哲平は大悪人だった。殺人や放火など、行った悪行は数知れず。彼には死刑が執行され、彼は若くしてこの世を去った。死後、哲平が案内されたのは地獄だった。地獄で数々の拷問を受け、心身ともに疲弊していた哲平の前に、一本の糸が垂れ下がっているのが見えた。あれは絶対に蜘蛛の糸だ。哲平は肌が粟立つのを感じた。哲平は糸を見ただけで背筋を凍らせるほど、蜘蛛が大の苦手だった。誤って踏もうとした蜘蛛が逃げるまで、蜘蛛をじっと見張っていたこともしばしば。苦手な蜘蛛の糸だが、糸の上から光が注がれており、上へと繋がっているようだ。これを登ればこの地獄から逃れられるのではないか。哲平の心に希望の火が灯った。彼は恐る恐る糸に捕まる。細いが、強度のありそうな糸だ。彼はするすると上へ上へと登っていく。暫くすると、下がザワザワと騒がしい。見下ろすと、他の罪人が我こそはと登っているのが見えた。
「この蜘蛛の糸は俺のものだ!お前達は一体誰の了承を得て登っているんだ?」
哲平は彼らを蹴落としながら、なんとか上へ登っていく。
「下りろ!下りろ!」
浅ましい罪人達を哲平は容赦なく蹴落としていく。罪人の怨嗟の声を一身に浴びながら。
どれ程登っただろうか。上から注ぐ温かな光を感じるが、一向に極楽浄土へたどり着かない。他の罪人達は疲れたのか、一人、また一人と消えていき、糸を登っているのは哲平ただ一人になった。それでも哲平は諦めなかった。そこに光があるならば、絶対にそこには極楽浄土があるはずだ。
哲平の執念は凄まじかった。彼には既に時間の感覚はそぎ落とされていたが、彼は百年もの間休まずに登り続けていた。登ること、彼の頭の中はそれだけが残されていた。登れば登るほど、光の強さは増していく。
哲平の視界に黄金の雲が映った。とうとう、俺は極楽浄土に行ける――。
「ギャッ!蜘蛛!!」
雲の端から顔を覗かせたのは大きな蜘蛛だった。人の大きさほどあろうかという蜘蛛の腹の先、糸いぼから糸が出ている。その糸は哲平が掴んでいる糸そのものだった。哲平は蜘蛛を目にすると、恐怖のあまり声を上げた。逃げようとするあまりに、手を離してしまったのだ。彼は下へ下へと落ちていく。これまで積み重ねていた百年が崩れ去ってゆく。地獄が近くなる頃には、糸はもう消えていた。遥か高くから地面に叩きつけられた哲平はその衝撃に悲鳴を上げる。
「残念だったな」
痛みはあるが死んでいるため怪我はしない上に死ぬこともない。痛みに呻きながら声の方を見上げると、鬼がニヤニヤと笑っていた。
「そんな虫のいい話はないってことさ」
哲平は鬼につままれ、無慈悲にも、大きな火でぐつぐつと煮えた大釜の中に放り込まれた。
「逃げた分もしっかり罰を受けてもらうからな」
哲平の叫び声を浴びながら鬼は笑った。
Fin.
「地獄からの復活劇~御釈迦様からの試練~」(https://www.rimse.or.jp/research/past/pdf/6th/work12.pdf)という小学生の自由研究を読んで思いついた話です。
糸の太さ、長さだけでなく強度にも着目していたり、登る速さを実際に鉄棒を使って計測していたりと、あらゆる方向から考えているところに感銘を受けました。すごいです。
彼女の言うとおり、御釈迦様もよく考えて糸を垂らしているのかもしれないなと思いました。
それでは、ここまで読んでいただきありがとうございました。
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