朝だ。宿屋の部屋を出る。宿屋の店主に握手を求められた。
俺も自分がどれくらい有名なのか、ネット見ないとな。
建物を出る。
「おはよ」
「おはよう」
「おはよー!」
「おはようございます」
スモックとフローガの隣に、スーツのような服装をビシッと決めた女性が立っていた。
わ、ルーチェさんか。
「お、おはようございます」
「私は、こういうものでした」
名刺を受け取る。
”株式会社パング 配信営業部 営業兼マネージャー ルーチェ”とのこと。
株式会社なんだ。
「ネットで話題のクレアジオーネさんに、私の会社の配信者になってもらいます!」
「わー配信者ですか。面白そっすね……」
やったことないのに、なんとなく苦労が想像つくし、想像以上のこともあるだろうし。
未知は結構楽しむ方だと思ってたけど、配信者は大変そうだよなぁ。
「なんか乗気じゃなさそうね」
「まぁ……憧れではありますよ」
「お金、稼がないといけないしね~」
「いつまでも俺に頼ってくれてもいいけどな」
フローガの言う通りだ。スモックは言う通りではない。
「配信者やります。やってみせますとも」
「わぁありがとう。じゃあ契約書にサインと拇印を頂戴ね♡」
以前働いていたときの感覚でサインし、指に朱肉をつけて押す。
「ありがとう。じゃあそこでちょっと提出して承認もらってくるから!ちょっと待ってて!」
「え、そこで?はい」
ルーチェさんは近くの建物に入っていった。
承認貰うにしたって、すぐ貰うのに上司に言い訳とかするのかなぁ。あれ、やると分かるけど怠いんだよなぁ。
「あの女の人、すごい魔力量だね」
「あぁ。ルーチェさんもフローガと一緒だよ」
「あたしと一緒?魔力量が?あれで?」
「……?」
会話が嚙み合わない。
いやーーーー
まさか人造人間の自覚がないのか。
思えば、学校も行ってたような口振りだった。
「そういやフローガ、ディストルツーって名前、聞いたことあるか?」
「ないけど」
つまり小さい頃から人間に育てられていて、人造人間の自覚もディストルツーの名前も知らないということだ。
まぁ正直人造人間がどの段階で自己を知って、かつディストルツーの名前を知るのか分からないけれども。
俺はたまたま神人のおじさんに教えられたから知ってるだけで。
俺が考えていると、コショコショと内緒話するようにスモックが耳打ちしてきた。
「お前、前にルーチェさんと話してた時もディストルツーって名前出してたよな。なんかあんのか?」
この内容をちゃんと耳打ちで伝えてくるあたり、察しが良いな。
「俺も含めてディストルツーってやつから生まれた人造人間がいて、通常の人間より魔力を持ってる。ルーチェさんもフローガも人造人間だ。でもフローガに言うなよ」
「あぁそういうことか。今更驚かねぇよ。分かった分かった」
物分かりの良い友を持ったもんだ。
「2人で何話してるの?」
「「フローガの胸の話」」
「嬉しキモい」
「ごっめ~~~ん。遅くなった!!……はい、機材」
「あ、ありがとうございます」
承認を貰ったであろうルーチェさんから、配信用の機材……スマートフォンとイヤホンマイクを渡される。
「スマホとイヤホンマイクね。このアプリを使って……」
「ふむふむ」
説明を受ける。
起動方法、スマホの仕様、配信アプリの使用方法等々。
説明を受けた後に一通り自分で動かす。
「飲み込みが早いのね!」
「まぁ……それほどでも」
元いた世界で散々触ったからな。
「じゃあ、そういうことで。分からなくなったら電話してね。後、何か連絡があったらそのスマホにメッセージ送るから」
「分かりました。ありがとうございます」
ルーチェさんは去った。
これでお金が稼げれば良いけど。
「……でも何しよう。企画とか無いぞ」
「日常を配信すれば良いんじゃない?無名だったら需要無いかもだけど、有名だし」
「日常ねぇ」
自分の日常にさして価値があるとも思えないけど。
何もしてないし。
「今日も図書館行こうと思ってたけど、配信するなら何かしてぇな」
「配信な~~~~。というか、そういやSNSに何も書き込んでないし、まず書き込んでみるか」
おはようございます。宿屋なう。
と、書き込んだ。
「これで反応見よう」
「お前……人が集まるぞ」
「え?」
「あのークレアジオーネさんですよね?」
後ろから声を掛けられる。
振り向くとカップルらしき男女が立っていた。
「そうですが……」
「わぁ。一緒に写真撮ってもらって良いですか!?」
「良いですよ」
3人で写真を撮る。
「やったな!ありがとうございます」
「嬉しい!ありがとうございます」
「いえいえ」
カップルは走り去った。
「ちょっと妬けるな~」
「俺たちもいるのになぁ?」
「じゃあ今度写る時は3人で写ろう」
「やったぁ!」
「まぁ、そうすっか」
ぶっちゃけ、目立ち過ぎると良いことが無い。
これはその内分かることだろう。
まずはこの写真撮影の列をさばかねば……。
ーーーーーーーーーー
写真撮影の列、なんとかさばけたな。
まぁ今度は色んな人間から対戦を求められたから、対戦対戦と。
配信用スマホをフローガに持たせる。
「まずは君からだね。……フローガ、配信できてる?」
「できてるよ~」
「クレアジオーネさん。お願いします」
「お願いします。よっしゃ。やろうぜ」
ーーーーーーーーーー
対戦の列もさばいた。
安堵したいところだが、俺は今、建物の影に隠れている。
右腕が、消えている。
魔力消費が激しかったから?いや、そんな馬鹿な。
テラスとの戦いだって激しかったけど、右の手の指で済んだんだ。
確かに一般人と言えど手強く、やはり一つのことに特化した魔法使いは強いなあなんて思ってた。
戦い自体が長引いた……から……か?
くそ。右腕を再生して……なんだ?再生しない。気魔法が発動しない。
後ろから足音が聞こえる。マズい。仕方ない。右腕を創る。
「クレア?大丈夫?」
後ろを振り向く。
フローガが心配して見に来ていた。
「あぁ。この通り。大丈夫。ちょっと吹っ飛ばされたけど」
「良かった。ほら、今日の配信終わるでしょ?バイバイで締めよ!」
「配信ご視聴ありがとうございました。バイバイ~」
右手を振る。
配信が終わる。
無理矢理にでも笑顔を作る。
さっきまで魔法は使えてたし、創魔法も使える。
突然気魔法が使えない、なんてことあるか?
試しに掌に火を起こす。
火は起こすことができた。
なんだったんだ。
前は能動的に発動できたのに。
発動が不安定なのか。
「クレア、どうしたの?」
「気魔法が発動しないんだ。元々能動的というよりは受動的に発動する魔法だったらしいから、俺が発動条件を勘違いしてるだけかもしれない」
「へぇ~。気魔法は発動しなかったんだ。でも他の魔法が使えてるんだからすごいよ!」
「すごい……のかなぁ」
ガオーワンに聞いた方が良いかもしれないな。
呼び出して実際に来るのか知らないけど。
てかどうやって精霊と連絡すればいいんだ。あ、いや、神人のおじさんがいるじゃん。後で聞こ。
ーーーーーーーーーー
夜。宿屋に戻って各自部屋に入る。
モスキート音を鳴らす。
「モスキート音で、私を、呼び出す人、君、くらいだよ」
「ありがとうございます。ちょっとお聞きしたいのですが……」
気魔法が発動できなかったことを話す。
「そもそも使えること自体、珍しいからね。伝説の勇者の魔法だし。人造人間と言えど、なかなか、思うようにいかないことも、まぁまぁ、あるだろう」
「そうですか……。今は創魔法でなんとかなってるので良いですけど、魔力消費でこれだけ身体が消えてるとなると、生活していけませんよ……」
「そもそも、魔力消費で身体が消える、なんて、なかなか聞いたことないけどね」
「え」
「だって君は、通常の人間の、30倍以上の魔力を、持ってるんだよ?一般人が、肩で息をしている間、脱水症状を、起こしている間だって、人造人間には、そんなことにならない」
「そんな。でも事実として消えて……」
神人のおじさんは考える素振りを見せた。
「君は、そんな状況でも、創魔法は、使えたんだよね」
「はい」
「恐らく、今回の、身体が消える現象は、無魔法だ。魔力でできた身体を、魔力に戻されている。そして神には、無魔法を無視して、使える魔法が、何個かあるんだ。創魔法は、君にとって、最大の武器になる」
「つまり、誰かが俺を狙って無魔法を掛けているってことですか。こんなこと言っても解決しませんけど、なんでそんなことを……」
「今、この世界で、神様はお隠れになっている。それで、神様のいない星、ということで、他の、何者かが、侵略してきている、と考えた方が、良さそうだ」
「神様ならいますよ。僕が深く眠っていたり気絶したりしているとアドバイスくれます」
「なんと!それは、良かった。それなら、安心。……とまぁ、要領を得た説明だったか、分からないけど、注意してね」
「ありがとうございます!おやすみなさい」
「おやすみなさい」
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