私の推理で君が死ぬ。

赤色の白骨死体
綾小路鷹丸
綾小路鷹丸

序章 樹海の幽霊

公開日時: 2023年2月27日(月) 07:00
更新日時: 2023年2月28日(火) 02:34
文字数:3,405

初めまして、綾小路鷹丸です。

これからよろしくお願いします。

 ――それは初夏の暑い時期、外の気温は40℃近くあるはずだが、その樹海には冷たい空気が流れている気がするくらいに涼しかった。そんな中、鳴沢真なるさわまことは目の前の光景に思わず目を奪われてしまっていた。


 薄暗い樹海の中、美しい黒髪をなびかせてこちらを見下ろしている女性。そしてその背中には、後光が差し込んでいるかのような太陽の光、そんな光景だった。その一瞬はまさに、全ての時間が止まっていたかのようであった。



 真の住む地域に樹海があり、そこには変な噂があった。

 


 『樹海のどこかに緑色の家があって、そこに幽霊が住んでいる』


 

 真は小学生の頃からミステリーやホラー、都市伝説などの物語や噂が大好きであった。して、友人から話を聞くまでは、行動しようとは思っていなかった。


 「――おい真、あの噂の信憑性はかなり高いと思うぞ。なぜなら俺は、あの樹海で白い服を着た女の人を見た」


真の友人、犬鳴いぬなき陽太ようたはそう証言した。


 「なるほどな、お前がそういうんだから、意外と樹海の幽霊は本当に存在するのかもしれないな」


 陽太とは昔からの付き合いで、いわゆる幼馴染。茶髪で明るい陽キャ、ピアスなんかもつけちゃって、名は体を表すとはよく言ったものだ。しかし、陽太は真と同じくホラーやミステリーなどの話が好きで、二人で心霊スポット巡りをする事もあった。


 「やっぱり、真なら信じてくれると思ったよ。それで行くんだろ、樹海」


 「あぁ、もちろん、今週末にでも行ってくるかな」


 「週末かぁ……。悪い、予定があって週末は俺行けねぇや」


 「それは仕方ないな、じゃあ俺一人で行ってくるよ」


 「はぁ、真はそう言うと思ったよ。全く、少しは遠慮というものを――いや、気になることがあれば、すぐにでも確かめたいのは俺も同じか……。真、一人で行くのはいいけど、何かあれば連絡しろよ」


 「本当に陽太は心配性だな、言われなくてもちゃんと分かっているよ。何かあれば連絡するから、そんな気にすることじゃない。……まあそれに、俺が連絡する相手なんて、陽太くらいしかいないんだけどね」


 真がそう言うと、陽太の表情が曇る。


 「……。真、お前まだあの事を気にして―――いや悪い、今のは失言だったな」


 陽太は気を遣ったのか、話の途中で言葉を止めた。真は「別に陽太が気にすることじゃないよ」と首を横に振った。


 ――それからしばらくして週末、真はある程度の荷物を持って樹海へと向う。途中ですれ違った同じ学年の女の子に気づくこともなく、真は樹海の方に歩いていった。


 「――今のって、鳴沢くん?」



 樹海の入り口にたどり着いた真は、荷物の中からコンパスを取り出すと入り口の方位を確認して、樹海の中へと入っていく。


 ――樹海の中に入ってからしばらく経ったところで、木々の奥に緑色の建物のようなものが建っているのを見つけた。「ま、まさか本当にあるなんてな。別に陽太のことを信じていなかったわけじゃないけど…。とりあえず、行ってみるか」そう言って真はその建物に近づいてみた。


 「……緑色って、ただ苔が纏わりついているだけじゃん。まあでも、遠くから見たらそんなの分からないもんな」


 そんなことをブツブツと言いながら、真は周囲の確認をすると、反対側にドアとインターホンらしきものを発見した。「このドアとインターホン、かなり新しいけど…え、嘘だろ。ここに住んでいる人がいるのか?」そんなことを考えながら、インターホンを押そうとしたその時だった。


 「――私に何か用事かしら、少年」


 不意に背後から声をかけられた事に驚いた真は、振り向いた瞬間に足元にあったツルで滑って尻餅をついた。


 「あら、驚かせてしまったようね、ごめんなさい、大丈夫かしら?」


 そう言って真の前に手を差し伸べてきた人は、白いワンピースを着た長い黒髪の女性だった。尻餅をついた衝撃でなのか、はたまた噂の幽霊に特徴が似ていたからか、それともその女性を怖いと思ってしまったのか、真は全く動けずにいた。しかし今、はっきりとしたわかる事は一つ。


 ――今、目の前に広がる光景はとても美しかった。


 真が尻餅をついたままでいることに不思議に思ったのか、女性は「少年、私の顔をずっと見ているけれど、何か気になるところでもあるのかしら?」と言って、真の顔を覗き込んでいた。


 「わっ!い、いえ、すみません。こんなところに人が住んでいるなんて思っていなかったもので、少し驚いてしまいました……」


 「ああ、なるほど。確かに私が少年の立場だったとしても、きっとそういった反応をするだろうね。――それでもう一度聞くけれど、私に何か用事?」


 クスッと笑った女性は、真剣な表情に戻り、再び真の前に手を差し出す。そして真は最後の質問に何か棘がある気がしたが、とりあえず今は気にせず差し出された手を取って、ここに来た理由を話すことにした。


 「――ふむなるほど。それで少年は、樹海の噂を確かめる為に来たんだね。ところでその噂って、樹海に住む幽霊のことかしら?」


 「はい、その通りですけど、もしかして何か知っているんですか?」


 真の質問に女性は数秒間考えた後「幽霊が本当にいるかは知らないけれど、その噂で言われている幽霊とは、きっと私のことだろうね」と答えてくれた。


 彼女に出会った時、なんとなくそうなのではないかと思っていたが、その予感は見事に的中していた。


「……やっぱり、そうだったんですね。貴女を見た時に、私の友人が言っていた特徴とあまりにも似ていたので、薄々そんな気はしていました」


真がそう言うと、女性は少しだけ申し訳なさそうに「幽霊じゃなくてガッカリしたかな?」と困り笑顔を見せながら言った。


「いえ、そんなことは無いです。どちらにしても、噂の正体を確かめるのが今回の目的ですから」


真の答えを聞いて、少し安心した様子で「それなら良かった……」と、ため息混じりにそう言う。その様子に少し周りの空気が重くなったような気がした。


考え込んでいる真の姿を見て何か思うところがあったのか、話題を切り替えるように女性が話しかけてきた。


「……ところで少年、挨拶がまだだったね。私は藤野ふじの京子きょうこ、京子でいいわ。私はここを拠点に色んなところで不可解な事件を調べている、まあいわゆる変わり者よ」


「あ、自己紹介していなくてすみません。俺は真、鳴沢真です。平日は近くの県立高校に通っている高校三年生の学生です」


「……そうかなるほど、少年はこの近くの県立高校に通っていたんだね。つまり、私の妹の真珠まじゅと同じ学校だというわけだ」


この女性――京子は相変わらず、真のことを少年と呼ぶ。普通の高校生ならば、あまりよく思わないだろうが、年の割にかなり大人びていると言われるよりはマシだと考える真であった。


「同じクラスにはいない名前なので、妹さんのことはわかりませんね。――それでずっと気になっていたのですが、京子さんはどうしてこんなところに住んでいるんですか、家を見る限り、妹さんとは一緒に暮らしていないみたいですが……?」


真の言葉に京子は遠くの方を見上げて、少しばかり寂しそうにしていた。


「別に真珠とは仲が悪いわけじゃないのよ、ただ私に事情があって、一緒に住むとあの子に迷惑がかかるかもしれないから……。だから私は、ここに一人で住んでいるの。それに、あの子ならいつも日曜日に遊びにくるけれど……。今日もさっき帰ったところね、すれ違わなかったかしら?」


「そう言われると確かに、樹海に来る途中でうちの制服を着たポニーテールの女の子とすれ違った気がします」


「やっぱり、すれ違っていたのね。あの子、休みだって言うのに律儀に制服で来るのよ、優等生かって……。それで、かわいいかったでしょう?」


「……ええっと、あまり顔を見ていないのでわかりませんね、あはは」


――真と京子はそれからもたわいもない話をしていると、いつの間にか夕方頃まで時間が経っている事に気が付いた。


「――あら、もうこんな時間なのね。少年と話しているのが楽しかったから、時間を忘れてしまっていたわ。またいらっしゃい、話の続きがしたいからね」


「はい、また来ますね。京子さん、今日は本当にありがとうございました」真がお辞儀をすると、京子は笑顔で軽く手を振って見送ってくれた。


 結局、なぜこの樹海に住んでいるのか、詳しい事を京子が教えることはなかったが、きっと深く聞いてはいけない事だったのだろうと真は思うことにした。何れ、その時が来れば話してくれるだろう。

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