朝の出勤前に思う事。
(昨夜の愛美は家に帰って旦那に抱かれたのだろうか?)と心配になったまイナスな事を考えるのは良そうと思い、シャワーを浴びて洗顔をした。昨夜もできなかった洗濯をしてベランダに干し、水耕栽培を見た。セージもローズマリーも未だ芽を出す気配が全くなかったが、育てる楽しさは格別だ。和夫は芽が出て”こんにちは”をしてくれるのを未だか未だかと待ちわびていた。主なハーブの播種時期は春と秋が一般的だ。今回は諸事情により、初夏に播種したので遅かったかもしれない。そんな時はハーブたちに”ごめんね”だ。
久しぶりにポストの中を掻き回した。東京を出る前に郵便局に行き、転居届を出して来た。独身男にはそんなに沢山の手紙やハガキは来ないのだが、たまに律儀な旧友から時節を反映してか暑中の挨拶状が届く事もある。数こそ少ないが逆に通信販売などのダイレクトメールが多い、どこで誰が個人の住所や名前を調べるのか感心するほどだ。選挙前などは何人かの候補者からパンフレット類が送られてくる事もあった。
また和夫の自家用軽ワゴンは四ナンバーだから、全日本〇〇〇〇一般労働組合から軽貨物事業主が入る国の労災保険に入りませんかというパンフレットも送られてくる始末だ。サラリーマンの和夫に所得税申告用紙までご丁寧に同封されていた。
またつい最近の事だが車の車検時期になると、「あなたの所有する自家用車は〇月〇日に車検が切れますので車検は当社にどうぞ!」というハガキが届く。この種のハガキやパンフは流し読みをしてしまうが、生年月日、車検年月日、購入日など見ず知らずの人に明かした事などないが、それなのに調べられている結果だ。
個人情報保護法が何とやらと難しい事は分からないが、ややもすると私たちはこうした状況に慣れ、当然の事のように思ってしまいがちだ。こんな表層的な個人情報では特に重大な被害は受けそうにはないが、悪人はそれ以上に調べているかもしれない。情報の多くは役所や会社から漏れているとしか考えられない面がある。
先日、この地域の自治会に入会させられた。その時に勤務先、役職名、血液型まで書かされた。何を調べられているか分からないが、不愉快だった事は間違いない。
和夫が最も不愉快千万なのが、社長の妾の旧宅を寮にされて、自治会費まで払わされ、挙句の果てに礼を言われる訳でもなく、全ての面で尻拭いをさせられている事だった。先日、会った大塚女史からは「綺麗に使ってね!」と言われた時には殴りたい衝動に駆られたが、グッと堪えた。
*
朝の清掃と朝食のスタンバイ。
今日は朝から清々しい。やはり晴天は人の心を晴れ晴れとさせる。ましてや朝起きて一通りの事を済ませ、英気を宿して臨んだ仕事だ。
これも昨夜の愛美が和夫の荒んだ心中を察して、自らの心身をもって温め癒してくれた事のお陰と感謝した。この会社に就職して勤務先でも自宅とされた寮でも掃除や整理整頓に明け暮れている。
「俺は掃除夫か? 掃除夫になる為にこの地に来たのか?」と自身で問う時も多々あった。
そう言えば昔、帝丸ホテルの宗教をやっているパートのオバサンが言っていた。
「働く」とは、傍を楽にさせる事だ。
こういう事なのかと、これもこの宗教オバサンが言っていた和夫自身の「福運」の無さと、自業自得と思い、まだまだ人としての修業不足なので歯を食いしばって日々を生きている和夫だった。
朝の全てのルーティーンをこなし、事務所に帰りタイムカードを打った。倉庫に入って牛乳とジュース類の箱を手製の台車に載せると、英子が「おはよう!」と元気な声で挨拶した。
和夫も「英子、おはよう!」と言うと後ろには副支配人の品川が居た。
「依田さんは年上に呼び捨てをするのですね?」だった。
「はい、そうです。私はアメリカナイズされているものですから」と言い訳にならない言い訳を言った。
この話しも、もしかしたら品川から副社長に情報として上がるのかもしれないと思っていた。昨夜の山形からの言葉でそう思ってしまった。この職場には見えない敵が地雷のように潜んでいたからだ。どこで踏むか分からない怖さを感じずにはいられなかった。
その後、愛美が出勤して来た。元気そうで晴れやかな顔を見て和夫は安心した。台車を押していると英子が押してくれた。
英子「さっきの品川さんのあの言い方、イヤミっぽくなかった?」
和夫「あんなものだろう」
英子「最近思うんだけど、依田さんが出来過ぎるから皆、嫉妬しているんだと思うから、くれぐれも気を付けてよ!」
和夫「ありがとう、英子、大好きだよ!」
英子「なので……。依田さんを思って毎晩している、私なんだからさ!」
和夫「何をしているのよ?」
英子「そんな事を朝から言わせるの?」
和夫「ハイハイ、そういう事ね」
英子「返事は一回だけよ!幼稚園で習わなかったの?」
和夫「はい、お母さん!」
英子「本当に口が減らないね!」と言って笑った。
和夫は、英子が本当に優しくて心を和まし癒してくえる女性だと思っていた。レストランに入って皆に挨拶してカウンターのスタンバイをした。
*
副社長の辛辣で冷たい言葉。
今日の朝食も何の問題もなく終了した。片付けを終えて賄いを取ろうとした時に副支配人の品川が来て、「依田さんの休日のスケジュールが取り難いので急で申し訳ないのですが、明日から三日間連続して休んでもらえないでしょうか?」と言った。
和夫は急な休みを告げられて困惑したが、「承知致しました」と言うと品川は事務所に帰っていった。その理由は休み明けが大使館への訪問の日だったからだ。だったら和夫は東京で待ち合わせも有りかと思った。そうすれば行き付けの床屋にも行けると思ったので、傍に居た愛美その件を話した。
愛美は「うん、それでも良いんじゃないのかな」と言ってくれたが、和夫はまた後で社長から文句を言われかねないので愛美に社長と副社長に訊いてもらえるよう頼むと、その場で副社長に電話してくれた。ハンズフリーにして聞こえて来た言葉は辛辣で冷たかった。
「依田が勝手に決めた事なんだから、御天場から私たちを引率して一緒に行くのが私たちに対しての礼儀じゃないの?」と副社長の辛辣で冷たい言葉だった。
愛美はまた和夫に、「ごめんなさい」と言った。
和夫は明るく、「愛美さんが悪い訳じゃないですから気にしないで下さい」と言った。
傍で聞いていた大崎が、「相変わらず副社長は意地悪ですね。気に入らない人間には徹底的なのは昔からですから、昔も物凄く仕事ができる人が居たのですが、正に今の依田さんみたいな仕打ちをされていて、結局辞めて行きましたから。依田さん、本当に気を付けて下さいね!」
流石の和夫も、「いざとなったら辞めるだけだからさ。別に気にならないよ」と言うと、愛美が目に涙を浮かべた。
「愛美さん、泣いているの?」と大崎言った。
「うん、悲しくなっちゃってね」と愛美がポツリと言った。
また大崎が「そうだよね、こんなに会社の事を思って動いてくれている人に冷たくするのは一体、何なのか平の僕には良く分かりませ~ん!」
「私もいつもそう思っているの」と愛美。
和夫はまた慌てて食事をしてタイムカードを中抜け休憩に打刻し、大浴場前のフローリングにワックス掛けに行った。半分の区域をやって立ち入り禁止のコーンを立てて中抜け休憩に入り、寮に帰り明日からの休日の計画を立てた。
*
お向かいのお嬢さんに髪のカットを浴室で。
和夫は寮に帰った。車を駐車場に入れていると、またお向かいのお嬢さんが来た。
「今日は早いですね?」と言った。
「はい、急に明日から休めって言われたので、明日からの計画表を作ろうと思っているんです。あっ、そう言えば、お嬢さん、言っていましたよね?」
「何を?」
「近い内に髪をカットして下さるって?」
「うん、いつでもいいわよ」
「だったら今でも良いですか?」
「良いわよ、何処でやる?」
「浴室でも良いですか?」
「分かったわ。今、シザーと櫛を持ってくるから」
「ありがとうございます」
和夫は浴室の中にパソコンデスクの椅子を持って行き、座面にゴミ袋を切って被せた。
「ケープは家には無いからどうする?」とお嬢さん。
「ケープって何ですか?」と和夫。
「髪を切る時に被るナイロンのクロスの事よ」
「それをそう言うんですね、無いなら全裸で下半身にビニール袋を被せますからそれで良いですか?」
「依田さんが良いなら私は、かえって嬉しいけど」
「変な気は起こさないで下さいよ、ハサミ持っているんですから」
「でも……」
「終わったら……なんてね」
「本当?」
「嘘、嘘ですよ!」
「だったら早くやっちゃおうっと」
「はい、お願いします」
*
髪をカットしてもらいながら三日間の休みの計画。
「裏の家が山形さん家でホテルのパートさんなので、小さな声でお願いしますね」と和夫が言った。
「それにしても急に三日間も休みをもらってもねぇ?」とお嬢さん。
「そうなんですよ。それに休み明けはここだけの話し、A国大使館に県庁職員さんと美術館職員さんとホテルのスタッフを引率して行かなくてはいけないんですよ」
「A国大使館に知り合いがいるの?」
「はい、帝丸ホテル時代にフェアを何回かやったので東京には知り合いがいるので」
「だったら東京で待ち合わせすれば良いんじゃないの?」
「それが、娘さんから副社長に訊いてもらったら、私が勝手に決めた事だから私が引率するのが礼儀だって言われちゃって」
「あの人まだそんな意地悪をやっているんだね」
「どういう事ですか?」
「あの人と同じ会合に出ているんだけど、気に入らない会員がいると、どんな手を使ってでもイジメぬいて辞めさすのよ」
「どうもそうみたいですよね、何人もホテルで優秀なスタッフを辞めさせたみたいですから」
「あのホテルの社長と副社長そして料理長のパワハラはこの町では有名なんだから」
「どうもそうみたいですね」
「依田さんがそのターゲットになっているとは思わなかったわ」
「この会社に入って踏んだり蹴ったりですよ。この寮だって分かりますでしょ?社長の妾の旧宅の掃除夫みたいなものですからね。帝丸ホテルに居た方が数倍良かったです。けど」…。
「けど、って何?」
「奥様のような優しくて美人で素敵な女性にお会いできたのは良い事ですが」
「そうやって色んな人に同じ事を言っているんでしょ? 昨夜も?」
「えっ、何の事ですか?」
「聞いたわよ、お隣の福田さんから昨夜女性を連れ込んでいたって」
「何かの間違いじゃないですか?そんな事よりちゃんと手を動かして下さいよ!」
「依田さんは独身だから別に文句は言えないんだけど、この地域は兎に角、他人の事が気になるから気を付けてよ」
「お嬢さんが家に来ている事も知られているんじゃないですか?」
「そうかもしれないけど、私も依田さんと一緒で独身だから関係ないの、ましてやこんなオバサンでバツイチじゃね」
「どこがオバサンですか?」
「それ、どういう意味?」
「カットだって上手だし、手も早いし、私が行く東京の床屋さんは話し出すと手が止まっちゃうんですから、でも若い頃から通っていたので、浮気が出来ないんですよ」
「では明日から三日間、仕事休んで一緒に旅に出ませんか?」
「良いわよ、お店はスタッフに任せれば良いんだから」
「でしたら何処に行くかは私に任せてもらって良いですか?」
「うん、そうして。それの方が楽しいものね」
*
お向かいの若奥様にヘアーカットのお礼で全身マッサージ。
お嬢さんと言っても、四十歳過ぎのバツイチの熟女だ。和夫が毎朝顔を合わす佐々木のお婆さんの娘さんで名前を知らないからお嬢さんと呼んでいるだけだ。その前までは若奥様とも呼んでいた。
「カットが終わったら考えますから」と和夫。
「それとこれは別でしょ?だから終わったら少しだけ、ねっ、お願い!?」とお嬢さん。
「では時間が無いから即席でやりますからね!」
「うん、いいわ、もうカットが終わったから」
「ありがとうございました」
「後、電動の髭剃りを貸してくれるかな?」
「ちょっと待っていて下さい」と言いい、身体についていた髪の毛を払い寝室の髭剃りを取って玄関の鍵を締めに行き戻って髭剃りを渡した。
襟足の毛を剃ってくれて、「終わったわよ」と言った。
和夫は全裸のまま、お嬢さんを脱衣所に出てもらって、シャワーを浴び、ヘアーシャンプーで髪の毛を洗った。彼女はその間に自宅に戻って、シザーと櫛を置き、缶コーヒーを持って来てくれた。和夫はジャージを着て、彼女を和夫自身の寝室の万年布団に横たえた。この時まで、お嬢さんは和夫とセックスを想像していたのだと思えた。それは和夫の自惚れではなく、彼女の目が正に女の目をしていたからだ。和夫はどういう訳か、帝丸ホテル時代から、熟女から言い寄られる事が多く、セフレも熟女の人妻やシンママばかりだったからだ。間違いなくお嬢さんは和夫を誘っていてその気になっていた。
「汚い所に寝かせてすみません」と和夫は言った。
美容師は客にマッサージはするものの、自分がしてもらう事はない。そこで和夫は考えたまッサージをしてあげようと思った。彼女をうつ伏せにして首筋から肩に、背中から脇の下そして腰、脚を少し開かせて内股から膝の裏、脹脛と足を曲げさせて足の裏から指を一本一本大事に指圧した。もう片方の脚も同様にした。和夫はそのままうつ伏せにしたまま、今度は足の指から裏を揉み出した。
彼女は足の裏の中心に指で圧を掛けると、「気持ちイイ……、イタキモ……」と呻いた。彼女の日頃の疲れを癒してあげて明日からの旅に備えてあげようと思った。うつ伏せにした彼女の背中から腰や足にかけてゆっくりと長いことマッサージをした。
両方の肩甲骨と背中の間に指を差し込んで気持ちの良い部分を刺激し最後には、背中に体重を描けて押すと背中からボキッ、ボキッと音がしてスッキリする。和夫は以前、整体とカイロプラクティクスを融合したというマッサージ店でそれをやってもらって気持ち良かったので奥さんにもやってみたら、「気持ちいい……。」と喜んでくれた。
その後は彼女を起き上がらせて、肩を揉みながら、「明日からは私に付き合って下さいね。」と言った。
その後、メモ帳に和夫は自分のケータイ番号を書いて渡し、「明日の朝、電話して下さい。」と言った。彼女とどこかで待ち合わせをして和夫の車で出掛けたいと思っていた。お嬢さんは布団から出て、「明日の朝、電話するから。」と言って帰って行った。
和夫はもう一度、シャワーを浴びて早めにホテルに出勤し、自分のWi-Fiを使って明日の行先などを検索した。
*
お向かいの出戻り若奥様との二泊三日の旅計画。
二泊三日だけにして、帰って来てゆっくりすれば、明くる日は東京なので、その予定にしようと思った。酒が飲めた時期は一人旅を良くして居酒屋巡りをしていた和夫だったが、酒が飲めなくなった今となっては居酒屋巡りを一人でするのはちょっと寂しい。
そこで運良く、お向かいのお嬢さんが、この休み中の旅に一緒に行ってくれると言った。一日目の計画としてはオートキャンプ場に先程予約を入れた。キャンプ場の予約が取れたので、その前に行く日帰り温泉の家族風呂を予約した。これも取れたのでラッキーだった。
マスクを持って行くのを忘れないようにしないといけないと思っていた。その理由としてお嬢さんが日帰り温泉を出る時には化粧をしないように出てもらってマスクを付けさせようと思っていたからだ。キャンプに慣れていない女性は化粧をしてしまう。化粧落としができないようなキャンプ場もあるので、転ばぬ先の杖として考えていた。お嬢さんは美容師なので化粧をしないで巷を歩くのには抵抗があると思ったからだ。
和夫は昔からキャンプを趣味としていたが、基本は車を乗り入れる事ができるオートキャンプ場や野営場が好きだ。昨今ではオートキャンプ場を銘打っていても、車をキャンプサイトまで乗り入れできない所も多々あるので注意が必要だ。予約したオートキャンプ場はキャンプサイトまで車の乗り入れ可能で、直火はできないが和夫の一番の要望を叶える事ができたので、これで十分だ。
お嬢さんはこの計画を教えたらどんな顔をするのか楽しみだ。
☆一日目は朝から食材調達をする。
(ホテルの取引先の酒屋)
缶ビール六本、田酒の大吟醸一本、ウーロン茶二リットル×一本、天然水二リットル×二本
(スーパー)
インスタントドリップコーヒー、バター、スライスベーコン、スライスチーズ、食パン、玉子、紅ショウガ
(百円ショップで小さい)
オリーブオイル、醤油、チューブ生姜、チューブニンニク、スティックシュガー
(道の駅 ふじやま)
焼きそばの麺(マルモ)、だし粉(マルモ)、焼きそばのお供(マルモ)、黒ハンペン、大根、キャベツ
(山井精肉店)
馬刺し五百グラム、豚バラスライス百グラム
☆昼食は途中で適当に。
☆夕食のメニュー
缶ビール、田酒、ウーロン茶
富士宮焼きそば
静岡おでん
馬刺し
大根とキャベツの塩もみ
☆朝食
焼きサンド(ベーコン、チーズ、玉子)
ホットコーヒー
☆キャンプ道具を撤収してチェックアウト 二日目出発
道の駅すばしり
白糸の滝
音なしの滝
道の駅朝霧高原
富士山形宮浅間大社 湧玉池
東横イン 十五時チェックイン
明朝チェックアウト 早めに帰寮してゆっくりする
早めに寮を出て、ホテルの会議室で、ネットで検索しながら明日の旅計画を書いていた。
愛美が、「何をしているんですか?」と言って入って来た。
「明日から急遽三日間の休日を貰ったから旅に出ようと思ってさ」と言った。
「いいなぁ!」と大声で言った。
「全然、良くは無いよ」
「急な休みよりは事前に分かっていてその間をワクワクした方が楽しいじゃない」
「そうですけど、何処に行くんですか?」
「一日目はキャンプで、二日目は静丘県の富士山近辺のドライブかな」
「誰と行くんですか?」
「一人に決まっているじゃない。本当は愛美さんと行きたいんだけど、無理だからさ」
「それはそうですね私、人妻だから」
「随分冷たい言い方をするんじゃない。ところで、この間、旦那に抱かれたの?」
「はい、でも愛撫もそこそこで直ぐ終わりました。その間、私は依田さんとの事を思い出してですけど」
「生々しいな。それに旦那さんに悪いな~、旦那に言っちゃおうっと」ふざけて言った。
愛美は真剣な顔をして、「言ってもいいですよ」
「嘘だよ。バカな事、言ってないで、仕事しますか?」と言いながらも和夫は愛美の夫の茂雄にジェラシーを感じずにはいられなかった。
*
夕食のスタンバイと夕食そして賄い。
和夫は会議室でノートパソコンを閉めて、自分の車の座席の下に隠した。ホテルでは男性スタッフにはロッカーの貸し出しがないからだ。タイムカードを押してレストランに向かった。ホールのスタッフに挨拶して洗い場に行った。
「明日から三日間、休みなんだって?」と多部が。
「はい!」と和夫は嬉しそうに言った。
「一日ぐらい家でご飯作ってあげるからお出でよ」と多部。
「ありがとうございます。でも出掛けようと思っているので、今回は大丈夫です」と和夫。
「残念だね。娘も依田さんがいつ来てくれるのかと楽しみにしていたのに」と多部。
「本当にすみません」と和夫。
鈴木は多部に聞こえるように、「依田さん、多部さん家に行ったら多部さんに食べられちゃうから気を付けてよ!?」
「そうですよね、あんな身体で乗られたら一溜りもありませんものね」と和夫は言って爆笑した。
「その点、私は身体が小さいから安全よ。今度家に来て、勿論、主人のいない時にね」と鈴木。
「鈴木さんに食べてもらえるなんて、オレ幸せだな~、でも多部さん、あの身体だけど、イク時の声は意外に可愛かったりして?」と和夫は笑った。
「依田さんって本当にエッチよね。そういう事を平気で言うからオバサンたちは疼いちゃうのよ」と鈴木。
「はい! はい! 二人でくだらない事、言ってないで、仕事! 仕事!」と和夫はまた尻を思いっきり叩かれた。
「痛えー!」と和夫は叫び、厨房に。
和夫が入って行くと、全員で「おはようございます!」と言った。
和夫は(今日はやけに調理場が明るいと思いながら)「おはようございます」と言った。
「依田さん、大使館に行く時はどんな格好したら良いのですか?」と料理長。
「スーツだったら間違いないんじゃないですか?」と和夫。
「分かりました」
「それでは当日、ヨロシクお願いします」。
和夫が調理場から出るとスーシェフの神田が追い掛けて来て、「依田さんのお陰で料理長はずっと機嫌が良くて私らも助かっています!」と嬉しそうに言った。
「えっ?」と和夫。
「料理長も大使館に行けるからですよ」と神田。
「それは良かったですね」と和夫は言いながら(別に私が誘った訳じゃないから)と思いながら。
その夜の夕食は一つだけ事件があった。夕食は宿泊客のみしかレストランで食事ができない事になっていた。バイキングコースは大人一人四千五百円だが、アラカルトの場合は席だけ予約になる。アラカルトのお客様が三人入店した。女性客にはレディースセットを無料サービスするメニューがあった。そのメニューを三人が注文した。その中の一人が男性なのか女性なのか分からない感じの人がいた。
女子高生が、「依田さん、あのお客さんですが……」と指さし、「男性? 女性? どっちでしょうか?」
「どっちだろう、分からないからレディースセットにしてあげてよ」と和夫。
「そうですね、そうします」と女子高校生が言って伝票にレディースセット×三と記入した。
アラカルトメニューは料理長が作ったとの事だが兎に角、分かり難いメニューで和夫は未だに良く理解してなかった。
「私が料理長になったらこのアラカルトメニュー全部止めて新たな分かりやすいメニューにしますから」と神田が言っていたので、早く料理長交代をしてもらいたいと和夫は思っていた。
その後は何の問題もなく夕食が終わり、片付けをして賄いを食べ、和夫は急いで食べて寮に帰った。帰寮すると直ぐにお向かいのお嬢さんから電話が「明日、楽しみにしているから」だった。明日は「御天場駅で、待ち合わせで、また場所は明日の朝に電話入れます」と言って電話を切った。
つづく
読み終わったら、ポイントを付けましょう!