「金髪碧眼の美少女がいい……此処に不細工な女の子は一人もいないと思いながらこう言う要望を聞くと、不思議な気分になりますね」
せせら笑いとも溜息ともとれる吐息とともにエリオは届いた手紙をたたんだ。
「それも、十六歳では遅いだなんて。要望が現実的なのか性的倒錯なのか分からなくてシュールだわ」
手紙を受け取りながら、カテリーナの唇にはすでに侮蔑がこもっている。カテリーナがエリオに見せたのは、遠方の国から届いた依頼書だった。エリオが差出人の名前を黙読してから、カテリーナに訊いた。
「カテリーナ様は、この注文主の名前を知っていたのですか?」
「風の噂で、存在だけはね。顔は、知らないわ……存在だけを知っていて、顔を知らないのは、多分わたくしだけではないわ」
カテリーナは吐き捨てるように言った。
「差出人の養父は東欧の名高い公爵様。公人としては成功している好人物だけれど……性的倒錯の醜聞も有名なのよ
「誕生日プレゼントが女の子か……吐き気のする話ですね」
「うちに不細工はいないわ。十四歳くらいの、思いっきり頭の弱い子でも出荷しましょう」
別の部下が、カテリーナを呼んでいた。カテリーナは話を切り上げると廊下へ出る。
「カテリーナ様、バンディニさんがお見えです」
「しつこい奴ね」
カテリーナは応接室に入る。例によって優しげな笑みを浮かべたアントニオが待っている。紳士然としているが、唇の端が気障っぽくて胡散臭い奴だとしかカテリーナは思わない。
「こんにちは、ルッソ嬢。先日の返事を聞きにきたよ」
「……」
カテリーナは何も言わずに席に座った。アントニオはにこにこしている。諾を言うことを強いるような目の端だった。奴隷売買に参入しようとしている豪商への対策は用意するにせよ、カテリーナはアントニオと組む以外の方法をとりたかった。
「件の豪商の会社には、うちの社から密偵を送った。利益を奪われる前に潰す策も、準備しているところだ」
アントニオはカテリーナの背中を押すような情報を加えた。だがその一言はカテリーナを注意深くさせる方向に働いた。アントニオがこの話を、やけに早く運ぼうとしているように感じられて、カテリーナは不審に思う。
「随分急かすのね」
カテリーナは平べったい声で言った。真剣に取り合っていないことが伝わるような口調を作る。
「こう言う話は早いほどいい。早ければ、早いほど」
「そうかしら。その豪商というのは、そんなに強敵なの?」
カテリーナはのらくらと話題を転がした。アントニオの表情から気持ちの悪い笑みが消えていく。カテリーナはアントニオの顔と態度から鍍金(めっき)が剥がれ落ちていくような変化を小気味よく眺めていた。作り笑いが崩れている。返事がないことに苛立ち、ことを早く運ばせたいアントニオの思いは、あっさりとカテリーナの手の上で踊った。
「今は、手を組むことは決めかねるわ」
「カテリーナ様、よろしいですか?」
やりとりがぶっつりと断たれた時、エリアが部屋に入ってくる。カテリーナに不満をぶつけるわけにはいかないアントニオの苛々した視線が当て付けのようにエリオに向かう。だがエリオはエリオで、アントニオを汚れ物でも見るような目で一瞥しただけだった。用事があるのはカテリーナだけで、カテリーナの客に払う経緯はないと言わんばかりに報告する。
「カテリーナ様、遠方の孤児院から電話が来ています。少女を一人……引き取って欲しいとのことです」
「孤児院が?」
カテリーナは思わず反芻して、目を丸くした。
孤児院は保護施設だ。保護施設ともあろう機関が奴隷商人に子供を売ろうというのか?
降って湧いた不気味な案件に、カテリーナは席を立った。
「電話を代わるわ──お客様がお帰りだから、片付けておいて頂戴」
カテリーナが言いつけて退出すると、エリオは恭しく腰を折った。不穏になった空気の中に取り残されたアントニオは舌打ちをして、席を蹴った。
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