バンドをクビになった僕、女子高生にスカウトされる

水卜みう
水卜みう

第10話 stage

公開日時: 2021年6月22日(火) 00:01
文字数:2,420

 高校生バンド選手権の地区予選ライブの日になった。場所はライブハウスではなく、隣町のショッピングモールにある大手楽器店のスタジオだ。そのスタジオでオリジナル曲やコピーを2曲演奏して、曲の出来とパフォーマンスの良し悪しで全国大会に進めるかどうかが決まるらしい。

 僕はオンボロの愛車に機材とメンバーを載せてエンジンを唸らせながら国道を走らせた。流石にこれほどの積載量ともなると、非力な軽バンでは立体駐車場のスロープを登るだけで骨が折れる。なんとかローギアに入れて4階まで登り、お誂向きに空いていた駐車場の隅っこのスペースに駐めた。


 会場の楽器店に着くと、既に参加者や観客が集まっていて人だかりが出来ていた。当たり前だけれども、高校生バンド選手権なので会場に集まった人の年齢層が本当に若い。オーバーエイジの僕と美織は、まるで運動会を観戦しに来た父兄になった気持ちでその人だかりを遠目から眺めていた。


「若いって……、いいっすね……」


「ああ……、そうだな」


 この場所にいるだけで生気が奪われてさらに老け込みそうな感じだった。それだけ高校生の元気というのは凄まじい。僕も戻れるのであれば高校生の頃に戻りたい。


「ほら、そんなとこに突っ立ってないで行くわよ。こんな烏合の衆みたいな高校生、私達の演奏でさっさと蹴散らしてしまうに限るわ」


 桃子は珍しく自分の機材を自分の手で運んでいてやる気十分だった。確かに桃子みたいな天才女子高生ドラマーからしたら、ここにいる高校生なんぞ倒しても経験値にすらならなそうだ。


「そういえばさっき演奏順のクジを引いてきたっす」


「ほほう、それで何番目なんだ?」


「10組中4番目っすね。ちょうど会場が温まってていい感じだと思うっすよ」


「やるじゃない美織。もうこれで全国大会は決まったようなものね」


 桃子のその自信は一体どこから湧いてくるのだろうか。利根川や信濃川な源流ですらそんなに沢山湧きはしないだろう。まるで中国の長江級だ、超高校級の桃子には語感的にピッタリだろう。


 予選ライブはオンタイムで始まった。1組目、2組目は流行りのバンドのコピーバンドで、文化祭のステージのような、いかにも高校生といった演奏を見せてくれた。僕自身、高校生のときはこんな感じでバンドをやっていたなと懐かしい気持ちになり、そのせいでまた少し心が老けた気がする。


「それでは3組目、松栄学園軽音楽部の『Lucifer』の皆さん、よろしくお願いします!」


 司会が淡々とタイムテーブルを進めて行くと、うちの学園の軽音楽部の連中が出てきた。というか、軽音楽部がこの学園にあったことすら僕は知らなかった。桃子もひとりぼっちでドラムなんて叩かずに軽音楽部に入れば楽しく過ごせただろうに、どうして入らなかったんだろう。僕はその疑問をシンプルに桃子へぶつけてみた。


「なあ、なんで桃子は軽音楽部に入らなかったんだ?」


「入るわけないでしょあんな軽音楽部。私がなんで軽音楽部に行かないか、アイツらを見ればすぐわかるわよ」


『Lucifer』と名乗った彼らが現れた瞬間、桃子の言った通りその答えがよくわかった。所謂ヴィジュアル系なのだけれども、メイクも衣装も中途半端でどこか痛々しいのだ。ギターの音は歪ませ過ぎて音像が分からず、歌も正直なところちゃんと声が出ているとは言い難い。


「演奏技術も音作りも最悪よ。ルシファーだかルシフェルだか知らないけれど、あいつらはバンドをやっているんじゃなくて、バンドをやっている自分に酔ってるだけ。しょうもないったらありゃしないわ」


「ははは……、随分な言いようだな」


「下手くそでももっと謙虚で前向きな下手くそならいいのよ。でもアレはダメ。だから私は軽音楽部に入らないの」


 今まで散々桃子が文句を言っている場面を見てきたけれども、これほどまでに言葉を強めて不快感を示したのはおそらく初めてだ。それほどまでに軽音楽部の彼らとはウマが合わないのだろう。

 僕としてもその気持ちはわからなくもない。例えば運動部だって、全国大会を目指して頑張る人と友達とワイワイやって思い出作りがしたい人とではモチベーションの違いが大きすぎてギスギスしかねない。プロ志向がありそうな桃子は事前にそのギスギスが予見出来ているから、軽音楽部に入らないのは

 賢いといえば賢いのかもしれない。


「さあ、そろそろ私達の番よ。オーディエンスの度肝を抜いてさっさと全国大会に行くわよ」


「ほら、先輩も早く準備するっすよ」


「お、おう……、なんか2人ともめちゃめちゃ気合入ってるな」


「当たり前でしょ、万一あんなのに負けることになったなら末代までの恥よ。脩也こそちゃんと気合入れなさいよ。あんた次第で出来栄えが大きく変わるって自覚持ってるの?だいたいあんたはいつもいつも――」


「わ、わかったわかった。ちゃんとやるから任せとけって。な?」


 気合十分でむしろオーバーヒートしそうな桃子は、『Lucifer』のメンバーがステージからはけるなり意気揚々とシンバルやスネアドラムをセッティングし始めた。僕も美織もそれに遅れを取るまいと手早く準備に取り掛かる。幸い、古巣のバンドをやっていたときよりも準備すべき機材や使う音の種類が少なかったおかげで、あっという間にスタンバイ完了状態になった。


「それでは4組目、松栄学園の『Dining room in the dormitory』の皆さん、よろしくお願いします!」


 司会が僕らを呼ぶと、間伐入れずに桃子が観客に挨拶代わりのフィルをぶち込む。その瞬間、スイッチが入った僕と美織は人生で一番大きな音を出してやろうとして、各々楽器を振り下ろす。そうして始まった曲は、まるで文化祭のような会場の雰囲気をぶち壊すには十分な熱量を帯びていた。


 あまりにも久しぶりの感覚で、なおかつとても衝撃的で、僕は夢遊病のような感覚のまま立て続けに2曲歌いきった。正直なところ、自分がどんなアクトをしたのか全く覚えていなかった。


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