猫を吸わないと生きていけない猫ジャンキーな俺が異世界で猫耳美少女たちと同居しながら酔拳の使い手を目指すことになりました

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第1話 猫が吸いたいです!

公開日時: 2020年9月1日(火) 21:14
文字数:3,250


「ああ……」


ギラギラと照りつける真夏の太陽を睨みつけながら、俺は立ち尽くしていた。

今日で何日吸えてない?

ハッキリ言ってもう限界なんだけど。


額からほほを伝って汗が垂れ落ちる。

暑さのせいで喉も乾いた。

ぐうきゅるるるると腹が飯をくれとうなってやがる。

だが、そんなことはどうでもいい。大した問題じゃない。それよりも俺にとって重要かつ緊急なのは『猫』、だ。


そう、猫。

猫を吸ってない。

三度の飯より猫好きな俺。

だってさ、猫ってカッコよくない? フォルムしかり、動き方しかり、表情しかり。人に対してデレ一本じゃなくって、ちょっと一線引くところとか生き様とかもさ。

しかも触ると気持ちいいし、匂いなんてもう最高すぎるよね!

正直、猫さえ吸って、水を飲んでいれば生きていけるんだよ、俺の場合。

しかしながら今住んでいるアパートは猫を飼うことを禁止されていて、実家に住んでいたときのように気軽に猫が吸えなくなってしまっている。

ゆえにこうして外を巡回し、見かける野良猫ちゃんを許されるかぎり愛でるのがお約束になっている。


そんな俺がもう一週間以上、猫を吸っていない。

なぜなら、日本全土を巻き込んだ酷暑によって、野良猫様方がそろいもそろってどこかへ身をお隠しになったからだ。


「猫ぉ~。猫、どこぉ~」


ゾンビのように街をさまよい続けて何時間経った?

睡眠時間も削りに削って、野良猫様方のいそうな場所をぐるぐる巡回しているというのに、俺の猫様レーダーがちっとも反応しやがらねえ。


「猫お~。ね……」


ガックリと膝が折れる。

もう限界だ。指一本動かす気力もわかねえ。

目がうまく開いてくれなくなっている。

まぶたがすごい重たい。

禁断症状のせいなのか、体が痙攣し始めた。

そのうえ、息も荒くなる。

フシュー、フシューと俺の鼻の穴からはこの世のものとは思えないような奇妙な音まで垂れ流れ始めている。


ああ。このまま……俺、きっと死ぬんだわ。


そう思ったときだった。

俺のぼやけた視界に白い影がビュンっと矢のように映った。


「はうっ! あれは白猫ちゃん!」


俺の猫大好きセンサーがピコンッと反応する。

朦朧としていた意識が一気に覚醒した。

千載一遇のチャンス!

これを逃したら、いつめぐりあえるかわからない。

だから逃すな!


鳴りやまない胃に力を入れるように俺は立ち上がる。

ふらふらの体を気合で起こして前を見据えれば、数メートル先に白猫《ターゲット》の姿が確認できた。

そろり、そろりと近寄る。

俺の気配に気づいたらしい白猫ちゃんがハタっと足をとめて、ゆっくりと俺のほうを振り返った。


「うおおおおおおっ! ブルーアイズ! 美しいっっっ!」


白いお顔にくっきり浮かぶアクアブルーのふたつの瞳。

この子は雄か? 雌か?

耳と短い鍵型のしっぽは茶色。鼻は淡いピンク。すごくきれいな顔立ちをしている。

いや、もうストライクッ!


嗅ぎたい!

この子の匂い、めっちゃ嗅ぎたい!


「待って! ねえっ! 匂い嗅がせて、猫ちゃあああんっ!」


俺は白猫ちゃんに一歩ずつ近づく。しかし危険と感じたらしい猫ちゃんが道路に向かって一目散に駆けていく。


「えっ! ちょっ! 待って! ダメダメダメ! 行かないでってば!」


あなたを嗅げなかったら俺、まちがいなく死ぬから!

だからお願い、行かないで!


猫は追いかけると逃げるものだってよぉく知ってる。知ってるけど足はとまらない。

だって生きるか死ぬかの瀬戸際なんだから!


白猫ちゃんが一瞬こちらを振り返って俺を見ると、ぎょっとしたように表情を固めた。明らかに警戒されている。


「だいじょうぶだよお。匂い嗅ぐだけだからあ」


と、猫なで声で迫る俺から逃れるように白猫ちゃんが道路へ飛び出した。

そのときだ。


パパ~ンッ!


クラクションが鳴り響く。白猫ちゃんは大きな音にもひるまない。

そうだ。猫はとまらない。まっすぐ前にしか進めない。彼らには後退する選択肢はないから――


車のブレーキ音がこだまする中、俺はありったけの力を込めて地面を蹴って飛んだ。


「させないっっっ!」


めいいっぱい腕を伸ばして白猫ちゃんの体を引き寄せて胸の中で抱え込むと、太陽のいい匂いがした。

ここぞとばかりに吸い込む。


ああ……格別だ。

猫エネルギーが体の隅々まで流れて細胞がしあわせいっぱいになって膨らんでいく。


と同時に強烈な衝撃に襲われた。

視界に映る太陽がどんどん近づいてくる。

熱い。

くらくらして、ゆらゆらする。

だけどものすごくふわふわして気持ちがいい。


ああ、死ぬな。俺、死ぬんだ。

でも、いいや。

最後にすごくいい匂い嗅げたから。

高級なワインを飲んだみたいな、まろやかでさわやかな香り。

これまで嗅いだどんな猫よりも格別な……

だから、これでいい。


あきらめて目をつむる。


二十年。短い人生だった。

ものすごくしあわせとは言えないが、それでも満足していないわけじゃない。

ただできれば自分にしかできないことを成し遂げたかったな。

そう、男として。

一世一代の大仕事ってやつをしてみたかったなあ。

こんな早く死ぬなら、もっと猫を吸っておけばよかった……


「まさかおぬしが英雄だったとは……」


不思議な声がした。

耳に響いてくる音ではなくて、頭のそうだな……前のほう? 前頭葉だっけ? 触覚で受け取る感覚ってこういうものなのかもしれないなぁなんて、なに考えてるんだ、俺は。

ああ、そうか。

死ぬ前って変な幻聴が聞こえるようになるのか。

それとも俺、もう死んじゃったのかな。

だってさ、生きているわけがないよな。

走ってきた車とぶつかって、飛ばされて、地面にたたきつけられたらさあ。

生きていられるわけない……けど……あれ?

地面に落ちたっけ、俺?


ゆっくりとまぶたを上げる。


群青色の空が広がっている。

さっきまで見えていた太陽がない。

そのかわり、やたらと星が輝いている。

ちょっと待て!

さっきまで青空だったのに?


そうか。

きっと死んだんだ。

空に見えるあの星はなんだろう?


「おいっ。どうでもいいがぼちぼち放せ、このド阿呆が!」


威勢よく投げかけられた言葉に、俺はハッと我に返る。

前頭葉で拾った声がどこから発せられたものなのか、触覚なんてない頭を左右に振ってその声の持ち主を捜す。

俺が持っているものはひとつ。

胸に抱えた白猫だけ。


「え? 猫がしゃべった? まさかっ!」

「そのまさかだ! さっさと放せ、ド阿呆。おまえのバカチカラでぎゅうぎゅう絞められて苦しいだろうが」

「はははははいっ! 申し訳ございませんですっ! お猫様!」


俺は急いで白猫さんをホールドしていた手を解く。すると白猫さんはやれやれといった様子で地面に立つと、前足を交互にしてぐっと腰を沈めた。ふぁあと大きくあくびをした。


ああ、伸びる姿も美しい!

まごうことなき神の化身だよ、これは!

……って、ちょっと待て。

地面?


よくよく足元を見れば、俺はふかふかの緑の草でおおわれた土の上にいる。植え込みじゃない。コンクリートでもない。土の上。大地。

周りをよく見る。

なにもない。

商店街も、道路も、ビルも、コンビニも、なんにもない!

だだっ広い草むらの真ん中に白猫といる。


「どうなってんの!? これっ!?」


あまりのことに驚いて衝動的に立ち上がる。そして違和感を持つ。

どこも痛くない。

車にぶつかった拍子に空中に飛ばされたのに?

地面に降りているのに衝撃もなかった。

怪我どころか傷ひとつ見当たらない。

ああ、やっぱり俺、死んだんだ。

ここは天国か。なるほどな。残念、俺。


「できればおまえでないことを祈りたいところだが、この世界の神が選んだのがおまえなのだから仕方あるまい……」


俺の隣で白猫さんが二本足でスクッと立ち上がると、やれやれと大げさに肩をすくめてみせた後、俺をじっと見つめてこう言った。


「わしの名前はハク・レン。おまえは英雄ヒーローに選ばれた。この世にはびこる悪を倒して、この世界を救ってくれ」


はあ?

なに言ってるの?

意味わかんないんだけど?

だって俺、死んでるんでしょ?


「猫酔拳の使い手であるトウマ・クラハシ、おまえならできるだろう?」


ハク・レンと名乗った白猫さんは俺の名前をハッキリ告げて、にやりと笑ってみせた。


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