朝の出勤前
和夫は朝起きて滅多に見ないテレビをつけると、高校野球の話題が報道されていた。高校野球と言うと、「さわやか」などと形容する人々がいて、そこには美しいという前提がある。確かにハードな練習に耐え忍び、一戦ごとに全力を傾注するひたむきな姿勢に心打たれるし感動する。真夏の到来直前で今年も全国高校野球選手権大会が開幕し、野球少年たちが各学校から躍り出て来ていた。日焼けした顔と対照的に真新しい白いユニホームを着て晴れ晴れとしていた。選手一人一人がグラウンドで掛け声も威勢良く機敏に動き、明るく健康的で、さわやかで青春を謳歌している象徴しているように映った
運動だけでなく、パソコンや英語などのインドアで学びを謳歌している高校生も沢山いる。何でも良いから一つの目標に向かっている姿勢は全て美しい。どういう訳か、今の日本は高校野球ばかりがマスコミに大きく取り上げられ、これに習えとサッカー人気も高まって来た。勝ち負けのある事に共通するのが、一試合に負ければその瞬間に散って、やり直しがきかないで終わり、敗者に非情さが伴う。勝ち抜かないと日の目を見る事ができないのは残酷だ。高校野球は投手力に負う所が大きく、劇的な場面が展開されまた汗と土埃と涙の季節到来だ。
さぁ、高校生に負けないよう一日頑張ろう!と和夫は誓い家を出た。
*
朝の清掃 女子中学生との会話 朝食のスタンバイ
和夫は事務所に出勤して箒と塵取りを持ち、ホテル周辺の清掃をしていた。
今日は学校に登校する女子中学生に声を掛けられた。
「オジサン、おはようございます。いつもありがとうございます。オジサンが清掃して下さっているので、駅周辺にタバコの吸い殻とかゴミを落とす人が少なくなったように思います。私、学校の作文でオジサンの事を書きました。そうしたら先生から褒められました」と女子中学生。
「何を褒められたの?」と和夫。
「オジサンは毎日、箒と塵取りを持って掃除をしている事に寄って駅の周りのゴミが少なくなっていくことに継続は力なんだという事を教えられたという内容の作文です」と女子中学生。
和夫は照れて、「そんな格好の良い事じゃないんだよ、オジサンは入社したその日に失敗して社長から叱られてその罰で掃除をしているだけだからさ、同じクラスに悪ガキの男子が先生から怒られて廊下に立たされている悪戯小僧と、オジサンも同じなんだ」と和夫は言った。
「そうだったのですね、今度の作文にはその事も書かせてもらいます」と女子中学生。
「それは止めてよ」と和夫が言った。
「良い事を聞いたので書いちゃいま~す!」と 女子中学生は言い笑って駆け出して行った。
和夫はそれでも何だか嬉しかった。
*
社長からの呼び出されて怒鳴られる(四回目)。
蜘蛛の巣取りをして事務所に行き、タイムカードを押していると、副支配人の品川が、「依田さん、あれを見て下さい。」と言った。
事務所内のホワイトボードに和夫宛てのハガキがマグネットで貼り付けられていた。
和夫は「私に来たハガキですから頂いても良いのですよね?」
品川「ダメだと思いますよ、副社長が昨日、貼って帰ったので」
和夫は宛名を読むと、A国大使館の貿易・対英投資部上席商務官のY氏からのハガキだった。先日、A国大使館で名刺交換をした際に和夫は名刺を持っていたが忘れた事にして出さなかった。料理長が自ら作っていた名刺には「富士ホテルズジャパン株式会社 総料理長」と勝手に記述した名刺を配っていたので、和夫の名刺を出す訳にいかなかったからだった。
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富士ホテルズジャパン株式会社
総支配人兼総料理長
山下湖畔ティールーム開業準備室室長
依田和夫
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こんな名刺を出したら、総料理長が会社に二人居る事になって、そこをA国大使館のスタッフから質問されたら、料理長に恥を掻かせることになるからだった。
和夫は自分の名刺を出さなかったのは忘れた事にして、お詫びとお忙しい中で時間を作って頂いた事に対してのお礼と自分の名刺を添えてそれぞれの方に手紙を送った事に対して職員を代表してのY氏からのお礼のハガキだった。
和夫は(このように誰もが見られるようにわざわざホワイトボードに晒しているという事は、また社長からお叱りを受ける事になるのではと)思って気が重かった。
愛美が出勤してきて和夫がホワイトボードを指さすと、「何これ?」と言った。愛美の知らない所で行われたという事を和夫は知って、それだけでも良かったと思った。理由は愛美が副社長と同じ考えではない事だけが救いで、今日も暗い気持ちで首を洗って待つことにした。
そのままレストランに行き、皆に挨拶をした。今日は冗談を言う気にならなかったので、直ぐに帰って来てカウンターのスタンバイをした。スタンバイを終えた頃に副支配人の品川が和夫に、「社長が会議室で待っているので行って下さい。」と言われ、和夫はまたICレコーダーのスイッチをONにして向かった。
トントントンとドアを叩いた。
社長「オー、入れ!」
和夫「おはようございます!」
社長「おはよう!今日は何で呼ばれたかは分かっているな?」
和夫「はい、恐らく……」
社長は事務所のホワイトボードに貼ってあったハガキを和夫の前に投げて、「こういう事は経営者がやる事なんだよ!分かっているのか!?」と言った。
和夫は何も言えなかった。
社長「平社員の分際で出過ぎた事をされると経営者は恥を掻く事になるのが分からないのか!君は!?」
和夫「僭越ですが、元々は私の友人である代々木シェフを窓口にしてご訪問させて頂いた訳でして、お忙しい方々にお時間を作って頂いた事に対してのお礼状を差し上げました。何の問題もないかと思っておりました。当然の事ながら副社長からもお礼状をお送りになられていると思っておりましたので」
社長「妻に聞いたら送ってないと言っていた。妻は『依田に恥を掻かされた!』と怒っていたのでね」
和夫はどう理解して良いのか分からなかったので黙るしかなかった。
社長「今後は差し出がましい事はしないでくれ! 分かったな!?」
和夫「承知致しました」
社長「もう行って良いぞ!」
和夫「失礼致します」
ICレコーダーをOFFにした。
*
朝食 朝の賄い 中抜け休憩。
朝食が始まった。リリーが一番に入って来たので、愛美が席に案内をした。和夫の所に愛美が来て「『誰かさんと違って英語が本当にお上手ね』って褒められたわ」と言った。
「誰かさんって誰の事かな?」と和夫。
「誰だろうね?」と愛美が言って笑った。
リリーは帰りに和夫にウインクをしたのを愛美は見逃さなかった。
「和さんにウインクして帰られたわよ」と愛美。
「愛美は英語が上手だって褒めてもらったんだから良いじゃない、俺はウインクだけどさ」と和夫。
「本当に未亡人の熟女って嫌いだわ」と愛美。
「まぁまぁまぁまぁ……、俺は大好物だけどね」と和夫は言って笑った。
「最近、依田さんと愛美さんおかしいわよ!」と英子。
「英子こそどうしたの?」と和夫。
「二人は英子って呼び捨てする仲なの?」と愛美。
「そうよ、いけない?」と英子。
「別に二人とも独身だから何の問題もないけど」と愛美。
「さっきの外人の奥さんだって俺の事、呼び捨てだったけど?」と和夫。
「それはそうだけど」と愛美
「だったら専務様の事も呼び捨てで呼んであげるよ」と和夫。
「じゃぁ、そうして!」と愛美。
「はい、わかりました」と和夫。
朝食を片付けて賄いを食べた。今日は愛美と二人だけだった。
「朝の事だけどまた社長に呼ばれたの?」と愛美が訊いた。
「うん」
「ごめんなさい」
「何で謝るの?」
「また何か嫌な事言われたんでしょ?」
「そんな事、無いよ」
「嘘よ! あのハガキの事でしょ?」
「違うよ」
「じゃぁ、何よ?」
「教えてあげないよ」と和夫。
「社長に訊くからいいわよ」
「それより、今朝さ、女子中学生が学校の作文で俺の事書いてくれて先生から褒められたんだって、それ聞いて嬉しくなっちゃってさ。見てくれている人は見てくれているんだなと思ってさ。昨日の外国の奥様も俺が朝、ホテル周辺の掃除しているのを見てくれていたんだってさ」と和夫。
「話しを摩り替えないでよ!」と愛美。
「そんなに聞きたいんだ?」と和夫。
「和さんが一人で苦しんでいるのを見たくないだけだから。こんな事で辞められたら私……」と愛美。
「ありがとう」と和夫。
「そう言えば昨日、料理長が副社長にティールームのメニューを渡していたけど、同じのもらった?」と愛美。
「いいや」と和夫。
「おかしいわね」と愛美。
「何かまたあるんじゃないのかな?」と和夫。
「嫌な予感がするわよね」と愛美。
「もう、副社長と料理長がやって貰えば良いのにと思っているよ」
「私もそう思っているわ、この間のA国大使館でも副社長は変だったものね」
「こんな感じで責任だけこっちに持って来られても嫌なんだけど」
「そうよね、私の方から副社長に訊いてみるね」
「ありがとう、それにしても料理長は何で俺に渡さないで副社長に渡したんだろうね?」と和夫。
「本当に訳が分からなくて嫌になるわよ、話しを戻すけど社長に何を怒られたの?」と愛美。
「聞きたいなら、この後、あの公園で待っているよ」と和夫。
「分かったわ、同じ場所ね」と愛美。
「うん」と和夫。
二人は食べ終わって食器を片付けて別々の車で公園に向かった。
*
愛美と公園で会う。
和夫は録音を聞かせるというのは言い訳に過ぎなかった。それよりも愛美と二人だけで会いたかった。でもこれを誰かに見られたらと思うと「もう止めよう」とは思っていた。愛美が和夫の車の助手席に座った。
和夫「録音を聴かせるね」と言ってICレコーダーのスイッチをONにした。
++++++
ICレコーダーをONにした音。
和夫「依田です今、電話大丈夫でしょうか?」
++++++
間違ったと思った和夫はICレコーダーをOFFにした。
愛美「その先、聞かせてよ」
和夫「ごめん、これは聞かせられない」
愛美「もう聞いちゃったんだから」
和夫「分かったよ」と言ってスイッチをONにした。
++++++
和夫「依田です今、電話大丈夫でしょうか?」
社長「おお、依田君、大丈夫だが、何だね?」
和夫「今、給料明細書を頂いたのですが、面接時の社長とのお約束の金額とは大幅に相違があるですが?」
社長「幾らだね?」
和夫「基本給が十九万円になっており、手取りの金額が十三万一千四十九円です」
社長「それはおかしいな。妻に言ったのとは全然違う金額だ、君は私がゼネラルマネージャーでと言ったのを断って最初は平社員でと言ったから平社員の最初の給料にしたんだが何か問題でもあるのか?」
和夫「その平社員の給料とはお幾らなのですか?」
社長「基本給は二十六万だよ、それを妻に言っておいたんだが、また言っておくから。」
和夫「面接時の手取り八十万円と言うのはいつに頂ける金額なのでしょうか?」
社長「最高級ホテルの総料理長に就任した時になるが、何か問題でも?」
和夫「承知致しました」
(ICレコーダーをOFFにした)
++++++
「和さんに何てお詫びをしたら良いのか私、もう分からないわ」と愛美。
「愛美が謝る事でも、悩むことでもないから気にしないで、この録音は愛美にはきかせたくなかったけど消すのを忘れていたから、本題を聴かせるね」と和夫。
*
++++++
ICレコーダーのスイッチをONにした音。
和夫は、トントントンとドアを叩いた。
社長「オー、入れ!」
和夫「おはようございます!」
社長「おはよう! 今日は何で呼ばれたかは分かっているな?」
和夫「はい、恐らく……。」
社長は事務所のホワイトボードに貼ってあったハガキを和夫の前に投げて、「こういう事は経営者がやる事なんだよ! 分かっているのか!?」と言った。
和夫は何も言えなかった。
社長「平社員の分際で出過ぎた事をされると経営者は恥を掻く事になるのが分からないのか! 君は!?」
和夫「僭越ですが、元々は私の友人である代々木シェフを窓口にしてご訪問させて頂いた訳でして、お忙しい方々にお時間を作って頂いた事に対してのお礼状を差し上げました。何の問題もないかと思っておりました。当然の事ながら副社長からもお礼状をお送りになられていると思っておりましたので」
社長「妻に聞いたら送ってないと言っていいたよ。妻は『依田に恥を掻かされた!』と怒っていたのでね」
和夫はどう理解して良いのか分からなかったので黙るしかなかった。
社長「今後は差し出がましい事はしないでくれ! 分かったな!?」
和夫「承知致しました」
社長「もう行って良いぞ!」
和夫「失礼致します」
ICレコーダーをOFFにした。
++++++
「こんな事を言われていたのね、娘として本当に恥ずかしい、でも私も元は営業マンだったのに、お礼状の事はすっかり忘れていたから、社長や副社長の事は言えないけど、お礼をした和さんを社長が怒るのはお門違いだと思うわ」と愛美。
「それに給料を八十万円という約束で帝丸ホテルを辞めて来てくれた人に平社員の給料を出す父の神経も信じられないし、母はわざと間違えているところも娘として、悲しいわ、本当にごめんなさい」と愛美。
「ま、俺の不徳の致すところだから仕方ないよ」と和夫。
「和さんは何にも悪い事をしていないじゃない」と愛美。
「愛美には悪いけど、不徳の致すところと言ったのは、帝丸ホテルから出された時の事を指しているんだ、とりあえずは山下湖畔のティールームの事なんだけど、どうしたら良いのかがもう俺自身が分からなくなっているんだよね、この間のA国大使館の時の副社長が言っていた『今後の連絡は依田ではなく私に直接』って言っていたでしょ?」と和夫。
「私もアレに関しては何なの? と思ったわ」と愛美。
「県庁の榎田さんたちのご意向も聞いてみないとね」と和夫。
「それもそうね」と愛美。
「また少し歩こうか?」と和夫。
「うん」
和夫はまた愛美の手を握って木陰に連れて行った。
愛美と和夫はキスをした。
「愛している」と愛美が言った。
「俺もだよ」
「和さんが欲しいの。」と言って和夫の股間に太腿を差し込み、「私、本当に後悔しているの、和さんと結婚すれば良かったって」と愛美。
「俺は愛美の事を大切にしたいんだよ。だから茂雄さんと正式に離婚という形がない内は、したくないんだ。勿論、俺だって男だから愛美から求められているんだから、応えたいのは山々だし、人妻が好きだけど、愛美は他の人妻とは俺の中で違うんだよ。遊びの気持ちでは抱きたくないんだよ。分かってくれよ、俺が我慢しているんだから、愛美も我慢しろよ、なっ?」と和夫。
「うん、分かったわ。ありがとう。そういう気持ちでいてくれて、私は幸せです」と愛美。
暫くして愛美はホテルに、和夫は寮の自宅に帰った。
*
中抜け休憩時 メール受信。
和夫の受信トレイに県庁の佐野からメールが入っていた。
差出人:佐野武<sano02@pref.yamanoshi.lg.jp>
送信日時:〇〇〇〇年〇月〇日木曜日
宛先:依田和夫
cc:大久保愛美;植野みゆき:榎田明
件名:山下湖畔美術館内ティールームのメニュー
お世話になります。御社、副社長の大久保様からティールームのメールを頂きました。
添付ではなかったのでそのままコピペ致します。
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メニュー
プレーンスコーン 一二〇〇円
チーズスコーン 一五〇〇円
A国大使館チョコレートケーキ 二〇〇〇円
驛前ホテル一号館チョコレートケーキ 一八〇〇円
クランペット 一五〇〇円
キューカンバーサンドイッチ 二〇〇〇円
冷たいトマトスープ 一二〇〇円
温かい南瓜スープ 一二〇〇円
スコーンセット 三五〇〇円
スコーン
サラダ
スープ
紅茶
アフタヌーンティーセット 二五〇〇円
スコーン
サラダ
スープ
紅茶
ガレット 一五〇〇円/一三〇〇円(単品)
ショートケーキ 一二〇〇円
ビーフステーキ(ライスorパン付き) 三五〇〇円
三種野菜とトマトボロネーゼのラザニア 一六〇〇円
グリルチキンとクリームフリカッセのデリプレート 一六〇〇円
熟成肉のクリームボロネーゼ 一六〇〇円
海老とあさりのビスクソースパスタ 一八〇〇円
驛前ホテル一号館 温室のサラダセット 二〇〇〇円
驛前ホテル一号館の自慢のプリン 九〇〇円
ロシアンティー(ホット/アイス) 一二〇〇円
紅茶 ダージリン アールグレイ ミルクティー 各九〇〇円
ミネラルウオーター 八〇〇円
炭酸入りミネラルウオーター 八〇〇円
コカ・コーラ 七〇〇円
ジンジャーエール 七〇〇円
トマトジュース 七〇〇円
アルコール
グラスワイン 赤 白 ロゼ 九〇〇円
ビール アサヒスーパードライ サントリープレミアムモルツ キリン一番搾り 九〇〇円
++++++
私ども県庁では、このようなメニューを期待していた訳ではございません。
先日、依田様のお計らいで駐日A国大使館に訪問させて頂きました際に、駐日A国大使館のメニューに準じて頂けると期待しておりました。
当然、依田様もこのメニューをご覧になられていると私どもは理解しておりますが、依田様のご意見を伺いたくメールさせて頂きました。
尚、このメールは御社、大久保副社長には送信しておりませんのでご承知おき下さいませ。
恵比寿料理長の名刺にはメールアドレスが記載されていませんでしたので、送信しておりませんので併せてご承知おき下さいませ。
引き続き宜しくお願い致します。
佐野武
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
山無県地域創生・人口対策課
主査 佐野武
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
*
中抜け休憩時 メール受信し和夫は愛美と相談。
和夫はまず、愛美に電話し相談し、直ぐに佐野からのメールを読ませた。
++++++
電話の愛美は「和さん、今回のプロジェクトに関わる方々には嘘を言っても仕方ないので、正直に話しましょうよ。こちらが誠心誠意、胸襟を開いてご相談すれば、県庁さんも第三セクターさんも和さんと私に対して協力して下さると思うから。」と言った。
「本当にそれで良いの?」と和夫。
「和さんだけいつも責任を取らされるのは私も見ていて嫌だから、本当にそうして下さい。それに今の私では力不足で社長と副社長の暴走を止めて、和さんの味方になってあげる事ができないから、今回のプロジェクトでは県庁さんと第三セクターさんが和さんの味方になってくれたら、私も助かるし有難いと思うから」と愛美。
「社長や副社長は愛美の実のご両親だし、その二人を売る事になってしまうけど、本当に良いの?」と和夫。
「私は自分の両親よりも和さんの方が大切だから」と愛美。
「そこまで言ってくれるなら正直に話すね、愛美本当にありがとう」と和夫。
++++++
差出人:依田和夫<k_yoda@fujihotelsjapan.co.jp>
送信日時:〇〇〇〇年〇月〇日木曜日
宛先:山無県庁 佐野武 様
cc:植野みゆき様:榎田明様:大久保愛美
件名:Re.件名:山下湖畔美術館内ティールームのメニュー
山無県庁 佐野武様
いつも大変にお世話になっております。
富士ホテルズジャパン株式会社の依田和夫でございます。
早速ですが、佐野様からのメールを拝読させて頂きました。
大変に、お恥ずかしい事ではございますのが、私と専務の大久保愛美はこのメニューを拝見しておりませんでした。
このメニューではA国の個性が全く出ておらず、イタリア、フランス、アメリカ、驛前ホテルがただ合体したメニューの様で、駐日A国大使館にご訪問させてご教示頂きました事が全く反映されておりません。
そこで私と専務の大久保愛美のご提案で大変に恐縮ですが、県庁の佐野様から弊社大久保副社長と料理長に対しまして、「このメニューでは県庁としても合格点を出せなかったので、『このメニュー(私、依田和夫が作ったメニュー)』に変更して頂きたい」とお話し頂けますと幸いです。
大変に不躾なご提案で大変に申し訳なく思い、弊社の恥をさらすようでお恥ずかしい限りでございます。
この後、私は先日、皆様とご一緒させて頂きお会いしました駐日A国大使館の代々木シェフにご相談し、駐日A国大使館のお墨付きを頂いたメニューという、ご了承頂ければと存じます。
ご了承頂きました際には大変に申し訳ございませんが、このメニューで押し切って頂けますと幸いです。
メニューが完成し、代々木シェフからのご了承が頂けました際には再度、佐野様にご報告申し上げます。
引き続き宜しくお願い申し上げます。
++++++++++++++++++
富士ホテルズジャパン株式会社
依田和夫
++++++++++++++++++
*
中抜け休憩時 ティールームメニュー作成(構想)。
メニュー
駐日A国大使館推奨品(料金は参考)
(紅茶)
ヨークシャーティー 五〇〇円
ミルクティー ジャージー牛乳 六〇〇円
ダージリン 六〇〇円
アールグレイ 六〇〇円
(ドリンク)
マスカット&ライチ 六〇〇円
ザクロ&エルダーフラワー 六〇〇円
(フード)駐日A国大使館レシピ
オートミールのスコーン 七〇〇円
チーズとオニオンのスコーン 七〇〇円
(季節により変わります)
チョコレートプディング 七〇〇円
(セット)
オートミールのスコーンセット 一〇〇〇円
チーズとオニオンのスコーン 一〇〇〇円
チョコレートプディングセット 一〇〇〇円
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レシピ&原価率計算書
オートミールのスコーン
★写真 一
★写真 二
チーズとオニオンのスコーン
★写真 一
★写真 二
チョコレートプディング
★写真 一
★写真 二
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中抜け休憩時 ティールームメニュー作成(構想)
件名:代々木シェフ様へのご相談&ご了承のメールとして
差出人:依田和夫
送信日時:〇〇〇〇年〇月〇日木曜日
宛先:駐日A国大使館 大使公邸シェフ 代々木様
Bcc:植野みゆき様;佐野武様;榎田明様;大久保愛美
件名:富士ホテルズジャパン株式会社の依田です。
駐日A国大使館 大使公邸シェフ 代々木様
いつも大変にお世話になっております。
早速ですが、先日、代々木シェフからお送り頂きました
レシピ通りに添付書面のメニューを作製し、ご提供させて頂きたく存じます。
価格につきましては今後、再考いたしますので変更する可能性は大です。
また弊社、社長と副社長からティールーム運営スタッフの
人数を聞きましたところ、平日、日祝日、関係なく厨房一名
ホール一名で二十六席を賄うとの見解でした。
私個人としましてはこの席数でこのスタッフの人数では恐らく、
回せないと思っております。
またご来店頂きましたお客様からの苦情などを
多々受けてしまう事を今から予想し危惧しております。
この事に寄りひいては、A国大使様ならびに駐日A国大使館様、
県庁様、第三セクター様、そして弊社へのご批判に繋がってしまう
恐れすら感じております。
このメニューの品数は大変に少ないのですが、
私の予想では開業した際にはほぼ毎日、
営業時間中満席状態が続くと思われます。
代々木シェフも今回、弊社副社長にお会いし
先日のメールでご感想を頂きました通りです。
弊社経営者の悪口になってお恥ずかしいのですが、
自分の決めたことはたとえ間違っていようとも
何が何でも実行される方々ですので事前に
最悪の事を予想して私と専務の大久保愛美で
予防対処したいと思っております。
スタッフが慣れて来てからでもメニュー数を増やす事は
可能ですので、その点はご心配には及ばないと思われます。
僭越ですがこのメニューで代々木シェフのご了承を
頂戴できましたら幸いです。
引き続きご教示の程、宜しくお願い申し上げます。
++++++++++++++++++
富士ホテルズジャパン株式会社
依田和夫
++++++++++++++++++
添付書面
メニュー
駐日A国大使館推奨品(料金は参考)
(紅茶)
ヨークシャーティー 五〇〇円
ミルクティー ジャージー牛乳 六〇〇円
ダージリン 六〇〇円
アールグレイ 六〇〇円
(ドリンク)
マスカット&ライチ 六〇〇円
ザクロ&エルダーフラワー 六〇〇円
(フード)駐日A国大使館レシピ
オートミールのスコーン 七〇〇円
チーズとオニオンのスコーン 七〇〇円(季節により変わります)
チョコレートプディング 七〇〇円
(セット)
オートミールのスコーンセット 一〇〇〇円
チーズとオニオンのスコーン 一〇〇〇円
チョコレートプディングセット 一〇〇〇円
+++++++++++++++++++
添付書面 二
*
中抜け休憩時 ティールームメニュー作成(構想)
件名:代々木シェフからの電話でのご了承と代々木シェフと県庁の佐野様への返信メールとして
差出人:依田和夫
送信日時:〇〇〇〇年〇月〇日木曜日
宛先:駐日A国大使館 大使公邸シェフ 代々木様
Bcc:植野みゆき様;佐野武様;榎田明様;大久保愛美
件名:富士ホテルズジャパン株式会社の依田です。
駐日A国大使館 大使公邸シェフ 代々木様
いつも大変にお世話になっております。
山下湖畔ティールームメニューに関しまして、
早速のご返事どうもありがとうございました。
引き続き、ご教示の程、宜しくお願い致します。
++++++++++++++++++
富士ホテルズジャパン株式会社
依田和夫
++++++++++++++++++
*
代々木シェフは和夫からのメールの内容を読み、急ぎの案件と思い、上司に相談して了承した事で電話をしてくれた。
代々木「依田さん、メール読みましたよ」
和夫「ありがとうございます」
代々木「急ぎだと思ったので、電話しました」
和夫「お察し頂きましてありがとうございます」
代々木「上司に相談しましたところ、OKですので進めて下さい」
和夫「ありがとうございました、代々木シェフをはじめA国大使館のお顔に泥を塗らぬように一所懸命にやりますので、今後ともどうぞご教示の程、宜しくお願い致します」
代々木「依田さん、陰ながらですが応援していますから頑張って下さいね」
和夫「ありがとうございます」
その後、県庁の佐野にメールをした。
和夫は今後の全ての事に関し、電話で終わった事もメールを出して証拠を残すことにした。
和夫の最大の敵は身内中の身内の社長と副社長だからだ。
+++++++++++++++++
差出人:依田和夫
送信日時:〇〇〇〇年〇月〇日金曜日
宛先:山無県庁 佐野武 様
cc:植野みゆき様:榎田明様;大久保愛美
B㏄:代々木シェフ
件名:山下湖畔美術館内ティールームのメニュー
山無県庁 佐野武 様
いつも大変にお世話になっております。
早速ですが、駐日A国大使館の代々木シェフから、
添付させて頂きましたメニューのご了承を頂きましたので、
私と専務の大久保愛美のご提案をお願い致します。
このメニューが少ない事につきましては、代々木シェフに
お話ししました通りでして、スタッフが慣れてから増やしていく所存です。
お手数をお掛け致しますが、引き続きどうぞ宜しくお願い申し上げます。
依田和夫
++++++++++++++++++++++
富士ホテルズジャパン株式会社
依田和夫
++++++++++++++++++++++
添付書面
メニュー
駐日A国大使館推奨品(料金は参考)
(紅茶)
ヨークシャーティー 五〇〇円
ミルクティー ジャージー牛乳 六〇〇円
ダージリン 六〇〇円
アールグレイ 六〇〇円
(ドリンク)
マスカット&ライチ 六〇〇円
ザクロ&エルダーフラワー 六〇〇円
(フード)駐日A国大使館レシピ
オートミールのスコーン 七〇〇円
チーズとオニオンのスコーン 七〇〇円
(季節により変わります)
チョコレートプディング 七〇〇円
(セット)
オートミールのスコーンセット 一〇〇〇円
チーズとオニオンのスコーン 一〇〇〇円
チョコレートプディングセット 一〇〇〇円
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++
添付書面 二
*
夕方の出勤前
休憩時間でメールや電話をしていたので、和夫は物凄く疲れていた。日頃、文章を書く仕事ではないし、相手が上の立場なので丁寧に書かなくてはいけない事で神経を使った。
愛美から電話が入った。「各所へのメール、ありがとう」
「いいえ、どういたしまして、でも疲れたよ、何でも相談無しで副社長は勝手にやるんだもの、その尻拭いで大変だよ」と和夫。
「本当にごめんなさい」と愛美。
「愛美に話すといつも謝られるから話せないなって思っちゃうよ」と和夫。
「ごめんなさい」と愛美。
「もう分かったから、謝らないでくれないかな?」と和夫。
「うん、和さんがそれで良いならそうする」と愛美。
「そうしてくれると有難いよ、愛美と俺は同志なんだからさ」と和夫。
「そうだよね、敵は社長と副社長だもんね?」
「そう、あの二人は手強いから気を引き締めて団結しないと勝てないからさ。」と和夫が言って苦笑した。
「本当よね、悲しいけど経営者でありながら会社の中では獅子身中の虫だものね?」と愛美。
「両親をそこまで言ったら可愛そうだろ?」と和夫。
「でも、本当じゃない、遣る事成す事、皆、会社の為じゃなくて自分たちの為を考えた事ばかりじゃない、娘として情けないったらありゃしないわよ」と愛美。
「愛美が社長になった時にはこのような訳の分からない事をしないようにしてね」と和夫。
「こんな事やっていたら、どんどん世間での信用が無くなって、いつかは会社が無くなっちゃうんじゃないかって心配になって来たわよ」と愛美。
「確かにあまり聞いたこと無いもんね、経営者が自分の会社をダメにする話なんてね、蛸と一緒だね」
「それ、どういう意味?」と愛美。
「餌が無くて腹が減ると、自分の脚を食っちゃうんだよ」と言って爆笑した。
「そう言う事ね、ホント、悲しいわよ」と愛美。
「ま、めげずに頑張りましょう!では出勤します」と和夫は言って電話を切った。
玄関を出て車に乗ろうとしたら、お向かいの佐々木さんのお婆さんから「さっき、大塚さんの奥さんが依田さんのお宅の前に車で停まって庭と生垣を見ていたわよ」
「そうだったのですか。教えて下さってありがとうございます」と和夫。
「綺麗にしたものね」と佐々木さん。
「はい、では行ってきま~す!」と和夫。
「行ってらっしゃい!」と佐々木さん。
*
夕食のスタンバイと夕食
事務所でタイムカードを押していると、愛美が、「副社長に県庁から電話が入ったみたいよ」と言った。
「で?」と和夫。
「明日、県庁の佐野さんと榎田さん、そして美術館の植野さんがホテルに来て会議をするみたいよ」と愛美。
「メンバーは?」と和夫。
「その三人と副社長と料理長みたい」と愛美。
「俺たちは呼ばれないのかな?」と和夫。
「どうもそうみたいね、副社長は何も言ってなかったから」と愛美。
「それならそれで、別に良いけどね」と和夫。
「内容だけは聞いておくから」と愛美。
「多分、佐野さんか榎田さんが連絡をくれるんじゃない?」と和夫。
「でも聞いておくね」と愛美。
「うん、ありがとう」と和夫は言ってレストランに行った。
女子高生と山形で夜のスタンバイが済んでいた。和夫は女子高生と山形に「おはようございます、スタンバイありがとうございました」と言い、洗い場に行った。
洗い場では多部が和夫のシャツの肘を掴んで隅に行き、「嫌になっちゃうのよ、見てよ、あの洗い場?」
清掃の女社長が同じ形の皿やグラスを並べれば良いのだが、滅茶苦茶にして洗っていた。
和夫は女社長に、「おはようございます」
女社長「あぁ、依田さん、おはようございます」
和夫「社長は清掃のプロですから、先日のあの後、ガラスを見たら滅茶苦茶、綺麗で流石だなって思いました。今度、ガラス磨きを教えて下さいよ」
女社長「そんな……、依田さんに褒められたら、恥ずかしいわ」
和夫「社長、余計な事だったらまた怒って下さいね。」
女社長「依田さん、イジワル言わないで下さい」
和夫「こうやって同じ皿や同じ大きさの皿を最初に並べちゃうじゃないですか?で、グラスのようなのは、割れちゃうから最後に洗ったら様ですし、同じ大きさや形の物を一気に洗うと早いし楽ですよ。」と言いながら同じ大きさや形の物を並べていった。
女社長「私がやりますから」
和夫「一緒にやりましょう。ここは鍋やフライパンも同じ洗い場で洗うから大変なんですよね、お気持ちは良く分かりますから」
女社長「私がやりますから‥‥‥」
和夫「こうやってお願いしますね」と言って、流しの中で女社長の手を軽く握ると彼女は顔を赤らめていた。
女社長「はい、教えて下さりありがとうございました。本当に楽ですよね」
和夫は多部にウインクをすると、多部は両目をパチクリさせていた。
その足で調理場に行き挨拶をしてカウンターのスタンバイをした。そして夕食が始まり、何の問題も起こらずに終了した。
その後、夜の賄いで山形と愛美と和夫で食べて、また和夫は急いで食べて帰寮した。疲れたので何もしないで即、眠った。
つづく
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