息を吐く。

少し過呼吸気味になっていたみたいだった。


僕が、春樹の固く握っていた手に触れて微笑むと、春樹は安心したように笑った。


「あ、でも、あの、わがままだけど«sins»は続けたい」


「オレも同感」


「異議なし」


「俺も」


「曲は溢れてくるから大丈夫」


「春樹がしたいことを僕は応援するよ」


春樹は泣きそうな、でも安心したような顔で笑った。


«sins»は«ジェミニ»とは違う形で、音楽を楽しむのだ。



ーつづくー

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート