朝の出勤前
今朝は、昨夜何もしないで寝てしまったので、和夫は朝から忙しかった。部屋の掃除、洗濯、入浴、歯磨き、髭剃り、洗顔、洗濯物をベランダに干した後は水耕栽培の容器に液肥を補充する。
発芽していない栽培槽には水道水で発芽している栽培槽には液肥をやる。栽培槽が三百五十ミリリットルや五百ミリリットルのペットボトルをカッターナイフで切ったものばかりなので、その中に入れる溶液は少ないが、入れる時に手が震えてこぼしてしまって勿体ない。今更ながら「もっと大きな栽培槽にしていれば良かった」と反省しきりだ。
カモミールはやっと芽が出て来た。可愛い。まだ芽が出てこないハーブもあったので、播種時期が暑過ぎたのかもしれない。
ホテルヨーロッパに用事があって行った時に温室のスタッフがミニトマトの芽欠きをしていたので、その芽を貰ってきて挿し木にした。発根してくれる事を願っている。さてさて、準備ができたら出勤だ。
*
出勤前に地域の運動会の見学。
ホテルに勤務していると、土日祝日は平日と同じだ。世間とは全く違うカレンダーの色になる。今日は日曜日で今月は後一日出勤すれば来月になる。
生の歓声を久しく聴いた事が無く、数年前に広島を一人旅し、広島球場の近くを歩いていた時にプロ野球の試合の歓声を聴いたのが最後だった。歓声というのか、スタンドを埋めた観衆が一斉に声を上げたどよめきだった。
テレビで中継されるプロ野球やサッカーの試合を観戦していると、唸り声のような地響きのような、とてつもないエネルギーが場内を支配しているようで圧倒されてしまう時がある。
和夫の今にも壊れそうな古いテレビのスピーカーからの音なので、不協和音のように二重になって出てくるから余計にそう思うのかもしれない。
それにしても人の心がパッと発散できるのは素晴らしく近所の小学校で行われた地域の運動会を見学して良かったと思った。市街地内の学校だけにグラウンドも決して広いとは言えないが、子供たちとその両親や祖父母が力を合わせて元気いっぱい綱引き、リレー、応援合戦と次々に見せ場を作っていた。声を出すのは圧倒的に母親たちで、テントの来賓席には町の有志のお爺さんお婆さんがずらりと座っていた。
子供たちのキンキン声が生暖かい夏の朝の空気を更に熱くさせ、母親たちはこれにつられて声を出していた。我が子の名を呼び「〇〇ちゃん、頑張ってぇ!」とさながらジャニーズのコンサートのような黄色い声が飛んでいた。子供たちと共に両親や祖父母が声を上げて一つの事に集中している姿は微笑ましかった。
明るく、楽しく、活気に満ち溢れ、子供たちの生の歓声に妙に新鮮さを感じ、運動会がある事をご案内下さった自治会長さんにお礼だなと思いながら出勤した。
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朝の清掃 朝食のスタンバイ。
和夫は事務所に着くと、いつも置いてある箒と塵取りが無かった。どうしたものかと思った和夫は、ホテルの内外を探し回った。探しながら、蜘蛛の巣取りと一緒に自分の車に隠しておかなくてはダメだったかと反省した。
使ったら使いっぱなしで同じ場所に返さないのが、ここのホテルの連中はだらしない奴が多くて本当に困っていた。探したら和食の出入り口の中にあった。お陰で15分ほどロスをしてしまった。
それにしてもこの吸い殻入れは先日、愛美と清掃作業をしていた時から既に10日は経っているのに、誰も片付けようとしないのはある意味で流石だと思った。
和夫は帝丸ホテル時代に先輩から、「良く気が付く。」と褒められているのか、イヤミを言われていたのかは定かではなかったが、度々言われていた言葉だった。人が行動を起こす前にやっていしまっていたからだった。
これは「働くとは傍を楽にさせる事。」「周囲の人や世の中の人を楽にさせて、その対価としてお金を受け取る事が働くという事。」の意味だとパートの宗教をやっているオバサンから和夫が若き見習いの時に教わった事だった。つまりは積極的に「他者貢献、いわゆるギブ&ギブ。」で「見返りを要求しない。」事が働く事の本質だという事をいつも和夫は座右の銘としていた。
今日は昨日の朝に会った女子中学生の母親という人と駅前で会った。
「昨日は娘と楽しい会話をありがとうございました。」と母親。
「何が楽しかったのでしょうかね?」と和夫。
「あの子、父親がいないからだと思うのですが、お話した事を学校から帰って来てから直ぐに作文にしていたのを私が仕事から帰って来て直ぐに読まされて『お父さんにあった時のように楽しかった。』と書いてあったので。」と母親が説明してくれた。
「失敗した話しをしたからかもしれないですね。」と和夫。
「また会ったら宜しくお願いします。」と母親。
「はい。」と和夫は言ったものの何だか狐につままれたような気持ちだった。
事務所に行き、タイムカードを押して倉庫に入って牛乳とジュース類を台車に載せてレストランに行った。既に大崎、英子、山下、愛美がスタンバイをしていた。
「愛美は和夫と再会してから一回も休んでないけど大丈夫なのか? 三十歳の若さだから大丈夫かもな」と独り言を言いながら、ホールスタッフに挨拶をした後に洗い場に行った。
多部と鈴木が居たので、「おはようございます」と二人に挨拶をすると多部が、「依田さん、昨日、ありがとう、あれから仕事がやりやすくなったから」と言った。
「良かったじゃない」と和夫。
「それにしても依田さんは人を煽てるのが上手だね、あれからあの女社長は滅茶苦茶、機嫌が良かったからさ」と多部。
「本当の事を言っただけだよ」と和夫。
「依田さんは、熟女殺しだもんね?」と鈴木。
和夫は右手をピストルのようにして多部と鈴木のそれぞれに指先を向け「バン!」「バン!」と声を出すと二人は、「やられた~!」と言って大笑いをした後に仕事をし出した。
調理場に行き、挨拶をすると、料理長が、「今日、県庁の榎田さんと佐野さんそして美術館の植野さんが来て会議をするみたいなのですが、依田さんは呼ばれていますか?」と訊いた。
「いいえ」と和夫。
「私だけで良いのかな、副社長から言われたので」と料理長。
「いいんじゃないですか」と和夫。
「実は副社長から言われて、依田さんと愛美さんには見せないでメニューを下さいって言われたものですから」と料理長。
「そうだったんですか」と和夫。
「すみません、依田さんに内緒にしていて」と料理長。
「上司に言われた事ですから仕方ないですよ、シェフが謝る事ではないですから」と和夫。
「すみません」と料理長。
「それでは失礼します」と和夫。
カウンターに戻って朝のスタンバイをした。
*
朝食。
朝食がスタートする前に思い出したので愛美に話した。
「急に思い出したんだけど先日、給料の明細書もらったでしょ?」と和夫。
「うん」と愛美。
「でさ、良く見たら交通費つまりガソリン代も副支配人から言われた残業代も入ってなかったんだよ」と和夫。
「嘘?」と愛美。
「俺、あんまり金の事を言うのは嫌なので愛美から副社長にガソリン代を忘れているって伝えてくれないかな?」と和夫。
「うん、分かったわ。ごめんね」と愛美。
「これから山下湖畔にもチョクチョク行くようになってあの給料の金額じゃ生活ができなくなるからさ」と和夫。
「13万だもんね」と愛美が苦笑した。
「俺がさ、高校三年の時に頑張った一ヶ月のバイト代と同じぐらいだもん、笑うしかないよ、そうそう、副支配人が残業代出すって言って、宴会の時の残業代も入ってなかったから、それらは仕方ないけどガソリン代だけはさ、頼むよ」と和夫。
「うん、分かったわ」と愛美。
朝食が始まった。朝食時のお客様からクレームがり和夫が対応した。基本、朝夕食時はお客様自身がペットボトルなどの飲み物は持ってきてはいけないとチェックイン時にフロントで注意している。
ところがその客はペットボトルを持って来ていて、"WhenIwenttogettheVikingfoodandcameback,theplasticbottlewasgone."と主張していた。
スタッフに下げたかどうかを訊いたら皆、「知らない」と言った。
基本、お客様の私物に触る事は、ホテルマンとしては絶対に有り得ない。
念の為、洗い場のゴミ箱まで見に行ったが無かった。
その後、和夫はその客のバッグを遠目に見ていたら、バッグの中にペットボトルのキャップが見えたので、和夫は掌の指を揃えて"Isn'tithere?"と言ったら"here"と言った。
この客は酔っぱらっているのかと思うほどおかしなことを言う客だった。
また今日はクレームの多い日だった。
"Thecheapbedheremademybackhurt."と。
これは宿泊の事なのでフロントに言ってもらわないといけない案件だ。
"I'msleepinginaSertaluxurybedathome."とさも金持ちをひけらかすような事を言った。
和夫は "I'm sorry"「申し訳ございません」と謝るしかなかった。
客"Withtheconceptof'morecomfortablesleepandpursuitofhealth',thecontradictoryelementsofstabilityandsoftnessarefusedtocreateasoft-touchhardmattress,whichisalsousedinultra-luxuryhotelssuchastheHiltonHotel.,No.1insalesintheUS."
"It'samazing,Ilearnedalot." と一応は言ったが早口なので半分は何を言っていたのか良く分からなかった。
アメリカ人だから高級ベッドの話しをしたくて言っているのだろうが、和夫は(アンタの家に行った事、無いから嘘か本当か分からない)と思いながら黙って聞いていた。
今日は疲れる朝食だった。
*
朝の賄い 中抜け休憩。
朝食の賄いは愛美と大崎と和夫だった。
愛美が朝食の自慢爺さんが言っていた事を教えてくれた。
「『より快適な眠りと、健康の追及』というコンセプトで、安定感と柔らかさという、相反する要素を融合させて、柔らかいタッチの硬いマットレスを作り出して、ヒルトンホテルなど超高級ホテルでも採用されていて、全米売上ナンバーワンの業績なんだ」という事のようだった。
「だったら愛美さんが接客すれば良かったのに」と和夫は愛美に愚痴を言った。
「お勉強ですから」と愛美は、お姉さんぶって言った。
「そうですよね」と大崎。
「だったら今度は大崎さんがクレーム対応でお願いします」と和夫。
「勘弁してくださいよ」と大崎。
和夫はまた早く食べて一旦、給油に行こうと思いタイムカードを中抜け休憩で押していると、大崎から「そう言えば依田さんは通しですけど、僕はいつも早番をさせてもらっています。僕が通しをしている時に思った事ですが、早番は朝来て昼に帰るから往復で済むのですが、通しで中抜け休憩を取ると二往復になるので、普通にガソリン代を貰っていると損なのを知っていましたか?」
「いやー、今、大崎さんから聞くまで分からなかったよ。確かにそうだよね。でもこの間、頂いた給料明細書には交通費が入ってなかったので今朝、専務に言っておいたから貰えるんじゃないのかな。勿論、往復のガソリン代だけだろうけど」と和夫。
「この会社はお金にズルいんで、気を付けて下さいよ」と大崎。
「ありがとう、お疲れさまでした」と和夫。
「お疲れさまでした」と大崎。
ガソリンスタンドに行った。
和夫は社長の妾の大塚妙子が居て、初めて目の前で会った。
「アンタが依田さんでしょ?」と大塚。
「はい、そうです」と和夫。
「昨日、家を見て来たわよ」と大塚。
和夫は何も言わなかった。
「随分、綺麗になっていたわ、これからも綺麗に住んでよね?」と大塚。
和夫は(この言い草は何だと思いムカ付いたが文句を言わずに我慢した)。
和夫はセルフなので自分で給油して帰った。
車中、和夫は(あんなブスのお婆ちゃんに社長は誕生日の度に赤いバラを持って行っていたとはと思い社長は女の趣味が悪いなと思った、更にそう言えば副社長も決して美人とは言えないから、社長はブス好みなんだと思い)爆笑した。
しかし愛美は中々なので、社長に似たから良かったんじゃないかとも思った。
帰寮して昼寝をした。
*
中抜け休憩時 夕食の出勤前。
昼寝をしているとスマホの呼び出し音が鳴ったので起きて取ると女性の声で怒鳴っていた。
「何で来てないの?!」
「はい?」和夫は寝ぼけていたので意味が分からなかった。
「だから何で出席していないのよ!?」だった。
声は副社長の声だった。
和夫はもう一度、「はい?」と。
「だから何で来てないかって訊いているんでしょ?」と副社長。
「はい?」本当に意味が分からなくて凄い剣幕だったので(これ、もしかして夢?)と和夫は思うほどだった。
「何ふざけているのよ、もう県庁と美術館の職員さんたちはいらしているのよ!」と副社長だった。
「はい?」とまた言った。
「ふざけてないで早く来なさい!」と副社長。
電話の向こう側では愛美の声が聞こえていた。
「副社長が連絡しなかったからでしょ!」と愛美。
「何処にですか?」と和夫。
「ホテルの会議室に決まっているでしょ!? バカじゃないの、ったく! いつもなんだから!」と副社長。
「はい……」と和夫は言ったが今朝のあの子の母親の時と同様に狐につままれたような気持ちでホテルに向かった。
車中(どうして俺ばかりがこんな目に遭うんだろう?)と自問自答していた。
事務所に着いてタイムカードを押そうとしたら、副社長が鬼の形相で「タイムカードなんか押している暇なんかないのよ!」だった。
仕方なく押さずに会議室に行った。
「何か言う事無いの?」と副社長。
「はい?」と和夫。
「副社長さん、そんなに依田さんを責めないで上げて下さい」と佐野。
「依田はいつもこんな調子だから嫌になっちゃうのよ!」と副社長。
和夫は何も言えなかった。
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中抜け休憩時 夕食の出勤前。
会議が始まった。
佐野が「昨日、副社長さんからティールームのメニューを送って頂きましたが、県庁で上司と検討した結果、あのようなメニューでは私どもの意図をしていた物とはかなりの乖離がありましたので、私どもからA国大使館の方に問い合わせましたところ、参考のメニューとして送られてきましたものがこちらです。」と言いA四紙に記入されたメニュー表が各自に渡された。
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メニュー
駐日A国大使館推奨品(料金は参考)
(紅茶)
ヨークシャーティー 五〇〇円
ミルクティー ジャージー牛乳 六〇〇円
ダージリン 六〇〇円
アールグレイ 六〇〇円
(ドリンク)
マスカット&ライチ 六〇〇円
ザクロ&エルダーフラワー 六〇〇円
(フード)駐日A国大使館レシピ
オートミールのスコーン 七〇〇円
チーズとオニオンのスコーン 七〇〇円
(季節により変わります)
チョコレートプディング 七〇〇円
(セット)
オートミールのスコーンセット 一〇〇〇円
チーズとオニオンのスコーン 一〇〇〇円
チョコレートプディングセット 一〇〇〇円
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佐野「一昨日、副社長からお送り頂いたメニューも代々木シェフの方に送らせて頂きましたところ先日、A国大使館に来訪した際のアドバイスが全然、反映されてなかった事で代々木シェフ自体が、『ご理解して頂けなかった事については私の力不足なので申し訳なかったです。』と申しておりました。」
続けて「そこで代々木シェフがこちらのメニューを送って下さいました、品数は少ないのですがスタッフが慣れてきたら徐々に増やしていけば良いのではと申しておりました。価格に関しましては、厳密な原価計算をしておりませんので現場で決めて頂きたいとの事でした。副社長のご意見をお聞かせ頂きたいのですが?」
「料理長にお願いして作ってもらったメニューの中にコカ・コーラやジンジャーエールそしてビール類のような栓を抜けば手頃に提供できる商品などは要らないのでしょうか?」と副社長。
「コカ・コーラやジンジャーエールの産地は何処ですか?」と佐野。
「日本です」と副社長。
「そういう事をお聞きになられているんじゃないと思うわよ」と愛美。
「アメリカですか……」と副社長。
「そうですよね、更に美術館に来館されるお客様はアルコールを飲もうという方がおられるかどうか?」と佐野。
「はい……、依田、何で貴方はこのメニュー作成に加わらなかったのよ! 料理長にばっかしやらせて!」と副社長。
和夫は沈黙した。
「答えられないの?」と副社長。
和夫は黙っていた。
「本当に依田は私の事を恥ばかり掻かせるんだから!」と副社長。
和夫は沈黙していた。
「とりあえず、このメニューでいって頂いても宜しいでしょうか?」と佐野。
「はい、レシピの方は?」と副社長。
「後程、私の方から副社長宛てで宜しいのでしょうか?」と佐野。
「はい、お願いします」と副社長。
「承知致しました。それでは私どもはこれで失礼致します」と佐野。
「お疲れ様でした」と愛美。
「お疲れ様でした」と和夫。
副社長と料理長は、佐野や榎田そして植野が帰る前に会議室を出て行った。
和夫と愛美で三人を玄関の外まで送り、和夫はタイムカードを押しに行った。
愛美がまた「ごめんなさい」と謝ったので、和夫は「また言った!」と言うと、彼女は自身の口の前に手をやって苦笑した。
愛美の耳元で、「綺麗だよ、副社長に似ないで良かったね!?」と和夫が言った。
愛美「えっ、何が?」と言ったが和夫は答えなかった。
*
夕食のスタンバイ 夕食スタート 夜の賄い 帰寮。
和夫はレストランに行くと女子高生がバイキングのスタンバイをしていたので挨拶をしてから手伝った。
女子高生「このバットに氷を一段入れて持って来て下さい。」と和夫に行った。
「はい、この中に氷を入れてその上にサラダボウルを入れるんですよね?」と和夫。
「そうですが、何か?」と女子高生。
「バットに氷を敷き詰めたらその上に、冷蔵庫からサラダボウルに入った野菜を一緒に持ってきても良いですか?」と和夫。
「そうですね、二度手間ですものね、そうして下さい」と女子高生。
「承知致しました。」と和夫は言って多部と女社長に挨拶して調理場に入り皆に挨拶した後にバットに氷を敷き詰めて裏の冷蔵庫に行き、サラダボウルを4個入れて女子高生に渡した。
「私、最初に教わったやり方をずっと今までやっていたのですが、依田さんが今日やられた事の方が一回で済みますものね、勉強になりました」と女子高生。
「先生にそんな事を言われたら、オジサンは穴があったら入りたくなりますよ、でも先生に褒められると嬉しいな~!」と和夫が言っていたら山形が来て、「依田さん、若い子にも興味があるんだね?」と言ったので、「私はオールマイティーですけど、二十歳以下はヤバいからね~?」と言った。
「何の事ですか?」と女子高生。
「山形のお婆ちゃんに訊いて?」と和夫。
「お婆ちゃんは無いでしょ?」と山形が言い和夫を抓った。
「痛えッ!」と和夫が言って、カウンターに行き、スタンバイをした。
夕食がスタートした。
国際問題に発展するかもしれないが、和夫は中〇人の団体が大嫌いだ。彼らにはルールを守るという意識が無いのかと思ってしまう。ましてや団体になればなる程、その傾向が顕著に出て集団心理の怖さだ。今はどこのホテルでも全室禁煙にしていて、一階の大浴場横に喫煙室があるが、そこに行って吸えば良いのだが、食事中に大人数の時にレストラン内でタバコを吸う人がいる。バレないとでも思っているのでしょうが臭いですぐに分かる。
和夫は吸わないので服に付いている臭いだけで気持ち悪くなるほどだ。それも少し吸ってベリー皿にタバコの吸い殻を消した跡なんか見付けた暁には一言、文句じゃないが注意の一つも言ってやりたいのだが、本人は片言の日本語や英語で、「日本語分かりません!」とか"I don't understand English" とか言っていながら、「注意の言葉は分からない。」と言う。
屁理屈も達者なのでたまに笑ってしまう時もある。
「本当にどんな神経しているんだ。」と言いたくなる。
今晩は、そんな中〇人が居た夕食だった。片付けをして賄いを食べた。今日は山形と愛美と和夫だった。
山形が居ると、今日の会議の話しはし難かったので、和夫は無口になって早めに食事を終えて帰寮した。
*
帰寮 県庁の佐野からと愛美からの電話とLINE。
寮に付いて風呂に湯を張っていると、県庁の佐野から電話が入った。
「依田さん、こんばんは県庁の佐野です」
「こんばんは、お世話になっております」
「今日の会議の話しは副社長から聞いてなかったのですか?」
「はい朝、料理長から聞かされたのですが、料理長は呼ばれていたみたいですけど、私と専務は呼ばれてなかったので、寮に帰って昼寝をしていたら、副社長からあの電話が」
「あれはキツイですね」
「ここだけの話しですが、副社長は何だか私を目の敵にしていて、社長に嘘の報告をするので、もう4回も身に覚えのない事で社長から怒鳴られているんです。多分ですけどうちの会社は相当の借金を銀行にしているので、イライラしていて、当たれる所に当たっているんだと思っています」
「まだ入社して一ヶ月ですものね、という事は一週間に一回は怒鳴られているという事ですか?」
「今、気付きましたが確かに一週間に一回のペースですね」と言って苦笑した。
「とりあえず、依田さんと代々木シェフのお陰で難局突破した感じです」
「専務とも話しているのですが、専務が言うには獅子身中の虫が社長と副社長だと言って、私は専務の実の両親の事なので、『それは言い過ぎでしょ』とは言っているのですが、専務もそう思うようになってきていて、私どもの敵は身内中の身内の二人という事ですので、県庁さんや第三セクターさんのご協力がないとあのティールームの成功はないように思っていますので、どうか宜しくお願い致します」
「今日の帰りにも榎田と植野さんとで、その事を話して帰ってきましたので、私どももできうる限り依田さんと大久保専務にお力添えをさせて頂きます」
和夫「ありがとうございます」
佐野「それでは、また」
和夫「ありがとうございました、おやすみなさい」
佐野「おやすみなさい」
この後に愛美からLINEが入った。
大久保愛美
「こんばんは
起きてる?」
和夫
「起きてるよ、
今、県庁の佐野さんと
話していたんだけど、
俺と愛美の為に動いて
くれるって」
大久保愛美
「これで鬼に金棒だね
良かった」
和夫
「あ、イケね、
風呂の湯を止めてないから」
大久保愛美
「バカだね」
和夫
「独り者は辛いから
結婚しようかな?」
大久保愛美
「当てはあるの?」
和夫
「幾らでもあるよ」
大久保愛美
「私が立候補したい
ところだけど」
和夫
「ダメ、怖い人が
付いて来るから、
茂雄さんは偉いよ」
大久保愛美
「主人ももうダメ
みたいだから」
和夫
「あの旦那を
逃がしたらダメだよ」
大久保愛美
「もうダメかも」
和夫
「頑張りな」
大久保愛美
「頑張れないかも、
毎晩、喧嘩だもの」
和夫
「そこを何とか
頑張りな」
大久保愛美
「主人と別れたら
お嫁さんにしてよ」
和夫
「愛美の事は好きだけど
それだけは
お代官様~
ご勘弁を~」
大久保愛美
「そうだよね
ダメだよね
あの両親じゃね」
和夫
「風呂入って
寝るわ」
大久保愛美
「おやすみなさい」
和夫
「おやすみ
直ぐにこの会話消してよ」
大久保愛美
「いつもそうしてるよ
おやすみなさい」
和夫
「おやすみ」
つづく
読み終わったら、ポイントを付けましょう!