朝の出勤前
旅人が行き交う駅前で日々の仕事をしていると、派手な服装のお年寄りを良く見る事があり、後ろ姿はとても高齢者とは思えず、振り返った時に「えっ?」と驚く事が多々ある。特に女性は日本人、外国人に関わらずその傾向が強く出て、平均寿命が八十歳を超え、更に百歳時代に突入して素晴らしい時代の幕開けと実感する。
やはり女性は老若に関わらず美しいに限るし、毎日同じ仕事をしていると、レストランから外を見た時に視界に入る人々が美しく見えた方が、心が和むというものだ。
赤や黄色の大きな花柄のブラウス、若い女性が穿くようなヒラヒラさせたプリーツ入りの柔らかい素材のスカート、五センチ以上はあろう踵のハイヒールを履き、イキイキと胸を張って颯爽と歩く姿は本当に素敵だ。
東京でも自分が住んでいた下町を歩くと、ひと頃までは黒や茶色などの暗い色を基調とした地味な格好のお年寄りが多く見受けられた。核家族化で、生活水準も上がり、何もお年寄りだからといって内にこもる必要性はない。綺麗な服を着て、旅や趣味を謳歌する、そしてあわよくば第二の恋までと言ったら素晴らしい人生だ。
和夫がボランティアで行った、デイサービスの先生がおっしゃっておられた言葉が印象的だった。認知症が進むと今までは毎朝、お化粧をしていた利用者さんがしなくなり綺麗な服を毎日変えていたのが、夏には厚着で冬には薄着で来てしまうそうだ。
「ボケ防止はオシャレから」
いつまでもオシャレなお年寄りが謳歌する平和な世の中であってほしいと和夫は願っている。
「さぁ、今日も頑張りますか!」と和夫は叫び玄関を出た。
*
朝の清掃 朝食のスタンバイ。
和夫は昨日から自分の車に箒と塵取りを載せて置くことにしたので、車を駐車場に停めた後はそのままいつもの清掃に入った。ホテルから徒歩で数分の駐車場なので、清掃が終わった後は車に戻らなくてはいけないのがちょっと辛い部分だった。
車に箒と塵取りを隠しておかなくてはいけない、使ったら使いっぱなしで元の場所に戻す事をしないスタッフだらけの職場なのでこればかりは仕方ないと思っていた。
ホテルの床清掃のモップなども使ったら普通だったら、洗って綺麗にして絞って逆さにして乾かしてからラックに仕舞えば良いのに、使って汚いままラックに仕舞うので次に使う時に洗ってから使わなくてはいけないのが日常だ。汚れたままで乾燥させるから次に使う時はその汚れを落とす事から始めなければならないから困りものなのだ。
こういうのは小学校や中学校の掃除の時に教わったものだが、ここの連中ときたら殆どが自分の事しか考えられない人ばかりなので、そういう基本的な仕事の所作ができていないのだ。このような事を直させるのは時間が掛るし、これを注意しているのが疲れるので、和夫は自分で何でもやるようにしていた。
一つだけ嬉しい事は調理場の良君だけが、和夫から教わった事で意識が変わり、清掃を進んでしてくれるようになった事だった。
今朝も和夫はいつものルーティーンをこなして、事務所に行き、タイムカードを押した。倉庫に行き、牛乳とジュース類を台車に載せてレストランの置き場に置いた。既に英子と大崎と山下と愛美が朝のスタンバイをしていた。
皆に挨拶をして洗い場に行くと掃除の女社長が三台ある冷凍ストッカーの一台の中の荷物を外に出して氷取りをしていた。「料理長に教えてもらった。」と言い、ペティナイフを使ってストッカーに貼り付いている氷を削っていたのを見た和夫が、「多部さんこの間、この氷の取り方を教えなかったっけ?」と言った。和夫は誰に教えたのか覚えてなかったが教えた事だけは確かだった。
「えっ、教えてもらってないですよ」と多部。
「多部さん、裏に行ってビールの空き瓶を二本持って来てよ」と和夫。
多部は取りに行き、和夫に渡した。
和夫はもう一本の瓶を女社長に渡して、「良く見ていて下さいね、簡単に落とせますから。」と言い5センチ厚に張り付いていた氷を瓶の平らな腹で叩くと一気にボロボロと下に落ちた。
多部と女社長は、「こんなに簡単に落とせるの?」と驚いていた。
「料理長が嘘を教えるからずっとペティナイフで削っていたのよ。」と多部が言った。
和夫は(掃除の仕方も良君は教えてもらった事がないと言っていた事を思い出した)。
和夫は(困ったものだと思いながら)。
「で、この氷は流しに入れて溶かしてゴミが入っているからゴミ箱に捨てて下水に流してね」と言い、「後はやって下さいね」と女社長に和夫が言って調理場に行った。
皆に、「おはようございます!」と言うと、料理長が「昨日、副社長に怒鳴られていましたよね?」と(何だか嬉しいのか?)と和夫は思いながら、「そうでしたね。」とだけ言った。
和夫は敵として(社長と副社長にこの料理長も入れようと思った)。
「レシピは副社長からもらえば良いのですよね?」と料理長。
「昨日の会議でそう言っていたじゃないですか。」と和夫は言ってカウンターに戻った。
カウンターに戻ると英子がスタンバイをしてくれていた。
和夫「英子、サンキュー!」と言うと、「洗い場で教えていたから。」と言った。
*
朝食 朝の賄い 中抜け休憩。
朝食がスタートした。昨夜の二十名の外国人(アジア)グループも入って来た。席に案内されると一気に全員で料理を取りに行った。一人一枚ずつの大皿を持って(そんなに食べられるの?)と思うほど山盛りに料理を運んで来た。
それを食べずにまた大皿を持って山盛りにした料理を運んで来て、テーブルの上には、もう置き場所がないぐらいに料理が並べていた。
その片方の皿の料理を食べながら各自のバッグから大きなビニール袋を出して皿の上に載せた料理を入れ出した。
和夫は愛美に目配せすると、今朝は愛美が英語で注意をしに行った。
注意したのが女性だった事で中のリーダー格の男性が強気になってその国の言葉で、「〇×▽!」と言った。流石の愛美もアジア語は分からなくて山下を呼んだ。山下が通訳し「『何が悪いの?』と言っています。
「『食べられる分しか取ってはいけません』と言って!」と愛美。
「▽◇〇アジア語×▽!」と山下。
「××▽アジア語〇◇!」と男性。
「『どこにもそんな事はどこにも書いてないよ!』と言っているのですが?」と山下。
「『ホテルの常識ですしマナーですから』と言って」と愛美。
「▽◇〇アジア語▽◇!」と山下。
「▽◇〇▽◇!▽◇〇▽◇アジア語▽◇〇▽◇▽◇〇▽◇!」と言ってビニール袋の料理と皿に載せた料理をそのままで席を立ち帰っていった男性たちだった。レストランの中では皆でそのテーブルの上の料理を洗い場に持って行き捨てた。愛美は追い掛けていくとフロントでまた喚き散らしていたと言った。
和夫(だからあの国の人は好きになれないんだ)と思った。
その後、レストランは落ち着きを払った。
「今日、ティールームを専属でやってくれるご夫婦が来るみたいだから会ってあげてね」と愛美が言った。
「それ、誰が言ったの?」と和夫。
「社長よ」と愛美。
「また俺が会ったら副社長に余計な事をしたって怒られるんじゃないの?」と和夫。
「社長が言うんだから問題ないし、社長が連れてくると思うから」と愛美。
「そのご夫妻はどんな人なの?」と和夫。
「以前、このホテルの前の創業時に勤務していて、独立して今は隠居していた人みたいよ」と愛美。
「だったら仕事ができる人たちなのかもね?」と和夫。
「レストランを経営していたみたいだから」と愛美。
「だったら良いよね」
片付けを終えて朝の賄いを食べていると、愛美と和夫そして料理長が事務所に呼ばれた。
「今度の山下湖畔のティールームで店長をやってもらう藤田義男君と奥さんのひろ子さんだよ、ヨロシクな!」と社長。
料理長が自分で作った料理長名の名刺を出して、「恵比寿です」と言った。
「私は藤田義男です、こちらは妻のひろ子です、宜しくお願い致します」
「専務の大久保愛美です、宜しくお願い致します」
「宜しくお願い致します」と藤田夫妻。
「依田和夫です、宜しくお願い致します」と和夫。
「宜しくお願い致します」と藤田夫妻。
「暫くは皆との疎通を図るために、このホテルの遅番をご夫婦で担当してもらおうと思っているんだ、なので色々教えてやってくれ!」と社長。
「はい、分かりました」と料理長。
和夫と愛美はテラス席に帰って賄いを食べた。
「藤田さんご夫妻って意外と若く、見えたけど、既に還暦を過ぎているんですって」と愛美。
「そうなんだ、でも俺も若く、見えるって皆に言われるから、意外とホテルマンってそうなんじゃないのかな?」と和夫。
「確かに依田さんは若々しいわよ」と愛美。
大崎は既に帰っていなかった。食べ終えて和夫は帰寮した。
*
夕食のスタンバイ
和夫は中抜け休憩を終えて、事務所に行きタイムカードを押していると朝、社長から紹介された藤田夫妻も出勤してきた。
副支配人の品川が、「依田さん、レストランに一緒に行って藤田さんたちに仕事を教えて下さい。」と言われたので連れて行きがてら、「私も今月に入社したばかりの新人なので教えるなんて大それた事はできませんので、本当は早番の大崎主任に教えてもらうのが一番確実なんです。でも夜には居ないのでパートさんですが、山形さんと女子高生の熟練者がいますので、その二人に教わった方が確実ですから、ご紹介しますね。」と言った。
レストランに行くと、既に女子高生と山形と愛美がスタンバイで動いていた。
和夫は二人に、「すみません、山下湖畔のティールームの店長ご夫妻の藤田義男さんとひろ子さんです。」と紹介すると二人も自己紹介をした。
「夜の仕事はこちらの山形さんから聞いて下さい。」と和夫が言った。
山形は二人を連れて色々説明をしてくれた。
和夫は洗い場に行き、「多部さん、今日もご立派なお乳が健在ですね?」と言った。
鈴木が居なかったので多部は、「触りたいんじゃないの?」と。
和夫「うん、その立派なお乳を揉みしだいて興奮で勃起していたその大きな葡萄色の尖りに吸い付いて舐め回したいよ!」と言った。
多部「してもらってもいいわよ?」
和夫「嘘だよ~ん!」
多部「な~んだ。したくなったらいつでもいいから言ってよね?」
和夫「サンキュー!」
後ろから鈴木が来て、「何をコソコソ話しているの?」
「楽しい話しだよ」と和夫。
「私も混ぜてよ」と鈴木。
「ハイハイ、仕事、仕事!」と多部が言い洗い場に消えた。
和夫はその足で調理場に行き挨拶してカウンターに戻り、スタンバイをした。
*
夕食スタート 夜の賄い 帰寮。
夕食がスタートした。藤田夫妻はレストランを経営していただけに、二人ともに仕事ができる人だった。夫の義男は料理人だったが奥さんのひろ子はずっとホールをやっていたので接客は慣れていた。
「これだったらティールームをお任せしても全然問題ないね」と和夫が言った。
「藤田さんご夫妻の動きが機敏で凄いわね」と愛美も絶賛していた。
藤田夫妻はこのホテルの前身のプチホテルの創業時代に居た人でこのホテルの社員は全員初めて会ったと言った。和夫が一番危惧していたのは、料理長と副社長の苛めやパワハラだった。あの人たちは自分たちがパワハラをしている事に気付いていないのか、改める節が見えないからだ。まさか昔、勤務していた人を苛める事は無いとは思っていたが、特に副社長は仕事ができる人を排除する性格の持ち主なので、和夫は心配していた。
今日の夕食は何の問題もなく終了し、片付けて夜の賄いを皆で食べた。メンバーは山形、愛美、藤田夫妻、そして和夫で、今日は賑やかな食事だった。
和夫は藤田に「副社長の事は知っているのですか?」と訊いた。
「はい、知っていますが、一緒には仕事した事はありませんが」と義男。
「でも知っておられるという事は?」と和夫。
「私が退職する頃と入れ違いで社長が結婚したので、面識はあると言うだけで性格とか仕事がどうだとかは知りません」と義男。
「ご自宅はどちらですか?」と和夫。
「隣市から通っています」と義男。
「距離はどのぐらいあるのですか?」と和夫。
「片道で五十キロぐらいです」と義男。
「それは遠いですね、社長から寮の話しは訊いてないですか?」と和夫。
「はい、何も」と義男。
和夫は(また余計な事を相談すると社長と副社長が面倒臭くなるのでどうしたものかと考えていて愛美に相談してみようと思った)。
「専務(愛美)藤田夫妻は通いみたいなんだけど、自宅からホテルまで片道で五十キロで、ここからティールームまで二十キロだから、それらの往復が一日百四十キロになってしまうのはどうかと思うし、万が一事故でもなったら大変なので藤田ご夫妻の住まいを社長に専務から相談してもらえないかな?」
「はい、分かりました、相談してみますね」と愛美。
「ありがとう。と和夫。
和夫は(寮の用意が無ければ、藤田夫妻が嫌でなければの話しだが、和夫は寮の二階で藤田夫妻が一階ででも有りだと思っていた)。
その後はそこに居た人たちのそれぞれが藤田夫妻に質問をしていた。
和夫は食べ終わったので先に帰らせてもらった。
つづく
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