僕は病的な人間だ。僕は意地悪な人間だ。僕は人に好かれない人間だ。これはどうも脳ミソの回路に異常があるらしい。もっとも僕は、自分の病気のことを実はちゃんと理解していないし、本当に脳の病気であるのか、それさえもわからないのだ。
僕は精神科医という職業を尊敬してはいるけれど、彼らの治療というものを一度も受けたことがない。無論、こんなおかしな人間になる前には十分な教育を受けていたし、自分がある種の心の病であることはちゃんと自覚しているのだが、意地でも精神科の治療なんかは受けたくないのだ。
僕のこの気持ちは、君らにはきっと理解して貰えないと思う。僕にはそれがわかっている。そして、僕がこんな意地を張ったところで誰も得しない事も、ちゃんと理解しているのだが、それでも【そうしよう】とする理由を説明しようというのが、この手記の目的の一つだ。
僕が精神科の治療を受けないからといって、それが自分の嫌いな奴らを「凹ませる」事にならないのは、自分でもよく承知している。そんなことをしても、損をするのは自分だけだという事は、百も承知なのである。となると、僕が治療を受けないのは、やはり脳ミソの回路がおかしいという事になるのだろう。
いいさ。脳ミソがおかしいなら、もっともっと、おかしくなるがいい!
僕はもう二十年も前から、相場を張って生活をしている。僕はもう四十五だ。以前は会社を経営していたが、今は金になる当てもない文章を書きながら、自分より評価されてる人間を唾棄してるだけの毎日である。
僕はかつて、意地の悪い相場師だった。素人を高値で嵌め込んで、彼らの怨嗟のツイートを見ながらニヤニヤしていた。なにしろ僕は、誰からも金を受け取らなかったのだから、せめてそれくらいの報酬は受けてしかるべきだったのである。
(無論、これは冗談だ。思いついた時は面白いと思ったのだが、実際に書いてみたら大して面白くもなかった。だが僕は、意地でもこのつまらない文章を消さないでおく。その理由は、きっと後でわかるだろう)
僕の仕掛けている銘柄の事でボンクラどもがDMを送ってくると、僕は、「自分で考えても分からないものは、人に聞いても分かりません」と冷たく返した。連絡の来ないまま自分がブロックされてることを確認すると、抑え切れないほどの満足を感じたものだ。それは大抵うまくいった。彼らは金の事しか考えない、いわゆるデートレーダーという連中だったからである。
そのデートレーダーの中に、鼻もちならない有名人が一人いた。ソイツの名前を仮にTとしよう。こいつは高々パチプロ上がりのくせに、しょっちゅうマスコミに取り上げられていて、こっちが必死に作ってる相場に提灯を付けては、僕が捌き切る前にきっちりと売り抜け大金をせしめていた。しかも奴は、その儲けの一部を児童養護施設に寄付し、取り巻き連中から聖人の如く扱われているのである。
「デートレーダーなど、何の役にも立たないクズだ」
そう公言していた僕は、奴と一年半ばかり戦争をつづけた。相場に関しては僕の全敗だったが、最終的に勝利はこっちのものになった。
やっこさん、とうとうデートレをやめてしまったのである。真面目な投資家になろうとしたのか、トレードの腕が落ちたのかは知らないが、ともかく奴は僕の相場には手出ししなくなった。取り巻き連中に持てはやされる事にも飽きたのか、寄付の話もやらなくなった。
僕は相場には負けたが、目的はちゃんと果たしたのである。但しこれは、まだ僕が大金を持っていた頃の話だ。さて、僕の天邪鬼な気質が、この話のどんなところにあったか、諸君に想像がつくだろうか?
その答えは、実は大して面白くもない。この話の一番肝要なところは、一年以上に渡ってTと不毛な戦いを続け、莫大な金を失ってようやく勝利を収めたというのに、僕はちっとも楽しくなかったという事だ。
本当の僕は、特に意地悪な人間でもないばかりか、世を拗ねた人間ですらなく、ただ単に綺麗なチャートを作りたいだけのオタクである。無論、奴らと仲良くしようとは思わないが、主義主張の違う連中と喧嘩してる暇があったら、もっと銘柄やチャートの研究に自分の時間を使いたいと思っていた。
だが、当時のフォロワーは、僕のそんな気持ちを理解してはくれなかった。僕の銘柄を馬鹿にしてる奴らを見つけると僕にタレこみ、「こいつを放置してていいんですか?」と義憤をぶつけてくるのである。
「ああ、またか……」と思いながら、僕は自分の発した言葉に忠実であらんとソイツに喧嘩を売りに行き、相手を論破してはわざわざ敵を増やし、自分の相場を不利にしていたのだ。
まあそれは別にいい。僕は誰かに愛されるために相場を作る訳ではない。僕が僕自身に一番腹立たしさを感じることは、【自分のイメージを守る】というただそれだけのために、一刻一分の止み間なく道化を演じている自分自身にあったのである。
要するに、何が言いたいのかと言えば、さっき僕が意地の悪い相場師だったと言ったのは、あれは自分で自分を中傷したのだ。この手記を読む人に、良い人だと思われたくなくて、わざと自分を傷つけたのである。
確かに僕は、素人を散々嵌め込んで来たけれど、本当のところ、自分が一番大量に株を抱え込んでいたので、まともに売り抜けられた試しがない。それどころか、自分の手掛けている銘柄が高値になればなるほど、まるで反対の要素が自分の内部に充満していくのを、ひっきりなしに感じていた。
誰もが「ここはヤバい」と感じる場面になればなるほど、その銘柄を煽り、自分でも買いたくて仕方がなくなるのだ。
二十年以上も相場で飯を食っていながら、そういう自殺願望的な要素が、体の中でウヨウヨしていることを僕は知っていた。そして、そういう破滅型の人間である事を理解していたからこそ、僕は自分をルールで縛り、そいつをなんとか外に出さないように抑え続けていたのである。
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