猫を吸わないと生きていけない猫ジャンキーな俺が異世界で猫耳美少女たちと同居しながら酔拳の使い手を目指すことになりました

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第2話 猫酔拳の使い手?

公開日時: 2020年9月3日(木) 08:46
文字数:3,392

「たしかに俺の名前は倉橋くらはし斗真とうまだけど。その猫酔拳の使い手ってのはちがうと思う。俺、武術やってねえし」


ハク・レンと名乗った白猫さんに俺の名前は言ってないのに、相手はなんでもお見通しみたいな顔で俺を見る。

いや、それよりも猫がしゃべってるんだけど。ちなみにしゃべる猫と普通に会話してるんですけどね、俺。

これが異世界なのか。一応『言葉が通じるスキル』はデフォルト装備ということらしい。


「いいや、おまえだよ、トウマ・クラハシ。おまえほど猫が好きで、あらゆる猫を吸いまくる猫中毒者《ねこジャンキー》をわしは見たことがない」


それはわかる。猫好きには猫を吸う派と吸わない派がいる。

猫を吸うって飲み物でもあるまいし……とは猫好きではない一般人は思うかもしれない。そういう人には猫好きが行う『吸う』行為は『嗅ぐ』というものに見えるだろう。

しかし、ここは全力で否定しよう。

猫好きは『嗅ぐ』ではなく『吸う』のである! 間違っても『嗅ぐ』ではない!


そもそも、なんで猫を吸うかと言えば愛情表現だからだ。猫好きが猫のもふもふとした体に顔を密着させて臭いを嗅ぐ行為は、猫との深い信頼関係なくしてありえないことなんだ。

吸う部位に限りはなく、背中や顔、肉球などがある。ちなみに俺クラスの上級猫吸いはお尻の匂いだって至福であり、ごほうびになるんだよね。


「うん。それは認める。俺は世界一、いや、宇宙一の猫ジャンキーだからな! だけど猫ジャンキーがどうして世界を救うことになるわけ? 酔拳使った覚えなんてないんだけどなあ」


そりゃあ、昔、昔、ひとりカンフーごっこしたときに酔拳とか、蛇拳とか鶴の拳とか、まねしたことはあるけどさ。そんな程度よ?

すると白猫さんはう~んと困ったように腕を組んだ。


「うぬ……そうか。おまえはわしの芳醇な香りを一気に吸い込んで、絶頂《エクスタシー》状態にあったから記憶に残らないのも無理はない。見事に猫酔拳を使いこなし、異世界の乗り物の動きを封じ込めた。ゆえにわしはおまえだと確信を持って、ここに連れてきた。神の御心のままに、な」

「はっ? エクスタシーって!? たしかにすごくいい匂いを嗅いだ覚えはあるけど……わかった。ちょっと整理させて。ええっと、俺はハク・レン様の匂いを吸って、エクスタシー状態になった。そうしたらなんか知らないけど酔拳が使えて、車の動きをとめた。俺の中の知識と合わせると『酒を飲めば飲むほど強くなるっていう拳法』の猫バージョンのやつになるんだけど、そういう理解でいいの?」

「まあ、そんなところだな」


ハク・レン様は大きくうなずいた。

絶頂《エクスタシー》。それは幸福感の中でも神の領域のこと。

この神の領域に到達する手段は数あれど、簡単にはイケないのもまた事実。

なのに、そんなトランス状態になったということは、異世界の猫を吸えばまた、そういう体験ができるということなわけで。

いやいやいや、もっとよく考えろ、俺。


俺の知っているかぎり、酔拳は中国武術の一種で、酔っぱらったみたいな動きをする拳法のはずだ。強い酒を飲めば飲むほど強くなるとか、いい酒であるほど技の威力が増すとか、駆使しすぎると身を亡ぼすとか、そんな話はカンフー映画の中だけのもので、実際はまったく違うらしい。

あくまでも酔ったフリ。

しかしながら猫酔拳は本当に猫に酔うってこと? それじゃ猫を吸えば吸うほど強くなるってこと? もしもそれが本当なら、俺にとって天国《パラダイス》じゃね?


「そうだ。猫酔拳は文字通り『猫に酔う拳』だ。強い猫を吸えば吸うほど強くなるし、猫を吸えば吸うほど強くもなる。ちなみにこちらの世界の猫は、その者が持つ力によって香りが変わる。強い猫ほど深く官能的な香りがするものだ。わしのように、な。しかし、これはおまえのような中毒者でなければわからぬことでもある。普通の人間にはこの嗅ぎわけは不可能。ゆえに使い手は限られるのだ」

「なるほどね。異世界の猫さんたちがそれぞれ独特な香りを持っているっていうのは超魅力的だし、猫大好きだし、猫を吸ってないと生きていけない体質だから、すごくそそられる話だよ。だけど、やっぱり俺には難しいんじゃないかなあ? ほら、見てこれ。筋肉なくてガリガリだしさ。頭もいいほうじゃないし。猫愛だけしかとりえないんだよ? ねえ? ねえ? ねえ?」

「ああっ、もう、うるっさいわ!」


ハク・レン様がベシッと俺のほほに猫パンチを繰り出す。プニプニ肉球が俺のほほに当たった瞬間、ふわんっとまた芳醇な香りが鼻孔をくすぐった。

くらっと脳が揺れる。気持ちいい。


「ふへへ」

「ええいっ! しっかりせんかっ! このド阿呆が!」


ベシ、ベシッとハク・レン様に殴られる。そのたびにいい匂いが漂って酔ってしまう。

ああ、この肉球パンチはしびれるわあ。ぷにっとやわらかい肉球といい、ほどよくスナップが効いた威力といい、絶妙すぎる!

最高だ! 最高すぎる!

しあわせホルモン爆分泌っっっ! いやっほいっ!


こんなことをしばらく続けていると、ふわふわと気持ちよくなっている俺の腹がぐうきゅるるると大きく泣いた。ぺたんとその場に座り込む。

忘れてた。俺、そういやここのところ、まともに飲み食いしてないわ。


「ああ、腹減ったあ。喉も乾いたあ。なんか食べたいぃ。なんか食わせてえ……じゃないと俺、きっと違う意味で死ぬうぅぅ」


きっと今は3kgぐらい痩せたんじゃないかな。

それくらい猫が吸えない状況は俺にとっては生命の危機に直結することになるんだよ。

俺の訴えを聞いたハク・レン様はやれやれといった具合に大きく肩を落とした。


「わかった。話の続きは隠れ家についてからにしよう。もうすぐ迎えも来るだろうし」

「迎え?」

「どうせ歩けと言っても歩けないだろうが」


ハク・レン様が深いため息を吐いた。たしかにもう一歩も動けない。動けないどころか、起きているのもやっとだ。

連日の猫成分の枯渇は俺からあらゆるものを奪っている。正直、息をしているのがやっとのところ、なんである。


どれくらい待っただろう。顔はすでに地面とくっつき、仲良くなってしまったかのように離れなくなっている。

意識が遠のいていき始めたとき、前方に小さな赤い火が見えた。火の玉だろうか。ゆらゆら揺れながら、こっちにまっすぐ向かってくる。


「ハク兄《あに》い~っ!」


女子だ。女子の声がはっきりと聞こえて、俺はむくりと起き上がった。

三度の飯より猫好きな俺ではあるが、猫の次に女の子が大好きなのだ。まあ、好きな度合いは猫には及ばないけども。


ドドドッと大地に轟音を響かせてやってきたのは一頭の立派な白馬だった。その白馬に声の持ち主らしき女の子がひとりまたがっていた。

ショートカットの黒い髪に金色の瞳の美少女だ。褐色の肌に映える白いモフモフビキニ、白い手袋、白いブーツ。さらに頭の上には黒い三角形のケモ耳に黒色の長いしっぽ!


「ケモ耳娘! マジでかっ!?」


ああ、なんという眼福な画。無類の猫好きであり、美少女好きな俺のハートを一発で仕留めるくらい攻撃力の高いビジュアル!

おおうっ! 異世界最高! 美少女最高! ケモ耳娘最高!


「遅くなってごめん、ハク兄ぃ。クウ・メイ様の体調があまりよくなくて啓示をいただくのが遅くなっちゃったの」

「して、クウ・メイ様の容態は?」

「ユンが治癒功とお薬で対応してるから、ちょっと元気になってきたよ」

「そうか」


ユンという回復系の使い手さんがいるってことか。クウ・メイという人物は神の使いってところなのかな。おお、まさしく剣もとい、拳《ケン》と魔法の世界!


「で、ハク兄ぃ。そっちがクウ・メイ様のおっしゃった『英雄』なの?」

「ああ、そうだ、リン。彼こそが我らが猫人族の世界を救う酔拳の使い手トウマだ」

「へえ……」


リンと呼ばれた美少女が「よっと」と言いながら白馬から降りた。俺のほうをじろじろと見た後で、彼女はふぅっと小さく息を吐くとギロッとにらまれた。そして――


「やめろ、リン!」

「へ?」


彼女が体をひねるように回したと思った途端、俺の目の前には彼女の長い脚が迫っていた。

白いブーツが俺の顔面にめり込む彼女の足がコマ送りのように再生される。


「へぎゃあっっっ!」


脳を揺らす強烈な蹴りに俺は無様な叫び声をあげてその場に突っ伏した。


「トウマッ! しっかりしろ、トウマッ!」


遠のく意識の中で、ハク・レン様の焦った声だけが耳に残っていた。

異世界……万歳?


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