僕は叩きには慣れていた。むしろそれは喜びですらあった。だが、たまに褒められた時にはちょっと困った。勿論、僕だって褒められたくて書いているのだが、いざ実際にそうなってみると恥ずかしくて、顔から火が出るほど苦しんだ。
「僕は君たちを騙している!」
どうしても、そういう気持ちに苛まれてしまうのだ。しかし諸君、いま僕は何かを後悔して、諸君に許しを乞うためにこの手記を書いている訳ではない。きっとそう思われるに違いないのだが、僕は諸君に『いい人』だと思われたくて、この手記を記している訳ではないのだ。
僕は結局、何者にもなれなかった。悪人にも、善人にも、卑劣漢にも、正直者にも、英雄にも、虫けらにすらなれなかった。だが、とても残念なことに、僕は自身が凡人であるにもかかわらず、本物を見抜く目だけは確かにあったのである。
「本当に賢い人間は、本気で何かになることなんて出来ない。実直なバカだけが、運よく何かになれるのだ」
こんな何の役にも立たない気休めで自分を慰めながら、僕はつまらぬ日々を送っていた。一回りも二回りも年下の商業作家たちを憎んで憎んで憎みぬきながら、彼らの新作が更新される時間を、毎日毎日、犬のように待ち続けてきたのだ。
昭和に生まれた人間は、精神的な意味で、もっぱら無性格な存在たるべき義務がある。ところで性格を有する人物、つまり、本当の意味で売文業を生業としている人間は、もっぱら浅薄な存在でなければならない。これは四十年来の僕の持論である。流行りすたりに乗り遅れることは、彼らにとっては死を意味するのだ。
僕はいま、四十五だ。四十五歳といえば、何かを成すには遅すぎる大変な高齢である。そもそもプライドが高いだけで何の役にも立たぬ人間が、四十年以上も生き延びるのは無作法だ。いったい誰が何事も成さぬまま、女性の肌も知ることなく四十年以上も生きていられるだろう?
正直に、誠実に答えてみたまえ。答えたくないというなら、僕が代わりに答えよう。プライドの高い引きこもりのオタクだけが、四十年以上も生きて大魔導士にジョブチェンジするのだ!
僕はこの世の全ての売文業者どもに、面と向かってそう言ってやる! ワナビの尊敬を受けている、異界転生チートモノばかりを書いている商業作家どもに言ってやる! 僕はまだ、その権利だけはちゃんと持っているのだ!
何故なら僕は、僕にしか面白いと思えない作品を書きながら六十までも生き延びるからだ。いや、もし僕の脳ミソの欠陥が明らかになれば、八十までも生きつづけるからだ! 施設の人に言わせれば、僕は診察さえ受ければ、障害者年金を確実に受けられるそうである。いや、ちょっと待ってくれたまえ! まずは息をつがせてもらおう。
僕はずっと相場で食ってきた。それだけは本当の話だ。以下に落ちぶれたとはいえ、僕は僕の嫌いなお上の援助で命を繋ぐのだけは嫌だった。だから、施設の人たちがどんなに受診を進めようと、絶対に精神科にだけはかからないと決めたのだ。無論、僕はおかしくなってはいるのだろうが、脳ミソの異常を他人に決め付けられたうえ、嫌いな相手の慈悲で生きていくなんて、悲しすぎるじゃないか。
諸君! おそらく諸君は、僕が諸君らを笑わすつもりでこんなことを書いていると思っておられるだろう。とんでもない間違いだ! 僕は諸君の考えておられるような暢気千万な男でも、或いは一部のフォロワーがガチで信じ込んでいるような、闇社会の人間でもない。
もっとも、こんな饒舌に癇癪を起こした僕を、「またいつものが始まったな」と笑いながら見ている古参たちに対して、少し苦言を呈したいとは思っている。もし彼らに、「全力さん。次は一体、何をやらかすなのですか?」と尋ねられたなら、「僕はこれから、一人の底辺作家として生きるのだ」とお答えしよう。
僕は食わんがために(ただそれのみのために)、ピクシブ・ファンボックスを始めた。そこで支援してくれた最初の三十八人は、「まあ彼もオワコンだけど、昔は楽しませてくれたしな」と、お情けで僕を支援してくれたのだ。
当時の僕は、東芝機械という株で大損して、沖縄県某所にあるワンルームで毎日泣きながら暮らしていた。そこに来るのは二回目だった。家主は田舎出の婆さんで、水や電気を使い過ぎだといつも文句を言いに来るのだ(それらは本来、家賃の中に含まれているはずだった)。
前回来た時には、僕は希望に満ち溢れていた。仮想通貨がものすごいブームになっていて、僕もまたそのブームに乗るべく、資金調達のための目論見書を書きに来たのだ。つまり、その時も缶詰になっていた訳だが、僕がそれを書き終えた直後に数百億円規模の流出事件が起こって、ブームは完全に鎮静化してしまった。おまけに僕は、支援者の一人がやらかした酷いトラブルに巻き込まれて、貴重な相方まで失ってしまったのである。
仕方なく、僕は一人で株の世界へ戻ったのだが、復帰後は連戦連敗。とどめを刺されたのが、先に書いた東芝機械の相場だった。家賃はおろか、帰りの飛行機代すらなくした僕は、「どうせ頭を下げるなら、国に下げるより古参の支援者たちに下げた方がマシだ」と思ってファンボックスを始めたのだ。
今の僕は、スパ銭や知人の家を転々としながら、彼らの支援金を取り崩しつつ暮らしている。およそ、まっとうな人間の生活ではない。だが、僕はそれでも、自分が作家になることを諦められずにいるのだ。相場師に復帰することだって、決して断念した訳ではない。僕が相場を捨てる訳には……。
ええい! 僕が相場に復帰しようとしまいと、そんなことはこの手記を読む人間には、どうでもいい事ではないか!
言うまでもないことだが、僕がこれまで書いてきたことは、ほとんど全てデタラメである。実際の僕は沖縄どころか、もう何年も部屋の外にすら出ていない。いま書いているこの手記を、君らがあんまりが「面白くない」と言うものだから、ここは一つ嘘をついて、諸君らを笑わせようと試みただけの話だ。
それにしても、真っ当な人間が心から、満足しながら話すことができる話題というのは一体なんだろう?
「答――自分自身のこと」
では、僕もひとつ自分の話をしよう。今度は、本当の本当に。
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