ない! ない! ない!
「トイレがないっ!」
俺がこれから住む平屋建ての古民家(3LDK)を隅々まで回って、たどり着いた結論だ。
こっちの世界に来てから、ぶっ倒れていることが多くて頭の中から忘れていたけど、生理現象っていうのは来るわけですよ、はい。
「なにを騒いでおる、トウマ」
「トイレがないんだ! トイレが!」
と、俺が訴えると、ハクは小さく首をかしげた。
「各部屋に完備されているだろう? 引き戸の奥にちゃんと用意しておいたぞ?」
「ないってば! 引き戸は開けたよ! けどさ、砂と楕円形の大きな木製の器は置いてあるだけじゃんっ!」
「あの……トウマ様。実はそれが私たちの『トイレ』なんです」
ユンが顔を赤らめながら答えた。
「いやいやいや、あれはどう見たって猫様用のトイレでしょ? たしかに三種類の砂の袋が置いてあったけど……」
「だからさあ、あたいたちはそれ使ってるんだって」
うそでしょ!? この美少女たちまで木製の器に砂を入れたところでアレしたり、コレしたりしてるの!?
ダメでしょ、それ!
だってさ、近代日本には『ウォシュレット』っていう最強装備があるじゃない?
さすがに異世界ではそこまでは求めないよ。
だけどさ、『砂』はないでしょ、『砂』は。
「トウマも選べばいいよ、砂」
なぜ『和式』でも『洋式』でも、ましてコアなところ突いて『ぼっとん』でもなく『砂』の選択一本なのよ? 意味がわからないよ。オーマイゴッドだよ。
たしかに俺のいた世界にも猫様用のおトイレ砂の種類はいろいろあったよ。『固まっておトイレに流せる紙タイプ』と『おトイレに流せない脱臭効果のある紙以外タイプ』。
ちなみに俺の実家は後者のほうを使ってた。シリカゲルの固い砂でさ。これが猫さんたちの肉球の間にハマっちゃうんだよ、ちょうどね。で、その挟まった砂を振り落とすんです、猫さんたちって。
するとね。コンコンっていい音立てて石が飛び散るんだな、これが。
でさ、石があるのを知らずに踏んづけたり、膝ついたりするとさ。地獄が待ってるの! 刺さるの、痛いの、泣きたくなるのの三拍子!
だから常にきれいにしてないと猫様の『まきびしトラップ』に引っかかっちゃうの!
そんなに痛いのが嫌なら紙タイプにすればいいと言われても、粉々になる紙タイプは紙タイプで掃除が大変っていうのもあるし、猫さんによって好みが別れるものだから人間本位で決められない。常にお猫様が一番なんだよ、猫好きの世界って。
「ちなみに聞くけど、みんなはどれ使ってるの?」
「わしは昔からさらさら砂一本じゃ」
ハクは野性的だな。さすが男って感じがする。
海や公園の砂場に使われている系ね。そういうサラサラなのがいいんだね。
付け加えておくと彼はすごく神経質らしくて、丁寧に砂かけをしたいんだそうだ。
そのためにサラサラで柔らかいものがいいらしい。
「あたいは固いやつ。鉱石系のほうが気にならずに砂かきできるだろ?」
リンはうちの実家の猫たちと同じみたい。まあ、彼女のように大胆というか、周りを気にしないタイプはガンガン掘ろうぜ! なので、粒のしっかりしたものがいいらしい。
「わ、私はその……固まるほうが好き……なんです」
ユンは紙タイプなのかあ。硬くて粒が大きいものだと掘り起こすのがたいへんだからだと、彼女は顔を赤らめながら話してくれた。質問した俺はものすごく申し訳なく思ったよ。
でもユンの線の細さならわかる気はした。
「ク・クルはね。おそとでする~!」
そうね。子猫だからね。それに家の敷地以外にもトイレになりそうな広い場所はたくさんあるしね、この世界。いいよ。キミはもうちっと大きくなってからトイレトレーニングすればね。
んだけど……
ここまで質問してみて、ふと思った。
どういうこと?
砂のトイレでバリエーションがあるのはいいけど、掘るってなに?
「おトイレは私たち、みんな猫の姿になるんです。その……砂を掘るという習性は本能なので。人の姿でその……無理なんです!」
うん。俺もそれを聞けて良かったよ。
ちなみに俺はどうしたらいいかな? 猫化できないし。
やっぱりまたぐのかね、和式みたいに?
たぶんそうだろうね。それしかないよね。
「向こうの世界のようなものを作ってみたらいいのではないか? 要するに、座ってできればよいのだろう?」
「ええ、そうですね」
おおうっ! まさか異世界でトイレを自作するとは思わなかったよ!
だから俺、作りました!
とはいえ、水洗トイレが作れるわけじゃないから、木を使って、座面をくりぬいて便座にしてさ。椅子の下にはバケツを置いて、簡易トイレにしましたよ!
ウォシュレットはね、竹で水鉄砲を作って代用することにした。
ちなみにトイレットペーパーもないから、柔らかい葉っぱを探して摘みにも行った。
それからバケツの中に1cmくらいの水を張っておいた。そうすると片付けしやすくなるんだよ。
おかげで完ぺきとは行かないけど、トイレはなんとかなった。
俺、自分をほめたい! 初めてのDIYがトイレとか、すっげーエキセントリックすぎる。
よもや異世界生活にまさかこんな落とし穴があったなんて思いもよらなかったよ!
「ふぃ~。快適だ」
自分で作ったトイレは格別! 木のぬくもりがあるよ! きっと冬はすんごい冷たいんだろうな。
「あとは風呂……か」
共同のシャワールームはあったんだよなあ。
だけど浴槽はなかったんだ。
たしかに俺も小さなアパートだっから、ユニットバスしかなかったっけな。シャワーばっかり使っていたけど、たまには湯舟にも浸かってたんだ。
「まあ、でもいっか」
とりあえず汗を流そう。こっちの世界に来てから風呂も入ってないからな。
熱いお湯を浴びたら、それだけでもさっぱりするに違いない。
そうしよう!
そう思って、ユンにタオルを出してもらって、いざシャワーへ!
なんだけど……
「なんで?」
水しか出ないの、なんでよ?
そりゃね、暑いから水でも平気だよ。平気だけどね。
日本人は風呂文化じゃん! お風呂は熱々に浸かるもんだって、小さいころからすりこまれているじゃん! 冬場に水風呂とかなんの苦行なの?
「だって熱いお湯、苦手だもん」
ええ、忘れてました。ここの世界はお猫様をベースにしている世界だってことをね。そもそも水自体が嫌いな種族だって忘れてましたとも!
でも俺はちゃんと知ってますよ。猫は自分が濡れるのは嫌いだけど、水遊びは大好きなんだって。
そしてグルーミングさえしっかりやっていれば、わざわざ洗う必要もないこともよくよく理解してますとも。
だ・け・ど!
「ふやけてもいいっ! のぼせてもいいっ! 熱々の風呂に俺は入りたい―っ!」
はあはあ……渾身の力を振り絞って叫ぶ。
三人はきょとんとした顔で俺を見たけど、しばらくしてユンが思い出したようにポンッと手を打った。
「ありますよ、温泉。裏手の竹林の奥に小さな天然温泉があるんです。そこのお湯を薬を練るのに使っているんですけど、そこだったらトウマ様の願いを叶えてあげられるような気がします。どうします? 行ってみますか?」
「うわっ! 本当!? めっちゃ行きたい! ぜひとも行きたい!」
「ちょうどお湯を汲みに行きたいと思っていたところでしたし、薬草も少なくなってきていますから。一緒に参りましょう」
「でも……薬に混ぜるために使うんでしょ? 俺が入っちゃっていいもんなの?」
「大丈夫です。ため池に流れる温水をいただきますから」
「そっか! それじゃあ、案内お願いしますっ!」
「喜んで」
異世界で温泉に入れるぞ!
うまくいけば個人風呂としても使えそうだしな!
「それじゃ、あたいも行くよ。なんか危なっかしいし!」
「ああっ! 頼む!」
そう答えると、リンは顔を真っ赤にさせて横を向くと
「お、おまえのためじゃない。ユンのためだ!」
と言った。
「そうだね」
そっぽを向いた彼女の耳が俺のほうに傾いているのを見て、俺は小さく笑った。
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