身支度を終えた俺たちは家の裏手にある竹林に向かった。
俺たちが生活する隠れ家は村の外れに位置していて、東側には竹林、北には山脈があって、西に向かえば村の市場へ出られる。南は俺が最初にこっちの世界に来た場所である草原が広がっている。
言ってしまうと、ぽつんと一軒家。
ワンの目から隠れるためになるべく民家の少ないところにいるんだと、道すがらにユンが教えてくれた。
そんなワンは北の山脈の向こう側にあるシャンミャオの都『ペイラン』にいるらしい。
ワン自身が都を離れることはほとんどないけど、一派の人間の要請があれば、視察に来る場合もあるみたいで、気が抜けないとふたりはため息を吐いた。
「ペイランの他にも町とかはあるの?」
「大きな集落は都以外に三か所あるよ。東の『トンラン』、南の『ナライ』、西の『シーラン』なんだけど、東と北にはそれぞれに統括所があって、一派の幹部連中たちが派遣されてるんだ。ちなみにうちの村は東の『トンラン』の管轄地区になる。なにか問題が起きたときはトンランから役人が派遣されてくるんだよ。南の『ナライ』だけは独立行政地区になっていて、ワンも迂闊には手を出せないんだ」
「なんで?」
「ナライにいるフォン・ヘイミャオ様は王家の方なんです。今でこそ、都を追われてナライの町の統括長となっておられますけど、民の信頼も厚く、人気もあります。シン教会の後ろ盾もありますし、簡単には手を出せないんですよ」
「へえ、すごい人がいるんだね」
「まあ、そんなすごい人の親友がハク兄ぃなんだけどな!」
まるで自分のことのように鼻高々にリンがつけ加えた。
この国の元王様と親友って、ハクは本当にいろいろすごい猫様なんだなあ。
「トウマ様もいずれ、フォン様にお会いする日が来ますよ、きっと」
「そうだな」
話しながら、俺たちは竹林の中を進む。
その間にユンは薬草についても説明をしてくれた。
彼女はそこいらに生えている薬草を摘み取ると、手にした籐の籠の中へ入れていく。籠の中で種類別にわけながら、薬膳につかう山菜なども一緒に教えてくれた。
「そろそろですね。あっ、あれですよ! トウマ様!」
ユンが指さす方向から『カッコン』という、なんとも風流な音が聞こえてきた。
音のする場所へと歩を進めると、竹林の奥深くにぽっかりと開かれた場所が現れた。竹林がぐるっと取り囲む広場のような場所の真ん中には隕石みたいな大きな岩がひとつと、30cmくらいの長さの平べったい石が横たわっている。
平べったい石の上には、節ふたつ分ほどの長さの竹筒の先端を斜めに切り落としたものが設置されている。斜めに切断された竹筒へと大きな岩からわきだした水がちょろちょろと流れ込む。その重みで竹筒が動いて、溜まったものを池へと流す。戻った竹筒が台座の石をたたくと、先ほど聞いた『カッコン』という爽快な音が響いた。
「ししおどし……じゃん」
「トウマの世界にもあるの? こっちではね、へびおどしって言うんだ。このおかげでへびや獣が寄ってこないんだよ」
そうだね。日本のししおどしも餌を求める鳥獣たちから農作物被害を防ぐために開発された装置だからね。原理はどの世界でも同じってことか。
「とりあえず確かめてみましょう。トウマ様の希望の温度だといいんですけど」
ししおどしのある場所まで近づくと、ため池に溜まったお湯からは白い湯気が立ち込めている。少し白みがかったエメラルドグリーンのお湯はまさに温泉だ!
「ため池の温度はへびおとしの前の温度に比べるとずいぶん下がっていると思います。たぶん、トウマ様が指を入れても大丈夫だと思いますよ」
そうユンに促され、俺はため池に指を入れてみた。
「おおっ! ちょうどいい! たぶん42度くらいだね、これ!」
「ええっ!? 42度! ぜったいに入れないよ! 熱すぎるもんっ!」
「日本の外風呂はだいたいそれくらいの温度だよ! 冬の寒いときに入ると体があったまって生き返るんだ、本当に!」
「おまえのいた世界ってすごいところだな。こんなお湯に入ったら三秒で死んじゃうよ」
リンが「すごい、すごい!」と感心する。
いや、こっちの世界のほうがすごいよ。いろいろ規格外で俺、びっくりを通り越してるよ。
「トウマ様、お湯加減がよろしいようでしたら、さっそく入ってみたらいかがでしょう?」
「うん! そうだな!」
服を脱ごうとして俺は手をとめた。
顔をあげるとユンとリンがじっとこちらを見ている。
「えっと……見られてると入れないんだけど……ちょっとだけ後ろ、向いていてもらえると助かるんだけど……」
「あっ、そうですよね。申し訳ありません」
ユンとリンがくるんっと背中を見せた。
なぜかリンの耳がこちらに向いているのはあえて見ないことにして、俺は手早く服を脱ぐと、ため池に入る。
池の水位は膝より少し上くらいの深さだから、おぼれる心配はない。
ゆっくりと体を沈める。
熱いお湯が全身にしみ渡る。これはものすごく気持ちいいっ!
これまでの疲れが一気に消えていくみたいだ。
やっぱり日本人は風呂だな、風呂!
「ふあ~っ! 生き返る~!」
足を伸ばせしても入れるくらいの広さだから、ググっと体を伸ばしてみた。
「それはよかったです」
俺の声に反応して振り返ったユンが「これはお洗濯したほうがいいですね」と俺の脱いだ洋服を拾い上げた。
「あっ! でもっ! パンツは……その……」
「え? どれのことです?」
「えっと……手に持ってるやつ……なんだけど」
美少女の手にしたグレーのボクサーパンツを指さした。
美少女たちが顔を見合わせてからパンツを顔の辺りまで持ち上げてみせる。
「これって夏用の股引じゃないのか? まあ、こっちだとこんな短い股引も見たことないけど」
「でもとっても動きやすそうです! これ、こっちで売ったら流行るかもしれません!」
まじまじと美少女たちが俺のパンツを観察する。
やめてっ! 本当にやめてっ! こんな辱め、耐えられないっ!
せめて洗ってからにして! お願いだからっ!
「でも、そうだな。これも市場に行ったときに買ってこないとな。服は兄ぃのやつでいいだろうけど、さすがに下着はなあ」
「それもそうねえ。いくらなんでもトウマ様もお嫌でしょうし」
「サイズは普通でよさそうだな」
「そうね。大きめを選ばなくてもよさそうね」
美少女たちが俺のパンツをさらに観察して言った。
なにこれっ! なんなのこれつ!
お願い……もう勘弁して……!
俺はゆっくりとそのままお湯の中に顔を沈めた。
これから風呂は絶対にひとりで来ようと心の中で固く誓った。
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