祖父母がいない理由ー父の出生の秘密と心の怪我、犯してはならない罪ー
「ねぇ、パパ、このキズなぁに?」
それは3歳になった冬樹と洵菜を風呂に入れている時だった。
洵菜が洵の左手首の数多の傷を見つけてしまう。
洵は、ああ、見つかった。しかもめちゃくちゃ興味持たれてる……と憂鬱になる。
「これ、けが??」
「うん。怪我だよ。心のね」
「「こころ??」」
子供達はわけが分からない。
心は目に見えないものだとはなんとなくわかってきた。でも、その心の正体もまだよく分からないし、それの傷が身体に現れるのはよく分からない。
「心が痛くてね、ついた傷なんだ」
「パパ、こころいたいいたい??」
双子は洵の左手首を小さな手で撫でる。
洵はそんな可愛い我が子に微笑む。
「うん、痛かったけど、ママに出会って痛いの治ったの」
「「ママすごいね!」」
「そうだよ?ママはめちゃくちゃすごいんだよ?優しくて、逞しくて、綺麗で、ちょっと弱いとこもあるけど、強くて。パパはそんなママが大好き。」
もちろん君たちも大好きだよー!!と洵が双子を抱きしめると、双子はきゃあきゃあ言いながら自分たちもパパが大好きだと騒いだ。
『ママもパパ大好きだぞー!』
脱衣場から春樹の声がする。
「ママ?!聞いてたの?!」
「そろそろメンバーチェンジと思って来てたんだよ」
「ぱー!!だー!!」
風呂場の扉をあげた春樹が連れてきた次男(めちゃくちゃ元気に動く)を見て、ああ、なるほど。と洵は双子を湯船から上げる。
双子と入れ替わりに、元気に動く次男を受け取り……ふと春樹がイタズラに笑う。
ーちゅっ
「!!」
軽く洵と春樹の唇が触れる。
春樹は女の顔をして一瞬洵を見つめる。
子供たちがいるのにと洵は頭を抱えた。
「……春樹」
「ふふ。……さーて、ちゃんと身体拭き拭きしよーな!!」
「「はーい!!」」
子供達がいる時いつもは春樹を『ママ』と呼ぶが、今は『春樹』と呼ぶしかなかった。
双子は見ていなかったみたいで、というか位置的に見えなかったみたいで、弟の受け渡しをしていた母をタオルを持って少し自分達の身体を拭きながら待っていた。
少し雑に拭いていた双子を微笑ましく思いながら春樹は双子の身体を優しく拭き取り、洵は次男を優しく洗う。
その後、洵が春風と風呂を出て、春樹が洵太と風呂に入る。
「手首の傷、なんでって言われた」
「気に、なっちゃったか」
「……うん」
夫婦の寝室。
ダブルベッドの上で寄り添い合う両親を後目に、ベッドのとなりに置いたベビーベッドで洵太はすやすや気持ちよさげに眠っていた。
「心の怪我だよって言っておいたけどね」
「まあ、あながち間違いではないな」
春樹は、肩に頭を乗せていた洵の頭を優しく撫でる。
洵は気持ちよさげに目を閉じた。
「大好きだよ、パパ」
「……春樹にパパって言われるとむず痒い」
「あはは!慣れろよ、もう3年だろ?」
そうだね。
と洵が言った直後、洵太とは反対側のベビーベッドで寝ていた春風がグズりだし、あやすのには時間がかかった。
しかし洵太はそれでもすやすや気持ちよさげに眠っている。
そんな玖木4兄弟が成長して、冬樹と洵菜が小6、春風が小4、洵太が小3のある日だった。
「おい!!」
「??」
その日何かずっと自分達を見てガキ大将とお付がニヤニヤしているなと思っていた。
放課後。弟達と合流したので冬樹と洵菜は帰ろうとしていたのだが、突如6年のガキ大将に呼び止められる。
「玖木ってさー、とーちゃんゴーカンされて生まれたって知ってたー??」
「ゴーカン??なにそれ??」
「え?!知らねーの!?」
洵菜が怪訝な顔をするが、ガキ大将はただひたすらに嘲笑う。
そして、自分の父から教えられた洵の出生の秘密を明かす。
「……でさー、玖木のばーちゃんはそれが嫌で自殺したらしーよ!!」
自分達の祖父母は父方も母方もいない。
両親は悲しい目をしながら「死んじゃったんだよ」と言うが詳しい話は知らなかった。
そして、ガキ大将はまだ、自分の父から教えられた秘密を。
「てか、玖木のとーちゃん、いじめられっ子でりすとかっと?ってやつしてたんだってー!!かーちゃんは確か虐待されてたんだっけな??」
リストカット。
意味は、なんとなくわかってしまった。
父には、父の手首には痛々しい数多の傷がある。
周りの生徒は汚いものを見る目で玖木4兄弟を見ていた。
『心の怪我』
冬樹は、洵菜は、春風や洵太も、そのガキ大将を笑う。
「……な、なんだよ」
「……あなた馬鹿なんですか?」
「は??年上に何言ってんだよ!!生意気!!」
洵太が思わず口にした言葉に、ガキ大将は逆上し洵太に掴みかかろうとする。しかし、空手有段者の洵太に軽々とかわされてしまう。
玖木4兄弟は母の勧めで空手を小さい頃から習っていた。
割と空手は好きだった。
「……っ!!」
「お前さ、マジ馬鹿だよ」
「はぁ!?」
「そういう風に周りに馬鹿にされたらどんな気分になるかわかんないの?ホントあんたみたいな男って嫌い」
冬樹と洵菜に言われてしまい、ぐっと言葉を詰まらせるガキ大将。
しかし、引き下がれない。
「……っ、でも!お前らキモイんだよ!」
「はー、だからさー、冬兄も洵姉も『キモイのはお前』って言ってんじゃーん」
「この……っ」
ーダンッ!!
冬樹は、春風に煽られてまた危害を加えようとしてきたガキ大将の後ろの壁を蹴飛ばす。
そして、ガキ大将を睨みつけると、彼は「ひっ!!」と悲鳴をあげた。
「俺らのことは何言ってもいいけどな?今度父さんや母さんを悪く言ってみろよ。ぶっ飛ばすぞ」
「あー、もちろん今『こいつらキモーイ』って思ってたアンタらもだから〜」
「父さんや母さんは悪くないんで」
「そう。父さん達は悪くない。あんたらみたいな奴らが私達の両親を苦しめたのよ」
あの傷は父が苦しんで生きてきた証。
母が時折見せる苦悩は、自分の生い立ちのせい。
でも、そんなの貶されてしまう理由にはならない。
「……父さん、ゴーカンって何?」
夕食を終えた後、家族で手分けして片付けて団欒をしていた時、冬樹は、父、洵に聞いた。
「……誰に聞いたの?そんな言葉」
「……深津ってガキ大将に、父さんはゴーカンされて生まれたんだって」
深津……その苗字には聞き覚えがある。
確か、同級生にいたはずだ。
いじめに加担はしなかったけど、止めもしなかった、いじめ加害者。
洵は深くため息を吐く。
少し、酸素が薄い。
そんな洵に、春樹は寄り添う。
「あのな、みんな、パパは……」
「大丈夫!!なんかよくわかんないけど、オレ達は父ちゃんも母ちゃんも大好きだから!!」
「春風……って、え?!うわっ!?」
「あはは、なにー?」
春風のその言葉を合図に暖かい瞳の子供達は洵と春樹に抱き着く。
「私達ね、そのガキ大将に、『キモイのはお前らだ!』って言ってやったの」
「父さん達は何も悪くないじゃん」
「僕も、兄さん達も、みんな2人が大好きだから」
2人は泣いた。
泣いて、泣いて、いい子に育った我が子達に(特に男子に)、強姦や人を傷付けるようなことは絶対しちゃいけないよと教えるのだった。
ーENDー
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